最初お話→#1A
前回のお話→#51S
ウラガワSide-A
カチャリという音に
携帯から目を上げて
「お帰り、」
と言うと
どこか不安そうな瞳(め)をしたまま
雅紀が笑って見せた。
「ただいま。
・・・しょぉちゃん、お仕事はもういいの?」
「ん、終わったよ、」
俺を気遣うコトバに
極力優しい声で答えて
噛み合わせのしっくりこない歯車を調整するように
手探りで綻びを埋めにいく。
今まで自分が座っていたところへ雅紀を座らせて
やっぱり半乾きのままの柔らかな髪に手を添えた。
何度、こうして雅紀の髪を乾かしてきただろう・・・
こんな不安や嫉妬さえも感じる隙のなかった、
好きだという想いだけしか存在していなかったあの頃を思い出して・・・
胸が、切なく締め付けられた。
愛おしさに、衝動が走り
顔を覗き込むと
うっとりと目を閉じている。
思わず、その唇に唇を重ねた。
薄っすらとアルコールの匂いが香り
「・・・飲んできた?」
深い意味もなく問いかけた。
再び髪を拭き始めた
俺の耳に届いたコトバは
「美味しいワインがあるからって松潤がゴハン作ってくれてさ。
アレいい奥さんになるよなぁ~、くふふ、」
ほわりと甘かった空気を、
俺の周りだけ凍りつかせた。
「・・・ドライヤー持ってくるわ、」
洗面所に向かう。
頭の中に残る松潤の名を
胸の内でリフレインする
嬉しそうな雅紀の声を
嫉妬、という黒い感情の渦が飲み込むのを自覚しながら
ドライヤーを手に取った。