身体と心にやさしいヘナの美容室、美容師ちえみの岩手楽園通信

身体と心にやさしいヘナの美容室、美容師ちえみの岩手楽園通信

岩手県奥州市にて、カラダにやさしい美容室「ヘアーアトリエ カイラス」のオーナーちえみが、岩手の歴史のこと、パワースポットのこと、不思議体験のこと、健康や癒しのこと・・お届けします。

椅子ヘアーアトリエカイラスのご案内


リーフヘナ100%のインディハーブを使用している、髪にやさしい美容室です。水には電子水・ミューア・素粒水・ケオン水を使用。店内は、ミューアによる磁場調整、電子技法により、美容室特有の臭いがなく、マイナスイオンあふれる空間調整を行っております。また各種健康食品やグッズも取り揃えております。




住所 岩手県奥州市胆沢区小山字下野中3-9 (駐車場4台)地図


電話 0197-47-2148(予約優先)

営業時間 AM 10:00~PM6:00


定休日 月曜日・第1火曜・第3日曜


MENU


パーマ(シャンプー・カット・ブロー込み)8000円~


ヘナ染め 7900円~


ヘアカラー6980円~  


ロング料金は別途  




2年前から始めた
私のアイヌ刺繍作品です。

販売はしていません。

お世話になった方々への
お祝に作ったり、

自分用に製作しています。

 

私にアイヌ刺繍を教えてくれたのは

盛岡在住でアイヌウポポを歌う

ふっちゃんとマーボーの

マーボーこと、橋本政彦さんです。

 

ーーーーーーーー

 

初めは、自分用です。

うさとの洋服の背中に背守りを作りました。

デザインはマーボー先生にお借りしました。

糸が固くて苦労しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分用の作務衣です。

自分でデザインした初めての作品です。

 

 

 

 

 

 

 

 

友人にタイパンツをリフォームしていただきました。

襟の部分が紺一色だったので
可愛くピンクのアイヌ刺繍をしてみました。
 
 
 
友人が営む
岩手県花巻市石鳥谷にある
カフェ そら
の開店祝いにプレゼントしました。
 
そらの文字をデザインしました。
 
 
 
母が入院した時に
御守りになるように
願いを込めて作りました。
 
 
 
仙台の友人のサロンの
引越し祝いに製作しました。
 
 
 

 

宇都宮の友人の為に製作しました。
彼女が営む、
パワーストーンショップが
益々繁盛するように
願いを込めました。
 
 
初めてチャレンジした
切り抜きです。
 
1.5m×2mの大きさです。
 
 
 
 
尊敬するT先生へ
御守りとして製作しました。
 
この模様は、アイヌの男性が
護身用の刀の御守りとして
身につけるそうです。
 
 
 
 
T先生のアシスタントの方へ
御守りとなるように製作しました。
 
 

 

アイヌ刺繍の技法のひとつでエタラカといいます。

 

この網目で魔をからめとるそうです。

 
 
 
 
アイヌ刺繍とは少し違いますが
龍体文字アイヌ刺繍の技法のチェーンステッチで仕上げてみました。





 

岩手の蘇民祭保存會副理事長の
畠山氏のフェイスブックの投稿で知った

「岩手の御守り」をありがたく購入させていただきに
岩手県一関市藤沢にある長徳寺さんへ伺ってきました。



畠山氏の投稿は以下の通りです。


… 疫病退散「岩手のお守り」が、9月19日一関市藤沢町の長徳寺で公開されました。

お守りに書かれた文字は「蘇民将来子孫家門」。

世に疫病流行しても、蘇民将来の子孫は免れさせると約束された『備後国風土記』の説話に由来するお守りです。

説話に登場する牛頭天王像をご開帳し、護符の授与が行われております。一体 500円。

「今も昔も、岩手には岩手にしかない疫病退散を願う蘇民祭がある」

詳しくは長徳寺様まで


http://chotokuji.org/






私は親友と二人で伺いましたが、
玄関で岩手の御守りを
購入する事を伝えますと
渋谷ご住職様は
御本堂へと案内してくださり、
なんと!読経してくださいました。

申し訳ないやら、ありがたいやら、
親友と二人して、
静かに手を合わせました。


その後、奥様の由理さんも交えて
いろんなお話を伺う事ができました。

今年の3月に、
世の中がコロナ騒ぎの波に呑まれ始めた頃、
その波に敢えて
「ゆだねる」気持ちで挑まれた
渋谷ご住職の決意のほどは、
聞いているこちらにまで
心の震えが伝わってくるようでした。
そしてそれを影で支えた奥様の由理さん。

