自慢じゃないが(という文句に続くのは間違いなく自慢だ。本記事もその例に漏れないが)、2017年に公開され、社会現象にもなった『カメラを止めるな!』(監督・脚本・編集:上田慎一郎)は公開初期に映画館で観た。

当時の公開館数は東京の2館のみ。
終業後に筆者が足を運んだ平日夜の池袋シネマ・ロサは満員だった。

その満員の観客が、腹を抱えてゲラゲラ笑う雰囲気から、「この作品は絶対来る」という確信を得て、鑑賞後は「今のうちに観ておけば後々に絶対自慢できるから」と周囲の人に手当たり次第おすすめしまくった。

実際に社会現象になり、今時珍しくネットでチケットが購入できない池袋シネマ・ロサは連日長

蛇の列、公開館数も全国で激増といった状況を傍目に、筆者の言うことを素直に聞いて映画館に行った後輩と酒を飲んではほくそ笑んでいた。

 

 

また、「2019年におけるカメ止め」と話題になった『メランコリック』(監督・脚本・編集:田中征爾)も、作品のテイストこそ違うが映画作家によるほぼ自主製作のオリジナル作品、無名だが最高のキャスト陣の輝きという点については同じ感動を覚えた。

 

 

そして2021年。
まったく同じ感動を味わった日本映画が『ある用務員』だ。
ちなみに2020年で言えば前の記事にも書いた『狂武蔵』だろう。

監督は若干25歳の阪元裕吾。
学生時代から数々の映画祭で成績を残していたらしいが、筆者が実際に作品を観たのは恥ずかしながら初めてだった。

 

 

ストーリーは、暴力団のフィクサー(表の顔はあくまで実業家)である真島が殺され、その娘の唯が通う高校で用務員として働く主人公、深見が殺し屋から唯を守るために戦うという話だ。
深見の父親は真島と兄弟分の暴力団員だったが深見が幼い頃に殺され、深見はその後殺し屋として真島に育てられたが、父親を殺すよう命じたのは実は真島だった、というのがドラマチックだ。

本作には、真島を演じる山路和弘をはじめ、深見の父親役の野間口徹、真島の暗殺の手を引く西森役のラッパー・般若(入江悠監督の『ビジランテ』の怪演でもおなじみ)など、著名な俳優、タレントも出演しているが、多くの主要な俳優陣は『カメラを止めるな!』や『メランコリック』と同様、知名度は比較的低い(舞台やドラマなどでは活躍されている方々なので新人ではない)。

だが、すべてのキャラクターが最高の味を出している。
般若が演じた西森の歩き方、重要な会談に臨む際、部下の村野に何度も「キレるな」と釘を刺されたことで逆にキレる件、禁煙中に煙草を吸うの吸わないのという村野とのやりとり...
村野は村野で、死ぬ間際の台詞は思わず笑ってしまう。

筆者が一番好きなキャラクターは、唯に密かに想いを寄せる幼馴染のヒロだ。
ヒロは、そのセリフから恐らくは組み技系の何らかの武道を習っていることが伺えるほか、ケンカになりそうな時には毎回ピアスを外すという、場慣れした雰囲気を持つ。

実際、唯を狙う殺し屋と遭遇した際、ヒロは殺し屋から顔面パンチを食らって倒されるが、すぐに立ち上がって殺し屋の前に立ち塞がる。
この時、ヒロが顔面にもらったダメージを振り払いつつ、少しだけ体をほぐしながら殺し屋に対して「唯には絶対に手出しさせない」と目だけで訴える一瞬のシーンは、筆者が本作で最も好きなシーンだ。

見事な格闘技術で殺し屋の1人を退けるヒロを演じた伊能昌幸(調べたところ阪元監督作品の常連らしい)は、村野役の元プロ格闘家、一ノ瀬ワタルと並んで明らかに体格が普通じゃないのだが、パンフレットの情報によるとすべてのアクションを自身でこなしているとのことだから余計に驚く。

主人公の深見のアクションにしても、次から次へと襲ってくる殺し屋を満身創痍になりながらも毎回撃退できる理屈が明快なのが素晴らしい(そうでないアクション映画では、満身創痍でも「うおぉー!」とか言って気合を入れた途端に強くなって勝ってしまうようなことがよく起こる)。

日本語ラップや格闘アクションが好きな筆者が挙げると上記のように偏りがちだが、他のキャラクターも例外なくいい味を出している。

また本作は、これもパンフレットの情報によると小学校5年生の時に『ダイ・ハード』をテレビで観て興奮した阪元監督が、「ダイ・ハードみたいな映画を」と企画したオリジナル作品だ。

なるほど、本作で深見が数々の殺し屋と戦うクライマックスの舞台は「補修の生徒と限られた教員以外、誰も来ない土曜日の学校」であり、「時間的にも空間的にも限定された戦い」なのだが、『ダイ・ハード』のオマージュだというのは頷ける。
この「時間的空間的な限定」という仕掛けこそ、予算規模でハリウッド映画には到底敵わない日本のアクション映画が取り得る数少ない戦略だが、本作では見事に機能している。

 

 

そんな感慨と共にパンフレットをめくっていると、戦慄すべき言葉を見付けた。
阪元監督は映画学校時代、プロデュースの授業でこう言われたそうだ。

「君たちのオリジナル企画はもう映画業界には必要ない」

その講師がどのような意図で言ったのかはわからない。
想像するに、映画の企画を通す上で一定以上の集客を見込むことができ、それ故に予算を確保する目途が立つということは重要な指標であり、オリジナル作品が作り辛いのは現実なのだろう.。

しかし、それが映画学校で単なる現実としてではなく「教訓」として伝えられているとすれば悲しくなる。

と同時に、映画学校で何を言われても、現実がどうであっても最高に面白いオリジナル作品を作り続けてくれる映画作家の方々に、精一杯の賛辞と感謝を送りたい。