身体と心に優しいヘナの美容師ちえみのブログ

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身体に優しいヘナの美容師をしています。
また、岩手内で唯一のベトナム医道ディエンチャンのディプロマ保持者です。



次に向かったのは

大神神社様から山の辺の道を通って向かう

大神神社の摂社の一つ檜原神社様です。

 

 

私たちは時間の関係で縫うような山道を車で向かいました。

Mちゃんのすばらしいドライバーテクニックには本当にほれぼれしてしまいました。

ありがとうMちゃん。

 

 

 

 

檜原神社様の御祭神は

少し前に訪ねた大和神社様でも登場した豊鋤入姫様

宮中に祀ると祟るとのご真言により

 

(これは実は後々の作り話で、

シラギ族に天尊族の宝、

三種神器を盗まれそうになり、

それを察し崇神天皇が皇女豊鋤入姫に命じ

八咫鏡を抱いて逃げるように命じたのでした)

 

天照大御神様の安住の地を見つける旅に出た

崇神天皇の皇女である豊鋤入姫様が

磯城神籬(しきほもろぎ)をを立ててお祀りされた

倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)であることから

つまりは天照大御神様が伊勢に入る前にその候補地として

お立ち寄りになった場所ということで

元伊勢と呼ばれている場所になります。

 

 

 

 

天照大御神様をその身に背負い

追手から逃れながらの旅は今のような舗装された道ではなく

山道を這うように身を隠しながらの旅だったと感じます。

(暴かれた古代史 山本建造著 福来出版 参照のこと)

その後苦労もあり姪である倭姫様にその任をお任せしたのでした。

 

 

 

 

檜原神社様の前にて祈りをささげる私の胸には

ますます、古代日本の信仰を

ひたすらに守り抜いた人々の姿が

鮮明に感じとることが出来ました。

 

ここもやはり御社殿は持たない神社様で

東北の古代の磐座信仰の姿を感じました。

 

豊鋤入姫様のご苦労をしのびながら檜原神社様を後にしました。

 

 

 

 

参道には美しい花桃が咲き乱れておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちが次に向かったのは大神神社様です。

私は2回目の訪問になります。

先ほどお参りした大和神社では

須佐之男命様の国造りの思いを感じました。

そして大神神社様ゆかりの檜原神社様が

とても近い関係であることがわかりました。

なにか見えない糸で歩かされているような

そんな不思議な気持ちです。


大神神社様は

ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)

がお山に鎮まるために、

古来本殿は設けずに拝殿の奥にある

三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという

原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社です。



ちょうど春の例大祭の日に当たり

参道には神馬様のお姿がありました。





 

平日だというのにさすが例大祭の日です

背中にそびえる三輪山の気を感じながら

拝殿に向かいましたが

人でごった返していたので

私とMちゃんは先に

クスリ道から狭井神社様に向かうことにしました。

 







お賽銭を上げてクスリ水をいただき

三輪の神様にお礼を述べて

境内を後にしました。

 



狭井神社様までの道のりの中で

少彦名大神を祀った磐座神社があります。

御社殿はなく代わりに磐座がご鎮座しています。

 







帰りに市杵島姫命神を祀る神社様にもお参りしました。

市杵島姫命様は弁財天の異名をお持ちで

とっても親近感がわいてきました。

 

大神神社さまの拝殿に戻ると

ちょうど金色の御神輿が

階段を参道に向けて降りていくのに出逢いました。

大神神社様でみる金色の御神輿

・・こりゃあ春から縁起が(・∀・)イイ!!

