手術の決断のために、私たちは再び小児外科の先生との面談をセッティングしていただきました。
私たちが一番聞きたかったのは、命に関わる動脈損傷のリスクのこと。
そうちゃんの首の形状から、通常よりもかなりリスクが高いとはセンター長から聞きましたが、それがどれほど高いものなのか、動脈損傷を起こさないために私たちが何か気をつけてあげられることはあるのか、納得のいくまでちゃんと診断してくださった先生から直接聞きたかったのです。
やはり、私たちにとっては何よりそうちゃんの命が大事で、手術を辞めるという選択肢も何度も頭をよぎりましたが、そうちゃん自身のことを考えると、ちゃんと手術をして自由にできることを増やしていってあげたいという思いや一緒に暮らせるようにしたいという思いも強くあり、そのためには手術に向けて高いと言われたリスクを私たちがちゃんと納得することが必要でした。
小児外科の先生との面談では、そんな気持ちを包み隠さず真っ直ぐに伝えさせてもらいました。
結果、やはり小児外科の先生と話して本当に良かったと思いました。
リスクの高さは首の形状によるものなので、私たちがそうちゃんの姿勢や首の位置を気をつけることによって多少はリスクを下げられるということ。また、そうちゃんの場合は動脈自体が気管壁にすごく近い訳ではないので、経過をしっかりと見ていけば最悪の事態になる前に異変には気づけるのではないかと言っていただけたこと。
通常よりもリスクが高いことは間違いありませんでしたが、その回避のために私たちにもほんの少しでもできることがあることを知ることができ、少し救われたような気持ちになりました。
「通常の気管切開よりリスクも高く難しい手術になることは間違いありません。手術についてはしっかり話し合って決めてください。もしご決断されればこちらもしっかりと準備をして進めていきます。」
私たちのペースを大切にしてくださり、私たちの不安を取り除く方法も考えながら、でも安心させるばかりでなく、難しいことも真っ直ぐに伝えてくれる、そんな小児外科の先生の医師としての姿勢に私はいつも勇気をもらっていました。
面談のあとには、看護師さんたちから「なんかいい顔してる」と言われるほどに私たちの表情もスッキリとしていたようです。
決して不安がなくなった訳ではありませんでしたが、気持ちは再び前を向き始め、その数日後には正式に手術をお願いする決心をすることができました。
また、少し言い過ぎちゃったかなと主人が心配していたセンター長は、こちらが拍子抜けするくらいに何もなかったかのように接してくださったので、おかげで私たちもすっかり気持ちを切り替えることができました。
センター長については、『多少強めに言っても落ち込むような人ではないからハッキリ言った方がいい』と、いつも看護師さんや女性医師の皆さんからアドバイスされていたことが、この時には妙に納得でき、やっぱりセンター長は、ただ表現ややり方が不器用なだけできっと悪い人ではないのだろうなと改めて感じました。
これまで幾度となく悩まされてきましたが、私たちの中でも段々と、なんだか憎めない人になってきていました。
そしてその頃、そうちゃんは相変わらず呼吸状態もミルクの消化も決して良いとは言えない状態が続いていましたが、上がっていたCRPが少しずつ下がり始め、回復の兆しが見えてきていました。
GCUへ移動してから、体内の炎症を示すCRPが上がったり下がったりを繰り返し、なかなか落ち着かない2ヶ月を過ごしてきましたが、その原因はただの感染(風邪)なのか他に何かあるのかよく分からないままでした。
そんな時、主治医の2人が面会中の私のところへ来て、センター長から思いがけないお話を聞くことができました。
「実は今、ファイバーの診断でとても有名な東京女子医大の先生が全国を周っていて、来週ここにも来てくださるそうなんです。ただ、とても忙しい方で、ゆっくりと診察をしてもらえる余裕のある方ではなくて…。けど、もしかしたら1人か2人かくらいだったら、当日の状況によっては診ていただけるかもしれません。その時にはそうちゃんを診てもらえたらと思っています。」
あまり期待はしないようにと言われましたが、そのとても有難い提案に、どうか診てもらえますようにと私は切に願いました。
あまりに分からないことが多いそうちゃんにセカンドオピニオンを受けさせてあげたい気持ちはずっとありましたが、人工呼吸器をずっとつけていた為に他の病院に行くことも、直接診てもらうこともずっと叶わず、まさかこんな提案をいただける日が来るなんて思ってもいませんでした。
センター長がいなくなったあと、女性の主治医の先生が残り、
「センター長はああ言ってるけど、私はなんとしてでも診てもらえるように働きかけるつもりでいますからね!」
と力強く言ってくださり、とても心強く感じていました。
まだ診てもらえるかも分かりませんでしたが、手術を決めたこのタイミングでこんな話がいただけるなんて、それだけでも奇跡のような感じがしていました。
ベテランの看護主任さんからも、「あんな有名な先生に診てもらえたらすごいことなんだけどね〜診てもらえるといいね。」と言われ、話を聞けば聞くほど、期待してはいけないと思いつつも、診てもらいたい気持ちは大きくなるばかりでした。
そしていよいよその先生が来ると聞いていた日。
いつ来るのだろうか、来ないのだろうかとドキドキしながら、私はそうちゃんといつも通りGCUで過ごしていました。
なんだか落ち着かずに昼食にも行けないまま15時が過ぎた頃、GCUの入り口が騒がしく開き、医師に囲まれながらとても優しそうな笑顔の男性が中に入ってきました。
限られた時間の中で、移動の時間にも絶え間なく質問責めにあっているような雰囲気を見て、その有名な先生なのだろうことがすぐに分かりました。
少し奥の方にいたそうちゃんのところまでたどり着く前に、その先生はある赤ちゃんの前に止まり、何かゴソゴソと出し始め、突然診察を始めました。
そして、その様子を見て、誰よりも早くその先生に駆け寄って行ったのは、あの女性の主治医の先生でした。
「診てほしい子がいるんです!」
一生懸命な主治医の姿に感動しながら、私も心の中で来てくれることを必死に祈りました。
そして、その先生はニッコリと笑って頷くと、主治医に連れられてゆっくりとそうちゃんのところへ来てくださいました。
主治医の2人は、そうちゃんの症状を漏れのないように丁寧に説明してくださっていました。
とても温厚そうなその先生は、ニコニコと説明を聞きながらファイバースコープを取り出し、時間を一切無駄にすることなく、同時進行でそうちゃんの呼吸器を外してチューブの中を見始めました。
あまりに早い展開に、私は隣で静かに見守ることしかできませんでした。
そして、この男性医師に診ていただけたおかげで、これまでずっと原因が分からずに悩んでいた、そうちゃんが度々発作的にサチュレーションを下げていた原因が判明することとなりました。
