キックボクサー歴六年。

ある日いつもの通り定時少し前にバイトへ行くと。

「今日何で来てくれなかったんだ?」

「はい?」

「昨日○時にお願いねって言ったじゃないか」

少し考えたが、思い当たりはない。

「いえ、聞いてませんが」

「言ったよ。そして『はい』ってちゃんと返事もしてたよ」

やはり全く記憶にない。

相手の勘違いだろうと思いつつ、腑に落ちないままでその日は終わった。


また違う日。

違う人に。

「こんにちはー」

「あれ?今日休みって言ったよね?」

やはり、聞いていない。

「いえ、聞いてませんが」

「いやいや、確かに伝えたよ。今日は休みだって」

やはり、噛み合わないまま平行線。


一度ならず、二度三度と続いた。

プライベートでも、似たようなことが続いた。

別に何の悪意もない相手が、自分との会話で全く記憶にないことを言い出す。


先に言ったとおり、打撃により記憶力はなくなっても、思考能力はそんなに変わらない。

二度三度ではなく、違う相手違う場面で、似たことが続いた。

合理的に考えた結論。


自分が、記憶障害なのだ。

それも、ヤバいレベルで。

そして例えば先の例で言うと、定時より早めに出勤することを忘れていたとしても、言われれば「あっ」と言われたことを思い出すだろう。

それすらもない。

言われても全く記憶にない。


これは、まずい。

この先の人生に、支障が出る。


T氏が悩んで出した結論は。


引退だった。


ちなみにT氏はその後半年くらいで元に戻ったそうで、現在は話してても全くその兆候はない。

記憶力も普通の人よりむしろしっかりしている。


ボクシングをやってた期間、個人差、ダメージの大きさ、始めた年齢、終えた年齢(若いほど脳神経は傷付きやすく、しかし回復も早いと言われている)、等様々な考察要素が重なるため一概には言えないが。

一つのケーススタディでした。

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宿近くにある落書き