プライドが"神"になってその人を離れない - 悪霊の追い出しアップデート(9) | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

Courtesy of Elke Mader

 

 

悪霊の問題がある人で、解放がなかなか進まない人には、共通の課題があります。
プライドです。

プライドは、「自分が、人より、優れていると思う」。それに尽きます。
このプライドがある限り、その人は、悪霊から、解放されません。



一つ前の投稿で書いた、

自分のしたくない悪を行う - 悪霊の追い出しアップデート(8)
https://ameblo.jp/sasuke-memo2/entry-12751981403.html

の中の、「キリストの死にあずかるバプテスマ」は、プライドのある自分が死ぬ、ということと同義です。

プライドのある自分が死ねば、キリストと共に新しい人がよみがえって、聖書に記されている福音の全てがその人において成就します。
プライドのある自分が死ななければ、キリスト共に新しい人がよみがえるということはなく、従って、聖書に記されている福音は、その人とは無関係なままです。



プライドは…。子供の頃からの考え方のクセ、価値観の持ち方のクセ、自己認識のクセ、他者を見る際の視線のクセ、自分を中心に考える考え方のクセ。

そうして、それらは全て、神に反しています。つまり、神から的外れな状態です。
そこに、サタンがつけ込みます。

プライドは、サタンが、天から落とされた根本原因です。
同じものを、その人が持っていることを、サタンはすぐに察知します。そうして、配下の悪霊と共にやって来て、その人に住み着きます。

プライドのある自分を死なしめることができれば、その人は、サタンや悪霊から解放されます。すなわち、キリストの死にあずかるバプテスマに、あずかることができるようになります。

プライドは、イエス・キリストの御言葉を守ることの、正反対です。