Netflixのドラマ『サンクチュアリ-聖域-』を観た人は多いだろう。
筆者とて、予告動画が解禁された時から配信開始を楽しみに待ち、開始後は一気に観た。
主演の一ノ瀬ワタルは映画『ある用務員』における抜群の存在感が印象に残っていたが、その風貌からして主役に据えるのはいい意味で「どうかしている」。
その意図は完璧にハマっており、ドラマ単体として非常に楽しめた。
 

それだけではない。
『サンクチュアリ』の観賞をきっかけに、個人的には空前の相撲ブームが訪れた。
まずは自主トレとして、相撲の稽古である四股踏み、摺り足、テッポウをやるようになった。
武術を習っているので過去にも一応は教わったことがあり、怪我で対人稽古が思うようにできない時等にはやったこともあるが、ドラマを観ていたら身体を動かさずにはいられなくなった。
ドラマでの登場人物達の動きをイメージしながらやると、過去にはできなかったほど腰を落とせるようになり、早速効果が現れている。

 

 

また、相撲を題材とした他のコンテンツにも手を出した。
図書館で偶然『力士ふたたび』(ハルキ文庫)という小説を見つけて手に取ったのをきっかけに、その後は『おれ、力士になる』(講談社文庫)と、同じ須藤靖貴著の小説を読んだ。
これらの作品では、ストーリー上のわかり難さや意外性のなさといった難点はあったが、他では大っぴらには描かれない相撲業界の「親方株」の仕組みやその裏で動くカネの話、「阿吽の呼吸」「かわいがり」といった風習が詳しく取り上げられておりなかなか面白かった。
 

同じ須藤靖貴の作品でも、『大関が消えた夏』(PHP研究所)は文句なしに面白かった。
格闘技やスポーツで黒人選手が活躍する一方で、黒人力士が現れないことにかねてより疑問を持っていたが、本作は見事な回答であった。
事実上の主人公である荒把米(あらばま)は元アメフト選手で、スカウトされて入った相撲界では史上初の黒人大関にまでなった人物だ。
度重なる差別や嫌がらせにも負けず横綱の座にも手がかかるが、そこから陰謀に巻き込まれていく。


最終的には、荒把米は陰謀を逆手に取って念願だったNFLのチームとの契約を勝ち取る。
相撲を引退するかに思われたが、なんとNFLでプレーしつつ相撲でも横綱を目指すという驚異の「二刀流」を宣言する。
しかも、その実現プランが非常に論理的且つ爽やかで応援したくなるのだ。
 

現実世界では、野球の大谷翔平選手が投手と打者の二刀流によってメジャーリーグで大活躍しており、中学生で空手・柔道・相撲・ボクシング・レスリングの「五刀流」でいずれも全国レベルの選手も存在する。

かつては「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざに代表されるように、何事においても一つのことに専念しないのは悪徳とされていた。
しかし、実際にはスポーツで二~五刀流を高い次元で両立するような選手が現れ、ビジネスでも副業・複業が当たり前な時代になってきた。
それは決して「どっちつかず」なあり方ではなく、全てに全力で取り組むからこそ見える景色がある。
いつの日か、NFL選手と大相撲の関取を兼任するような小説レベルの人物が活躍するのを楽しみに待っている。

 

 

次に観たのはディズニープラスのオリジナルドラマ『シコふんじゃった!』だ。
1992年に公開された映画『シコふんじゃった。』の周防正行監督が原作・総監督を務めるリメイクであり、世界観・キャラクター及びそれを演じる俳優を引き継いだ正統続編でもある。
筆者が大好きな『コブラ会』や『クリード』とまったく同じ構図である。

本作において何よりも印象的なのは、女子相撲の有力選手であり、作品の舞台である大学相撲部の主将役を演じる井原六花の四股踏み、摺り足、テッポウがなんとも美しいことだ。
登美丘高校時代に部長として日本高校ダンス部選手権を制したのも頷ける、極めて高い身体能力と表現力を感じさせる。

また、後にオリジナルである映画版と見比べて気付いたことだが、きちんと現代的にアップデートされている点が素晴らしい。
映画版では、男子に対する蔑称として「女みたい」「女々しい」「オカマ」という言葉が平然と使われ、女子が土俵に上がるのは禁忌として描かれた。
つまり女性蔑視が全面に現れているのだ(そして悲しいかな、それが今に至るまで現実の相撲界、延いては社会の現状でもある)。
実際、負傷した男子選手の代わりに女子のマネージャーが試合に出る場面があるが、体格という才能に恵まれているにも関わらす、本来土俵に上がることを許されていないため女子であることを隠して(具体的には胸をテーピングして)試合に出ている(結果としては見事に勝っている)。
その点、ドラマ版では先述の通り女子が大学相撲部の主将を務めており、公式戦でも男女混合戦が行われ女子が堂々と土俵に上がることができている。
映画公開当時の時代の限界に向き合ったのは見事だ。
 

それだけに、主演の井原六花にステレオタイプな「田舎者」の演技をさせたのが残念でならない。
設定上、青森の高校からスポーツ推薦で東京の大学に進学したキャラクターであり、方言で話すことは全く問題ないのだが、現代の大学生活を送る上で履修登録や課題の提出等、すべてがオンラインで行われる中で、スマホも持っていなければネットも使えないという田舎者描写はあまりに無理がある(そのような描写は序盤だけで、中盤以降は鳴りを潜めてくるのだが)。
「黒人は頭が悪い」「女子は力が弱い」と他者を勝手なステレオタイプに当てはめることから差別は始まる。
相撲における女性差別に正面から向き合ったからこそ見えた課題である。
是非とも第2シリーズ以降を作って挽回してほしい。
 