 



心配していた雨も何とか持ってくれています

参道で草餅を買ったり

お酒を買ったり

すっかりお上りさん気分を味わいながら

楽しい旅はまだまだ続きます。

大和神社を後にした私たちが向かったのは

纏向遺跡です。

 

 

 

石上神宮から大神神社への道の地図を眺めていたら

突然にこの古墳が気になり向かいました。

一説には邪馬台国の女王卑弥呼の墓ではないかと

その候補地に挙げられている場所でもあります。

静かな田園風景の中に

ちょこんとある陵墓をみていると

卑弥呼がどうしたとかどうでもよくなるくらい

すがすがしい風が流れてくるそんな場所でした。

 

出土した品を調べた結果

日本初の「都市」であったことがわかり

歴史的にも重要な場所のようです。

 

 

 

 

草原にしばしたたずんでいると

私の頭の中に古代の埋葬の様子が浮かびました。

美しい隊列の真ん中に輿があり

高貴な方のご遺体があるのがわかりました。

この場所にきっと埋葬されるかたなのだと思いました。

今は昔のことなので本当かどうかを確かめる術はありませんが

古代のロマンに夢を馳せる

そんな遺跡であることは確かなようです。

 

ここでも登場した

「初めて」または「最古」というキーワード

さて次の場所にはどんなはじめてを見つけるのでしょうか

 

つづく

 

 

 

石上神宮を後にして向かったのは

大和神社様です。

なぜか気になり地図に丸を付けた神社さまでした。

おおやまと神社と読むそうです。

 

 

 

 

駐車場に車を止めて参道を歩いていると

美しい古代の女人の姿が視えたような気がして

よく見たら赤い棒が一定の区間ごとに並んでいたのですが

私にはこの神社には素晴らしい神様がご鎮座なさっている予感がしていました。

まったく前知識なしで訪ねることが多いものですから

自分の直観を頼りに神社めぐりをすることが多いです。

でもなぜか奇妙に

行き当たりばっちりなのが

私の神旅のいいところなんですがw

 

 

 

 

鳥居をくぐるとすぐに聞こえてきたのがガマガエルの鳴き声でした

かえるが苦手な私としては悩みどころですが

とにかくこの神社様にご挨拶しなくては前に進めなかったので

勇気を振り絞って向かいました。

 

 

 

 

鳥居をくぐるとすぐに見えてきたのが

戦艦大和ゆかりの神社の碑でした。

更に左手には戦艦ヤマト記念館があります。

神社の磐余をみますと

この神社の神様が太平洋戦争の時に沖縄近海で沈没した

戦艦大和にお札を祀った神社様だということがわかりました。

 

御祭神は大国魂大神。八千矛の神。御歳大神。

ただし、やちほこのかみと大国魂大神は

どちらも大国主神の異名だそうです。

3度の臨死体験をして昨年惜しくも天上界にお帰りになった

木内鶴彦さんによると

大国主神は元をただせば須佐之男命様を表しているのだそうです。

そして日本の国を作った偉大な神であったと説かれていました。

私の住む岩手は自然崇拝の蝦夷の民の国でしたが

大和朝廷が進出しそれまでの自然崇拝から

大和の神々に替えられた歴史があります

今回の旅で古代の大和の神々を周っているわけですが

大和の国の中でも古代からの信仰の流れに大きな変化があったのかもしれないと

この大和神社を参拝して感じました。

 

 

 

 

また伊勢の大神様を伊勢にお鎮まりいただくために

諸国を行脚した崇神天皇の皇女 豊鋤入理姫が

倭の穴磯邑(現在の比定地が檜原神社とされています)・・・元伊勢と呼ばれている神社様

に移されたのがこの神社の創建にあたるそうです。

わたしにとっても縁の深い倭姫様の物語にもつながるので

奈良で伊勢を感じることができたのも非常に大きな喜びとなりました。

 

本殿をお参りした後に

横にある赤い鳥居の神社がひときわ目を引きます。

そこはなんと!高龗神社の総本社様がご鎮座なさってました。

 

 

神社わきには雨師・・あまし

と磐座・・いわくら

がありました。

雨師は中国の神、雨師(うし)の影響を受けたようで、

祈雨止雨の神らしく

高龗神と似た神格を持つそうです。

 

 

 

 

磐座がそばに祀られているのも

古代の宗教戦争の名残のような気持ちがしたのは私だけでしょうか?

