これは
ぱふゅ~むのドームを観た感想ですが
内容は、「最後の「ポリリズム」のあ~ちゃんの涙で、
ジンときたぜえ」とか
「もう、わくわくがまだ続いているんだ」
とかいう
町山氏いわく「グルメ評論」的な文章になりません。
だから
ファンのかた以外でも
うざくなく読めます
しかし
どうでもいいけど
最近
バカのふりした・・というよりか
バカのままでいいんだ、バカの自分を観てください的な
ブログ、多くない?
なんだよ、
自分の一番好きなものを体現しておいて
「おもしろかった」
小学生かよ。
バカならバカなりに
頑張って論を張れないのかよ。
自分の感動をなんとか解明して
説明しろよ。
なんのために
高い金払って
大学4年も行ったんだよ。
もったいねえ・・と
高卒の僕は、独白・・独白。

僕の座席は、
アリーナ。
3本ある花道の真ん中と僕の間には
4列しかない。
こんな感じです。
いままで
ぱふゅ~むライブの中で
一番の良席でした。
さて
ライブでなにを感じたかを書く前に
ちょっとこ理屈を書きます。
あるアーティストとか
映画監督とか
映画シリーズとか
とにかく
特定のものに対する
人間は
3種類に分類出来ます。
まず
熱狂的なファン。好きなものを盲心的に信じて
販売される好きなひとの物品はすべて無条件に購入
好きなそこから発せられるメッセージを
疑うことなく信じる。
その対極にあるのが、アンチ、もしくは無関心。
とにかく、嫌い、もしくはどうでもいい。
そして
もうひとつ
真ん中
嫌いじゃないけど
熱狂的に好きじゃない。
誘われればライブに行くのはやぶさかではないが
自分でチケットを取るほどではない。
CDもレンタルでダビング。
この分類でいうと
僕のぱふゅ~むに対する気持ちは
ちょっと真ん中寄りのファンです。
一緒にいった女友だちは
ちょっとファン寄りの真ん中。
そんな彼女が
ライブが終わった後
言った。
「いままでで一番、こなかった」
彼女は、代々木も横アリのぱふゅ~むも観ている。
その中で今回のドームが一番
感動が少なかった・・というのだ。
実は
僕は戸惑った・・というのが感想。
しかし
それはとても前向きな意味で・・。
まず
ドームである。
想像していた通り
音は最悪である。
割れる、歪む
MCの声が聞きとれない
入場に時間がかかり
退場にはさらに時間がかかる。
アリーナでこれである。
観客席なら
さらにひどいだろう。
これはもうアーティストがとうとか
音楽がどうとかいう問題じゃない。
最低である。
ぱふゅ~む的なことで言えば
恐ろしいほど
いつも通りだった。
会場が大きくなろうが
なんだろうが
自分たちがやりたい世界を
展開させていた。
それは確かに
僕の大好きな世界だし
いまでも
素晴らしいと信じられる世界であるが
そろそろ
変化していかなくてはならない世界でもある。
なぜかと言えば
モノ創りや表現者は
常に変化しなくては終わってしまう。
つまり
走れ、止まると死ぬぞ・・という
強迫観念がなければ
創り続けられないし
創り続ける資格がない。
だから
苦しいし
ドラッグをやったりする。
ところが
この変化というやつを
ファンという熱狂連中はあまり歓迎しない。
いや、
熱狂的に好きなのだからそのひとたちがやることは
すべて受け入れる・・・はずであるが
そこに
あまりにも変化が生じると自分たちが好きなものから
離れていき、
それを作り出しているひとに対して
裏切り・・という感情が出てくる。
俺たちの信じていた、
あの世界が好きなんだから
あの世界をやってくれ!!・・と。
ちょっと
話が抽象的になっていったので
具体例をあげます。
このライブのちょうど真ん中部分で
「pefumeの掟」というパフォーマンスがあった。
昔も、一度、リキッドルームの公演の時にやったことがある
ダンスパフォーマンスだ。
中田ヤスタカのバキバキのハウスに乗って
ぱふゅ~むが踊りまくる・・。
これが本当に素晴らしかったし
なおかつ
新しかった。
情け容赦ない
ダンスのことなんか考えてない
中田ヤスタカの壮絶美に満ち溢れたガンガン・ハウスに
挑むかのように踊りまくる3人。
情熱だけでは達しえない。
スキルと熱意の結実。
それはもう
プロのダンサーでも敵わない・・なんて
陳腐な言い回しなど
吹き飛ぶ、本物があった。
しかし・・しかしである。
ファンで充満しているはずの
アリーナ席がノッていない。
感動していない。
ただ見ている。
なぜだ!!
ぶっちゃけ、はっきり言ってしまえば
ついてこれないのだ。
分からないのだ。
「チョコレート・ディスコ」では踊り狂えるのに
目の前の奇跡にはのれないし
ついてこれないのだ。
今回、
新しい試み以外の
つまりは、いままでやってきた
従来の曲の表現が
全体的にレベルダウンしているのだ。
つまりは
日本のトップクラスのスタッフたちが
ぱふゅ~むの従来の世界に
手慣れてしまって
手堅く収めているのだ。
つまり
いままでのような
驚きが少ないのだ。
しかし
観客はここで盛り上がる。
つまりは
ここが
表現者としての苦しさがあるのだ。
いままでのウケた従来路線なら
手堅くやっても、
容易く盛り上がってしまう。
新しいことをやって戸惑わせるよりは
こっちのほうが
ファンにはうれしい。
確かにそうだ。
その通りだろう。
しかし
ライブ会場にいる
バリバリのファン・・というのは一部である。
大体は
僕のように少し中央によったファンとか
中央のひとか
もしかしたら
アンチまでいる。
そういうひとたちに対して
従来路線を手堅くやったら
飽きられる。
また同じことやってる・・・もういいかな・・と
思われる。
ファンサイドの人間を
置いていくかもしれない
場合によっては
怒らせるかもしれない覚悟で
新しい世界に入っていく。
これは
長くモノを作っていくために
やらなくてはならない
宿命です。
そして
それを抜けた先には
偉大なるワンパターン
確固たる絶対世界が広がる。
現在、この領域に達しているアーティストは
日本では、
ぱふゅ~むの事務所の先輩、サザンオールスターズと
矢沢栄吉ぐらいでしよう。
従来路線の膠着化と
新しい試みの不確実な混合
どっちつかずの中途半端に対する
とても前向きな戸惑い
それが
僕が、今回、
東京ドームのぱふゅ~むの感想です
もちろん、僕ではありません。
一緒にいった、生まれてはじめてライブを観た
小4の女の子。