★映画のMIKATA【23】イーストウッド監督「グラン・トリノ 」★映画をMITAKA・・・ | 流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

都市生活者の心と言葉を掌にのせた小説、電脳化社会の記号とイルージョンを巡る映画、都市の孕むシンボルと深層を探るエッセイ、街の風景と季節の色を彩る短歌…。小説と映像とエッセイと短歌をブログに・・・掲載します。

監督・製作:クリント・イーストウッド/製作:ロバート・ローレンツ、ビル・ガーバー/製作総指揮:ジェネット・カーン、テアダム・リッチマン、ティム・ムーア、ブルース・バーマン/脚本:ニック・シェンク/原案:デビッド・ジョハンソン、ニック・シェンク/撮影:トム・スターン/美術:ジェームズ・J・ムラカミ/音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーブンス./主題歌:ジェイミー・カラム/製作国:2008年アメリカ映画/上映時間:1時間57分/配給:ワーナー・ブラザース映画/日本公開:2009年4月



流石埜魚水の阿呆船、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・


私は、つい先日にクリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』を見たばかりです。この作品も、オスカー賞にもノミネートされていました。しかし、ほとんど間をおかずに予告編が流れていたのが、クリント・イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」でした。そして、この作品を今漸く見て、今やっとブログにアップロードできました。

映画は見るだけでも、次から次に新しい映画のロードショーが続き、なにせ忙しい。まして、俳優や監督、脚本や原作まで射程に入れて、ジックリと考えていると、時間はかかる、お金はかさむ、余り力を入れると趣味をとうに超えてしまいそうです。実に映画は奥が深い…。

初めて女性を主人公にしたイーストウッド監督作品、女性ボクサーのコーチを引き受け、チャンピオンロードの苦難を描いた作品、『ミリオンダラー・ベイビー』も良かった。この作品で、監督・主演を務め、2004年にアカデミー賞の作品賞と監督賞を獲得しました。以来4年ぶりに彼が再び、監督・主演を務めたのが「グラン・トリノ」でした。

近頃手にした、クリント・イーストウッドの伝記風の映画解説書『クリント・イーストウッド伝説』(ダグラス・トンプソン著、奥田祐士翻訳、白夜書房)によれば、過去には≪最後の西部劇≫といわれる、イーストウッド監督作品16作目の「許されざる者」(1992年)でも、作品・助演男優・監督・編集の四部門で、初のオスカーを受賞しています。夥しい監督、主演の作品群ですが、どれもこれも駄作でくだらない…というハズレ映画がないです。

私自身、クリント・イーストウッドの映画を随分永く、『ミリオンダラー・ベイビー』から、遡っていって可也たくさん見続けていますが、一作一作を辿っていっても、『ミスティック・リバー』(2003年。監督)、『トール・クライム』(1999年。監督主演)、『目撃者』(1997年。監督主演)、『マディソン郡の橋』(1995年。監督主演)、『シークレットサービス』(1993年。主演)、『パーフェクトワールド』(1993年。監督。ケビン・コスナーとの共演)、『バード』(1988年。監督)、『ダーティーハリー』シリーズ、『ハートブレイク・リッジ勝利の戦場』(1986年。監督主演)、『ダーティーファイター』シリーズ…等々、どれもこれも印象深く、記憶に残るシーンを必ず思いおこします。どれも映画の娯楽性の壷を心得ている…、さらに、彼の作品に政治性・社会性が加味され、映画の奥行き広がった気がします。


その中でも、「グラン・トリノ」は、特異な映画ではないでしょうか…。一つは、インディアンでも黒人でもなく、アメリカのマイノリティーである東南アジア移民家族と、退役軍人が主人公という意味で。一つは、暴力には暴力で、拳銃には拳銃で、力には力で、自分の身に降りかかった火の粉は自分で消す、不正には断固として正義を貫くというのが、クリント・イーストウッドの描く西部劇の戦いのストーリ、刑事物の正義のアクション、アメリカ流のデモクラシー、西部開拓魂の自己防衛であった筈ですが…。今回は意外や意外、映画好きの私にとっても驚天動地の結末でした。自分の命を賭けて、自分の命を捨てて、銃社会のアメリカでは珍しく、銃を使わない非暴力を貫くヒロイズム、白人が移民の家族を守る…。この意味で、非常に特異な映画ではないでしょうか。アメリカが変った…、利己主義のアメリカが、利他主義のアメリカに?、相互扶助のアメリカになった?…。もうブッシュの「アメリカ」ではないという驚きでした。さらにもう一点。顔の皺が、老俳優としての「演技力」の深みを演出しています。恐らく、赤銅色の男の顔の皺が、表情をより熟成させ個性的にしています。女優の皺と違って、老いたいぶし銀の味わいを映す俳優は、クリント・イーストウッドと、もうひとりショーン・コネリー、まあチャールズ・ブロンソンも入れないと失礼だな…。若い頃の演技とは違った、熟年の「風味」がなんともいえません。俳優は死ぬまで俳優だ…。


