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アンダーグラウンド/村上 春樹

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村上春樹の「アンダーグラウンド」は去年の夏に買ったんですがやっと本日読み終えました。

なにせ分厚い上に内容が濃い。

この作品は1995年に起きた地下鉄サリン事件の被害者達62人に、村上春樹氏自身がインタビューした内容をメインにしている。

「今更オウム事件ですか?」と思われるかもしれないが、去年の政権交代や世界同時不況、マスコミへの不信感、その他様々な事象と繋がるように思えるのだ。

1995年はこのサリン事件と阪神淡路大震災という大きなアクシデントを日本人は経験した。そして個人個人に様々な影響を与えた。

僕自身伊丹市で震災を経験した。そしてサリン事件があった3月20日は、僕はアメリカに留学していた友達の所へ旅立つべく朝からテレビを横目で見ながら荷造りに追われていた。

印象に残っているのはそのアメリカの友達の家に滞在させてもらいながらテレビで日本の報道を見るにつけて、震災とサリン事件(無差別殺人テロ)によってまるで日本全滅のような印象を受けた事だ。

小さな島国で短期間に大きな事象が二つも起これば海外から見ればそう映るだろう。

それから国内に戻り震災後の伊丹市で日常の生活に戻り、マスコミからのオウム事件報道を日々目にするのである。

今年でそれらの事象から15年である。

僕は当時の日本の雰囲気と現在の日本の雰囲気がなんだか似てるような気がしているのだ。

15年前はバブルが弾けた後で就職氷河期と言われた。

政局は社会党の村山氏が首相を務めておりそれらの事象の対応に批判が集まった。

その後政局は混迷を極めた。

当時フリーターだった僕は社会が大きく変化する予感に期待を寄せた。

それは戦後の日本のネガティブな価値観が一掃されるのではと思えたからだ。

それは震災後、若者を中心としたボランティアが活躍する中、それまでの日本の安全神話が崩壊し新たな価値観の創造が叫ばれていたからだ。

オウム事件は教団の実態が晒されるにつれ既存の権力構造と全く同じ体質であることが浮き彫りになり、現代社会への警鐘とされた。

が、その後世の中は真実を大きく覆い隠すかの如く、更に既存の価値観を強め現在2010年、我々庶民は疲弊しきった日々を送らされるのである。

この作品で村上氏は具体的な責任の在処を追求はしていない。

しかし既にメディアの在り方と組織の危機管理意識に対してはおおいに疑問を呈しておられる。

例えばテレビの取材に答えた被害者が一番伝えたいことをカットされた事や、営団地下鉄のトップや消防局、警察の危機管理意識の薄さと無知。

この辺りは現在のネット社会の確立によって日々具体性のある意見や情報が駆け巡り、当時からするといよいよ改革の機運が高まったように感じる。

一方、麻原はじめとする教団の信者達への眼差しは、自身の中に彼らと同様の要素を探し出し、一概に加害者として吊るし上げようとはしていない。

此処に僕は感銘を覚える。

一歩間違えれば、自身も教団に帰依してしまうかもしれない危うさ。

また、社会生活の中で宗教ではなくても何かしら何処かに所属、もしくは誰かに依存しなければ生きていけない事実。

つまりマスコミが仕立てた二次元論。正と悪を、視聴者とオウム教にすり替えるのではなくこの作品の中で62人ものサリン事件被害者にインタビューする経緯から発生した村上氏個人の体験を通して、如何にそれに言葉を紡ぎこの事件を記録するのか。

この命題に立ち向かった時、単にオウム教を悪として記すだけでは事件の再犯防止に役立たないと判断されたのであろう。

また、村上氏は作品内で正直に告白されているが、作家として偽善もあったと記されている。

そして、だからこそこの作品の経緯が後の村上氏の作品に大きく影響を及ぼしているのであろう。

その姿に誠実な作家の苦悩と格闘が感じられる。

去年発売された新刊は未読であるが近々購入して是非とも拝読したいと思った。