
3ジジ放談「皇室典範 政治の劣化」平野貞夫×前川喜平×佐高信
もう、かなり前になってしまいましたが、7月3日に御馴染み平野貞夫さん、前川喜平さん、佐高信さんの3ジジ放談「皇室典範 政治の劣化」がアップされていました。
当初は、逝去された美輪明宏さんの追悼から。中曽根康弘が「君みたいのは海軍魂は知らんだろうな」と美輪さんに言い放った話。佐高信さんは「前川さんもチラッと関係ある」と言ったのみでその後、前川さんに振らず弘文のヒの字も言わないことに佐高さんの優しさを感じますね。
例の「愛子天皇になれば結婚できない」発言の中曽根弘文氏の妻は前川さんの実の妹、つまり弘文氏にとっては前川さんは年下の義兄になるわけです。前川さんはこの発言に噛みついたと週刊新潮では表現されていますが。弘文氏にむけてXポストしたわけじゃないし。
続いては平野貞夫さんが、長崎で美輪明宏さんと西岡武夫さんと永井隆博士の息子の永井誠一(まこと)さんが同級生という話で平野さんも医家の出で佐高さんの紹介で会えるはずがかなわなかった。
西岡武夫さんと河野洋平氏は文教族「関東軍」と言われたで新自クの盟友。新自クで自民を出た後に自民党で森喜朗が文教族トップになってしまった。萩生田光一幹事長代理が今はトップ。
で、平野さんが前尾衆議院議長秘書だった時の、教頭法制化議決に関する裏話。西岡氏と親しい藤波孝生氏が新自クの誘いに乗らず、「天命に遊ぶ」という中国の言葉を知る教養人。
皇室典範改正に話題を替える佐高さん。一種の文化的クーデターだと平野さん。麻生太郎氏を引き立てた河野洋平氏に文句いう佐高さん。
前川喜平さんが国会空転の中で実は麻生側近の森英介議長がとにかく皇室典範改正を先行させていることを批判。
平野貞夫さんは参議院議員になった時に小沢一郎氏から麻生太郎氏に河野洋平氏との連携をやめるように伝えさせられたが断られた、と。
河野洋平が生きていたら、麻生氏に厳しいことを言うだろうと平野さんはいうんですが、佐高さんは過去の経験から「肝心な時に物言わない河野洋平」。
吉田茂は河野一郎(洋平父)を売国政治家と見ていた、と平野さん。
その後、佐高さんが高市首相が中傷動画問題等で秘書の陳述書提出だけで切り抜けようとしているのを批判。参議院事務局長時代を思い出しながら、野党の追及も足りないと平野さん。質問が終わったら「ありがとうございました」と言うな、など。「答弁拒否」が一般化して高市首相はまともに答弁しない、野党も自分で答えを言ってしまう、テレビニュースで切り取りしてくれるのを期待したやり取りと前川さん。
平野さんはかつては質疑の中で過激、不適切なものがあったら懲罰対象、今は国会の議論では無くなった、と批判。
小渕優子が反旗を翻したというが、村上誠一郎でも石破茂でも自民党を辞めてくれないことには、と佐高さん。
こういう国会審議は昭和50年ぐらいから始まっていて、平野さんは前尾繁三郎衆議院議長の頃、「政の心」という本を書いて(ゴースト?)、丸山眞男東大教授と共同研究するまでになった。
その後は経済の話となり、前川さんが政府の奨励するNISA投資で外国にばかり投資され円が売られ円安、物価高の原因、そしてインフレ課税と言うと、「日銀が物価の番人でなく株価の番人になっている!」とか「ニュースで毎日、日経平均を出すのは怪しからん!」「162円超えで日本壊滅」「NHKはSKK(政府広報協会)」などと御馴染みの佐高節全開です。
平野さんがすべての価値が貨幣価値となっている、と。
その後、佐高さんが重信房子さんとの対談や平野さんと前川さんに推薦文を書いてもらった30年読書日記の宣伝になります。「北洋銀行 武井正直頭取」
平野さんはその秘書を勤めていた前尾繁三郎さんから「吉田茂の功績を汚すから麻生太郎は政治家にしてはいけない」と聞いていたので反省はしている、と。
前川さんは「麻生さんは新しい皇統をつくろうとしているとしか思えない」と応じて現在の黒田武一郎宮内庁長官を「ギリギリの抵抗をしている」と評価。「宮家養子の子どもが天皇になる、というのは寝耳に水」
黒田長官とは総務課長補佐時代に付き合いがあって旧自治官僚では民主主義派で小説も書いていた、と前川さん。
平野貞夫さんは、そこで自由民主党結成以前の自由党時代に岸信介幹事長は憲法の基本的な考え方を示したところに女性天皇を認め、その伴侶は一代限りの皇族とする、との憲法改正の方向という文章があった、と紹介します。これは日刊ゲンダイの保阪正康さんの寄稿にあったとのことです。
最後に高知出身の鎌倉節(かまくらさだめ)宮内庁長官の思い出話を平野さんがして、佐高さんは同じ高知の黒岩涙香の話などをしておわります。





