
モンゴル通信20119 アルハンガイへの旅」(4) 競馬のゴール会場
2019/7/16記
モンゴル通信20119 アルハンガイへの旅」(4) 競馬のゴール会場
赤滝で遊んだ後、ナーダムの競馬のゴール地点になっている会場に立ち寄った。
草原の中にこのイベントのためにできた特設会場だ。
緑の草原に赤いプリウスが良く似合う。

周りの草原では子供たちがカイトを揚げて遊んでいる。
動画:
小さな遊園地のような遊戯道具、飲み物など売る仮設の店が並び、近くのキャンプ地ではアイラグを売るゲルもある。
画像:


動画:
そこで西洋人の若い女性が行き逢う人に「みかんをどうぞ」と配っている。
不思議なことをする人だと思ったが、会場が終盤近くになったとき、夫と子供二人と一緒になって会場に散らかっているペットボトルやコップなどを拾い集めている。
私も近くにあったコカコーラのコップを拾ってゴミ袋に放り込むついでに、どこの国の人かとたずねるとフランスだという。
他にもかなり年配の団体がいて、その中の陽気そうな男性に声をかけると、ロンドンから今年初めて来たという。
しきりにファンタスティック!、ファンタスティック!を連発していた。
ウランバートルから400キロほど離れた小さな田舎のナーダム会場にこのような外国の観光客がいることに驚いた。
旅の途中で日本人の団体かと思って声をかけたら韓国人の団体だった。
待ちに待って先頭の馬が入ってきた。
動画:
入賞を閲した6位だかより後の馬は途中で走るのを止めたらしい。
静かになった会場はあっという間に片付けられ、ごみの収集も完璧に行われていた。
フランス人が心配するほどのことではなかったようだ。
帰り道、車の左側が二本ともパンクした。予備は1本しかない。
運転手が村に住む妹に連絡をして応援に来てもらったが、こちらはトヨタのハリア、 応援の車は日産のパジェロ、止める穴が5つと6つで合わない。
画像:

そこで、故障車はそこに残して、全員パジェロに乗って村に向かった。
村のタイヤ修理業者が運良くまだ開いていて、運転手はそこで降りて、中古のタイヤを手配してもらうためそこに残り、われわれは夏営地まで送ってもらった。

そこで、故障車はそこに残して、全員パジェロに乗って村に向かった。
村のタイヤ修理業者が運良くまだ開いていて、運転手はそこで降りて、中古のタイヤを手配してもらうためそこに残り、われわれは夏営地まで送ってもらった。
画像:

その後、妹さんは修理屋に引き返し、二本のタイヤを積んで二人で故障車の場所まで戻って、タイヤを交換し、夏営地に戻ったのは真夜中の12時であった。
(EOF)

その後、妹さんは修理屋に引き返し、二本のタイヤを積んで二人で故障車の場所まで戻って、タイヤを交換し、夏営地に戻ったのは真夜中の12時であった。
(EOF)
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(6) 7月6日
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(6) 7月6日
泊めてもらったゲルは、いわゆる放牧のための夏営地(ゾスラン)です。
画像:バット・ウギー村

峠を越えた南側のバット・ウギー村(人口は7、000人ほど)の中心にゲルともうひとつログハウス風の木造家屋(バイシンと呼ぶ)があり、冬の寒い季節はここで暮らすそうです。
その上に、ウランバートルにもアパートを持っているので、うらやましいような柔軟な暮らし(マルチハビテーション)ぶりである。
今朝は良く晴れて、村のスタジアムでナーダムが開かれるので観戦に出かけたが、あまりの暑さに我慢できず、バイシンのほうで休ませてもらった。
動画:ナーダム会場
ここは、86歳のおばあさんが3歳の犬と暮らしていている。
犬の名前はソーニョといい、なんでも匈奴に由来する名だそうである。
画像:犬

