その4(№5939.)から続く

今回は、小田急3100形「NSE」から更なる発展を遂げた2系列について取り上げます。
初めにお断りしておきますが、これらの車両に関しては以前にも取り上げたところであり、そのため車両の性能その他については割愛し、展望席に重点を置いて「NSE」との変更点、相違点を取り上げていくことにします。

3100形「NSE」は前面展望と優美なデザインが大きなセールスポイントとなり、小田急の特急ロマンスカーのブランドイメージを確固たるものにした一方、子供の絵本や子供向け図鑑などにも取り上げられ、「小田急ロマンスカー=前面展望」の図式は、鉄道趣味界ばかりではなく広く人口に膾炙するところとなりました。
NSEは昭和42(1967)年までに7編成が出揃い、その翌年にはSE車が編成替えをして「SSE」と装いを改め、昭和40年代の小田急ではこの両者が特急ロマンスカーの二枚看板として活躍してきました。
しかし、昭和50年代に入ると、SSE車はもともと長期使用を前提としていなかったことから老朽化が目立ってきたこと、予備車の余裕がないことなどから、新型ロマンスカーの投入が望まれました。
そこで、NSE以来18年ぶりの新型特急車両として昭和55(1980)年に登場したのが、7000形「LSE」(LはLuxuryのL)でした。
LSE車の特徴は以下のとおり。なお、LSEと次に挙げるHiSEは、いずれもNSEと同様、11車体連接構造を引き継いでいます。

・ 前面形状は灯具類や愛称表示器、バンパーを車体に埋め込む構造とした。
・ 前項と合わせ、先頭の傾斜部分をNSEよりも鋭角にし(60°から45°に変更)、併せて正面腰部との境界を直線状とし、NSEよりも流麗に仕上げている。
・ 展望席の定員を10名から14名に増加。
・ NSEにはあった運転台部分の張り出しをなくし展望席後方からの眺望を改善。
・ 展望室の窓には日除けのレースカーテンを装着。
・ 運転台はNSEよりも室内を拡大、居住性と操作性の向上を図る。

この他、座席には簡易リクライニングシートを採用し、居住性の向上が図られています。
7000形は昭和58(1983)年までに4編成が登場し、特急ロマンスカーの体制の充実が図られました。
7000形はSSE車の置換えを意図して投入された車両ではあるものの、同車の投入によってSSE車が置き換えられた例はありません(大井川鉄道に1編成が移籍した例はある)。これは以下のような理由によります。
当時の小田急では、11連接の他に5ないし6車体連接の「ショートLSE」を作って、当時SSEが充当されていた「あさぎり」に投入して置き換える計画があったのですが、当時の国鉄当局から、LSEの営業列車としての乗入れに強い拒絶反応があったことにより、小田急は置換えを断念しています。このため、SSE車の活躍は、「10年持てば」という当時の設計担当者の意に反し、20000形「RSE」が世に出る平成3(1991)年まで、前身のSE車の時代を含めれば、実に34年間にもわたりました(車籍は翌年まで残存)。

LSEの登場から7年後、小田急はさらに前面展望車両を世に出します。この車両は、小田急創業60周年を記念して投入されたもので、以下のとおりの意欲的な設計がなされていました。これが10000形「HiSE」です。

・ 展望席以外の乗客も眺望を楽しめるよう、一般客室には高床構造を採用。
・ 運転台を前方に移転させ、運転台と展望室の傾斜を一体化。
・ 展望席の定員は14名で、LSEと同じ。
・ 展望室の前面傾斜角もLSE以上に鋭角に変更(37°、運転台部分の前面傾斜角は50°)。
・ NSE・LSEでは正面に装備していた愛称表示器は側面に装備。

しかし7000形で装備した簡易リクライニングシートは、10000形では通常の回転クロスシートに戻されています。ただしバケットタイプとして座り心地を改良したということですが、やはり小田急はリクライニングシートを採用したがらなかったんでしょうか。
10000形は4本が登場しました。

その後の小田急では、「RSE」20000形はJR直通仕様のためか展望席を設けることはなく、次いで登場した30000形「EXE」は収容力と汎用性を重視したためか、やはり展望席を設けることはありませんでした。勿論、両系列とも「運転台越しの前面展望」を楽しめる構造にはなっていましたが、やはりセッテベッロ型の展望構造に敵うものではありません。
そのため、NSEの退役後も、LSEとHiSEは重用されてきましたが、両者の運命を分けたのが、平成12(2000)年の所謂「交通バリアフリー法」の施行です。平床構造のLSEは、バリアフリー対応改造を施すことも容易であり、現に4編成全てが施行を受けていますが、高床構造のHiSEは、対応が困難であることが問題となりました。勿論、一部を平床にすれば座席は無問題ですが、トイレなども対応させる必要があり、そこには大きな手間と時間、費用がかかるからです。
そこで、小田急ではHiSEについて、バリアフリー対応は勿論、リニューアルその他の改造を施さずに退役させることとし、平成17(2005)年に50000形「VSE」が登場したのと引き換えに、2編成が退役しました。その後も残る2編成は箱根特急などに運用されてきましたが、平成24(2012)年3月限りで退役、これで10000形は小田急の路線上から消えることになりました。昭和62年の登場から、僅か25年の短い生涯でした。それでも2編成が、11車体連接から4車体連接に短縮されて長野電鉄へ移籍、1000形「ゆけむり」として活躍しているのは、HiSEにとっては幸せなことかもしれません。
このように短すぎる生涯を余儀なくされたHiSEに対し、LSEはバリアフリー対応改造、リニューアルを受け、VSE登場後も意気軒昂、元気に活躍を続けてきました。このころになると、前面展望席を持つロマンスカーがVSEとLSEのみになり、希少価値が出てきたというのもあります。
しかし、流石のLSEも寄る年波、内外装の陳腐化には抗えず、遂に平成30(2018)年限りで退役することになりました。実働は38年。SE→SSEの34年、NSEの36年を超え、歴代ロマンスカーの中では最も長寿となりました。

次回は、名鉄・小田急以外で計画のあった、幻の前面展望車両について取り上げます。

その6(№5952.)へ続く

 

【おことわり】

当記事は後で並べ替えるため、アップの時点ではブログナンバーを振りません。

 

【追記】(令和4年10月7日 15:07)

当記事にブログナンバー5944を振ります。