優しい!本当に優しいお二人です。
お話を伺っていて
私は益々大好きになりました。


以前この長徳寺様で開催された
三社祭の時に
私の近くにいた老婦人から
「このすぐ近くに、
大籠と言う場所があって、
キリシタンの人達が入るお墓がないと
言うので、
この長徳寺さんが
お墓をひきうけてくださったんだよ」
と教えてくださいました。

江戸時代の話ですから、
宗教観の垣根は
今より遥かに高いものがあったはずです。

私はこのお話を聞いた時に
当時の長徳寺のご住職様と、
この地区の長達の
心粋の高さを思いました。

これに関して渋谷ご住職様からは
「時宗と言う宗派は、
ハンセン病の方へ
愛の手をのばしたり、
困っている民衆に対して
同じ位置に立ち
悩みや苦しみを分かちあうのです」
と教えていただきました。



渋谷ご住職様とお話していると
なんでも素直な心で話が出来ます。
まるでいにしえの時宗の開祖、
一遍上人様のお人柄そのままのような方だと思いました。

それもそのはず、
映画「一遍上人」で
主役の代役として
映画デビューもなさっています。



また、一遍上人様については
一遍上人様のお爺様が
承久の乱で岩手の北上に島流しになり
そのお墓が「聖塚」として現存していること

また一遍上人様が聖塚を
お墓参りしている絵画が
三日前に檀家様の石田様のご寄進で
額装され長徳寺様に
納められたばかりと言うことでした。
それがこちらです。



お彼岸にこうして、
一遍上人様のお話を伺うことが出来たこと。

私は目に見えない
暖たたかくて優しいものに
包まれたような時間を
過ごさせていただきました。


…善人倶會…

良い行い…(渋谷ご住職様は
仏様にお参りしたり、
手を合わせることと教えてくださいました)
をする人は必ず同じ場所で逢える。
の意味だそうです。

私の実家の墓石には
「倶会一処」と刻まれています。
今朝、彼岸の墓参りをしてきた私は
あの世にいる父からのメッセージのように感じました。


静かな古刹
岩手県一関市藤沢にある長徳寺様
一度お参りしてみてください。
きっと
とても安らいだ気持ちになれますよ。

御朱印もお引き受けいただけます。


何しろここから眺める
保呂羽山の素晴らしさたらないですから


…おまけ…

長徳寺様の側やに貼ってある
「死ぬ時に後悔すること」
見つけたら、是非読んでみてくださいね。











著者「ドリーミングセラピーカード」で、
全国的に有名な深瀬啓介さんをお招きして、
第3回目となるガイドの授業を開催させていただきました。

深瀬さんは、心理学や認知行動療法などのペシャリストでもあります。

コロナ禍である事を考え、少人数での開催といたしました。

 


夕食を挟みながらの和やかな会は

岩手ならではの特徴なのですが、

食事の準備は

前回同様、奥州市江刺にある

やまんば工房主宰、

岩手食の巧み認定の

若生和江さんにお願いしました。

 

 


今回は特に一人一つずつの

お弁当という形にしていただきました。

彩りよく大変美味しいと

皆さんからも毎回大好評!

岩手の季節感を感じられる

そんな味です。



勿論、全員手指の消毒と

マスクは着用していただき、

また、ソーシャルディスタンスに鑑みて、

ゆったりとした位置に座っていただきました。

 

 

 

深瀬先生の周りには

何故かいつも笑いが広がります。

既に何回か面識のある面々が

集まったからでしょうか、

始終笑いの絶えない

愛の拡大の時間となりました。

 

 



さて、いよいよガイドの授業がはじまりました。
内容は大きく分けて二つでした。
 
① マインドフルネス
 
②コロナな話
 
です。
 
①のマインドフルネスについては特に
集中の瞑想との違いが印象的でした。
また20年間マインドフルネス瞑想を続けた僧侶の脳は
体積が少し大きくなることも研究で明らかになっているそうです。
キレやすかった子供がマインドフルネスを続けると
驚くような変化もあるそうです。
具体的なマインドフルネスの仕方を直接伝授していただいた
今回の参加者の皆さんはなんと幸せ者でしょう。
いつか、深瀬さんをお招きして
岩手で大きなマインドフルネスの会を開いてみたいと思いました。
 
