とある先生から「日景先生は、どうしてそんなに学術活動に力を入れているのですか?」と聞かれたことがあります。
教授になるわけでもあるまいし、開業医なんだからそんな大変な思いをしなくてもいいじゃないか、という主旨です。
「ご依頼いただいたからです」といってしまえば秒で終わってしまうのですが(笑)、私自身は学術活動を苦だと思ったことは実はないんですね。(もちろん大変ですけども…)
もともとは、約10年前に遡ります。
当時、夫(眼科医)と一緒に伊達赤十字病院へ赴任した私は、一人医長ということもあって手術を自分一人でしなければならなかったんですね。
そして、皮膚がんやヤケドなどの大きな手術は、大学から出張でいらしていたO先生と一緒に執刀していました。
都市部では形成外科が皮膚の手術を担当する病院も多いのですが、医師不足の地方都市ではそんなことを言っていられなくて、皮膚に関するカテゴリーは何でもしなければならないのです。
↑約10年前、31歳あたりです。
少し話が逸れますが、私は皮膚科医になったと同時に出産したため、同期から大きく出遅れるという20代を過ごしました。
特に手術に関しては、学年的にも執刀することはできず、夜遅くの手術や緊急手術にも入れなくて、勉強する機会が非常に限られていたんですね。
周りの同期は出向先の病院で主治医になり手術もどんどん覚えていく中、私は外来と病棟と子育てで精いっぱい。
そんな状態で地方病院に赴任したので、O先生に正直に言いました。
「私は今まで手術の経験を全然積めなかったので、基本の基本から教えていただきたいです。」
O先生は、「一例一例を大事にしましょう。何も考えずに執刀する100例よりも、じっくり向き合った10例の方が遥かに価値があるし、成長する。」と言ってくださいました。
そこから、手術をすることになった患者様の写真をあらかじめO先生にお見せし、私が考えた手術プラン・デザインを見ていただき、マーキングから皮膚切開、摘出から縫合までとにかく一挙手一投足をご指導いただきました。
私はその内容の詳細を、どんなに眠くてもその日のうちに手術記録のコピーに書き込んで、料理のレシピ本みたいにファイリングし、似たような手術があるたびに見返して手術をしていました。
今ではもう、皮膚がんの手術はおろかメスを持つこともなくなってしまったので、あの時一生懸命指導してくださったO先生には本当に申し訳ない思いがします。
でも、私が今でも一例一例の治療を大事にしているのは、患者様の経過から教えていただくことが非常に多いということを身をもって経験しているからです。
じっくり向き合うことで見えてくるものがあり、それをまとめたものを発表したところご評価いただき、講演に繋がっています。
ただ、それはあくまで結果論であって、仮に講演のご依頼がなくても私は同じスタイルで診療していたと思います。
うまく行っている時はいいのですが、思うような経過にならない時に「なぜ?」と仮説を立て、論文を探したりして検証し、フィードバックし、また次の治療に生かす…という地味でコツコツした毎日の積み重ねです。
シミもシワもたるみも、お一人お一人で分布や進行具合が違いますし、ライフスタイルも違います。
望む変化や求めるものも当然違い、そこを汲み取りながら結果を出すのが美容皮膚科医の難しさなのです。
開業医になると、教えてくれる人が誰もいなくなります。
もちろんセミナーや学会には行きますが、目の前の方を治す主治医は私一人ですから、自分がどう治療を組み立てるかが最も大切ですよね。
講演のスライドを作る時が最も勉強になる、と以前書きましたが、発表を通して私自身が学ぶことが多く、論文を読むことで考察に深みが出たり、当日他の先生からご質問を受けて再び考えたり、それを繰り返している感じです。
ちなみに、手術記録に書き込むという姿勢はこの本から学びました。
この先生は自治医大のご出身なんですね。
自治医大というのは今でいう地域枠みたいなもので、卒後数年間はいわゆる「へき地」で勤務するという約束があります。
そのため、この先生も手術の機会に恵まれることが少なかったそうなんです。
それで、少ない機会を最大限に生かすために、一例一例をとことん突き詰めたというようなことが書いてありました。
(寝ると忘れるから必ずその日のうちに書き込みなさい、というのはその先生の教えです。)
研修医の時に当直で整形外科疾患を扱えるように買った本ですが、このコラムみたいな部分だけは今でも覚えていて、それが私の礎になりました。
身の上話が長くなりましたが、私は保険診療から美容の世界に入ったので、こういう部分を大事にして生きています。
残念ながら、「売れればいい」と倫理観なしに美容に向き合うドクターも多い昨今ですが、私は今までお世話になった先生方にきちんと顔向けできるような診療をしていきたいと思いながら日々美容治療をしています。
ちなみに、一挙手一投足を教えていただいたせいで、麻酔科の先生や手術室の看護師さん達には本当にご迷惑をおかけしていました。
何しろ、最後に傷を閉じる時に縫い方が下手だと言われて、縫ったそばから切られていましたから…
何度も縫い直し、その間全身麻酔を切らさずに麻酔を続けてくださった麻酔科の先生には感謝しかありませんし、患者様にも身体的負担をかけてしまいました。
教育機関である大学病院ならまだしも、地方病院でこうした育成を行うのは周りにとって大変なエネルギーを必要とします。
たくさんの方々にお世話になってここまできましたので、私も微力ながら他の先生方のお役に立てるような医師でありたいと思っています。
※昨今、医師の働き方改革や若手の先生の悲しいニュースが流れていますが、今回の記事はそうした問題を脇に置いて、私が開業医として学術活動をなぜしているかという理由を振り返って書きました。
もう10年以上前の話ですので、制度上の問題には目をつぶって読んでいただければ幸いです。
時間外にあれだけ指導してくださった先生方には、今でも本当に感謝しています。