小説 つづきいし・6・不思議な遠野の物語  | 身体と心に優しいヘナの美容師ちえみのブログ

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身体に優しいヘナの美容師をしています。
また、岩手内で唯一のベトナム医道ディエンチャンのディプロマ保持者です。

今までのあらすじは下記をご覧ください。





・・オシラサマ・・

遠野物語百周年と書かれた幟が至る所に立っている。市を挙げての一大プロジェクトの意気込みを感じながら市役所の観光課へ挨拶をすませ、福ちゃんが私達に差し出したのは、カッパの捕獲許可書。シリアルナンバー入りで1年ごとの更新が必要らしい。その裏には次のようなカッパ捕獲7ヶ条が書き込まれてあった。

1 カッパは生捕りにし、傷つけないで捕まえること

2 頭の皿は傷つけず、皿の中の水はこぼさないで捕まえること

3 捕獲場所はかっぱ渕に限ること

4 捕まえるカッパは、真赤な顔大きな口であること

5 金具を使った道具でカッパを捕まえない事

6 餌は新鮮な野菜を使って捕まえること

7 捕まえた時は、観光協会の承認を得る事    以上

とあった。

かなり細かく示されているが、どうやら昨夜逢った、座敷カッパのたっちゃんは該当しないことがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。
福ちゃんと一人は、カッパ捕獲書の注意書きの大真面目さが良いと大笑いしていた。

市役所から国道340号線を北へ10分ほど車を走らせた先にある茅葺き屋根の建物が、1番目の取材地である伝承園である。
この伝承園の先には・・マヨイガ・・の山と伝えられている自見山があり、柳田國男先生に遠野の伝説を伝えた、佐々木喜善の生家も近い。
土淵地区と呼ばれ、遠野物語の主役たちの舞台があちこちに広がっている。
大きな茅葺き屋根は、南部曲がり屋といい、馬を家族同様に大切にしてきた証に、人馬が同居できる造りになっていた。

私の母方の祖母の家は、改築するまでは大きな茅葺き屋根で、

真夏の熱い時期でも中はクーラーがかかっているのかと思うほど涼しかったが、

反対に冬は隙間風だらけで、ひどく寒かったのを覚えている。

また躾に厳しかった祖母には敷居を踏みつけて入ってはいけないと厳しく躾けられた。
伝承園の茅葺き屋根の建物は、そんな懐かしい祖母の家での一コマを思い出させてくれた。

「よーぐいらっしゃいました。履き物を脱いであがれんせ」
係の婦人が私達を建物の中に誘い、建物の奥にある・・御蚕神堂・・おしらどう・・へと案内してくれた。ふと見た名札に斎田みちよとあった。

あれ?一人と同じ苗字だと思いながら、あえて声はかけなかった。もしかして一人の親戚?…


暗く、ぎしぎしと軋む長い廊下の先には、一段高くなっている部屋があり、異様な気配を感じさせる空気感が廊下にまで溢れていた。
一歩その部屋に入るなり私と福ちゃんと一人は、その圧倒的な雰囲気に話す言葉を無くしてしまった。

部屋の真ん中に桑の木が1本立っている。その周りの壁一面には色とりどりの布を巻き付けられた対の木の人形が、一方には馬の頭、もう一方は人の頭の形をしていて、天井まで隙間がないほどびっしりと並べられていた。

係の婦人の話では、約千体ほどがご鎮座しているとのこと。

おしらどうの中では、一人のカメラのシャッターの音だけが響いていた。

私は昨夜宿で、語り部さんが話してくれた・・オシラサマ・・の話を思い出していた。


あるところに、貧しい夫婦と娘が住んでいました。

その家には一頭の馬が飼われていて、いつしかその馬と娘は夫婦となりました。

それを知った父親は、裏山の桑の木に馬を吊るし皮を剥ぎ殺そうとしました。娘は必死で父親に頼みましたが、やめてくれずに、馬は皮を半分剥がれたところで死んでしまいました。そしてもう少しで全て剥ぎ終わるという時、泣いている娘の元に剥いだ馬の皮が覆いかぶさり、娘をすっぽり包み込むと、そのまま天に登っていきました。

悲しみに暮れる両親の元に娘が夢枕に立ち、

「私の親不孝を許してください。私は悪い星の下に生まれ、孝行せずに天に来てしまいました。来年の3月14日の朝、土間の臼の中に馬の頭の形をした虫がいますから、桑に葉を食べさせ、繭を取り糸をとってください。