②のコロナの話については
とにかくSNSやマスコミのいう事ではなく
なにが問題で
なにが分かり
どう対処したらよいのかを
冷静に見極めることが大切だそうです。
もっと詳しい話もありましたが
この場に記載することは避けたいと思います。
 



また、集まった中には
将来の看護師の卵の学生さんも含まれていました。

彼女は「身体障碍者に対する扱いを如何していいかわからない」と
実習で感じたままを深瀬さんにぶつけその答えをいただいていました。

深瀬さんは
彼女の質問に親身に答えながら
終末医療の看護師たちの心の在り方を説いてくれました。

患者の立場はなおのことですが、それを見つめ支えている看護師の中には
助けられなかったことに対する気持ちが心を攻めていき
やがてどうしようもない絶望感にさいなまれる方が多いそうです。

看護師の卵である彼女は
深瀬さんの話を大きくうなずきながら聞いていたのが印章的でした。
 

また翌日になりますが
数名の方が深瀬さんにドリーミングアートを
描いていただきました。
3枚が一つの物語となっているそうで
3枚目の方もいらして
皆さんがそれぞれ大いなるものとの結びつきを強く感じているようでした。
 
今回は私の大好きな
岩手県平泉にある
達谷窟毘沙門堂達谷西光寺様にも
ご案内させていただき
プチ岩手旅を楽しんでいただけました。
深瀬さんの解説で観る達谷窟毘沙門堂は
いつもとは違う、ちょっと得した気分になりました。
 
次回はどんな内容を伝えてくださるのか
今から楽しみにしています。
深瀬先生ありがとうございました。

深瀬啓介氏の詳しくは
こちらのサイトをご覧ください。

 
 
 

 

 

 

 

 

 

岩手を代表する彫刻家の
船越保武氏が設計した
岩手県一関市藤沢にある
大籠キリシタン殉教公園の中にある
クルス館を訪ねて来ました。


駐車場に車を留めて、
いきなり見えたのが、
309段の階段です。

噂には聞いていましたが、
これほど激しい勾配があるとは…


娘ちゃんは果敢にも
直線の階段を登っていきましたが、
私は「十字架の道行」
という名前のついた
巡回路を登っていきました。


きつい!
とにかくきつい!
炎天下の309段の階段は
予想以上のキツさがあります。

なお、309という数字は
当時殉死なさった方々の数なのだそうです。



この階段は、
キリスト様が十字架を担いで歩いた
ゴルゴタの丘を再現していて、
リアルな感覚を体験できます。

途中に、
キリスト様の当時の様子を刻んだ
石板があり、
一層リアルさが増してきます。


一足先にクルス館に到着していた娘は、
扉を開けた瞬間に、
長い間閉じ込められていた何かが 
外に出て行く感覚を味わったそうです。


309段の階段の最後の難所です。

手摺りは低く、支えになりません。

自分の身体だけが頼りです。

最後の一段の辛かった事!



重い扉の奥に、
そこだけに光が差している空間に
キリスト様がいらっしゃいました。


マグダラのマリア

以前、パリのノートルダム寺院で
聖者の行進に偶然出逢えた娘が
マグダラのマリア像にはりついていた
蜘蛛の巣を手で拭いとっていました。
娘は虫が大嫌いなんですよ。
この場所は、聖なる者達の場所だから
虫が嫌いな娘も、
虫より信仰心を選んだようです。


聖クララ像


船越保武氏の揮毫


大籠地区は当時、
製鉄、当時はタタラ場として、
治外法権がしかれていたそうで、
各地で弾圧された
キリスト教信者の隠れ蓑とされてきました。



殉教した方々の思いは、
現在に生きるわたしには
計り知れないものがあります。

厳しい暮らしの中で、
一筋の光のように信じた信仰は、
それを貫く為に
なお一層辛いタタラ場の仕事さえも
光に感じるほど尊いものだったのでしょう。

この場に立ち、
遥かに眺める美しい山々を見て、
信仰とは何かを思いました。




帰りには、先日三社祭りで訪ねた
長徳寺様へ外からでしたが、
お参りさせていただきました。

三社祭りの時に、
たまたま近くにいらしたお年寄りから、「大籠のキリスト教の人達には
お寺がなかったから、
この長徳寺さんが、
みんなをひきうけてくださったんだよ」
と教えてくださったからでした。



