こんな映画を見ました かもめ食堂

「かもめ食堂」はフィンランドのヘルシンキが舞台です。フィンランドで有名な会社は、携帯電話のNokiaです。JICAでモンゴルに派遣されたとき使っていた携帯電話はNokiaでした。
Nokiaは日本のSoftBankという会社と提携していました。私の今の携帯電話もNokia製の6680という古い機種です。
昨年暮れ、Nokiaは日本市場から撤退すると発表しました。世界であれだけシェアの高いNokiaの製品が日本では、わずか1%のシェアしか取れなく、日本は特殊な文化の国ということに気がついてあきらめたようです。
私は、携帯電話でテレビを見たり、ゲームをしたりする気はないので、このNokiaの古い携帯電話を暫くは愛用し続けて行こうと思っています。
2007年の夏、モンゴルで非常事態宣言が発令されたときは、ウランバートルのアパートから直接柏崎の実家にいる妻に連絡できました。NHKのニュースより早かったです。
「かもめ食堂」の中で、日本人が「ここでは皆がなんでこんなにゆったりと暮らしているんでしょうね?」というような質問すると、フィンランドの青年が「森があるからです。」と答えたのは印象的でした。
参考資料
映画「かもめ食堂」:http://www.vap.co.jp/kamome/index.html
こんこんと雪が降る
2009年2月xx日記
小学校の4年生の頃だと思いますが、学校の映画鑑賞会で「山びこ学校」という映画を見ました。
そのとき、スクリーンに映った詩を今でも覚えています。
そのとき、スクリーンに映った詩を今でも覚えています。
こんこんと
雪が降る
その下で
人は暮らす
雪が降る
その下で
人は暮らす
吾の記憶を確認するためブログを検索すると、「つれづれの記」というブログにこんな記事がありました。
以下、無断引用:
以下、無断引用:
山形県の山村の中学生の作文集だが、冒頭の作品、「雪」は、いまでもそらんじている。「雪がこんこんと降る。人間はその下で暮らしているのです。」それだけ。都会育ちの私が、はじめて自然と人間との関係を意識した瞬間であった。いまは夏。暑さが身にこたえる季節だが、冬になると、必ずこのことばが思い出される。
女は無口なほうがいい?
2009年1月18日記
どんど焼きが燃え盛っている間、若い衆が一升瓶を持って酒を振舞って回ります。
竹ずっぽのカップが手渡され、越後の酒、「越の誉」が注がれます。
冷や酒ですが、火を見ながら飲む酒は腹に沁みます。
思わず口をついて出た歌は、八代亜紀の舟歌の一節。
竹ずっぽのカップが手渡され、越後の酒、「越の誉」が注がれます。
冷や酒ですが、火を見ながら飲む酒は腹に沁みます。
思わず口をついて出た歌は、八代亜紀の舟歌の一節。
♪お酒は温めの燗がいい
魚は炙った烏賊でいい
女は無口なほうがいい♪
魚は炙った烏賊でいい
女は無口なほうがいい♪
「'女は'じゃなくて、'男は'だろう」と一緒に来ていたT氏が異論を唱えました。
「高倉健さんのようにか? やっぱり、'女は’じゃないか?」と吾は反論しました。
「高倉健さんのようにか? やっぱり、'女は’じゃないか?」と吾は反論しました。
夕方のカラオケ倶楽部の新年会で決着を付けることになりました。
火が燃え尽きた後、竹竿に吊るしたするめやアルミホイールに包んだ餅をオキの上に翳して焼きますが
ただ吊るしただけでは、するめの足だけが焦げるので針金の結び方に工夫が必要なようです。
ただ吊るしただけでは、するめの足だけが焦げるので針金の結び方に工夫が必要なようです。
"魔女修行"の三つの基本

