2024年最初に劇場で鑑賞した映画は、ドニ―・イェンが総監督・主演・製作を務める『シャクラ』だ。

過去の記事を読み返したところ、2022年は『レイジング・ファイア』、2023年は『カンフースタントマン』がそれぞれ劇場で鑑賞した最初の作品なので、図らずも3年連続でドニ―・イェン関連作品ということになる。
ちなみに、鑑賞後に調べて知ったことだが、2022年の『レイジング・ファイア』でも2024年の『シャクラ』でも谷垣健治氏がアクション監督を務めている。

『シャクラ』は宋代の中国を舞台としたアクション時代劇だが、筆者にとっての2023年を総括するような作品だった。

 

 

ドニ―・イェン演じる主人公の喬峯(きょう・ほう)は、丐幫(かいほう。映画公式サイトによれば、「乞児の生活面における共同体。互助組織である一方、独自の武術を身につけ、義俠の行いを旨とし、武林における勢力」)のリーダーであると同時に武術の達人。
しかし、無実の罪をなすり付けられ、且つ宋と敵対する契丹の出自であるとされてかつての仲間や部下から追われる身になるまでが本作の前半パートだ。
後半パートでは、喬峯の出自に関する謎解きや、喬峯が自分を陥れた犯人を捜すのがメインとなる。

本作を観て、2023年に起こったニュースを思い起こさずにはいられなかった。
具体的には、故・ジャニー喜多川氏による性加害や、自民党・安倍派のキックバック問題だ。
いずれも様々な角度から論じるべきニュースだが、個人的に一番気になるのは加害者やその関係者が亡くなった後に取り沙汰されている点である。
古今東西、権力者が死亡または失脚した後、それまで隠されてきた罪が一気に暴かれ、責任を追及されるという話は枚挙にいとまがない。
筆者自身は別に権力者ではないが、それでも自分が死んだ後に色々と取り沙汰されるような人生は送りたくないと強く思う。
生きているうちは、どれだけ馬鹿にされたって構わない。
それでも死んだ後には皆が寂しがるような人生を送れたら、と思う。

作品中で、喬峯は仲間や部下から信頼され、慕われているように見える。
それなのに、彼らは手の平を返したように喬峯のことを「極悪人」「蛮族」と呼び襲いかかる。
その切なさは本作の一番の見どころである。
信頼され、慕われているように見えたのは、もしかしたら喬峯から見た景色に過ぎないのかもしれない。

前半パートのクライマックスでは、とうとう喬峯は彼らと対峙し、戦うことになる。
その際、戦う相手といちいち「義断の盃」を酌み交わすのがまた切ない。
「これまでの義理や感情を断ち、敵同士として未練なく戦うため」と喬峯は説明しているが、かつての仲間や部下と戦うのは喬峯にしてみても「飲まなきゃやってられない」事態であるのは明らかだからだ。

その辛さは身に染みてわかる。
筆者自身のことを思い起こせば、2023年は仕事の上でかつてないほど多忙を極め、年末にとうとう心身の調子を崩してしまったことが一番のハイライトだった。

武術を学んでおきながら身体の発する様々なメッセージを軽視し、護身術を語っておきながら日常の肝要な場面で自分を守れなかったのは情けない限りである。
ともあれ、同僚達からは温かい言葉をかけてもらい長く休めることにもなったのだが、休職期間に入ってから「仕事上のありもしないミスの責任を問われ、怒りが爆発して会社内で大暴れする」という悪夢を見たことがある。
夢の中とはいえ同僚に暴力を振るったことや、それによって更に孤立を深めてしまった気分の悪さはかなりのもので、目が覚めてからもしばらく残った。
きっと喬峯も同じような、あるいはより辛い気持ちであったのではないだろうか。

一方で、喬峯は前半パートでも後半パートでも常に堂々としている。
それは圧倒的な武術の腕前だけによるものではない。
出自がどうであれ自らに恥じるところがないという自信であり、「誰の側に付くか」ではなく「正道を貫く」という信念によるものだ。
故に戦闘において卑怯な手段を使うことを良しとせず、理不尽な苦境に立たされている者に対しては分け隔てなく手を差し伸べる。

ここでも2023年のニュースを思い起こした。
ウクライナやパレスチナで激化した武力侵攻のニュースだ。

どのような思想的・政治的な立場に立とうとも、「正道を貫く」という観点ではロシアやイスラエルによる無差別(戦闘員と民間人を区別しない)攻撃や、「報復」という名目で相手側に何倍もの被害を出す攻撃、力による現状変更は非難せざるを得ない。
そんなことを胸を張って言えるような自分、社会でありたい。

一方で被害者・難民の人道支援もまた、思想信条に関わらず重要なことであると思う。
募金であれ何であれ、微力でもできることをしたい。

能登半島における地震や羽田空港の事故など、2024年は早々から痛ましい事態が相次いでいる。
いずれのニュースも、大所高所から論ずるだけでなく、自分に引き付け自分にできる「正道」を考えて日々を過ごしたいと思いを新たにした。

余談だが、配信を含めると2024年に最初に鑑賞したのは『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』だ(劇場公開は2023年だが、多忙により公開中に観られなかった)。
『シャクラ』では香港映画の伝統であるワイヤーアクションやCGが多用されており、それはそれでよかったのだが、『ベイビー~』における日本原産「生身のアクション」も充分に世界に通用するレベルだと思った。