この地区の町を歩いて思いました。
町全体が優しいのです。
流れる空気が優しく感じました。
異教徒さえも
優しく迎えるということは、
現在ならわかりますが、
いにしえの時には、
町全体が同じ気持ちじゃないと、 
争いの火種になりかねません。
きっと優れた指導者が
存在していたのだと思いました。

わたしは藤沢の町が大好きになりました。
そして、
娘と長徳寺様の前から眺める
保呂羽のお山に静かに手を合わせました。

どうか、
みんなが平和で
しあわせな暮らしが営めますように。




「明日秋田の保呂羽神社へ行く予定だけど予定はいかがですか?」と突然、

友人の八巻さんからメールが届きました。



以前、岩手の一関藤沢町にある保呂羽山へお参りした時に、

ホロワと言う名前がイスラエルと関係しているのではないかと考え、

ブログやフェイスブックでその謎解きの資料を呼びかけた時に、

秋田にも保呂羽山があって、神社名は違うけれど、

保呂羽山をお祭りしている事を知り、

チャンスがあれば伺いたいと考えていました。

詳しくはこちらをご覧 ください。


また、先日同じく岩手県一関市藤沢町にある

長徳寺様の三社祭に伺った時に、

長徳寺様の眼前に広がる美しい保呂羽山を見てから、

その思いは益々強くなっていました。

 

 

 

 

今回私を案内してくれた八巻さんは、

昨年伊勢と奈良の旅へ案内してくれた方で、

わたしにとってはみちひらきの神。猿田彦様に相当するような有難い存在の方なのです。


予約帳を見てみると、何故か仕事の予約もなく二つ返事で行く事が決まりました。
こういう時わたしは見えざる神の手招きを感じます。

そして恐れ多い事ですが神様に呼ばれていると感じます。

 


梅雨の長雨が降り続いていましたが、

その日は珍しく雨も上がり、秋田に到着した頃には、太陽も輝き出しました。

そしてナビを頼りに目指すは、波宇志別神社(はうしわけじんじゃ)

 


はじめに辿り着いたのは、波宇志別神社里宮

細い山道の先にある里宮は霜月神楽で有名な場所で、

伊勢系の流れをくむ、全国的にも珍しい神楽として

11月7日8日は全国から参詣者が多いそうです。

 


御祭神は安閑天皇他二十柱(神社合併制度に依り)

始まりは今から1300年程前の天平宝宇元年

吉野金峯山の信仰を受け継いでいて

保呂羽山頂に鎮座する本殿は、終戦までは女人禁制、

祭りに関しては鳴物禁止、鳥獣不食などの厳しい戒律があったそうですが

現在は女子の不参だけは解かれているそうです。

 


私たちが訪ねたときには

神主様は不在で、代わりに奥様が案内してくださいました。

はじめ階段の下から参拝させていただき帰るつもりでしたが

奥様のご配慮で、本殿の中まで入れていただき

本殿の奥まで進めさせていただきました。

 