娘は糸の取り方を両親に伝え、機織の仕方も教えました。

両親は出来た織物を売り生活の糧といたしました。

そして、馬を吊るして桑の木に娘の顔と馬の頭を掘り祀ったのが・・オシラサマの始まりです。

オシラサマは養蚕の神様・農業の神・目の神様・女性の病の神様・馬の神様・祀る家の吉凶をお知らせしてくれる神様として信仰されるようになりました。


「世界中どこの国をみても、馬と人が真剣に愛し合う話しって、そんなにあるもんじゃないよ。遠野の神様って・・・」

福ちゃんが独り言のように言った。

人間百科事典と異名を持つ福ちゃんが驚くのだから、やはりこの土地は特別なのだという思いが益々強くなっていった。


私は以前に取材で訪ねた牧場で初めて馬を間近でみたが、お世話をする方に頬擦りして甘える馬の優しい瞳が忘れられない。きっと馬に恋した娘さんも、そんな馬の優しさに惹かれたのかも知れない。

「願い事をこの布さ書いで、オシラサマさ着せでくださいね」

案内の婦人が私達を促す。

「俺、嫁さんが見つかりますようにって書こうとかな」

カメラを構えながら一人が言った。私の心のどこががなぜかチクリと痛んだ。福ちゃんは既に・・大願成就・・と布いっばいに書いている。私は・・心願成就・・と書いた。


伝承園の入り口には遠野の郷土料理がいただける食事処がある。食堂の中は右側が囲炉裏を囲んでの椅子席、中央にレジがあり、左側は小上がりの座敷席となっている。前金制となっている。私達は小上がりの座敷席を選んだ。


さっそく名物のけいらんのセットをいただく事にした。

食事処の説明書きによると、鶏卵のような形をしていることからその名が付いたと言われていて、砂糖が貴重だった時代からおもてなし料理として振舞われた、今も結婚式などのお祝い事には欠かせないらしい。

作り方は至って簡単で、餅米の粉を熱湯で煉り、手でよくこね、こし餡を包んで卵くらいの大きさに丸めお湯で茹でる。食べる時は茹で汁ごといただく。

「かわいい・・・」

あまりの可愛らしさについ声が出てしまった。

木製のお椀の中に、可愛い雪うさぎが二つ並んでいるようだった。

「あちっ!」と一人が声をあげた。

「少し落ち着いて食べなさいよ」

「うるさいな!どっから食べていいかわかんないから、一口で食べたんだよ!文句あっか!」

確かに私もおなじような思いで、お椀の中を眺めていたから、一人の気持ちがよく分かった。

「ごめん…」またいつもの癖が出てしまった。なぜ一人に対してはいつもこうなるのか….

「さっきの伝承園で案内してくれた係の方のお名前が一人と同じ斎田だったぞ!」と福ちゃんが声をかけた。

「確か、斎田みちよさん…だったよね。もしかして一人の親切かな?って思ったよ」と私が続いた。

「じーさんが遠野出身だからありうるかもな。でも昔の話だからわからないな?」と一人が返事をした。


福ちゃんが座敷の奥をさっきから何度も見返しているのに気がついた。

視線の先には、さっき聞いたばかりのオシラサマの話しに出できた娘さんのような女性が座っていた。

色が透けるように白く、腰までの長い髪がキラキラと輝いていて、木綿の着物がよく似合っていた。

馬も恋するような、美しい女性が美味しそうにお茶を飲んでいた。

「福ちゃん…あの女性…」

美しい人はそこにいるだけで、周りの空気までもが凛とする。まるで絵画のような美しさに私も見惚れてしまった。

「僕も驚いたんだよ。まるで物語の中から現れたような女性だろう」

そう言う福ちゃんの茶碗からは湯気が消えていた。

今度は同じく遠野名物の…やきもち…を食べ始めている一人にも、綺麗な女性ねと問いかけると

「二人とも何言ってんだよ」

と、全く興味がないような答えが返ってきた。そんな一人の態度に何故かほっとしながら

「オシラサマの物語の主人公みたいでしょ?」と、再度問いかけると

「だから!オシラサマかなんか知らないけど!俺達以外に、この食堂には客なんか誰もいないよ!」

一人の言葉に、私と福ちゃんは見つめあい驚いた。

「うそ…座敷の奥に座ってお茶を飲んでいる美しい女性がいるじゃない」と言いながら小さく手でその場所を指差しながら伝えた。

「一人には見えないのかい?」

と、福ちゃんが言うものだから、一人はムッとしながら

「あー!やだやだ!二人とも遠野病にかかっちまった〜」と病人扱いされてしまった。


すると私の背中をちょんちょんとつつくものがある。ふと振り返ると、そこには昨夜泊まった民宿で衝撃的な出逢いをした、座敷カッパのたっちゃんが、大きな瞳をくりくりさせながら、ニッコリ微笑んでいた。

