ヴェーダ、アーユルヴェーダの話です。

まずは私とヴェーダとの出会いについてです。

それは、TM(Transcendental Meditation;超越瞑想)という瞑想に出会ったことから始まります。

中学、高校時代から精神世界に興味を持ち、いろいろな本を読んだり、本で読んだ瞑想をしたりしていましたが、それらは何を目指しているのかなどは判りませんでした。

私の求めている宇宙の究極に関するものは得られませんでした。

大学受験浪人していた時、マハリシ・マヘッシュ・ヨーギー(その当時はヨーギンだった)著『超越瞑想入門』(訳本)に出会いました。

でも翻訳が良くないこともあり、興味を持ちましたが、始めるまでにはいたりませんでした。
(始めようと思ってもお金がなかったのでその時は難しかったと思います)
 
会社に入って4、5年したときにTM教師(TMを教える先生)の書いた新書を読んで、そうだったのか早く始めればよかったと思って、すぐにTMを習いに行きました。
(この本の著者はこの本を書いたために教師を辞めることになってしまったということです。あまり話をしてはいけないような内容を書いてしまっていたので。)

TMを習い、TMの元となっているインドのヴェーダの考えを知り、ここに私の求めているものがあることが判りました。
究極のものに出会えました。
 
そこには宇宙の究極が語られていました。
宇宙の構造や人間の究極の目的などを示していました。

ヴェーダは一般にはバラモン教の聖典というだけですが、そこには、この宇宙の仕組みが凝縮されています。

仏陀もバラモン教の聖者だったので仏教にもその要素は入っており、世界の宗教の中にはそのようなものが少なからずあるようですが、ヴェーダにはそれが濃縮されています。

なぜ、それがインドでだけ産まれたのか、それは謎です。
(後に日本にも神道の伝統の中にも見られることを知ることになるのですが。)

ヴェーダが語る宇宙の重要な法則は作用・反作用の法則、仏教的にいうと因果応報です。

宇宙は全て対して完全に平等です。(精神世界の探求を始めて、宇宙は不平等、不条理
だと思っていました。謎でした。)

宇宙には作用・反作用の法則が厳密に働いています。

普通は壁にボールを投げると跳ね返ってくるという物質に働く作用・反作用しか見ていませんが、人の行動、思考にも作用・反作用の法則は働いています。

人が宇宙に不調和をもたらす行動・思考をすると、それは必ず良くないこととして、その人に返ってきます。

調和をもたらす行動・思考をすると、必ず良いことが、その人に返ってきます。
 

それが判りにくいのは、池に小石を落とした時に広がる波紋のように、人の行動・思考は宇宙全体に広がり、跳ね返ってくるので、返ってくるまでに時間がかかるためです。

これが因果応報です。
 
何か良くないことが起こるのは、その人が過去に(過去生も含む)宇宙に不調を産み出した、その反作用なのです。

人が完全になれば(こういう状態があります。また話をします)、不調和を起こさないので、その人には良いことのみ起こります。

普通の人は調和、不調和は共に産み出しているで、良いことも、悪いことも起こります。

なので、良いことが続くと、悪いこと起こるとか、運を使い果たしたとか言ったりします。
 

情けは人のためならず、とは、情けをかけるとその人にためにならない、という意味ではなく、人に情けをかけると(調和を産み出すと)、いずれ自分に良いことが返ってくる、つまり人のためではなく、自分のためになるということです。

人を恨めば穴二つ、とは、人を恨むと(不調をを産み出すと)、相手は死んでしまっても、自分の死んでしまうことになる、屍を入れる穴が二つになるということです。