すると奥様がはるばる訪ねた私たちを気遣って

「せっかく来たんだから、太鼓を叩いてあげますね」

といいながら、太鼓を叩いてくださったのです。

その音色の優しい事。

遥々来た甲斐がありました。


八巻さんと私はもったいないやら、ありがたいやらで

保呂羽の神様に手を合わせ、祈りを捧げました。

この御本殿の奥に保呂羽山の山頂にある

本殿があるそうです。

神様に真っ直ぐに続く道が見えるようです。


手を合わせいる時に何故か

先日訪ねた長徳寺様で初めてお逢いした

牛頭天王の別當家にあたる

畠山さんのお顔が浮かびました。

畠山さんは150年ほど前から

(長徳寺縁起より)もしくは

資料が喪失したため、

もっと古い歴史があるように感じますが…

から別當家として信仰を守りぬいている方です。


長い歴史の中で

脈々と受け継がれていく信仰の尊さは

それを護り伝える「人」がいなくてはなしえません。

奇しくも同じ保呂羽の地で

私は受け継ぐ事の尊さを観せらたように感じました。


また、盛岡在住のアイヌ人である、橋本夫侍子さんから、

保呂羽ははアイヌ語でポ・ロ・パ

偉大な族長と言う意味になり、

聖なる場所に蝦夷の族長の亡骸が葬られた場所としたそうです。

大和の神様が入って来た時に

金峯山寺から権現様を勧請したとのこと。


大切な神社仏閣には、特に東北には

「まつろわぬ神」として、隠された歴史があることを知っています。


阿弖流爲の里から来たわたしには

彼の平和を望む気持ちが湧き上がってきて

平和が続く事を強くのぞみました。

 


するとどこからともなく冷たい風が吹いてきて

1枚のガラス戸をカタカタと鳴らしています。

どうやらこの地の精霊達が私たちを歓迎してくださっているようです。

この後の事は書き込みは控えますが

現在の日本の状況をお伝えして平和な世の中であるように祈りました。

 


その後奥様に後押しされて、

いよいよ保呂羽山山頂にある本殿を目指してみることにしました。

一応長靴と山登りできるような軽いハイキング的な用意はしていましたが

今回は本殿への参拝はあきらめていました

けれど

奥様に「20分くらいで行けますよ」の言葉を聞いて

俄然行く気持ちにスイッチが入る私と八巻さん

 

車に乗り込み、保呂羽山へ向かいましたが

なぜかナビが動かなくなりました。


やっとナビが動くようになったと思い山道を進んでいくと

ここ数日の大雨で通行止めの表示が・・・・



仕方なく引き返すと、八巻さんが

「ここ!表参道って書いてある!」と道を見つけるではありませんか

さすが道開きの神様!などといいながら山道を進むと

修験の山として有名だった保呂羽山の瀧行をおこなっていたであろう場所を見つけました。




ここから山へ入る道もありましたから

山伏達はここから山掛けをしたのかもしれません。

浄めの場らしく、苔むした階段と周りの気が

本当に気持ちの良い場所でした。

 


山道を更に進んでいくとなぜか一軒の民家の庭に辿り着きました。

八巻さんが民家に尋ねに行くと

ここから100メートル先に神社への道があるから

そこから神社に行けるとの事。

そしてここに車を止めて行っていいと

そのお宅の若い男性が言ってくださいました。

 

八巻さんと長靴に履き替え、クマよけの鈴をつけ山道を歩き始めました。

すると、「えっ!ここ?」

よーく見ると「保呂羽山登り口」と書いてありました。



その先は人がめったに入ったことのないような山道が延々と続いていましたから

八巻さんと相談して、

また、こうした修験の山に詳しい

友人の阿部さんにもアドバイスをいただき

この装備では無理と結論が出ました。


また、一関市藤沢町保呂羽出身で

妹みたいに思っている

三浦かな子ちゃんは

秋田の保呂羽山へ登り、

本殿に行った経験があったので、

やはり無理は禁物だとアドバイスいただきました。

 

けれどまるで神々の楽園のような景色に

しばし八巻さんと山の気をおなか一杯にいただました。

あ~気持ちいい

 


来た道を戻り、先ほど

車を止めさせていただいたお宅に

お礼を言いに伺いましたら

今度はその家のお母さんがいらして

「2時間くらい歩けばつくよ」と教えてくれたので、

八巻さんと私たちの判断は正しかったといいあいました。

そして次回は必ず本殿へお参りさせていただこうと

二人で約束しました。

 


その後「波宇志別神社 神楽殿」をお参りさせていただきました。

室町時代に創建された建物ですが

私はどこかしら、岩手の黒石寺に雰囲気が似ていると思いました。

木立の中にそこだけ別な時間が流れているような不思議な空間が広がっていたからでした。

 


参道入り口にあった石版には

「保呂羽山の御宮は大衆信仰により秋田は表、

亀田は裏、矢島は脇とそれぞれ参詣道は三方に分かれていた、

従って、宮司を藩ごとに努めていた保呂羽山信仰の定義であった」

とありましたから、

岩手にある早池峰神社の4つの参道ごとにあった神社を思いだしました。

出羽の国と呼ばれた秋田県南部。

保呂羽の小山はきっと、この土地の人々にとって

沢山の恵みをもたらす山として人々と共にあった小山なのだと感じました。

 

ましてや岩手の保呂羽山とレイラインでつながっているというのも

秋田在住の豊島氏からの投稿で知りましたし、

飛行機のない時代に、太陽への畏敬の念からの感覚だけで

自然の摂理を読み説いた古の人々の想いは

便利に暮らしすぎている今の暮らしを

今一度思い返してみるいい機会になりました。

 

秋田、横手市にある波宇志別神社

里宮でしたらすぐに伺えますので是非!

