
佐高信さんは安岡正篤氏の孫弟子であるか?”月刊創26年7月号 筆刀両断 細木数子”に寄せて
という訳で、月刊創7月号の名物人気連載コラム「タレント文化人筆刀両断」の標的は細木数子さんだったのですが、7月になっても佐高信さんは「月刊ベルダ」という雑誌のあまり知られていない連載「佐高信の斬人斬馬剣」という連載で細木さんを俎上に乗せています。
細木数子さんを批判する様に見せかけて、右派の言葉で安岡正篤氏を批判というかなり薄い内容であった様に思います。
この紹介記事にも書いたように、前号でWBC野球全日本チームの監督だった栗山英樹さんを筆刀両断した時も安岡正篤批判が主になっていました。
さて、その佐高信さん当人なんですが、「安岡正篤の孫弟子」と一部で言われているのは、皆様ご存知でしょうか?
佐高信さんの師匠で、安岡正篤氏の弟子だったと言われているのは伊藤肇さん。
満州建国大学から新聞記者を経て雑誌「財界」の編集長。その後は評論家。(1926-1980)
伊藤肇さんのウィキペディアには安岡正篤さん、佐高信さんとの師弟関係?のことが書かれています。
手紙の書き方という著書で佐高信さん、伊藤肇さんとの交流を回顧していますね。
伊藤さんに現代ビジョン編集者として手紙を出したことで交流が生まれ、著書の誤植を指摘したことに対しては誠実に対応してくれたこと。城山三郎氏は佐高さんに「伊藤肇さんの推薦だから会った」と言ったこと。
安岡正篤を批判したら絶交を言い渡されるほど抵抗、反抗もしたが「打ち返してくれた」(交流は戻ったという意味か?)
伊藤氏が「財界」を辞める頃に、「財界」創業者の三鬼陽之助の醜態を話す伊藤氏に「それは三鬼さんを追い込んだ伊藤さんにも責任はある」と葉書を送ったところ、「負うた子に瀬を教えられの心境」と返事をくれたことなど。
安岡氏を早くから批判していることで、佐高さんと伊藤さんとは単純な師弟関係でもないことがわかります。
この他にも多くの人との交流が描かれているのでお勧めします。




