からだを売っていた女性たち。いま、からだを売っている女性たちに対するイエスの愛、イエスの想い | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

天の父から「おまえを預言者にする」と言われています。最初はびっくりしてしまい、どういうことなのかと思いましたが、それはみ旨なので、慎んでお受けしました。

ここ2週間ばかりのうちに、「預言」カテゴリーの中で上げた投稿の何本かは、本当の預言として書いています。すなわち、主から受けたお言葉として書いています。

この投稿も、主から受けたメッセージを書く、預言として書きます。いわゆる預言的な文体ではありませんが、一言一句、主の想いです。

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まず、このスポンテニアス・ワーシップ動画をご覧ください。当教会の日曜日の礼拝マテリアルとして紹介した賛美礼拝の動画です。(動画の編集に不備があり、曲の途中で終わりますことをご了承ください)

これが本当の礼拝です。これが本当の賛美です。





スポンテニアス・ワーシップとは、聖霊に導かれて自由に展開していく賛美礼拝の形態を指します。米国の一部の教会で開発され、複数の教会に広まっています。カリフォルニア州のメジャーな教会であるベテルチャーチ(Bethel Church)が積極的に取り組んでいます。

この教会には、ライブホールのような本格的なステージのある、客席数1,000はある大きな礼拝堂があります。ここで、日曜日を含むいくつかの曜日において、賛美中心の礼拝が持たれています。

日本では礼拝と言うと、だいたい、1時間程度のプログラムの中に、賛美歌3曲程度、牧師のメッセージ、前後に祈りを組み入れて、それを礼拝と言っています。しかし、ベテルチャーチなどスポンテニアス・ワーシップに取り組んでいる教会では、「1時間程度続く賛美が礼拝の中心であるべきだ」という考えに立っています。

そういう賛美礼拝の動画です。

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イエス・キリストは、将来において、「霊とまことの礼拝をする人たち」が現れると預言しています。
 

女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。
私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」
イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。
救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。
しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネの福音書4:19-24)


天地万物を創造なさった天の父、イエス・キリストの父は、ここで書かれているように、霊とまことによって礼拝する礼拝者たちを求めています。

そして、霊とまことの礼拝とは、上の動画に見るような礼拝です。賛美と渾然一体となった、聖霊に導かれるがままのスポンテニアス・ワーシップの形をとります。この形はカトリック教会で古くから行われているミサの形式に限りなく近いです。最初から観ることができるスポンテニアス・ワーシップ動画では、通例、ミサの入祭文に似た朗唱から入ります。1000年以上前に確立したカトリックのミサが、現代の米国において一部の教会で復活したと言うこともできるでしょう。

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この「霊とまことの礼拝をする人たち」がイエスによって預言された相手は、「サマリアの女」と呼ばれている女性です。

サマリアの女とは、簡単に説明すると。

イエス・キリストが所属していた社会的・人種的・宗教的なグループ、ユダヤ人とは一戦を画すグループであり、ユダヤ人は、サマリヤ人とは付き合いませんでした。付き合いをしないとは、ユダヤ教的なルールでは、口を聞かないということです。霊的に汚れるといった意味があるのでしょう。

このサマリアの女と呼ばれた女性は、5回結婚して、5回離婚していました。そしてさらに、別な、結婚関係にない男性と一緒に暮らしていました。
 

イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。
あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」
女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。(ヨハネ4:16-19)


これは、戒律が厳しかった当時のユダヤ教の観点から見るならば、あってはならない生き方です。ユダヤ教のコミュニティにこういうライフスタイルの女性がいたとすれば、排除されていたでしょう。
ただ、断っておきますが、イエス・キリストは、まさにそういう、排除されてしまうような女性や男性を救うために、この世に来られたのです。早とちりをしないで下さいね(^o^)

そして、この女性は、イエスとやりとりしている様をよく見ると、日本語で言う「霊感が強い」タイプの女性だったようです。
 

女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。
私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」
イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。
救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。
しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」
女はイエスに言った。「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」
イエスは言われた。「あなたと話しているこのわたしがそれです。」(ヨハネ4:19-26)


イエスと一言二言交わしただけで、「先生。あなたは預言者だと思います」と言い切ってしまう。また、キリストの目の前で、まさにキリストに関する預言に言及する。この女性には、霊的なものを受け止める器があったようです。

そして、イエスは、そういうサマリアの女の器を見抜いた上で、「霊とまことの礼拝を行う人たち」がこれから出現するよと、預言しているのです。なぜでしょうか?

