社会の吹き溜りで、人生の喜怒哀楽を凝縮したような4年間を過ごした。
似合わぬピンストライプスーツに細身のタイを締め、
ちょっとした価値観の違いも許せず、噛み付いていたあの頃。
瞳に憂いを湛えた女がたまらなく好きだった。
閉店後のカウンター。
ひとつ階下で働いている彼女を待ちながら、zippoをもてあそび時間を無駄にやり過ごす毎日。
イージーリスニングのBGMを深夜放送のAMラヂオチャンネルに変え、他愛も無い安っぽいDJの語りを耳に、味もわからぬタバコを燻らせていた。
午前5時。
酒の回った笑顔で、彼女が「帰ろう~っ!!」と、店のドアを開ける。
彼女とは6畳二間のアパートで双子の子猫のように寄り添い暮らしていた。
そんな堕落と疲労が混沌とした、例えるなら半透明な日々も、
気づけば過去になっていた。
あれから5年、5年ぶりのこの街。
僕はいつの間にかピンストライプスーツが様になるサラリーマンになっていた。
5年という時間を確かめるように、この店のカウンターの傷ひとつひとつに記憶を重ねてみた。
東の空が紫に染まる早朝、コンビニ弁当片手に腕を組んで歩いていたあの頃。
二人の時間。
二人の想い。
二人の距離。
すべてが二人を中心に動いていた。
この街を離れ、何度となくメールを送った。
だが返事はただの一度もなかった。
もちろんこの街に来ることも伝えた。
そしてこの街で過ごす最後の夜は呆気なく過ぎてしまった。
神戸空港16:30
アスファルトの陽炎に揺れる影絵のような地上スタッフ。
エプロンに手を伸ばす、ガラス張りのボーディングブリッヂ。
搭乗直前、最後に一度だけ振り返った展望エリアに、場違いな白いドレスの女。
瞳に憂いを湛えた女。
「!!!」
胸元で小さく手を振っている。
その唇がはっきりと「さようなら」と動き、人垣に消えた。
16:45
ゆっくりと深いため息を吐きながら飛行機は西日を背に離陸する。