今回から全14回(予定)にわたって、日本の新交通システムについて取り上げてまいりますので、よろしくお付き合いのほどを。
なお、予告編をアップした時にはまだ決まっていなかった本連載のタイトルですが、当初は「何だし、何だし、AGT」というのを考えていました。これは某ガラスメーカーのCMのキャッチコピーを基にしたものですが、あれは最後がTではなくCであり、語尾が韻を踏むことに面白みがあったところ、最後がTでは韻を踏まないので、この案は没。そこで、タイトルはオーソドックスに

不惑を迎えた日本の新交通システム

とします。

「新交通システム」は、国土交通省の定義によれば、「動輪にゴムタイヤを使用した案内軌条式鉄軌道 (自動案内軌条式旅客輸送システム=AGT) や、ガイドウェイバスなど、従来の鉄道とは異なる新しい技術を用いた中量軌道輸送システム」とされています。しかし同時に、この定義はあくまで様々な形態のものを包含する概念とされており、決まった定義はないともされます。ちなみに、日本産業規格(JIS)では、懸垂式鉄道及び跨座式鉄道、案内軌条式鉄道、無軌条電車(トロリーバス)、鋼索鉄道並びに浮上式鉄道を「特殊鉄道」として扱っています。狭義だとAGTに限られる一方、国土交通省の定義だとゴムタイヤ式地下鉄やガイドウェイバスも含まれることから、本連載ではAGTを中心に取り上げ、ゴムタイヤ式地下鉄及びガイドウェイバスは、番外編として取り上げることにします。なお、愛知県の「リニモ」は、磁気浮上式鉄道(HSST)であり「新交通システム」の範疇には入らないと考えられますので、本連載では取り上げません。
よって、本連載においては、特に断りを入れない限り、「新交通システム」という概念を「AGT」と同義で取り扱うことにいたします。

さて次に、それではどのような経緯から、「新交通システム」なるものが構想されるに至ったのか。
きっかけは、モータリゼーションが極限まで進んだ米国の大都市でした。
米国は世界で最も早くモータリゼーションが進んだ地域であり、既に「インターアーバン」(都市間高速鉄道)が1930年代には斜陽化し、自動車交通が激増しています。それが1960年代になると、今度は道路の大渋滞が問題となってきます。この問題は特に都市の中心部(ダウンタウン)において顕著であり、もはや自動車交通は限界に達したといえました。そこで米国住宅都市開発省が1968(昭和43)年、「アメリカ合衆国住宅都市開発省報告書」を発表し、これを契機に軌道系公共交通の整備の機運が盛り上がりました。その結果のひとつが、1972(昭和47)年にサンフランシスコに開業した「BART」。しかしこれは、普通鉄道の範疇に属するものであり、現在のAGTとは異なるものです。
むしろAGTは、普通鉄道や地下鉄では輸送力が過剰になるが、さりとて路面電車や無軌条電車(トロリーバス)では輸送力が不足するという、普通鉄道と路面電車・バスの間隙を埋めるシステムとして登場したものです。
AGTの特色は、①小型・軽量でゴムタイヤのついた車両を②コンピューターで運行管理するシステムであること。
これらのうち、①はメカニズム的には電車に他ならず、案内軌条に取り付けられた集電用の軌条から集電して電力を得て走行します。このシステムは、普通鉄道では利用しにくかった三相交流を利用しやすいのが特徴で、実際に日本のAGTでも三相交流を使用した路線が多くみられます(ゆりかもめや日暮里・舎人ライナーなど)。三相交流を使用した路線の場合、集電用軌条は3本用意されます。勿論直流電源ではダメということはないので、直流電源を採用しているところもあります(西武山口線など)。ちなみに、直流方式のAGTの場合、集電用軌条は2本。これはなぜかというと、普通鉄道では架線→車両→線路と通電されるところ、AGTは絶縁性の高いゴムタイヤを履いており、普通鉄道のように車輪を通してレールに電気を戻す(普通鉄道では車輪もレールも金属)という芸当ができないから。だから集電用軌条を2本用意しないと、電気の帰る場所がなくなってしまうわけでして。
直流と交流の有利・不利は、路線長が長く車両数が少ない路線では直流が有利、路線長が短く車両数が多い路線では交流が有利とされていますが、その後の技術革新(VVVFインバーター制御の出現など)によって、これらの得失は接近しつつあります。
他方、②コンピューターで運行管理するシステムであるということは、列車の自動運転だけではなく無人運転を可能にしています。つまり運転士(乗務員)が不要なのでその分の労務コストを削減することができ、その点が普通鉄道よりもコスト面、特にランニングコストでの大きなアドバンテージになっています。

その他にもAGTには、地下鉄などに比べ建設費が抑えられること、ゴムタイヤ式のため騒音が少なく急勾配・急カーブに強いこと(これは路線選定の自由度が高いことも意味する)などの長所があります。

半面、AGTの短所も勿論あって、それは道路との平面交差が困難なため建設費が路面電車に比べると嵩むこと、ゴムタイヤの維持・交換のコストがかかることなどですが、最大の短所は恐らく、車両の収容力が普通鉄道(場合によっては路面電車よりも)小さいこと。これは路線の開業後に爆発的に需要が増加したときに捌ききれなくなるリスクとなっています。また、ゴムタイヤ方式のため普通鉄道との互換性がなく、相互直通運転などが不可能であることなども短所として挙げられます。
そのため、実際の計画にあたっては、AGTでは捌き切れない需要が見込まれる場合は、AGTではなく普通鉄道(地下鉄)が計画されることになります。

さて、このような特徴があるAGTですが、路面電車と普通鉄道の中間の輸送量をもつ交通機関としては適当だったためか、米国のみならず日本や世界各国でその開発・研究が進められました。米国ではウェスティングハウス社やボーイング社、欧州でもフランスのマトラ社などが開発を手がけました。日本では、三菱重工業や川崎重工業、日本車両製造などが手掛けていました。

さて、日本でのAGTの嚆矢とされるものは何か?
初めて実用化されたのは神戸の「ポートライナー」ですが、それ以前にも様々な動きがありました。
次回は、日本での「AGT事始め」を取り上げます。

その2(№5524.)へ続く

 

【おことわり】

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