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雪の匂いがしていた。
仕事を終えビルを出た時、それは確信に変わった。
信号待ちの間、走り去るタクシーが巻き上げた乱れた空気の中にも確実に雪の匂いがあった。
北海道生まれの僕は、雪に対する野性動物並みの嗅覚を持っている。
「雪かよ、今晩は・・・」
朝のテレビの天気キャスターは、夜遅く東京にもこの冬初めての雪の可能性を伝えていた。
そのせいだろうか、週末の夜にしては足早に家路を急ぐサラリーマンやOLが目についた。
吐く息が白い。
駅までのクスノキ並木を歩きながら右手で携帯メールをチェックした。
新しいメールは着ていない。

3日前にあいつからメールが来ていたのを思い出した。
『仕事が終わったらメールしてね。今日は手料理作りました。あなたの好きなワインもあります。』
メールは残酷だ。
愛情も憎悪も全てが性質の悪いダイレクトメールと同じだ。
メールを無視した。あいつのマンションにも寄らなかった。

「やれやれ、仕事も片付いたし、たまには寄って行くか。」
決して、あいつの事が嫌いなわけではない、かなり好きなタイプの女だ。
だが、最近会うのが少し億劫に感じているのは事実だった。
ひとりで生きる事を決めた自分にとって、愛情=束縛という法則が成り立っていた。
池袋東口から駅に向かう人波に逆らうように明治通りを北へ向かう。
五差路の先から見上げた地上60階建てのビルの赤いライトが、季節外れのホタルの求愛のように点滅を繰り返す。
近くのコンビニであいつの好きな「twodogs」を2本と安物のワインを買った。

あいつの部屋、通りに面したマンション、だが、いつも点いている部屋の灯りが消えていた。
チャイムを鳴らした・・・人の気配が伝わって来ない。
そればかりか、郵便ポストのプレートも消えていた。
「まさか・・・」
携帯に電話をしたが15秒で留守電に替わった。
「もしもし、俺、マンションに来たけど、居ないみたい、だね。」
5分後、メールが来た。
「ごめんなさい。私、都合のいい女にはなれないから。」

10回は読み返した。
あいつが去った。
まさか・・・

昔から口元に憂いを湛えた女が好きだった。
守ってあげたい衝動に駆られた。
だから一緒にいた。
しかし、もう・・・。
「悪かった。」
その言葉。
歪んだ視界の中、いつしか降り出した雪に吸い込まれるように拡散し、闇に同化した。