優しい気持ちにさせてくれる神社様です。


https://genbu.net/data/dewa/hausiwake_title.htm

依然世間を騒がせているコロナウイルスへの恐怖は世界中を席巻していますが、

なぜか私の住む、ここ岩手県だけは未だに感染者ゼロのままです。

その訳を近頃では、様々な憶測や説が唱えられていますが、一説には

「蘇民祭」があるからという声がどこかしらから聞こえてくるようになりました。

確かに、日本中のお祭が中止の文字だらけになる中、

令和2年3月1日に蘇民祭を開催したのは岩手県の長徳寺さんだけです。

(正しくは、裸の漢衆たちによる蘇民袋の争奪戦が行われた神社仏閣です。争奪戦は行われずに、神職によるご神事のみが11番目の早池峰神社様では執り行われました。)

その長徳寺さんで、「三社祭」があることを聞き、

なぜ日本中の祭りが中止になる中、祭りは行われたのかを知りたくなり

岩手県の南。一関市藤沢にある長徳寺さんへ出かけてきました。

 

 


梅雨の真っただ中の7月5日、曇り空ながらなんとか雨脚は遠のき、少し早く着いた私と同行のマサ子さんは長徳寺様から眺める保呂羽山様へご挨拶しました。

 

保呂羽山にある保呂羽神社へは、以前神様からのご神事で伺わせていただきましたから

懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

その様子はこちらをご覧ください・・・★

 

 

会場となる長徳寺様にはいつも瀧行のお手伝いで伺っている

平泉の姫待不動尊煌瀧會の金野さんが先に到着していて

初めて長徳寺を訪ねた私たちを案内してくれてとても助かりました。

 

金野さんの案内で、無事に御朱印も頂戴して

渋谷御住職様とも面識が叶いました。

 

 


また、岩手の蘇民祭を語るうえで、

この人を抜きには語れないといわれている

 

岩手の蘇民祭保存会副理事長の畠山克宏氏にも御目文字が叶いました。

 

 


畠山氏はこの長徳寺にはなくてはならない存在で

「疫病退散」の神仏としてまた

 

蘇民祭の元となった「牛頭天王」の別當家を司る家の末裔でもあります。

 

 

なんだかそんなレガシィな存在の方が目の前にいるだけで

このお寺のすごさがじんわりと沁みてくるようでした。

 

 


さていよいよご住職の青空説法が始まりました。

本来ならかなりの規模で開催される「三社祭」ですが、

 

今年はコロナ禍の影響で規模をかなり縮小しての開催だそうです。


このお寺は一遍上人様が開祖であります時宗のお寺で、蘇民将来の逸話に基づく、「おもてなし」の心を大切に受け継いでいるお寺様だそうです。

 

 


お題は「疫病と信仰」について、

疫病と人間の歴史からまずは紐解きながら、

日本最古の疫病除けの薬水の神社として有名な

奈良の桜井市にある大神神社、

天平の疫病封じのために建立された奈良の大仏様へと。

 

更にはインドのお釈迦さまの話へと移ります。

祇園牛頭天王の話では「祇園」とはインドの事を現すと教えていただき

その由来は「祇樹給孤独園・・・ぎじゅぎっこどくおん」という逸話に由来し、

インドにある「祇園天神社跡」は天然痘などの疫病を防ぐ

仏教時代以前からの土着神を祀る場所で、つまりは牛頭天王の祠を現すそうです。

京都の夏の疫病対策として有名な八坂神社の「祇園祭り」は

このことに由来しているとのこと。

(寺内でみつかった古い木版よりのお札)

 

更には現在巷では、疫病除けのよりどころとして「アマビエ」がもてはやされていますが

日本の歴史の中では

「ヨゲンノトリ」

「アマビコ」

「はしか絵」

「姫魚」

などが登場したそうです。

 

 

