靄に包まれ、ベェールを被ったテーマパークのように。
定刻を15分遅れて福岡を飛び立ったボーイング777型機、
わずか1時間のフライトで千葉県上空から重く立ちこめる雨雲をくぐり抜け着陸態勢に入っていた。
低層の雲に入るたび、前のめりになる減速感と振動が機体を揺さぶる。
それでも先ほどまで続いた揺れに比べたらどうって事のないレベルだった。
『気圧の谷が日本列島を縦断しており、航路上の揺れが予想されます。』
途中で機長の言い訳がましいアナウンスがあった。
もちろん、機内サービスは機長判断で全て中止となった。
シートベルト着用サインも消えることはなかった。
僕は軽く目を閉じ、気圧の変化を体で感じる。
夜間の着陸の備え機内の照明が落とされる。
暗いはずのモニター画面がそこだけ青白く映し出される。
車輪を出す機械音がひときわ大きく響いた。
そしてエンジン音が不意に小さくなる。
一瞬の無重力感、ソフトランディング。
軽い衝撃、滑空感、エンジンの逆噴射、急減速。
機体の軋む音と入れ替わるように、機内に静かに流れ出すENYAの歌声。
フライトのたびに繰り返される一連の動きだ。
安堵感とともにモニターに映し出された滑走路は雨に濡れ、無意味に輝きを増す。
『明日からまた仕事か・・・』
吐き出すようにつぶやいてみる。
仕事の都合で彼女と離れて半年が過ぎていた。
半年という時間は、遠距離恋愛の難しさを痛感させるに十分な時間でもあった。
今まで感じることの無かったほんの一瞬の違和感、間、そして無意味な詮索、
そんな自分に飽きれる自分。
何かの拍子に歯車が異物を噛み込み、連鎖的にすべての機能が停止してしまう、
ナイフのエッジを歩くような危ういバランスのふたり。
そして昨夜。
待ち遠しかった月に1度の週末の夜、
空気が変わった事を敏感に感じていながらも言葉にすることに躊躇っていた。
おそらく彼女もそう感じたに違いなかった。
3番スポットに駐機した機体から吐き出され、
ボーディングブリッヂを歩きながら左手で携帯をオンにする。
「着信あり」のメール通知。
留守電は入っていない。
メールのセンター問い合わせ。
1件。
彼女からだった。
立ち止まる。
『言い出せなくてごめんなさい・・・』
ではじまる、わずか3行のメール。
彼女の想いが凝縮された3行の、そして最後のメール。
そう、時速1200kmのテールウィンドに乗せて彼女が送ったメール、
それは、行間に滲み出る「さようなら」。
つま先に落ちた視線は完全に行き場を失った。
後ろからの人波に押されるように、またゆらゆらと歩き出す。
あーっ、この雨。カラカラに乾いたココロにやさしく潤いをくれるだろうか・・・