そば祭り



黒姫山の麓にある門出集落のかやぶきの家で「そば祭り」があると聞き、区長さんや近所の人九名ほど
私の車といとこの茂君の車に分乗して出かけました。
ドブロクもあって私は運転で味見をした程度でしたが古老は一瓶空けてご機嫌でした。
市長さんご夫妻の姿も見えました。
食べ終わった後、黒姫の一番高いところにある板畑という集落に行ってみました。
七軒の家がありすべて中村という姓だそうです。
三町歩のそば畑を作っており今年の秋は猪や狸に荒らされて収穫は三分の一位だったそうです。
冬季のため通行止めでそこまで行くのはあきらめ、ここで記念写真を撮りました。
百匁柿を取ったとき見えた黒姫山の山頂がこれです。
反対の南側は開けた風景で八海山や苗場山が見えるのですが私はその辺のことに疎くどれと断言できません。
私の母方の曾祖母(ひいばば)の生家はこの峠を降りきった所、茶畑と呼ぶ集落にありましたが今は更地になっています。
関連事項:猪けがじ http://www.netnetjp.com/~mino/P020305.html
安藤昌益 http://www.aozora.gr.jp/cards/000866/files/2653_20666.html
添付写真:狸、残念ながら猪の写真はまだありません。
どうにもとまらない。別タイトル:線路は続くよ、どこまでも。





「飲酒執筆」ではありません。念のため。
・親父の遺品の中にドーナッツ版のレコードがあって、黒田節、xx追分、謡曲などに混じっへそだしルック?の山本リンダさんの「どうにも止まらない」とか「じんじんさせて」なんていうものも混じっていて驚いた。リンダちゃんありがとう。
・毒消し売りというボランティア活動もいいかもしれないな。
・モンゴルを草本位制の国といった人(三浦なんとかいう作家さん)がいて感心していたが、それならば日本は水本位制の国だと今思いついた。瑞穂(ミズホ)の国、「葦原中津国」と呼んでいたのを今頃思い出すなんて、わたしの脳も麻痺していたもんだ。
・世界遺産もいいけど、新聖地百選などというのいいと思う。山古志やわたしの故郷「小清水」なども第一候補だ、ジェロさんで売り出し中の出雲崎も忘れちゃいけないな。この間までは良寛だったのにね。良寛、相馬御風、佐藤松風、仁徳天皇、順徳天皇(佐渡)、明治天皇、・・・・・
・どうにも止まらない。π=3.14・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・それにしても古志の国にはどうして女神が多いんだろう。星野知子、小林幸子、大桃美子、平原綾香、・・・・・
・最近知ったが漢と思われる人もいる。「千の風になって」の新井満さん、来年の大河ドラマの原作者火坂雅志さん、モンゴル大学に赴任したばかりのxxさん、この夏から一度お会いしたいと思っている木村 毅さんもそうかな?
・それにしてもモンゴルと同じ位の人口でこれ位しか思い浮かばないのは、私の勉強不足なのかな? ワカラン。相撲なんてシモトリ一人くらいだ。おばあちゃんが応援しているけれどこの鳥は泣かず飛ばずらしい。
・おっと、大事なことを忘れていた。私の叔父清次郎さんが「85歳の人生で尊敬する人物は、ゴルバチョフと田中角栄だ」と言ったとか。妹陽子からの電話で聞いた話だ。
・マツロワヌ国、古志(越)の国
・決断の人、田中角栄ならこの危機をチャンスと捕らえ「株価PKO」を実行して日本を救っただろうなんて記事も最近読んだ。金融音痴の私にはまだよく分らないが、ほんとうにそうなら「角栄神社」なんてのも新聖地の候補になるかもしれない。
・お金のことはよくわからんなどといつまでも逃げていられないので、「外為どっとコム」からプレゼントされた「竹中先生、経済ってなんですか?」という小学生向きの漫画解説本を読み始めている。夏美も読む気になっているようだよ。
・あとがきに「世の中の問題を解決するためには、あたたかい心と冷静な頭脳が必要だ」と書いてありました。逆に「冷たいハートとオーバーヒートした脳」になったら怖い世界だね。
・その前に、「血はさらさらと流れていなけれならない。眼は涼やかに澄んでいなければならない」という大前提があることを高崎哲学堂かどこかで聞いたような気がする。
・田中角栄の盟友だった大平正芳首相、クリスチャンだったとは知らなかったな。棺には聖書、讃岐うどん、好物のサツマイモが納められたとか。
・「胸に一千万語が煮えたぎっているのだが、言わんのだ。あの人は」 と立川団志師匠が言っていたよ。
・その頃、福田タケオという総理大臣がいたね。麻生さんにバトンタッチした福田さんのお父さんだ。話の合間に「ホーホー」と挟む独特の語り口がコドモにも受けたのだろうね。親父が知り合いに頼んで捕獲した(違法行為だったと思う)うぐいすを譲ってもらって、プレゼントしてくれて一年近く飼っていた
ことがあった。
・その鶯が死んだ時、康久が裏のイチヂクの木の根元に墓を作った。10センチくらいの墓石に「福田君の墓」と黒い油性ペンで書いてあった。生ごみと一緒に捨てたりはしなかったな、我が家では。
・弟の康久の方が霊格が高いのかな。そんな気もするね。大平康久なんて妄想してしまう悪い癖。どうにも止まらない。止めてくれ!
・ジェロさんが最初に覚えた日本語は「チンプンカンプン」だと今テレビで言っている。この夏、わたしがモンゴルのフブスグル湖で会ったスペイン人の若い女性が知っていた日本語は「クルクルパー」だったのだから、出来すぎた話。
ムルンにて

ムルンでオヤンガーのお父さんに会いました。
校長先生なので昼休みの休憩時間に都合をつけて来てくれました。
2002年にお世話になって以来6年ぶりの再会です。
あの時よりお腹が一段とメタボ傾向のようです。
この写真をアメリカの大学院に留学しているオヤンガーに送る約束です。
チョロート河


開高健の釣りで有名なチョロート河に着いたのは日も暮れて夜の十時頃でした。
タリアット村のすぐ近くなのでここに泊まって4,5日釣りをするのもいいですね。
1メートル以上のイトウがいるそうです。
関連事項
開高健 悠々として急げ: http://jp.youtube.com/watch?v=RDjUriCCtus&feature=related
イトウ釣り: http://jp.youtube.com/watch?v=NZncuNjrGXg&feature=related
フグスグル国立公園で道に迷う

5日に出発して7日の三時にフブスグル国立公園の入り口に到着しました。
私は今回二度目ですが、同行のモンゴル人四人は初めて来ました。
日本のような懇切丁寧な案内書や標識があるわけでなく、私のあいまいな記憶が頼りで二三度道を間違えて目的地のフブスグル湖に到着できず、深夜の一時頃あきらめて野宿をしました。