 三社祭りとは祇園社、熊野社、天神社の三つの神社様が合祀されていて

そのお社の御開帳のお祭りなのだそうです。



青空説法の後は三社合祀社殿に向かいみんなで絵馬の奉納をしてきました。






三社合祀社殿から眺める保呂羽山の勇壮な姿は本当に素敵でした。

 

 

それから、ご住職からの「おもてなし」を受けながら

今では奇跡の祭りといわれている

令和2年3月1日の長徳寺蘇民祭のDVDを鑑賞させていただきました。

 

 

DVDの中には見知った顔がたくさん登場していて

身近な人々のせいかもしれませんが、彼らが体験している

冷たさや熱さが物凄い臨場感で迫ってきて

私の頬には涙が流れていました。

 

普段とは違う気迫に満ちた顔、

世間では「感染予防」と称して

人と人との距離を置きましょうとか

必ずマスクをしましょうとか

そんな風に言われ始めていた最中に

身を護るものは、己の気迫と下帯だけという

人として一番無防備な姿をさらしながら、

黙々と神事を続ける漢衆達の姿は

「信仰」と一言ではかたずけられない、

何かが宿る姿に感じられたのです。


       (石田 治氏撮影)
3月といえどもまだまだ極寒の岩手の水での水垢離

燃えさかる火の柱に向かいよじ登る橙木登り

門番の前での「覚悟」を見せる姿。

どれをとっても私には涙でしか感動を現せない・・・

本当にすばらしい祭りだと思いました。


私は幼い頃,蘇民祭だけは参加してはいけないと謂れ育ちました。

けれど、次回からは仲間たちを近くで見守りたいと思いました。

 


三社祭りが終わり、ご住職様と畠山氏にお話を伺く時間をいただきました。


その時に世間に反して蘇民祭を挙行なさるお気持ちを伺いましたところ

渋谷ご住職様は

 

・・私は弱い人間です。しかし弱いままでよいのです。

神仏にすべてを委ねることにより

計り知れないようなお力をいただけます。

「祈りとは生きる想い」を改めて感じた祭りとなりました。・・・・

 

とおはなしくださいました。



・・あの当時は連日暗いニュースばかりでしたので、あまりテレビは見ないようにしておりました。また全国各地のマスコミから開催確認の連絡が多くなっておりました。

連日の会議で「開催」「中止」のバランスが取れない状態で、正直精神的に参っておりました。

そんな中、「開催」の方向に決まった途端、沢山の役員さんよりお電話を頂き、

「和尚さん!開催が決まって良かった!がんはらいよ!俺に出来る事があれば手伝うから、一緒に乗り越えっぺし!」と・・・



 

会場に集まっていたお年寄りから、

この近くにキリスト教徒殉教の地として有名な大籠地区があることを教えて頂きました。

長徳寺様ではキリスト教徒も檀家として受け入れた歴史があるそうです。


民人の中に入り、民人と共に支え合いながら

宗教の垣根を越えて、人々の信仰を支え続けた長徳寺。


そして今回の長徳寺蘇民祭!

その責任を一心に受けられた渋谷ご住職。


渋谷ご住職さまは、

在家から現在のご住職になられ、 

常に「仏教とはなんぞや」

「寺とはどうあるべきか」を思案なさっているそうです。

その姿勢が、今回の英断となった事は言うまでもないと思いました。


 お話を伺いながら、私には、この地を見守る保呂羽の山が少しほほ笑んだように感じられました。




岩手県一関市藤沢町にある

時宗 不退山 長徳寺

是非一度訪ねてみてください。


http://chotokuji.org/


 

おはようございます。
今日は七つの惑星
水星―金星―地球―火星―木星―土星―冥王星の7惑星がほぼ一列に並ぶという日。
そして明日は満月。

わたしにも大切な司令が届きました。

ありがたいことです。





梅雨の晴れ間に、
ポッカリとお仕事が空いたので、
達谷窟毘沙門堂西光寺様の御供所で開催されている
仏像展に出かけてきました。

素晴らしい仏像が御供所の中いっぱいに迎えてくれました。 



特に京佛師の佐久間さんの作品に
私の地元の胆沢で
増沢塗りの第一人者として有名な、
及川守男氏が
貴重な浄法寺漆で仕上げ、
開眼は
同時に仏像を展示している
三浦哲朗氏が行った、
釈迦十代弟子の像は圧巻でした。









三浦さんは60歳を過ぎてから、癌を患い、病気治療しながら精力的に仏像製作に向かったそうです。
いつのまにか月日は5年過ぎ、癌の姿は消えたそうです。





わたしは以前、山形で宮大工をしていて、お父さんと慕っていた方から
「木を削るという事は、自分の命を削る事だ」と教えていただいた事がありました。
病という、別の命を三浦さんは見事に仏像に彫り込んだのかもしれないと思いながら後にしました。










5日まで!まだご覧になってない方は是非!

