昭和初期の頃 この喫茶店 といってもその頃は喫茶では なかった
いわゆる 待合(まちあい)の さらに小規模 小待合(こまちあい)
京都にある 待合茶屋とは違う形態・・
また、あいまい宿とは違い 今で言うラブホテル の小規模版
初老の店主が語るのには
ともこの前世 雅子
智の前世 国男
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近年になく 大雪の東京 白山通りを走る一ツ橋行きの市電
のりかえ駅の神保町の停車場で濡れた革の短靴を気にしながら
なんでこんなことになってしまったんだろう
もう後戻りできない性(さが)に
とかくに変はるも、ことわりなる世のさがと思ひなし給ふ 《源氏物語》
心変わりするのも無理もないご時世よ
今更 我が身を憂いてもせんないこと・・・
もうすぐ会える あのひとまで ひと駅 足先が凍えているのに
思うとからだの芯が上気して行く・・・
停車場からはるか向こうにいつもの画材屋の塔が見える・・・・
あの塔が見えると 私はただの ふつうの ひとりのおんなになれる
学生はカフェへの出入りが禁止になったせいか このあたりに
たくさんの喫茶店ができている
【カフェ=女給(ホステス)がサービスする】
カシミヤのマフラーで顔の半分を隠してしまえば 誰かはわからない
古地図店と写真館の脇の路地
降り積もった雪 行く方向に 等間隔についている足跡
歩幅はちがうけど 一歩一歩づつ 同じように 踏んでみる
『お待ちかねですよ』
『はい・・・』
店主は いったい いくつくらいなんだろう 若いのか年かさなのか
火鉢で暖まった部屋 鉄瓶から湯気がゆらゆら
カップ2つ ちょっとブランデーを入れて
『暖かくなってきたわ』
国男は雅子の靴下を脱がして 片足づつ両手で慈しむように
『まだこんなに冷たい・・・』といって 熱い 息を吹きかける
『うふ くすぐったぁ~』
触れるか触れない・・・で国男の細い指が足の裏をうごきまわる
指と指の間に感じる 舌のぬくもり
『足に意識を集中してごらん』
足の親指を口にふくまれ
『・・・・あぁ・・・あ・・・』
雅子の肌のいろが ももいろにそまってくる
『この前つけた しるし どうなった?』
『わからない・・・・』
『見せて』
先だって ふたりとも 厭世的な気分になり つけた しるし
興奮して・・・・
火鉢にさしてある 火箸 お互い 一本づつ
雅子は足のつけ根の・・・・・
国男は 徴兵検査で全て調べられるので・・・・
「こころの中には 私だけで」で 胸に しるし
もう 黒く もともとあったホクロのよう・・・
『みつけたよ・・・』
舌で やさしく なぞる
激しく 乱れる
なんどき 過ぎただろうか
階段を上がってくる足音
『ご無礼します 襖はあけませんから ご安心を
只今 東京市に戒厳令が発令された模様です 外にはお出にならないのが得策と』
今日の日付は 昭和11年2月26日 外は大雪