「マリサンヲミツケテクレタンダネ。ヤッパリハナエハエライネ。サアボクガアンナイスルヨ。イッショニヒダリマワリノマツリヲシヨウ」

「え?ひだりまわり?」

私はたっちゃんに聞き返した。

「ソウ、ヒダリマワリダヨ。ハナエ」

もっとくわしくひだりまわりの話を聞きかえそうとしたその時

「はなちゃん!」

振り返ると呆気にとられて目をパチクリしたままの福ちゃんが立っていた。

「こっこっこれが、昨夜はなちゃんが話していた座敷カッパのタツヤくんかい?」

どうやら今日は福ちゃんにもたっちゃんが見えるれしい。

「そう!たっちゃんよ、よろしくね」

まるで、人間の友達を紹介するように福ちゃんにたっちゃんを紹介している自分が可笑しかった。

「はじめまして。かな?僕はなはなちゃんの友人で福原といいます」そういいながらたっちゃんと握手している。

二人のやりとりを見ていたら、心の中にたっちゃんの声が響いてきた。

「マタココロノキレイナヒトガフエタネ、ヒダリマワリハソウイウコトダヨ」


さっきまで私達を病人扱いしていた一人は、一部始終を見ていて、そこに誰かがいることはわかっているようだが、俺には関係ないことだと言いたげに、カメラを磨きはじめている。


福ちゃんは昨夜の座敷カッパの事や。マリさんと名乗る美しい女性について、しきりにたっちゃんに質問しているが、当のたっちゃんは指で形を作ったり。くるりと一回転してみせたり、さすがの人間百貨辞典にも理解できない答えばかりが返ってきて困り果てている。


「あれ?・・・・」

カメラを磨いていた一人が私達にカメラを向けながら不思議そうにつぶやいた。

「さっきはなちゃんが、俺に言っていた綺麗な女性って、あそこに座っている髪が長くて着物を着ている人かい?」

「えっ!一人にも見えるの!」

昨日は私一人だけが逢えた座敷カッパのたっちゃんが、今日になり福ちゃんにも見えて、更に一人までオシラサマに登場するような、あの美しい女性が見えると言い出したのものだから、遠野の郷には不思議な力が確かに存在していると言う思いが益々強くなって来た。

「あー!でもな。カメラのレンズを通してなんだよ。カメラから目を離すとほら!見えなくなるんだよ」

一人はそういいながら美しい人を何度も見つめていた。私はその様子を見て、心の何処かがチクリと痛んだ。

「たっちゃんが教えてくれたんだけど、マリさんと言う名前で、この伝承園に住んで居てね、今も馬神様ととっても仲良しらしいの」

天に登った馬と娘さんは、今では、この郷の守り神となり、静かに時代を見つめているのかもしれない。永遠の愛。そんな言葉が浮かんだ。

「あー!!こいつだな!このイタズラカッパは!」

一人が今度はたっちゃんを見つけたらしい。たっちゃんはイタズラカッパと呼ばれてムッとした表情をしている。

私はそんな二人を見ていて、どこかしら似ていると思った。

「ところでたっちゃん、左回りって何なんだい?」

福ちゃんもたっちゃんに左回りをしようと言われたらしく、たっちゃんの言葉を待っている。

「ヒラクコト」

いったい何が開くことなんだろう?まったく見当がつかない

「イマニワカルヨ・モウスグネ・キット・・・」

そう言うと同時にたっちゃっんの姿はスーっと薄くなり消えてしまった。

同時に座敷の奥に座っていた美しいマリさんの姿もやはり消えていた。


これで3人が座敷カッパのたっちゃんの姿が見えるようになり、と言っても一人はカメラのレンズ越しだけど。

やっと不思議ちゃん扱いを受けなくて済むと思った。そしてこの遠野の不思議な力はどうやら福ちゃんと一人にまで影響し始めたと思えた。

私達は伝承園の神々さまにお礼をのべ、ここから3分ほどのかっぱ淵向かうことにした。