ぐっすりと眠れた試合当日。
朝食を食べては横になり、昼食を食べては横になり、とにかくエネルギーを充填する。
数年前に、試合と練習の内容を剥離させるのはやめようと思って、試合の当日も朝走ったりして、練習と同じ「いつもの」ルーティンで行動してみたことがある。

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【2012年スウェーデンでは試合当日も練習と同じように行動してみた】

しかし、それほど結果が伴わなかったので前の行動に戻した。
そこでふと気付いたのである。
試合と練習は確かに内容は違う。
だが、15年間プロとして戦ってきた試合当日の今までの行動は、ずっと同じだったじゃないか。
例えば練習がA、試合をBとするならば、私は試合のときにずっとBで戦ってきたわけだ。
そのBの行動こそが「いつもの」だったのだ。
練習時の行動であるAをすることは試合においては非日常だったわけだ。
それにふと気付いてから、私は今までの流れに戻した。

試したことに一切の後悔はない。
ダメなら戻せばいいだけのこと。
人生においてミスを一つも犯したくなければ、答えは簡単だ。
ありとあらゆる挑戦を止めればいい。


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【会場前には巨大なポスターが】

選手一同バスに乗り、会場に再び到着した。
なぜか我々日本人選手一団にだけSPが何人もついた。
怪訝に思っていると、

「何者かから脅迫があったようです。
試合が終わったらすぐさまリングを下りてください。
そのまま横付けしたハイヤーでホテルに戻ります。
試合の前に荷物をまとめ、いつでも出られる準備をしておいてください」

という伝達が届いた。
これはいよいよ面白いことになってきたぞ、と思った。
昨年12月のウクライナ遠征といい、私は本当にとても貴重な経験を積んでいる。
物事をワールドワイドに見ることのできる視野を身につけるには、最高の経験だろう。
もちろん、恐怖感が全くないわけではない。
しかし、控え室を出た瞬間にSPたちに囲まれて移動しているので、その点は安心だった。
映画とかのフィクションだとそのSPの一人が悪役で、私を襲ってきたりするのだろうが、さすがにそれはないだろう。
まあ、事実は小説よりも奇なり、とも言うから何が起こるかわからない、という覚悟は常に持ってはいたけどね。

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【ラウンドガールにもたまにはモテる】

この会場のトイレにはトイレットペーパーが無かった。
便器も日本の和式のものとは形が違っていて、穴に直接便を落とすようなシステム……だったと思う。
穴を外すと水流が弱いのでうまく流れなさそうな感じ。
拭いた紙はトイレに流さない。
そのまま横に置いてある箱に入れるようだ。
しかしそこで、私はちょっとしたマナーを見つけた。
拭いた紙を無造作に箱に捨てるのではなく、みな丁寧に二つ折りにして捨ててあったのである。
これは、あとから入ってきた人の気分を悪くさせないための、トイレの礼儀作法なのではないだろうか。
私も右にならえ、でしっかりと二つ折りにし、横の箱にそっと紙をおいた。

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【小森会長とのウォーミングアップ】

ちなみに、トイレ自体はアンモニアと便とタバコのニオイが混じり合っていて、日本では考えられないニオイを放っていた。
でも、このニオイだって間違いなく我々から発生したニオイなんだよな、と思うと、中国のトイレに対し生々しい生命のパワーを感じた。
なんでもかんでも無臭無菌が昨今の日本の流行ではあるが、その無臭無菌にしたあとのゴミやカスを受けれいている地域も確実にある。
それを「汚い」だとか「くさい」だとか蔑んでみているのも、間違いなく我々日本人の習性なんだよね。

もちろん私は無臭無菌でキレイ好きな女が好きだ。
でも女性特有のほのかな体臭まで消す必要はないのではないだろうか。

……オレは一体何を話してるんだ。
今、試合直前で、中国にいるんだろ。

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【蒼井そらの香りに思いを馳せる】

共に出場した伊澤波人選手の一回戦を見て、私たちは

「英雄伝説の判定は思ったよりまともだ」

という見解を持った。
もし超アウェイ判定なら「29-27」で伊澤選手が1ポイント取られていると思ったからだ。
しかし、彼の判定は「30-27」だった。
よし、ちゃんと攻撃を効かせられれば、必ず評価される。
小森会長と作戦を再度確認し、「圧力をかけて攻撃をもらわないこと」。
そうすれば絶対に勝てる。

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【腹を括る、覚悟を決める、その言葉が一番ぴたりと当てはまる背中】

私の試合が始まった。

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【プロ77回目の戦い】

そして終わった。

2014年深セン遠征『英雄伝説』①

2014年深セン遠征『英雄伝説』⑦
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑧
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑨
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑩

明るく生こまい
佐藤嘉洋

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