その19(№6133.)から続く

当ブログ史上、初めて(恥ずかしながら)年を跨いでしまった連載も今回で最終回。
今回は、車体傾斜車両の将来について占ってみたいと思います。

【振子式か空気ばねによる車体傾斜装置か】
これまで何度か触れてきたとおり、1990年代には多くの振子式車両が登場していますが、その後は少なくなっています。
この要因は、以下のことが指摘できようかと思います。

① 車両の性能の向上(加減速度の向上)
② 車両構造の工夫(重心低下を意図した設計)による曲線区間通過速度の向上
③ 振子式によらない車体傾斜装置が普及したこと
④ 以上により、イニシャルコスト・メンテナンスコストとも高くならざるを得ない振子式車両を投入する必要性が薄れたこと

これも何度か述べていますが、振子式車両は通常型の車両に比べると機構が複雑で、その分メンテナンスコストも高くなります。また当然のことながら、車両としても特殊仕様となるためイニシャルコスト(車両の価格)も高額になります。
そこで、企業としての鉄道事業者は、そこまで劇的な曲線通過速度の向上を望まず、「ある程度の」スピードアップで十分と考えるのであれば、無理に振子式車両を導入する必要はないという判断に至ります。
現在は技術の向上などもあり、電車・気動車とも国鉄時代に比べれば性能が劇的に向上し、加減速度も向上しています。加減速度が向上すれば、発車からトップスピードに至るまで、あるいはトップスピードから駅停車に至るまで、それぞれ短い時間で済み、それだけトップスピードで走れる距離が長くなり、それも広い意味でのスピードアップになります(①)。
そして、曲線通過速度向上のためには、通常型の車両でも重心を低い構造にすれば、曲線区間でスピードアップしても転覆の危険は小さくなります(②)。もっとも、乗り心地が悪くなることは否めませんが、そこは定員乗車(立客がいないこと)を前提に、ある程度の乗り心地の悪化には目をつぶるということです。この発想で曲線通過速度を向上させているのがJR東日本E257系、JR西日本681・683系、287系など、特急型車両に集中しているのはそのためです。
さらに、より低コストで車体傾斜が可能ということになれば、そちらを採用する例が増えるのも道理(③)。勿論、振子式車両に比べれば…ですが、低コストで振子車両と同等の曲線通過速度を実現できる方式(JR東日本E353系など)なので、鉄道事業者にとっては大変魅力的な方式でもあります。他方で、路線の条件からはこの方式が不適切とされる場合もあり、そのような場合は振子式が選択されることになります(JR四国が2600系の増備を中断した理由がこれ)。
以上述べたことからお分かりいただけると思いますが、曲線通過速度向上の効果は

←大 振子式≧空気ばねによる車体傾斜>低重心構造>加減速度向上 小→

となり、イニシャルコスト及びメンテナンスコストは

←高額 振子式>空気ばねによる車体傾斜>低重心構造>加減速度向上 廉価→

となります。これは、イニシャルコスト及びメンテナンスコストの高低と曲線通過速度向上の効果の大小はトレードオフの関係になっているわけで、どれを採用するかは各事業者の経営判断であり、かつ路線の性格・条件等が考慮されるということになります。
結局のところ、今後振子式が採用されるのは、土讃線や伯備線のような「振子式でなければ」という路線に限られ、新規路線はおいそれとは出現しないように思われます。

【強制振子式の採用はあるか】
海外の振子式車両における車体傾斜方式は、日本のような自然振子式ではなく強制振子式が主流となっています。
強制振子式は読んで字のごとく、曲線区間において車体傾斜機構を油圧などで強制的かつ能動的に傾斜させる方式です。日本国内で主流となっている制御付き自然振子式との違いは、曲線区間において車体を傾かせるときに車体にかかる超過遠心力を利用するか否か。制御付き自然振子式は、曲線区間に突入するときと脱出するときに極端な揺れにならないように調節し、車体の傾きは超過遠心力を利用しているのに対し、強制振子式はそれらを一切あてにせず、あくまで能動的に曲線区間で車体を強制的に傾斜させるもの。強制的に車体を傾斜させることが可能であることから、曲線区間通過時の傾斜角を自然振子式の車両よりも大きく取ることができます(概ね8~10度まで)。
この方式のメリットは、車体傾斜のメカニズムを単純に構成できること。これに対してデメリットも当然あって、それは車体傾斜を制御するシステムの搭載が不可避であり、そのシステム構築のための制御装置が複雑になり、結果として自然振子式よりもコスト高になってしまうこと。
この方式の肝は、曲線区間への突入を適切に検知できることですが、初期はジャイロスコープや加速度センサーなどで検知していたものの、これらの方式では必ず曲線区間突入「後」に車体が傾斜することになり、乗り心地の点では難がありました。その後エレクトロニクス技術の長足の進歩により、曲線区間突入の検知の制度も向上し、正確かつ適切な車体傾斜のタイミングを求めることが可能になりました。
日本における強制振子式の採用例は、今のところJR東日本のE991系電車のみとなっています。形式が示すとおり、この車両は在来線の速度向上試験車両として開発されたもので、試験線区を選ばないよう交直両用とされていました。目標は最高速度160km/hとされ、現車は平成6(1994)年に登場、勝田に配属され、常磐線や中央東線などで高速度試験を行いました。純然たる試験車ということで、試験終了後の平成11(1999)年には退役し、その後すぐに解体されてしまいました。
E991系の他には、JR北海道のキハ285系が「強制振子式」の採用を目指していましたが、こちらは試作車が落成した後に短距離での試運転を行っただけで、量産車も作られないまま退役してしまったので、「採用例」とはいえません。しかし、もしもこの車両の開発が順調に推移していたら、量産車が登場して「スーパー北斗」が函館-札幌間を2時間半くらいで走破していたのでしょうか。夢のある車両ではあっただけに、残念に思う愛好家が多かったのも事実です。
強制振子式は制御付き自然振子式以上にコストがかかることもあり、日本では採用されなる可能性は低いでしょう(今のところ)。

【結論】
今後の振子式車両は、伯備線や土讃線、中央西線のように(JR東海は383系の置き換えに385系を投入する計画を明らかにしていて、同系は振子式車両となる予定)、「振子式でなければ」という路線以外には投入されないでしょう。また今後、空気ばねによる車体傾斜に移行するところもないとは限りません。
よって今後、振子式車両は限られたものになるであろうと思われます。

何だか最後は寂しい結論になってしまいました。
しかし、今後も新しい振子式車両が現れることは確実ですし、さらなる技術の進歩にも期待したいところ。とりあえず、385系の登場を楽しみに待ちましょう。
年を跨いでしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。

-完-