相手方に立った「おめでとう」を | 宝塚市議会議員――佐藤基裕(もとひろ)の国民活動

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相手方に立った「おめでとう」を

 年が明けて、仕事始めや出初式といった、本年の始まりを象徴する行事が組まれ、おごそかに参列するよう努めております。

 挨拶を促され「おめでとうございます」と声を発するシーンでは、順番が来るまで、かなり考え事をしてしまいます。

 昨年は、直接請求が否決され、それも太誠会以外は全員反対、3対22で否決され、つまり議会のなかではマイノリティーであることが証明されてしまい、なおかつ衆議院の選挙でも、応援していた議員は比例で復活当選を遂げたものの、厳然として現与党の勢力が強すぎることを、身にしみて感じたものであります。

 上記のような状況で、何が一体「おめでたい」のか解らずに、解らないまま「おめでとう」と言うのは如何なものか、そればかりが脳内に逡巡するのです。

 ゆえに「おめでとう ございます」とは言わずに、「本年も宜しくお願いします」と挨拶するよう心掛けて参りました。

 しかし、本日、出初式で、本市議会の議長の挨拶を聞いて「そうではなかったな」と反省するに至りました。

 市議会議長曰く「出初式の歴史を紐解けば、江戸期の町火消が脈々と続けてきた行事であることがわかる。歴史がある。」と。

 私には何がめでたいのかよく解らない、ということはどうでもよくて、街の防火のため、災害から人命や財産を守るため、日々訓練を重ねている消防職員、消防団、市民の皆様が新しい年を迎えられたこと、そして、これまで国難や災害に見舞われても、先人が知恵と勇気をもってこれを乗り越えてこられましたこと、これが、まさに「めでたい」。そして、それに対して「おめでとうございます」と言うのは正しい、このことに遅まきながら気づかせていただきました。

 であるから、本日の出初式では大声で「おめでとう ございます」と声を発し、ご挨拶をさせていただいたものであります。

 本年は、相手の立場にたって考えを張り巡らせることができる一年にして参りたいと思います。


$宝塚市議会議員――佐藤基裕(もとひろ)の国民活動-宝塚市消防出初式
↑写真は宝塚市消防出初式における車両行進 先頭 ミニチュアカー