ちなみに、Netflixのドキュメンタリー『相撲人』で取り上げられている女子相撲の今日和選手は、『シコふんじゃった!』で井原六花が演じるキャラクターと同様、青森出身で一人称が「わー」であり、同キャラクターのモチーフになっている可能性があるが、今選手はストイックに相撲に励む一方でおしゃれもすれば友達と遊びにも出かける、普通の女性の一面も持ち合わせている。
どうせモチーフにするならこの両面を描いてもよかったのではないだろうか。

 


最後にして最高の相撲コンテンツは、高校相撲から大相撲までを題材にした漫画『火ノ丸相撲』だ。
週刊少年ジャンプでの連載時に読了した作品ではあるが、堪え切れずに読み返すに至った。
読み返してみると、想像していた以上に強く影響を受けていることがわかった。
「弱者が地道に鍛錬して強者を打ち負かす」「逃げに思える行動に実は戦略がある」「精神論ではなく、勝ち方にちゃんと理屈がある」「因縁や相性によってマッチアップが決まる」といった、筆者がエンタメ作品に求める要素が網羅されている、否、本作を読んだからこそ他のエンタメ作品に求めるようになった要素が多々ある。
 

本作のポイントの一つは「異種格闘技」の描写だ。

かつて、アメフト出身の格闘家ボブ・サップと元横綱の曙がリング上で対戦したことがある。
アメフトのラインズマンも力士も、同じく「相手にぶつかる」プロであり、同試合は「アメフト対相撲」等ともてはやされはしたが、実際のところ曙は横綱時代の身体能力とは程遠く、ボブ・サップの圧勝に終わった。

事程左様に、異種格闘技戦というものは「どの格闘技が強いか」ということには答えてくれない。
あるのは「誰が強いか」という現実のみである。
そのことを『火ノ丸相撲』におけるライバル校の選手にして元柔道チャンピオンの荒木がはっきり言うのがいい。

また、荒木は主人公チームのエースにして元レスリング国体王者の國崎と試合をするが、この時の「異種格闘技」的な戦いは漫画ならではのカッコよさで、現実の試合ではあり得ないような見事なものだ。
しかも決着の付き方は異種格闘技ではなく相撲のそれである。
正直なところ、『火ノ丸相撲』における個人的ハイライトはこの荒木対國崎の試合だ。

元レスリング国体王者の國崎や、同じく主人公チームで空手経験者・元番長のユーマ等、相撲は素人でも過去に別の競技で技術を磨いた「異能力士」が、自らの得意を活かすことで本作では活躍する。
そこが何より素晴らしい。

筆者自身のことを思い起こせば、学生時代から得意科目と苦手科目が極めて明確であり、高校受験でも大学受験でも苦手な数学は捨てて得意な英語が大きな比重を占める学校を受けることで、それなりの名門校に行くことができた。
「自らの得意を活かす」という戦法は元々好きなのだ。

社会人になってからも、最初に海外事業の部署に配属され、他のビジネススキルはともかく英語のスキルで(自分で言うのもなんだが)1年目から大いに活躍した。
それだけに、他でもない英語によるミス・コミュニケーションによって他者に迷惑をかけたことは何よりも堪えた。
その後、全くの異業種に転職し、英語のみならず過去に培ったスキルで勝負せざるを得なかったため、「異能力士」の考え方は心の拠り所でもある。

再びスポーツ界に目を向ければ、2020年に大学1年生の時に全日本相撲選手権で優勝したアマ横綱の花田秀虎選手は大相撲入りを嘱望されながらもNFLを目指してアメリカの大学に編入した。
「日本の国技がアメリカの国技にどこまで通用するか。ここで挑まなければ死ぬ前に後悔する」と語る花田選手が、異能力士としてNFLで活躍すること、贅沢を言えば大相撲でも活躍することを願って止まない。

 

 

今後の楽しみとしては、『火ノ丸相撲』の作者の新作『アスミカケル』が週刊少年ジャンプにて連載開始された。
主人公は祖父から武術を習っており、その技術をベースに総合格闘技に挑むのだが、その発想がなんとも「異能力士」っぽい。
第1話でのカタルシスを生む展開も含め、『火ノ丸相撲』と相通ずるものがあり、今後の展開が楽しみである(第1話では「國崎」という名前も出てきたので、彼の再登場も期待する)。
 

また、ドキュメンタリー『相撲道-サムライを継ぐ者たち-』では、密着している相撲部屋の力士を製作陣が焼肉屋に連れて行き、会計が80万円に登るというシーンがある。
力士の食べる量や食生活については上記の作品でも描かれているところではあるが、実際のところを学んでみたく、『ルポ筋肉と脂肪-アスリートに訊け-』という本も手に取り始めた。
 

最後に、相撲の歴史は敬愛する今野敏の小説では多くの作品で神話の時代にまで遡って描かれている。
これらも早晩読み返さねばなるまい。

日本の国技である相撲の奥深さを今更ながらに感じ始めた今日この頃だ。
国技館のチケットこそ取れなかったが、9月場所もテレビで楽しく観賞したい。