前回 2/27日 掲載からの続きです。
この旅初めての海に部屋のテラスからバシャリと。
この日からイスラムの世界はラマダンという断食に入るそうで、
我々観光客にも少なからず影響するらしいので、
折角の海で名残惜しいがここラタキアを早々に出発。
ここから進路はひたすら東を目指すが途中ひどい霧と狭い道路に、
車はスピードを出せず2時間ほどかかり途中のエブラ遺跡に立ち寄る。
紀元前2400年~2250年に栄えた王国で紀元前1600年頃
ヒッタイト軍によって攻撃され滅亡したといわれているが
現在イシュタールの神殿をはじめ多くの神殿が残っている。
さらに程近いところにある聖シメオン教会跡を訪れました。
6世紀頃柱上で42年間修行したといわれている聖シメオンだけど
最初は4メートルから始まって最終的には40メートルの高さだから
オドロキだけど崩れたのか記述が大げさなのかさほど高い建物は無い。
お昼を少し過ぎた頃この日の目的地シリア第2の都市アレッポに到着し
ここで昼食をとるがもちろん店はガラガラでガイドさんも食べない。
ラマダンとは陽がのぼっているときは一切の飲食を禁ずる掟があり
敬虔なイスラム教徒は自分の唾すら飲み込まないという。
子供や病人は免除されているらしいがただ最近は食欲や健康上の理由から
イスラム教徒でもラマダンをしない者もかなり増えてきているらしい。
食事を終え考古学博物館に入る予定だったがガイドさんの予測を超えて・・・
ナントもう閉館するんだと~・・・。
ガイドさん必死の交渉も空しく袖の下も通用せず。
日没となったと同時に食事をしたいのでもう帰るそうです。
まぁ~ナントもウレシそうな顔でご丁寧にお見送りです。
ここでガイドさんヤバイと思ったのか次のアレッポ城へ急ぎます。
イヤな予感は当たりナニやら城の係員とガイドがかなりもめている。
どうやら係員も鍵をかけたのでもう帰りたいらしいが城主と連絡を取り、
どうにか1時間以内という約束で入城を許可されたらしい。
ネオヒッタイト人の神殿として紀元前10世紀より利用され
後に12世紀に十字軍、13世紀にモンゴル軍、14世紀のティムール朝
等の侵略等の数々の戦いに耐えてきた堅固な城で有名。
とまぁ~かなり急ぎ足だったのでゆっくりと写真撮れないので、
一様上からの景色も良かったので動画でこんな感じでした。
ガイドさんは散々僕に謝ってましたけど次の日には300キロ以上東の
イラク国境付近まで行く予定なので城も明日に回すとキツクなるそうなので
(多分袖の下払っている ) ムリしてでも見学したみたいです。
ラマダンでなければ博物館と城もゆっくり見学できたし
スークもまだ開いてる店もたくさんあるとのことでした。
というわけでスークもやってないし街はもぬけの殻で観光出来ず、
まだ夕方5時前に早々のホテル入りでロビーでボーッとしてました。
ちなみに早朝またもやラマダンのとばっちりを受けることになります。