 

 

 

また神社脇にあった表書きには次のようにありました。

 

高龗神社 祈雨神祭について

全国総本社

 

 

大和神社の摂社である御祭神は雨師大神

即ち水神様で、

崇神天皇のとき渟名城入姫命をして

穂積長柄岬(現新泉星山)に創祀される。

 

古来六月一日、十年に一度の大祭には、

和歌山・吉野・宇陀その他近在邑々から

千人余りも参拝者の列が続いたとある。

先頭に丹生川上神社中・下社が金御幣を持ち

後尾は末社の狭井神社が勤めた。

 

茅原上つ道を経て、箸墓裾で休憩。

大倭柳本邑に入り長岡岬、

大市坐皇女渟名城入姫斎持御前の井戸で祓い清める。

神職は輿と共に神橋を渡り大和神社に入る。

一般の人達は宿から一番鶏が鳴くと

倭市磯池に体を清め笠縫邑から神社へ向かう。

社は古代伊勢神宮と同じ建築様式で、

江戸時代の建立になる。

 





その後、戦艦大和の記念館に足を運びました。

私の母方の祖父はニューギニアで戦死しています。

今回ばかりではなく、戦争の記念館を訪ねると

胸がキューンと締め付けられるような気持になります。

世界では今も戦闘状態にある国があります。

須佐之男命様は純粋な日本人として

この国をデザインし八人の御子たちを遣いこの国を治めました。

その願いは

この世の自然が守られること

人々が平和で楽しく豊かに暮らせること

この二つでした。

戦艦大和記念館で私は静かに手を合わせました。



ここでもう胸がいっぱいになった私は

銀座まるかんの斎藤一人さんの

名代一位指名である

舛岡はなゑ社長のファンクラブ

通称 朱雀会の仲間達に

檄文を唱えてくれるようにお願いしました。

先の大戦で志半ばで散っていった英霊達に捧げます。




 

 

昨日の唐招提寺、薬師寺とは別に今日は神社めぐりの1日になります。

お天気は朝から輝くような朝日が出て「しあわせだ~」と背伸びしました。

 



宿から大和郡山駅までは循環バスで向かいました。

駅に着きMちゃんがレンタカー屋さんを探していたら

地元の女性が声をかけてくれて、なんと道案内してくれました。

近道の美しい公園を案内してくれて桜がとても美しかったです。

途中産土の神社様にご縁をいただけたことを感謝しました。







名前も知らない優しいあなた。

貴方にはきっと雪崩のごとくによきことが起こります。

心からのありがとうを届けます。

 







その後レンタカーに乗り、最初に向かったのが

ずーっと気になっていた石上神宮様へ

早朝ということもあり鳥居の下にはスの様のしるしがあり

とても美しい景色を見せていただきました。

 









石上神宮は日本最古の神社の一つとして知らせています。

古代から武器と武運の物部氏の総氏神として

古代信仰の神を祀る霊験あらたかな聖地として有名です。

古典には

「石上振神宮(いそのかみふるじんぐう)」

「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)

などと記されています。

 





私はお守りの鈴を購入したのですがその時に

数年前に訪ねた出雲の物部神社を思い出していました。

たまふりの呪文布留部ゆらゆら

これは死者を蘇らせる霊力を秘めた十種神宝に一つで

物部氏に伝わる儀式の一つです。

 



物部一族は蘇我氏に敗れて隠岐の島に流され

遠く秋田まで流れ着きました。

なので東北の民の祖先は先祖に霊的な力を持つ先祖が多いのはそのためです。

 

なぜ石上神宮がやけに気になったのは

どうやらこの土地に宿る精霊に呼ばれたようです。

 

摂社、末社にご挨拶をして次の神社を目指しました。

 

 



つづく

 

 

ずーっと気になっていた石上神宮様へ

今回も相棒のMちゃんと伺いました。

 