彩色を施したお不動様は
聖なる美しさがあります。
同席してくださった、達谷窟毘沙門堂西光寺の勘定方様のお話ですと、
宮城県のとあるお寺様へ納めるそうで、滅多にお目にかかれくなるそうです。

是非❣️


……………

「佛像展開催のお知らせ」
ー京佛師 佐久間溪雲佛像展ー

かねてより御案内申し上げておりました 佛像展を本日より下記の通り開催する運びとなりました
あいにくの梅雨空ではありますが
皆様の御来山をお待ち申し上げます


1. 日 時 令和2年6月26日(金)
~7月5日(日)
午前10時~午後4時
2. 場 所 達谷西光寺 御供所
3. 展示内容
釈迦十大弟子(北海道 全久寺)
釈迦如来像 他

※合わせて 三浦哲朗氏の木彫作品
及川守男氏の漆工作品
の展示も行っております

詳しい展示についてはまた改めて紹介致します

昔は一年を二つの季節に分けていました。
何より穢れを嫌う日本人は
心身の浄化を一番大事と捉え、
神仏の前に額ずいて
己の罪穢れを人型に託し
川へと流しました。



二つの季節は現在では6月と12月になります。
6月の祓いは夏越しの祓いといいますが、
平泉の姫待不動尊煌瀧會では、
本日お不動様のご縁日に、
達谷窟毘沙門堂達谷西光寺別當職が
姫待不動堂にてご祈祷した札に
先達の阿部さんが代表で瀧行を行い
「夏越しの祓い」のお札が完成しました。




伺うところによりますと、枚数に限りがあり、既に予定数に達し、頒布は当日で終了したそうです。

一心に神仏への祈りを捧げて作られる
貴重なお札。


今回は「夏越し祓い」と言うことで、

本来なら、世間を騒がせているコロナ禍を鑑みて、見学も含めた参加者はお断りと言う事でしたが、今日は特別なお札をいただける日と言う事で、私も参加させていただきました。



人型で身体をなで、特に痛みのある場所は丁寧になでます。その後息を3回人型に向け吐き出します。

そして、其れを川へ流します。

そうする事でわたし達の身に知るや知らずの内に染み込んだ罪穢れが川へ流れていきます。





今日の姫待瀧は、そんな私達の思いを知ってか、連日の晴天で水量が減っている筈が、轟々とした素晴らしい水量で、その瀧の中で一心に不動明王様への祈りを唱える代表の阿部さん。




岩手には神仏に対する大切な思いを受け継ぐ人々がいます。


姫待瀧不動尊煌瀧會の皆様。

ありがとうございました。






[木住野利明作品展]
…神々の詩…

7月22日〜28日
長屋門ギャラリー「康静庵」
奥州市前沢字道場12-3



わたしが木住野さんの作る
不思議な人形達に出会ったのは
一ノ関にある佐惣珈琲豆店でした。


何かを見透かすような堂々とした眼差し。一見すると「怖いとかキモいとか」そう感じる方もいるようですが、およそ感情と言うものは、知らずに築かれた自分の砦のようなものだと思います。


わたしにはこの人形が、人間のマイナスな思考や感情を見透かしているように感じ、戒めも含めた浄化の作用があるように感じました。


そして、佐惣珈琲豆店の弓さんに紹介いただき、数年前に今回会場となる三浦さん宅が、まだ一ノ関のてんぽろ山荘を主催している折に、2体のカラス天狗を招くこととなりました。




今回この7月に
前沢に居を移された三浦さん主催のギャラリー「康静庵」にて、木住野さんの作品展が開催されます。


聞くところによりますと100体程が勢揃いだとか。
是非お出かけください。

わたしも今からワクワクしています。