 

サマリヤの女は、そのことが直感的にすぐ理解できたからです。

霊とまことの礼拝を必要としている人たちは、現在、大変に苦しい状況に置かれている人たちです。ほんとうの神様と触れ合う経験がなければ、いままさに、死んでしまうかのような状況に置かれている人たちです。上の動画にあるような、激しい賛美と激しい礼拝がなければ、明日にでもくずおれてしまうような状況にある人たちです。

神は、賛美のまっただ中に降りてきます。このことは、私自身数え切れないほど経験しましたし、そのことを指摘する教会関係者は複数います。また、以下の聖書のみことばでも保証されています。
 

わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。
わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。
けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。(詩編22:1-3)

 

神は、こうした賛美礼拝の中に降りてきて、会場を満たします。いわゆる「主の臨在」が満ちます。この動画にもあるように、両手を挙げれば、主の臨在がはっきりと感じ取れます。愛がそこにいる、という感覚が味わえます。


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サマリアの女は、いわゆる売春婦ではありません。しかし、当時のユダヤ教的なものの見方では、限りなくそれに近い人です。

そして聖書には、いわゆる売春婦であったとされる、マグダラのマリヤと呼ばれる女性が登場します。イエス・キリストのおそばにいて、最大級のほめ言葉をいただいている女性です。
 

さて、イエスがベタニヤで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられると、
ひとりの女がたいへん高価な香油の入った石膏のつぼを持ってみもとに来て、食卓に着いておられたイエスの頭に香油を注いだ。
弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「何のために、こんなむだなことをするのか。
この香油なら、高く売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」
するとイエスはこれを知って、彼らに言われた。「なぜ、この女を困らせるのです。わたしに対してりっぱなことをしてくれたのです。
貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。
この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。
まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」(マタイ26:6-13)


マグダラのマリヤは、「世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう」と、イエス様ご自身から、ものすごいお褒めのことばをいただいています。そしてその後、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四福音書すべてにおいて、彼女が行った、イエスの埋葬準備としてのナルドの香油のそそぎかけが伝えられています。

これは、マグダラのマリヤがイエスに対して抱いていた愛が、純粋なまじり気のない愛であったからです。ほんとうの愛であったからです。人間が神に対して抱くことができる、最良の愛であったからです。

私は、聖書には書いていませんが、サマリヤの女は、イエスに出会った後、そしてイエスが葬られ、3日目によみがえった後で、ペテロなどが構成していた初代教会の仲間に入り、伝道のわざを始めたと信じています。だからこそ、彼女が経験した細かなことが初代教会に記録として残り、ヨハネの福音書に書かれているのです。彼女もイエスを愛する人になりました。

マグダラのマリヤもイエスを愛する人になりました。

 

死からよみがえったイエスは、まず、マグダラのマリヤに現れています。これもものすごいことです。マグダラのマリヤが、イエスの復活の最初の証人として選ばれたのです。

彼女は過去に七つの悪霊をイエスから追い出してもらったと書かれています。
 

さて、週の初めの日の朝早くによみがえったイエスは、まずマグダラのマリヤにご自分を現わされた。イエスは、以前に、この女から七つの悪霊を追い出されたのであった。
マリヤはイエスといっしょにいた人たちが嘆き悲しんで泣いているところに行き、そのことを知らせた。(マルコ16:9-10)

その後、イエスは、神の国を説き、その福音を宣べ伝えながら、町や村を次から次に旅をしておられた。十二弟子もお供をした。
また、悪霊や病気を直していただいた女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリヤ、
自分の財産をもって彼らに仕えているヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか大ぜいの女たちもいっしょであった。(ルカ8:1-3)


伝承では、マグダラのマリヤは売春婦でした。売春をしていたので、色んな悪霊も入っていたのでしょう。イエスはそれを追い出してあげました。

七つの悪霊から解放されて、霊的にきれいになったマリヤは、イエスを愛し始めました。まじり気のない愛で。

そして、イエスが、まもなく十字架で死ぬことを悟って、それに先んじて、ナルドの香油と呼ばれるきわめて高価な香油で、イエスの体を聖め、死の葬りの預言的な準備をしたのです。

イエスは預言者でもありましたから、マグダラのマリヤが行ったこの預言的な葬りの準備を理解して、この女性のしたわざは、福音書の中に必ず記載されて、全世界で必ず宣べ伝えられることになると、預言したのです。神の子ご自身がそのように預言しました。

これはもはや奇跡と言うべき、マグダラのマリヤに関するみことばです。

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そして、いま、イエス・キリストが私に示しているみ想いは、過去にからだを売ったことがある女性、そして、いまからだを売っている女性に対して、イエスの愛を、まさにサマリヤの女のところと、マグダラの女のところを通じて、世に解き放ちなさいということです。

イエスは、七つの悪霊につかれていた、体を売って暮らしていた女性を、愛して、悪霊から解放して、そして、聖書の中で、人に与えられた最良のほめことばを与えて、福音書の記述の中に記させました。それは、イエスの愛が、いまの世にも伝えられるためです。

からだを売ったことのある女性に対する愛。いま、からだを売っている女性に対する愛。

イエスはそうした愛を語っておられます。

 

そうして、霊とまことの礼拝をする礼拝者になってほしいと、こころから願っておられます。





ナルドの香油が取れるNardostachys grandifloraの花