1日目は私がいつもベトナム医道ディエンチャンの施術を行うときに

お力をお借りしている薬師如来様にご挨拶をしていなかったので

奈良に伺うということで薬師堂様にご挨拶に伺いました。

いつもは地元の古刹、黒石寺様の薬師如来様にお参りしています。

 

春の奈良は桜の花が美しく咲いていて

岩手から訪ねた私には暑いくらいの陽気でした。

とにかく目的地のことしかリサーチしていないのはいつものことで

駅に降りたら「唐招提寺」の文字を見つけて

実はすぐ近くに唐招提寺様があったことを知りました。

以前NHKの番組で特集を見てからあこがれだった唐招提寺様

いそいそと伺いました。

 

 

 

 

 

 

入場券を購入してまずは金堂へ

4月8日はお釈迦様のお誕生日で花祭りが営まれていました

小さな仏像に甘茶をかけさせていただき、

帰りに甘茶を頂戴しました。

 

 

 

 

その後寺社内を回りましたが

なぜか私の心の中には深い悲しみがあふれてくるのでした。

唐招提寺は5度の渡航の旅で失明し

6度めの渡航でやっと日本にわたってこられた

鑑真和上様を祀るお寺様です。

盲目になっても大きな希望を持ち

渡ってきた日本の国での暮らしは

いかがなものだったのでしょうか

たくさんのお弟子様に囲まれて

何不自由ない暮らしだったのは想像にしやすいのですが

言葉の壁などはいかがだったのでしょう

私には鑑真和上様のさみしさがひしひしと迫ってくるような

そんなお寺様でした。

 

 

 

 

 

 

 

唐招提寺様を後にして、薬師堂までは直線の道を歩いて向かいました。

岩手は熊の目撃情報がありなかなか散歩ができないので

こうして散歩ができるのが何よりうれしいのです。

10分ほど歩くと薬師堂に着きました。

 

 

 

 

 

 

入場券を購入してすぐの場所はお土産売り場となっていて

ちょうど修学旅行生達にお坊様が講和をしていて

私とMちゃんもちゃっかり中学生に変身して聞き耳を立てました。

 

 

 

 

金堂に安置されている薬師如来様、月光菩薩様、日光菩薩様

についての説明が爆笑物で

薬師如来様がお医者様で、

日光菩薩様が日勤の看護婦さん

月光菩薩様が夜勤の看護婦さん

 

初めの内は興味がなさそうだった

中学生も前のめりになり話に夢中になっていました。

 

堂内に広がる笑いの波動と生き生きした柔らかな波動

先ほど唐招提寺で感じた重い波動とは真逆で

まるで陰と陽の関係のように感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後大講堂、金堂、西塔、東塔、と周りました。

とにかく気持ちの良い場所で

ベンチに座りやさしい波動浸りました。

 

職員の方々もやさしくて

私が友人の為に購入したお薬師様のお札を

もう一度お薬師様の前で祈ると良いと教えてくださいました。

 

一説には薬師如来様は須佐之男命様と同体と伝えられているそうです。

今回の旅はその謎に少しだけ迫ることができそうな

そんな気がしています。

 

つづく・・・

 

 

今日高市首相が

北上にいらっしゃるそうです。
各党、対立候補の批判が
益々激化していますが
選挙の度に思います。
なんでいがみあうんだろう。

お互いの政策を認めて
より良い日本にしていくのが
まつりごとではないのだろうか?




わたしは今
銀座まるかんの商品の
取り扱い店をしていますが
斎藤一人さんが提唱する
「天国ことば」は
簡単で覚えやすく
素晴らしい言霊だと感じています。
それに照らし合わせて
今の選挙の姿を見ると
大事な事が見えてくるような気がしました。

「ひとりひとりが
あいする日本、
ついてる日本
嬉しい日本
楽しい日本
感謝する日本
幸せな日本
ありがとうと言える日本
そして
和顔で許せる日本
を願えば
きっと、そうなります。」