"魔女修行"の三つの基本
1.早寝早起き
2.食事をしっかりとること
3.よく運動すること
ローマ帝国が衰退した原因の一つは水道の普及による鉛毒だったという説があるようですが、今の日本
では夜更かしによる体内時計の乱調、ドーパミン機能の異常かもしれませんね。
以下、青崎 敏彦 (あおさき としひこ)氏の公開講座より無断転載させていただきました。
「多くの研究から10歳年を取るごとに平均10%程度のドーパミンニューロンが死んでいくことがわかっています。大体正常の20%位にドーパミンニューロンが減ってしまうと症状が出ると言われていますから、20歳のときを単純に100%とすると100歳で私たちの殆どがパーキンソン病になる計算になります。実際、私たちが持つ「年寄りらしさ」のイメージを極端にするとパーキンソン病患者さんそっくりになります。万事がスローモーで、物覚えが悪くなり、ちょっと前かがみになって歩き、転びやすく、震えが来たりするのはドーパミンが減少していることと無関係ではありません。そういう意味でパーキンソン病は一部の不幸な人の病気ではありません。私たちが元気で活動的な老後を送るためにもパーキンソン病の原因を突き止めることは重要なことなのです。 」
参考資料
映画「西の魔女が死んだ」オフィシャルサイト: http://nishimajo.com/h_index.html
石仏・石碑(3) 峠の地蔵


すぐ傍に関根旅館の前身である茶屋があって、同じ小清水村の酒屋で作る「稲荷山」という銘の酒や牛肉料理も提供していたそうです。
今は杉林になっているけれども、かって住居があったと思われる平らな土地が残っており、掘ると牛の骨が出てくると聞きました。
地蔵とこの平地の間に旧道が残っており、縞の合羽に三度笠でもあれば江戸時代の旅人さんに変身間違いなしです。
石仏・石碑(4) 馬頭大士


松之山街道の小清水の登り口に建っている馬頭大士、馬頭観音とも呼ばれる。
小清水村とあるので石曾根村となった明治22年の町村合併以前のものであり、辛うじて明治拾一年五月 と読める。建立者名が金子利助と刻まれている。
村の中、特に山の中には時空の裂け目のようなものがある。
・・・・・・・
馬が山で死ぬ場所はそういうところだ、とこの村人は言う。だから人間たちは馬に感謝し、その霊を弔って馬頭観音を建てた、と。
詳しくは、「人はなぜキツネに騙されなくなったか? 第三章 キツネにだまされる能力」をご覧ください。
フブスグル湖畔の相撲大会


フブスグル湖畔の相撲大会
2002年の7月、フブスグル湖に10日ほどの旅行をしました。
たまたま、現地のナーダムが開かれていて、私が相撲大会に飛び入りで参加しました。
モンゴル相撲なので土俵はありません。
観光客はスイス人のお医者さんとその家族の団体が大勢居ました。
優勝賞金は200US$だと聞きました。
私の番になると「ヤポン サトー」とアナウンスがありました。
モンゴル人以外の参加者は私だけだったので声援もひときわにぎやかでした。
何よりも私の娘の声援が一番甲高く聞こえました。
相手のモンゴル人の青年は私より長身でしたが、モンゴル人としてはやや痩せ型の人だったので簡単に負けるという気はしなかったので本気で勝負しました。
青年は、遠来の老人に敬意を表して手心を加えてくれて、やや長期戦の格好になりましたが、結局外掛けが決まらず、自滅してしまいました。
青年は年は39歳だそうで、試合の後、記念写真を取らせてもらいました。
試合の後、会場の周辺を歩いていると、スイス人のご婦人が「Good show!」とねぎらいの言葉をかけてくれました。
翌日、馬に乗って5、6人のメンバーで山の上にあるトナカイ遊牧民のツァータンの村に出かけました。
道中、何人かのモンゴル人にも出会い、昨日相撲に出たので知っていると挨拶されました。
坂道が急になった頃、道端に腰を下ろして休んでいるご年配の西洋の婦人に出会いました。
自分はここまでが限界で、これより先には行けないから、若い人が戻ってくるまでここで待っていると言うのです。年は確か84歳でスイス人でした。
昨日の相撲大会を見て私を知っていると言いました。
そこで記念に写真を撮ってもらいました。
参考資料
フブスグル湖畔の相撲大会(ムービー): http://www.geocities.jp/sato032/movie/sumo2.html
YouTube動画(2012年7月13日追加)
http://www.youtube.com/watch?v=jZk1zSFMDv4