バイシンの中は冷房が聞いたような涼しい、と言うより寒いくらいで、隣のゲルにいる
おばあさんの所に寄せてもらって、片言のモンゴル語で茶飲み話をして過ごした。
日差しが強くても、ゲルの中はフェルトの断熱効果と天井に向かって空気の流れがあるので快適です。
夕方、涼しくなってから夏営地に戻った。
お父さんがホルホグ料理を作っていて(この料理は年にこの時期に一回くらいしかやらない特別の石焼料理)、親戚と隣近所人が集まってにぎやか宴会でる。
おばあさんもお父さんの妹が車で連れてきてくれたそうで、華やかなモンゴル服で正装して参加していた。
画像:

大人たちは羊の内臓を食べながら中国製の強い酒(52%)で乾杯する。
私は口をつけただけで遠慮した。
客人として先に振舞われたので、席を空けて外に出ると親戚と近所の大勢の子供たちが夕日の沈みかけた草原でにぎやかに遊んでいた。
昨夜は競馬のゴール地点からの帰り道に、左側のタイヤが日本ともパンクするという騒動があったため就寝は真夜中の12時となって少々寝不足気味のせいか、日没直後の早めの10時就寝となった。
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(5) バット・ウギーの朝
2019.7.15記
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(5) バット・ウギーの朝お父さんは朝早くから起きてヤクの乳絞りをする。
8時頃仕事を終えると、ゲルの外に小さい椅子を出してタバコを吸う。
タバコは喉(ホーロー)に悪いとか肺(ウーシグ)に悪いとか言いながら韓国製のこんなタバコをスパスパ吸っている。
画像:韓国製たばこ

ゲルの入り口にキャンピング・チェアを出して座っていると、ヤクが寄ってくる。
山羊のように好奇心が強く、何頭かそばに来るが2メートルくらいの距離をとってそれ以上は近寄らない。
画像:ヤク


朝の空気はまだ冷たいが、ヤクが川の中に足を浸して、水浴びをするでもなくじっとしている。
(EOF)
出塞 王昌齢(しゅっさい おうしょうれい)

以下の文章は「左大臣光永」様のご許可をいただいて転載しております。
出塞 王昌齢(しゅっさい おうしょうれい)
秦時明月漢時関
万里長征人未還
但使龍城飛将在
不教故馬度陰山
秦時の明月 漢時の関
万里長征して人いまだ還らず
但だ龍城の飛将をして在らしめば
故馬をして陰山を度(わたら)しめじ
現代語訳
明月は秦の時代と同じ明るさで辺りを照らし、
城砦は漢の時代と変わらぬ姿でそびえている。
こうして地の果てまで遠征してきたが、
いまだに戻ることができない。
漢の時代、「飛将」と呼ばれて
匈奴の本拠地・龍城をついた李広のような人物が
もし今現れてくれさえすれば…
夷敵の馬を陰山をわたしてわが国の領土に
入れたりなどしないだろうに。
解説
李広は漢の時代の武将。敵の匈奴をコテンパンにやっつけます。
敵から「飛将軍」と恐れられましたが、最期は戦功を認められず自刃しました。
子孫に、李陵がいます。中島敦の小説『李陵』に描かれた人物です。
【秦時・漢時】 秦の時代・漢の時代。
【関】 城砦。 【人】 自分のこと。
【但使】 ただ~でさえあれば。
【龍城】 砂漠の中にあった匈奴の根拠地。陥落させたのは衛青だが、
この詩では李広ということになっている。
【龍城飛将】 漢の時代に匈奴を攻撃した将軍・李広。
【故馬】 夷敵(野蛮人)の馬。
【陰山】 崑崙山から北へのびている山脈。
王昌齢の詩は「芙蓉楼にて辛斬を送る」が「一片の氷心 玉壷に在り」の文句でよく知られています。
朗読:左大臣
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(3) 赤滝
2019/7/13記
モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(3) 赤滝(オルホンの滝)
2004年の夏、来たことがあるが今回再び訪れた。
昔と違い、車の乗り入れが制限されているので駐車場から300メートルほど歩く(自撮り棒による撮影)
崖の深さは20メートルほど、オルホン河となって北へ1,100km流れ、セレンゲ河と合流してバイカル湖に流れ込む。
崖の下で見る滝
崖の急斜面を登ってゆく親子
近道をして階段のない斜面を降りてくる親子を見て、ずいぶん危険なことをするなと驚いていたが、帰りもこの斜面を登ってゆく親子が三組ほどいて、いったいモンゴル人は勇敢なのか、恐怖心に欠けるところがあるのか、疑問に思う。
崖の下の草むらに咲いていたヒナゲシ
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モンゴル通信2019 アルハンガイへの旅(3) 赤滝(オルホンの滝)
2004年の夏、来たことがあるが今回再び訪れた。
昔と違い、車の乗り入れが制限されているので駐車場から300メートルほど歩く(自撮り棒による撮影)