ひとりさんに
出逢えてよかった。

昔々、

この地に棲む大蛇が大暴れして、

洪水を起こし人々を悩ませていました。

人々は、神様にお伺いを立てたところ、

毎年若い娘を人身御供に差し出せば許してやるとのお告げがあり、

ひとりひとり、また一人と村娘たちが差し出され

遂に庄屋さんの娘様の番になりました。

悩んだ庄屋様は九州から作用と言う娘を買って来て、

娘の代わりに大蛇に差し出す事にしました。

その作用と言う娘は裕福な家に生まれた姫君さまで、

たいそう信心深い娘でしたが、

家運が傾き目の病で苦しむ母親の為に、

自らの意思で人身御供となることを選び、

はるばるこの地までやってきました。



 

作用姫は肌守りを離さずに身に着けておりましたが、

それは薬師如来様の小さな像で、

旅の途中で夢の中に薬師如来様が立たれ、

作用姫に大蛇退治の方法を伝えました。

 



この地に来た作用姫は、村人達に夢のお告げを伝え

四柱の舞台を造るように指示し、

自らは薬師如来様の指示のあった場所で精進潔斎をしたあと、

入念に化粧して四柱の舞台の中央で大蛇を待ちました。

 





舞台の中央に坐した作用姫は

一心不乱に薬師如来様のご加護と仏の言葉を唱えました。

荒れ狂う嵐と共に現れた大蛇は一瞬の内に作用姫を飲み込みこんでしまいました。

すると大蛇はたいそう苦しみだし、生えていた角が抜け落ち

遂には作用姫を吐き出しました。

すると大蛇はしゅるしゅると一人の老婆の姿になり、

それは欲深で有名だった庄屋様のお婆様だったのです。

元の姿に戻った婆様はたいそう己の行いをハジ、

深く反省してこれからは村人の為に尽くすと約束しました。







小夜が四柱を建てた場所は、四柱の住所が残り、

薬師如来様の指示で化粧した場所は化粧坂と云われ、

久須志神社、薬師堂となりました。

また抜け落ちた大蛇の角を祭ったのが

本州最北端の角塚古墳と伝えられています。

また薬師如来のお告げで掘り出した霊水は眼病に効果があると伝えられています。
 
昨日はその物語の舞台となった久須志神社様、

薬師堂様へお参りに伺いました。

 







御祭神の少彦名様は須佐之男尊様の別名なのだとか、

全国にある神社仏閣の八割までもが

本来ならば須佐之男尊の神社なのだとか・・・

 

伝え聞く神話の中の須佐之男尊様の印象とは

真逆な姿、むしろ人民の為に

農業、林業、治水、建築、食物など

人が生きていくための自然に配慮したすべてを伝えた姿に

日の元に暮らす人々は神と崇めたのだと感じます。

 

大和朝廷により、

私達の祖先の神々も同じ目に遭いながら、

今は昔の事となり、現在の私には怒りすら残っていません。

 

久須志神社様の境内の中でそんな事を考えていたら、

眩しい程の太陽が顔を出し、

舞う雪を輝かせてダイヤモンドダストを見せてくれました。

 



私はその時、

誰がなんと言おうと関係なく、

憎みもせずに、

ただひたすらに人民の幸せを思い、

淡々と仕事をこなしていく。

そんな須佐男之尊様の姿を感じたのでした。

 

それと共に薬師信仰の本来の姿の意味もそこの有ったのかもしれないと

キラキラと輝く雪の姿を見ながら思ったのでした。

 

地球が元のきれいな状態に戻りました。

地球が元の平和な世の中に戻りました。

感謝しています。



新小岩にある
斎藤一人さんご推薦の蕎麦屋さん
長寿庵。
友人の由美ちゃんが
年越し蕎麦を届けてくれました。






今年はひとりさんの商品
銀座まるかんを扱わせていただき
仲間達と共に仙台パーティーや
講演会に参加させていただき
本当に楽しい嬉しい幸せな一年でした。

新年は6日から仕事始め。
2025年ともども
よろしくお願いいたします。




感謝しています。