その12(№5992.)から続く

今回は小田急の誇る、現時点では最新の「前面展望車両」を取り上げます。
その車両とは70000形「GSE」。
この車両のスペックについては詳述を避け、展望構造その他特色のある点を見ていきます。

GSEの一番の特色は、「前面展望構造を採用しながら連接構造を放棄し、通常のボギー構造を採用したこと」です。
従来、小田急のロマンスカーで展望席を持つ車両は、10車体(VSE)又は11車体(NSE・LSE・HiSE)連接の連接構造とされてきましたが、GSEに関してはメンテナンスの容易さとホームドアの整備を鑑みて、通常のボギー構造とされました。その上で歴代ロマンスカーのような、運転台越しではない前面展望が可能な構造を採用しています。展望席はVSEと同じ、歴代で最多となる16席が用意されました。
GSEのもうひとつの特色は、展望席のある先頭車に関しては、窓上の荷棚を廃したことです。これは従来のロマンスカーが、展望席と一般席とで隔絶されていたような印象があったものを改めて、展望席から後部座席までの構造に一体感を持たせ、後部座席からでも前面展望を可能にすると同時に、ひとつの「部屋」となる開放感を演出することに一役買っています。管理人は先頭車両、展望席ではない車両後部の座席に実際に乗車したことがありますが、かなり後部であったにもかかわらず、ちゃんと前面展望を望むことが可能になっていましたし、また車両全体の開放感もかなりのものがありました。このときの体験で、先頭車両から荷棚をなくした狙いは間違っていないと思ったことです。
また、GSEが通常のボギー構造を採用したもう一つの理由として、1両当たりの定員を増やすことで、「観光目的の利用と日常利用の調和」が指向されたことが指摘されています。これは、同車のメインの役割を箱根観光へのアプローチとしつつ、「ホームウェイ」などの日常利用に違和感なく使用できるという方向です。編成長は箱根湯本に入線が可能な最大両数である7連となりました。これはNSEなどの編成長に合わせたものです(分割併合を前提としていなかったRSEが7連とされたのも同じ理由)。
そしてもうひとつ特筆すべきなのが、車体色。小田急ロマンスカーのイメージカラーはオレンジ色(バーミリオンオレンジ)ですが、それを帯の色に採用しつつ、バラの色を基調とする「ローズバーミリオン」を採用、さらに屋根部には深みのある赤色の「ルージュボルドー」を採用しており、赤系統の色でまとめられています。この色の組み合わせは、実際に現車を見ると非常に鮮やかで品のある取り合わせに見えるのですが、写真に撮るとそのコントラストがあまり目立たなくなってしまうという、ある意味では非常に「撮り鉄泣かせ」のカラーリングでもあります。ちなみに先頭部の、展望席の正面ガラスの両側の窓柱だけは銀色になっており、赤系統でまとめられた中でのアクセントになっています。
これは管理人の勝手な考えですが、GSEの先頭部、一時期Twitterなどでインターネットミームとなっていた、「口をパッカーンと開けた顔」に見えて、どうしてもカッコよく見えなかったものですが、現車を見て考えが変わりました。好きな人には大変申し訳ないのですが、見た目で損をしている感もなくはなく。

GSEは平成29(2017)年から翌年にかけて2編成14両が投入され、当時最古参のロマンスカーとして活躍していた7000形LSEを置き換えました。もともと、GSE自体がLSEの置換えとして投入されたロマンスカーであり、LSEが平成29年の時点で登場後37年を経過、車両性能及び接客設備の両面で陳腐化が顕著だったことから、新車投入による車両性能とサービスレベルの向上を狙ったものです。
GSEは登場時のVSE同様に運用が固定され、一般の時刻表にもGSE使用列車が明示されるようになりました。それに伴いGSE使用列車を「指名買い」するお客も多く、他のロマンスカーに空席があるのにもかかわらずGSE使用列車は満席、ということも少なからず見受けられるようになります。このように、GSEが鉄道愛好家ばかりか一般利用者の支持を得たことから、これでGSEが特急ロマンスカーのフラッグシップとなった…といえばそうではなく、当初はあくまでVSEとの二枚看板という位置づけでした。小田急の中の人もそのつもりだったようですし、GSE登場後も、VSEは依然として高い人気を誇っていましたから。
しかし、前回触れたとおり、メンテナンス・リニューアルが困難であることなどを理由に、VSEは昨年3月限りで、退役前提の定期運用離脱の憂き目に遭っています。しかもLSEも、GSEと引き換えに2編成とも退役してしまった。
このことが何を意味するか。
言うまでもなく、小田急ロマンスカーの売りが「展望席」であったにもかかわらず、その「展望席を持つロマンスカー」は、GSEしかなくなってしまったということです。
つまり、GSEは「展望席を持つロマンスカー」としては、孤高の存在ということになってしまいました。

小田急ロマンスカーの売りが「展望席」であるとはいえ、全ての歴代ロマンスカーが展望席を有していたわけではありません。特殊用途のRSEを除いた全ての現役ロマンスカーが展望席を備えているという体制は、SSEが退役した平成3(1991)年からEXEが就役した平成7(1995)年までの、僅か4年の間しかありません。それでも当時は、展望席を有するロマンスカーが多数派だったことから、「小田急ロマンスカーの売りが『展望席』である」ことは、鉄道趣味界のみならず、広く人口に膾炙していました。
それが、EXEを皮切りに「展望席を持たないロマンスカー」が増えていくに従い、展望席のあるロマンスカー自体に希少価値が出てきてしまいました。LSEが退役したとしても、VSEとGSEの二枚看板が成り立っていれば、展望席のあるロマンスカーは両者合わせて4編成ですから、乗車チャンスはそれなりに確保できますが、GSEの2編成だけでは、いかにも少ない感は否めません。
そこで、GSEの更なる増備が…となりますが、現実には極めて望み薄と言わざるを得ません。その理由は、所謂「コロナ禍」による箱根への観光客の激減と、利用者全体の激減による収益減。小田急ロマンスカーはあと2編成増備の余地があるそうですが、昨年のダイヤ改正で特急ロマンスカーの本数自体削減されたことから、現在未更新で残るEXEも、リニューアルを行わず退役させるのではないかという憶測も流れています。このような状況下では、しばらくGSE2編成の奮闘が続くのでしょう。
それなら、せめてGSE使用列車の「特別扱い」を運用・営業面で徹底するしかありませんが、「走る喫茶室」も車内販売も取り止めてしまった今となっては、難しいように思われます。
GSEのGは「優雅」を表すgracefulの頭文字ですが、もしかしたら昨今のご時世では、「優雅」な付加価値を伴うサービスが成り立ちにくくなっているのかもしれません。それでも近鉄では「しまかぜ」が確固たる地位を築き、東武でも「SPACIA X」登場がアナウンスされているのを見ると、ことによると小田急ロマンスカーの難しさは運転区間・所要時間の短さにあるのではないかとも思えます。

ともあれ、小田急ロマンスカーでは唯一の「前面展望車両」となったGSEには、末永い活躍を期待したいものです。

次回は最終回。
最終回は、「前面展望車両」の未来予想図を示してみたいと思います。

その14(№6006.)へ続く