その8(№2222.)から続く

新幹線で通勤する。
こんな需要が表出したのは昭和末期。世はバブル前夜の好景気、しかしマイホームは遠隔地に取得せざるを得ない。だからといって在来線での遠距離通勤は大変だ。そこで新幹線での通勤が注目されるわけです。
当時の国鉄も増収策としてこの需要を取り込むこととし、まずは定期券での新幹線の乗車を認め(普通車自由席のみ)、続いて自由席特急料金込みの新幹線定期券「FREX」を発売しました。「FREX」はその後、通学用の「FREXパル」を発売、通学需要も取り込みます。余談ですが、管理人の大学時代の同級生に、高崎から通っていた者がおりましたが、彼も「FREXパル」を使っていました。下宿するよりもトータルでは安かったとか。
その結果、東海道・東北・上越新幹線では、朝の通勤客で混雑するようになりました。東海道は三島、東北は宇都宮、上越は高崎のあたりから。1編成あたりの輸送単位が大きい東海道とは異なり、東北・上越はJR発足と前後して、大変な混雑を来すようになりました。それでも何とか増発で捌いてきたのですが、平成3(1991)年の東京開業では1面2線という小規模な折り返しターミナルとなり、増発にも限界が見え始めます。
そこで、JR東日本は、増発できないなら1列車あたりの定員を増やしてしまえとばかり、それまでに例のない「オール2階建て新幹線」の開発に着手します。

実は「オール2階建て新幹線」そのものは、ある日突然出てきた発想ではありません。昭和50年代、当時既に輸送力が逼迫していた東海道新幹線向けに、1列車あたりの定員を増やすべく、国鉄内部で研究が進められていました。その成果を東北・上越という路線の特性に最適化させる形で「転用」し、設計されています。
この車両は1編成12両とされ、1~4号車を自由席、5~12号車を自由席、さらに9~11号車の2階部分をグリーン席とされました。普通席は横5列、グリーン席は横4列と従来の新幹線電車を踏襲していますが、特色は自由席車の2階席にありました。
それは、車内販売のワゴンを使用しないことを前提に通路を450mmに狭め、新幹線初の横6列席を採用したことです。さらにデッキ部には「ジャンプシート」と呼ばれる、京急2100系やJR西日本の223系などのような折り畳みの補助席を設けていました。
それでは走るのに必要な機器類はどこに積んでいるのかですが、台車の真上の部分に機器室を設け、そこに集約しています。ただ結果としてMT比率は下がり、1:1と新幹線電車の中で最小のMT比率になっています(M車2・T車2の4両で1ユニットを組む)。それでもVVVFインバーター制御方式の採用により大出力の主電動機を装備し、200系と同等の240km/hでの営業運転を可能とし、軸重も200系と同等に抑えています。
これによって、1編成あたり1235人という、200系の12連895人の1.5倍にあたる輸送力を持つ新幹線電車が誕生しました。

この車両は開発当時「600系」と呼称されていましたが、現車登場の段になって「JR東日本の新幹線車両は頭にEを付けて『E○系』と称する」ことになり、E1系と命名されました。以後のJR東日本の新幹線車両は、全てこの付番方式に従っています。

E1系は落成当時、「DDS E1」なるロゴを側面に付けていました。「DDS」とはDouble Decker Shinkansen(2階建て新幹線)の頭文字ですが、これがあまりに「そのまんま」であるためか、営業運転の前に正式なニックネームが決定、「Max」となっています。こちらはMulti Amenity eXpress(汎用快適特急?)の頭文字ですが、同時に最大を表すmaximamの略語でもあり、これは1列車あたりの定員が最大であること(当時)のアピールもあったのかと思います。
なお、この「Max」は列車名にも冠され、「Maxやまびこ」「Maxあさひ」などとなっています。
E1系は6編成が投入されました。

さて、いざE1系を投入してみると、確かに通勤時に押し寄せる乗客を捌くには打ってつけではあったものの、以下のような問題点も浮かび上がってきました。

・編成単位が大きすぎ、運用に柔軟性がない。昼間は空席を持て余す。
・車内販売のワゴンが使えず、車内販売従業員の負担が大きすぎる。

そこで平成9(1997)年から、編成単位を8連と小さくし、その代わりに2編成併結や在来線直通列車との併結を可能にし、運用にさらに汎用性を持たせた2代目Max・E4系が登場します。こちらは1~3号車を自由席、7・8号車の2階部分をグリーン席、残りを指定席としています。さらにワゴンによる車内販売を可能にするため、1階・2階とデッキを結ぶリフトを装備し、ワゴンをそれに載せて移動させています。これによって車内販売従業員の負担は劇的に軽減されました。走行性能は初代と同等ですが、VVVFの素子が初代のGTOではなく、IGBTとなっている点が異なっています。
また、塗装は白と紺を上下に塗り分けたもので、その境目に鮮やかな黄色の帯を巻いています。
E4系の特徴は、何といってもその先頭形状。E1系が割と単純だったのに比べると、まるで深海生物のような風貌となっています。先頭部の長さは11.5mだそうで、E4系同士が併結すると、この間に巨大な空洞が生じてしまいます。それでも2編成併結すると、その定員はE1系をも凌ぐ1634人! これはもちろん、高速鉄道の1列車あたりの定員としては世界一です。
E4系は2編成併結運用の他、山形新幹線「つばさ」との併結運用もこなし、さらには長野新幹線乗り入れ可能な編成も登場するなど(軽井沢入線可能編成と、長野までの入線可能編成がある)まさにその名に違わぬマルチな活躍を見せていました。

E4系の登場によって、E1系は上越新幹線の運用に専従することになりました。平成15(2003)年からリニューアルを受けていますが、このときには新潟をイメージしたトキの羽根をイメージしたロゴが入れられ、外板塗色も白と紺の塗り分けの間にピンクの帯が入るものに変更されました。

「マルチな活躍を見せていました」と過去形で記したのは、JR東日本が公式に、これら「Max」について将来的に退役させることを発表しているから。後輩のE2系は275km/h、E5系に至っては将来的に320km/hで走れるスペックをもっており、東北に関しては、240km/hでしか走れない「Max」がダイヤ構成上の「お荷物」になり始めたためです。
この発表自体は3年前にありましたが、その動きが具体化するのが、来る9月29日に実施されるダイヤ改正です。この改正で、E1系は完全に退役、E4系は東北新幹線での定期運用が全てなくなり、上越新幹線に専従となります。E4系の東北からの撤退は、「つばさ」の併結相手をE2系に統一して最高速度を向上させるためで、やはり「はやぶさ」や「はやて」「こまち」といった高速列車の足を引っ張る要因を無くしたいということでしょう。
上越新幹線はまだまだ通勤需要が旺盛なので、E4系を運用する価値はあるという判断ですが、実は新幹線通勤客はここ数年漸減傾向にあります。長引く不況や少子高齢化という日本経済自体の失速要因もありますが、恐らく最大の理由と思われるのが、マイホーム志向の鈍化と定住人口の都心回帰傾向(都心部のタワーマンション林立)です。必ずしもマイホームにこだわらない、マイホームを買うとしても新幹線でなければ通えないような場所の一軒家より、都心のマンションの方がいい。そういう志向になっていますから、新幹線通勤客が今後劇的に増える要因は、よほどの社会情勢の変化がない限り、望めないと思われます。

「オール2階建て新幹線」という「詰め込み仕様」は、ことによると前時代の遺物になりつつあるのかもしれません。

その10(№2230.)に続く