
朝日新聞の社畜、筑紫哲也氏を筆刀両断!”月刊創26年8月号 佐高信のタレント文化人筆刀両断”
先日に予告された通り、月刊創の26年8月号「佐高信のタレント文化人筆刀両断!」では故・筑紫哲也さんが批判の標的になっていました。

リベラル派と見られている内田樹、高橋源一郎らのことは、佐高信さんは斬ったことはあるのですが、朝日ジャーナル誌上での「企業探検」シリーズのライターの一人として筑紫編集長に採用され、週刊金曜日編集委員としても共に戦った筑紫哲也さんのような人を斬るのは、稀なことで、戸惑いを見せている佐高信ファンも多いのかもしれません。
先ごろ逝去した河野洋平氏を叩くことで始まります。麻生太郎氏の現在も存在する派閥の志公会(麻生派)は河野氏の大勇会がルーツで、政治的立場を越えて両者の関係は深かった。政治改革で河野洋平氏は細川護熙元首相との談合で小選挙区制が導入されたんだ、と。この「談合」には土井たか子衆議院議長の調停も大きく寄与しているんですがね。
まあそれで田原総一朗と筑紫哲也は河野洋平以上に罪が深いんだ、と佐高信さん。
「特に筑紫はこの世に呼び返してでも小選挙区制に賛成したことを糾弾したい」と。田原筑紫は伊東正義や後藤田正晴も小選挙区制推進だからと言った、という。
でも城山三郎さんがマスコミの急転回での小選挙区制賛成に怒り、「新聞社のお偉方が改革の審議会に入っているから反対論を書けないのなら、社畜記者だ」と最後まで反対だったのを引き「筑紫哲也こそ"社畜記者"の代表」と斬り捨てる佐高信さん。
「筑紫には徹底して少数派になりきれない弱さがあった。スタージャーナリストの宿命かもしれない。しかし、本田靖春や黒田清の例もある」
そして筑紫さんの次のような指摘は許せないと。
「小選挙区制反対論者の論拠にはやはり、予定された敗者の思考が色濃く反映されていたように私には思える。この悪い制度でも自分たちが勝者になってみせる、という気配や思考はこれっぽっちもうかがうことはできなかった。逆に、この制度では少数派の意見が死票として圧殺される、という繰り返された反対論には自分たちがその少数派になることが、必然であるかのような響きがあった」
これ、佐高信さんは引用元を書いてないんですよね。篠田孝之編集長のよくやる見落としでしょう。筑紫さんの「国家を考える」当たりなのでしょうか?
3割の得票で自民党が8割の議席を得て高市の暴走が始まった現在も同じことを言うのか!と佐高さん。
その後、同じく激しい小選挙区制批判論だった朝日新聞の石川真澄さんの「偲ぶ会」で当時の箱島信一社長(編集局長として小選挙区制賛成)が、石川さんが小選挙区制批判には困ったけれど、あれで問題点を指摘して朝日のクオリティが担保されたと、しなっと言い放ったのを「社長になるだけあって逃げが上手い」と皮肉り、最後に金平茂紀さんの「筑紫哲也と『NEWS23』とその時代」には筑紫批判が無いことを指摘して筆を置きます。
先の2月の衆議院議員選での自民大勝は暗澹たる感じですが、2009年には民主党が大勝もしてますからね。
小選挙区での前回総選挙での自民党得票率に関しては違うデータもあるようですが、、。
それにしても、やはりこの佐高信さんの筑紫哲也批判は筑紫さんが御存命中に行っておくべきでした。やったのかもしれませんが、看板連載の「タレント文化人筆刀両断」ではなかったのでしょう。大きく批判したのは筑紫さん死後に書かれた「不敵のジャーナリスト 筑紫哲也の流儀と思想」に於いてでした。
このほど出た朝日文庫版




