Twitter投稿から:孤独を抱えているクリスチャンは | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

 

孤独を抱えているクリスチャンは、Twitterで、信仰を等しくする兄弟姉妹を二人見つけて、3人でオンラインの祈祷会をやると良いと思う。新約聖書には「互いに何何しなさい」という教えがいくつかある。これを実践できるようになる。

互いに罪を言い表す(ヤコブ5章)を行うとカタルシスが経験できる。

3人いれば教会ができる。牧師がいなくても、おかしな方向に行かないように、教会運営の道しるべとしてハイデルベルク信仰問答を使えば良い。プロテスタンティズムの教科書中の教科書。これを頼りに歩けば、絶対に道を外れることがない。

初代教会は兄弟姉妹がフラットに結びついたエクレーシア。

互いに罪を言い表し、互いに愛し合い、高いにとりなして祈り合う関係。それが本当の教会。聖書にはそう書いてある。少なくとも、互いの罪を取り扱うことがなければ、それによって「イエス様の仲立ちによって赦された!」という実感が持てなければ、それは教会ではない。罪が赦された実感が持てて、

初めて、神への感謝の気持が持てる。

3人いれば教会ができる。ハイデルベルク信仰問答があれば、道に迷うことはない。互いに愛し合うことがどういうことか経験できる。愛し合うすばらしさが経験できる。そこに主イエス・キリストがおられることがわかる(マタイ18:20)。

神のすべてが経験できる。

それから、誤解してならないのは、ハイデルベルクが第二の聖書になるのではなく、各問答で証拠聖句としている聖書の御言葉が大事だと言うこと。聖書を読んでいく道しるべがハイデルベルクであり、それが参照している神の言葉の方に命があるということ。ハイデルベルクが絶対化されてはならない。