
期せずして
キューブリック特集
これには訳がありまして。
最近、忙しくて映画を再見する暇がなくて
つまり
再見しなくても書ける映画を選んでいたら
キューブリック特集になってしまったわけです。
つまり
キューブリックの映画は
もう何回も観て
頭に入っているというわけです。
その中でも
繰り返し度が高いのが
この「時計じかけのオレンジ」です。
この映画をキューブリックのNO1だというひとは
意外に多く
(僕もそのひとりだが)
キューブリック自身も
自分作品で一番好きだと言っている。
それゆえに
こだわりが強く、
この映画のLD化はかなり遅れた。
この映画には
キューブリック映画のある傾向が
たっぷりとある。
それはブラックユーモアーだ。
いきなり婦女子には
刺激が強すぎる画像になりました。
作家の家にあったこの置物・・・
これを潜入した不良どもが触ったときの動き・・。
あの、ヒックヒクッという動きが・・・
この映画の全編に渡るブラックなおふざけを象徴しています。
とにかく全編
元気な暴力で一杯です。
もうあらゆるところに影響を与えまくったオープニングのミルクバーのシーン
画面を睨み据える主人公のアレックス
鳴り響くウォルター・カーロスのシンセサイザー音楽
カメラがゆっくりゆっくりと引く
ミルクバーの全景と
仲間の全容が姿を現す。
そのまったく実用性のないデザインと
配置が
かえってリアルに感じるから不思議だ。
このホームレス襲撃のシーンの映像
特に
ライティングは
どれほど映画や漫画やアニメに影響を与えたか・・。
ちなみにこの映画のセリフは
すべて同時録音です。
なぜか
キャーブリックは同時録音にこだわっていたそうです。
"デボチカ"少女を"フィリー"強姦すべく、
廃墟に連れ込んだ他の不良グループ、ビリーボーイズとの
乱闘シーン。
一列に並んで一気に突進するシーン。
最近も、
なんか漫画を原作とした日本映画で
オープンとかクローズとかいうタイトルの映画で
ぱくっていました。
このシーンで
強姦される全裸の女の子の股間、
当然のことながら
日本ではぼかしが入ります。
それを知ったキューブリック
例の如く
フィルムを取り戻して
ぼかしの代わりに
黒くて丸いものを張りつけるという荒業を開発しました。
このなんともふざけぶり・・。
でもこの、写してはいけない股間に
変な物を張りつけるというのも、
日本のお笑い番組で
よく見かけますね・・。
さてたっぷり暴れた後
お家に帰って
ベートーベンを聞きながら
陶酔する。
さすがのキューブリックも
CDは予見できず
小型カセットだが
このマシーンがなかなかしゃれている。
ウルトラ少年の陶酔する音楽が
ベートーベンというのも
素敵だ。
ちょっとした仲間との小競り合い
そして作家アレクサンダーの家で
暴れまわり
夫人を強姦して
起き上がりペニスの置物で
殺してしまう。
「雨に唄えば」を
歌いながら・・。
僕は
この曲を聞くと
あの素敵なダンスシーンよりも
この映画の
アレックスの素敵な暴力ダンスを
思い浮かべてしまう。
やがて
仲間の裏切りにより
悲しき囚われの身となってしまうアレックス。
釈放を条件にある治療の被験者となる。
「ルドヴィコ療法(the Ludovico technique)」
治療の実施は被験者に投薬を行った上で拘束服で椅子に縛り付け、
"リドロック"のクリップで見開いた状態にまぶたを固定し、
眼球に目薬を差されながら残虐描写に満ち満ちた映像をただじっと鑑賞しつづけるというものだった。
投薬によって引き起こされる吐き気や嫌悪感と、
鑑賞中の暴力的映像を被験者が「連係」する事で、
暴力や性行為に生理的拒絶反応を引き起こす様に暗示するのである。
映像のBGMに使われていたのは、
偶然にも彼が好んで聴いていたベートーヴェンの第九であった。
これによりアレックスは、
最も敬愛する第九を聴くと、吐き気に襲われ倒れてしまう身体となる。
ウィキさんより
「やめてくれ!! ベートーベンはいい人だ!!」
このシーンは
本当に異様である。
眼を閉じないように固定して
次々と残酷なシーンを見せる。
眼が乾燥しないように
眼薬を差し続ける単調な行為も
異様な残酷さを増幅させる。
この実験の結果を
お偉いさんに見せるところが
またブラックである。
暴力や性欲を感じると同時に
強烈な苦痛が襲ってくるアレックスの様子を
まるでショーのように見せる。
全裸の女性の登場
ウォルター・カーロスの大仰な音楽
そして
ヒットラーもどきの男の驚きの表情
ほとんどザッカー兄弟ばりのパロディ映画だ。
人間の本性のパロディ。
暴力に対して完全に無力と化したアレックスが
暴力に満ちた街に放り出された
家には
別の息子が両親に可愛がられ
街では
ボコボコにしたホームレスが
逆にボコボコにされる。
さらに
元の仲間たちが
警官になっていた!!
「ウェル、ウェル、ウェル、ウェル」
(おやおやおやおや!!)
昔の仲間が
アレックスの姿を見てうれしそうに叫び声をあげる。
当然
ボコボコ・・。
ボロボロになったアレックスが
逃げ込んだのが
看板に「HOME」とだけ記された
あの作家の家だ!!
作家の家で
ダース・ベイダーの中身を演じたデヴィッド・プラウズに
倒れこんで、迎えられて
暖かなお風呂に入った後の
アレックスの運命は残酷だが
笑える。
特に
あの歌を聴いたときの
作家のあの顔は
もう最高である。
昔
このシーンの真似を映画研究の部室で
真似をして
首の筋を痛めてしまった。
キューブリックの
「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」
よりも長いタイトル、
ピータブルックの
「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者によって演じられた
ジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」に
出ていた怪優、パトリック・マギーの見事なコミック演技
絶望のあまり
スパケッティのなかに顔を突っ込む
かわいそうなアレックスの運命はいかに・・
ウルトラヴァイオレンスな
暴力とパロディに彩られた
ある意味
とてもおしゃれな傑作
同情の価値もないアレックスが魅力的に見えるのは
もう
演じたマルコム・マクダウェルの魅力に尽きる。
しかし
同じようにウルトラヴァイオレンスなキャラを演じた
「カリギュラ」がそれほど同情を呼ばなかったのと比べると
このアレックスが魅力的だったのは
なぜだろうか?