このお盆休みに歩いた【中山道六十九次】、
京三条大橋西詰から歩き始めて通算11日目の朝。
すでに記事にしている通り、この日は中山道・木曽路最大の難所「鳥居峠」越え。
宿泊していた松本から普通電車で1時間で着いた、藪原駅着。
前日の続きで藪原宿を抜け、JR跨線橋に向かう途中、
地元のおばさんとすれ違いの際に「おはようございます」と挨拶すると、
おばさん「どこから来たの?」
僕 「今日は藪原駅からで、今から鳥居峠に向かいます。」と、答えると、
おばさん「あら、そう。昔はここが踏切で線路を渡って峠に向かえたのにねぇ。」
僕 「えっ、ここに踏切があったんですか?」
おばさん「そうなのよ。線路が複線になった時に廃止になってしまって。」
「だから今でも線路向こうとは隣組だけど、回覧板が遠くって・・・。」
その後も11年前に亡くなったご主人の話、藪原で美容院を経営していた事、
すぐ目の前の自宅で一人暮らしをしている事、家の間取りまで・・・
このままではずるずる話し込んでしまいそうで、
「それじゃ、峠に行ってきます!」と、
半ば強引に話を切って歩き出そうとすると、わざわざマスクを外して、
「ちゃんと水分摂って歩くんだよ、熱中症にならないようにね。」
まるで亡くなった母親のよう。
「はい、大丈夫、行ってきます。」と言っておばさんと別れて跨線橋方向へ。
風景写真を撮りつつ、「コの字」型の跨線橋を渡って階段を下りつつ、
ふと先ほど立ち話をしていた先の自宅を見ると、
なんとそこにはおばさんがっ!
じっと家の前に立って、僕が峠に歩いて行くのを見守っていてくれました。
「これじゃ本当に母親みたいだよ。。。」
思わず右手で大きく大きく手を振ると、
おばさんはもっと大きく、しかも両手で手を振り返してくれて、、、
何から何まで母親のようで、
ついつい元気だった頃の母親の姿と重なり、不覚にも涙腺崩壊。
いやぁ~マイッタァ。。。
でも、母親のようなおばさんと話をしたおかげで、
それまで不安で仕方の無かった峠越えに向けて勇気をもらった気がしました。
ありがとうございました。
江戸五街道それぞれの街道で出会いがありましたが、
この中山道では「藪原宿の母」が一番の出会い。