朝鮮戦争の従軍経験を持つウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、デトロイトのハイランドパークに住む、フォード社の元自動車工であった。彼は、先立たれた妻の写真を眺め、フォード車72年型の愛車、≪グラン・トリノ≫をピアピかに磨き、年老いた愛犬と孤独に暮らしていました。街には行きつけの床屋や、馴染の酒場はあったが、子供たち家族とは冷たい関係にありました。国旗を掲げ、老犬デイジーとポーチでビールを飲む愛国者でした。そういえば、彼がいつも愛飲するビールの銘柄は何かな…?それと、床屋や友人の建築業者とのやりとりで、ユーモア交じりの薄汚い会話は、軍隊用語…?デトロイト独特の猥雑さ…?それとも北部訛…?

愛するものはひとりもおらず、世間とは没交渉でした。朝鮮戦争の帰還兵で、武勲の戦歴を持ち、多くの戦友を失った彼の戦争体験は、彼に陰を落としていました。彼をなお更に気難しく、人間嫌いにしていました。亡くなった妻は、彼に懺悔することを望み、牧師にそのことを遺言してました。が、老いて頑固な彼は、牧師の勧めも、余計なお節介だと断り、若造の牧師が「死」や「生」を説教するたびに、一語一語が気に食わないものでした。まして、隣りに引っ越してきたアジア系移民のモン族の一家に対しては、偏見と先入観と嫌悪感を持っていました。

ある日、ウォルトの愛車「グラン・トリノ」を盗みに、隣家の少年タオ(ビー・ヴァン)がガレージに侵入しました。不良が跋扈する荒れ果て荒んだデトロイトの街、いろいろな人種が我が物顔で歩く治安の悪い街。近所のアジア系移民の不良たちは、おとなしい少年タオに、彼のグラン・トリノを盗ませようと仕向けていた。物音に気が付いた彼は、愛用のライフルを発砲して威嚇する。タオは従兄弟の率いる不良たちに脅かされ唆されて、いやいや忍び込んだのでした。でも、従兄弟はしくじったタオに再びチョッカイを入れ、再びタオに絡んで唆していましてた。それをウォルトは、ライフルで追い払います。

車の盗難をわびるタオは、家族の名誉のため、ウォルトの手伝いにやって来る。 別の日に、街角でたむろする黒人の不良たちが、タオの姉、スー(アーニー・ハー)に因縁をつけて絡んでいるのを偶然助ける。ウォルトとスーは、話しをする内に、お互い心を開いた交流が生まれる。そのうちに、ウォルトの心も、アメリカに暮らす少数民族を温かなまなざしで見つめるようになります。


タオに銃を向けたウォルトだったのだが、タオとスーを助けた事をきっかけにして、より親密な交流が深まるのでした。タオとスーの出会いが、ウォルトの運命を変えていく。ならず者達の嫌がらせは、タオから姉のスーに及び、最悪の悲劇が起こった。スーは、不良たちに襲われ、無残に強姦されたようだ。

ウォルトを演じているイーストウッドの映画は、銃とピーリタンと車のアメリカ人…、古きよき時代のアメリカを象徴していると同時に、黒人大統領オバマに象徴されるような、「マイノリティー」がデモクラシーの表舞台に登場する、新しいアメリカをまた象徴しているのではないでしょう。


林壮一著の『底辺のアメリカ人』(光文社新書)は、バラク・オバマ大統領が選出されるまでのアメリカ各地の選挙民をインタビューするユニークなレポートです。


アメリカ合衆国において、人口の76パーセントを占めるホワイトはマジョリティー(多数派)であり、有色人種はこれまで少数派だった。マイノリティーという語には、社会的弱者という意味も含まれる。が、その少数派の人口が年々増加し、まもなく白人の数を上回ろうとしている。2007年5月、合衆国政府は「有色人種の人口が2006年10月の段階で、1億70万を超えた。同数字はアメリカ人口の3分の1に値する(同時期の総人口は3億を突破)」との統計を発表した。…今後もその後も増え続け、有色人種は21世紀半ばに多数派となると推察される…と、報告しています。


1億70万人のマイノリティーの人種は、合衆国総人口の約15%がヒスパニック、13%が黒人、5%がアジア人という割合。

この本の≪暴動の街、絶望の街、モーターシティー・デトロイト≫という章で、デトロイトの街を取材しています。デトロイトは自動車産業の衰退も影響しているのか、黒人による2度の人種差別による暴動で、街の人口は減少する一方、街自体の活気がなくなって、…絶望だけの街だ・・・という言葉さえ吐かれています。


次の大統領に何を望みますか?と質問しますと、デトロイトのアメリカ人たちは、異口同音に戦争のない平和と、病気をしても安心して医者にかかれる健康保険と答えます。アメリカの根の深い社会の病巣です。クリント・イーストウッドが次に製作する映画のテーマは、この「健康保険制度」の問題であるのかもしれません。もしそうならばもう一度、私は彼を見直します…!


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