
戦後80年「佐高信談話」が発表される
佐高信談話って言うと大袈裟ですが、昭和20年生まれである佐高信さんもサンデー毎日の「私の戦後80年談話」という倉重篤郎さんの企画による「『ノブレス・オブリージュ』の担い手と目される人たちがあの戦争を振り返り、何がその真因であったかを自らの論理と言葉で語り、戦争を起こさないために自分に何をできるか考え抜き、国民と共用する」という趣旨の特集の第2弾の一部になります。

佐高信さんの戦後80年談話はだいたい次のような論旨です。

「伊丹十三の父、万作が言ったように先の大戦は『国民が一部の戦争責任者に騙されて無計画で頓狂な戦争を強いられた』のではなく、騙された国民も悪い。国民の文化的な無気力、無自覚、無反省、無責任が問題だ。TAMAYOという米国で活躍したコメディアンが日本の朝鮮への形式的謝罪をネタにしているがここにも真実。首相談話の原点は村山談話。村山富市の中には穂積五一、アジア文化会館の創設者で『留学生の父』と呼ばれる。穂積は上杉慎吉の弟子であったが石原莞爾の言うお題目『五族協和』を信じ実践、戦中、学生寮の至軒寮を建て村山も寮生。村山の先にはアフガニスタンでの医療活動、用水路整備の中村哲がいる。戦後80年、憲法9条で出発した戦後体制が掘り崩されてきた、という危機感がある。出発点に『騙された』という現実がなかったか、真に歴史を反省して謝罪してきたのか考える8月にしたい。」
TAMAYOさんの名前を久しぶりに目にしましたので、今はどんな調子なのか検索してみましたら面白いことがわかりました。
TAMAYOが日本に凱旋帰国し、普段アメリカで演っているネタを日本語に訳して日本人客の前で披露した。全然ウケなかった。TAMAYOという女はあろうことか客に向かって「あんたら、わかってへんわ」という態度をとった、と言われている。(諸説あり)この件に関して、コラムニストのナンシー関氏がコラム紙上で激怒されていた。ナンシー氏曰く「このTAMAYOという女はアメリカが笑いの本場だと思っているようだ。しかし、アメリカンジョークの本場はアメリカかもしれないが、笑いの本場なんていう国はない」
https://note.com/yugencozy/n/n36a2a134178e
TAMAYOさんは、アメリカで最も成功したスタンダップコメディアンと呼ばれていたようですが、功成り名遂げ既に引退されているのかもしれません。
スタンダップコメディーといえば大阪で趙博さんの主催するイベントに前座でナオユキさんが出て、そのあとマイクの前に立った佐高信さんが「もう帰りたい」と弱音を吐いたことが思い出されますが、それはさておき、日本でもスタンダップコメディアンの注目度は上がって来たようにも感じます。佐高さんの応援する松元ヒロさんの「鬼平犯科帳」出演、アメリカで活躍するウーマンラッシュアワーの村本大輔さん、サクヤナガワさん、昨年、佐高さんと共演が実現した西東京市議会議員でもある長井秀和さん、など。
佐高信さん的には体制、政治批判あっての笑いというのが本当の芸である、とのことですが、そういう傾向は少し出てきたみたいですね。
佐高信談話に話を戻すとこの特集の他の談話代表が田村智子日本共産党委員長以外は野田佳彦元首相、斎藤健前経産相、前原誠司元国交相だったりするのが佐高さんは気に入らないことでしょう。
村山談話の話が出てきますが、当時は佐高さんは「戦後50周年国会決議」が不十分だという論陣は張っていたようですが、特に村山談話には意見もなかったかように感じられます。村山元首相にはオウム事件で破防法を発動させようとしたことについて「佐高信の寸鉄刺人」で「村山は市民社会に置ける犯罪者」と怒りとともに定義した数年後に、田中眞紀子元科学技術庁長官と対談「問答有用」では「私トンちゃん、大好きです〜」とコペ転したことも楽しい思い出ですが。
佐高信談話の論旨としては「騙された」側も騙した「軍部」「マスコミ」に全責任を負わすのでなく、当時の情勢、歴史をきちんと見直すことが必要だ、というように結論づけられるかと思います。
(追記)
9月7日には社民党の新参議院議員のラサール石井さんと、福島瑞穂党首が世田谷区の劇場でスタンダップコメディーを披露したことが報道されていたのに気が付きました。
佐高信さんも福島瑞穂後援会会長として参加してほしいと思います。漫談はお手の物でしょうから、一工夫して、。