自然に出来たと思われる石の階段を崖下に降りて行く。靴に先に力がかかるので親指の爪が痛む。
崖の下に下りて滝壺の近くから見上げた風景
崖の下で見る滝
崖の急斜面を登ってゆく親子
近道をして階段のない斜面を降りてくる親子を見て、ずいぶん危険なことをするなと驚いていたが、帰りもこの斜面を登ってゆく親子が三組ほどいて、いったいモンゴル人は勇敢なのか、恐怖心に欠けるところがあるのか、疑問に思う。
崖の下の草むらに咲いていたヒナゲシ

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日本人のストリート・ミュージシャン
2019/7/12
日本人のストリート・ミュージシャン
デパートで買い物を終わって前の広場を歩いていたら、尺八の音色で「山のロザリオ」という日本で流行った懐かしい歌(原曲はロシア民謡)が聞こえてきた。
もしや、日本人かと思い、声をかけるとはたしてそうであった。
お互いに若干の自己紹介をし、名刺も交換した後、ビデオを撮りたいと申し入れると、CDの伴奏にのせて「北国の春」を吹いて戴いた。
YouTubeに公開することは了解済み。
流派は琴古流だったか都山流だったかは聞いたが忘れた。
もっと腕が上がったら虚無僧の扮装でやってみたいそうだ。
本業は造園家ということです。御年70歳
https://www.amazon.co.jp/photos/all/gallery/tumsNoAuOduminKLaNqmuQ?ref_=AP_S_G_SL_CTA_sharing&type=VIDEOS&lcf=type
モンゴル通信2019年 アルハンガイへの旅(2) 7月5日
2019年7月11日記
モンゴル通信2019年 アルハンガイへの旅(2) 7月5日
朝7時に目を覚まし、ゲルの外に出るとお父さん(63歳)はヤクの乳絞りをしていた。
8時頃に終わったが、この姿勢で1時間以上の作業でかなり根気なことだ。
ここでは圧倒的にヤクが多く、牛と言うとヤクのことを指すという。
ヤクの乳はかすかな甘みがあり、癖のないさっぱりした味だった。
乳として飲むよりもウルムというバター状の乳製品に加工して食べるほうが多いと言う。

ゲルの北の方は緩やかな下り斜面になっていて、降りたところに川幅3メートルほどの川が流れている。
すでに先客のヤクが入って水浴びをしてたりするが、濁っておらず透明な冷たい水が流れているので、手ですくって顔を洗う。
その川岸に沿って4本ほどの松のような木が等間隔で生えている。
この雄大な景色の中ではそれほど大木に見えないがそばに寄って見るとなかなかのものである。

近くに寄って見るとその根っこはかなりの風格を備えた巨木である。
私の郷里の柏崎の先祖代々の墓地の近くに、樹齢800年を越える大杉があるが、その根の張り方には及ばないが、この寒冷の地でこの太さに成長するにはあるいは同じくらいの年月を過ごしてきたのかもしれない。
チンギス・ハーンの時代から生きてきたのかもしれないと妄想してしまう。

川の北側は平坦な湿地になっていて、冬は氷が張る場所も多いそうだが、ヤクは氷の上でも滑らないひずめの構造をしているそうだ。





