落合信彦氏逝去 筆刀両断された経験も | 一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ

落合信彦氏逝去 筆刀両断された経験も

 

落合信彦氏が亡くなりました。子息の落合陽一さんが最後の1日の様子をFBに綴っておられます。その御冥福をお祈り申し上げます。合掌。

落合信彦さんといえば、佐高信さんが筆刀両断したことがありました。確かきっかけが母校慶應義塾大学大学祭で学生が落合氏をかなりの大金(いくらか忘却)で講演に呼んだ、ってことだったと思います。辛辣な佐高ギャグ「テーノーミジュク大学」が生まれたのもこの時でしたね。

落合さんがデーブ・スペクターさんの週刊文春連載対談シリーズ「TOKYO裁判」に出たものの、気に入らず、花田編集長に言って掲載を拒否してしまったことを指摘しました。メインは確か落合氏が「戦い、いまだ終わらず」という小説で再建王と呼ばれた坪内寿夫氏を描いたことが、佐高信さんのお気に召さなかったことが挙げられていたと思います。ここだけの話ですが佐高さんの兄貴分である高杉良さんも「小説会社再建 太陽をつかむ男」でほぼ同時期に坪内氏を描いています。(高杉良全集を監修した佐高信さんが知らないはずはないのですが)

例の落合氏を一気に有名にしたアサヒスーパードライのCMでしたが、佐高さんは最後に「もう売れ行きもしぼんでしまった」みたいなことを書いていたような記憶があります。いまだアサヒビールの主力商品ですが、。佐高さんも当時のアサヒ社長の樋口廣太郎氏と親しくなって、樋口氏批判を止めたってのも御愛嬌。

そういうわけで落合信彦氏は毀誉褒貶の個性のつよいライターだったと、記憶に残る人でした。