佐藤玲(りょう)さん。
WBCの先輩。
…あの、WBC創設者の一人。
そう、WBCの歴史は、佐藤玲さんが作ったと言っても過言ではない。
…。
…もちろんWBCと言えば、当然ワセダ・ボクシング・クラブのことである。(素)
…。
…ちなみに、文武両道は、佐々木だけではない。
玲さんも、一般入試から早稲田大学理工学部に入学し、在学中にプロボクサーデビュー。
…破竹の勢いでリングに上がるも、運悪く網膜剥離になり、引退を余儀なくされる。
…世界を期待されながら、こうしてやむなく引退に追い込まれるケースは、意外と多いのだ。
…無敗のまま引退したボクサーは、メイウェザーだけではないのだ。
仕方なく早稲田を卒業し、誰もが知る一流企業で出世街道を現在爆進中。
…少し前に孫も産まれたそうだ。
…現代日本人の目指すゴールにいると言える。
…そんな佐藤玲さん。
不運な網膜剥離の話を聞いたら。
そのスパー相手は。
…。
…なんと!!
……ななななんと!!!
…モアイ小西!!
マジか!!!
…。
…今でこそボクサーはブログを作り、SNSを活用し、ファンを増やせるしボクシングファンもボクサーが身近な存在になったけど。
…かつては、もっともっと遠い存在だった。
…そんな時代に、佐々木基樹はいち早くブログを作った。
身近な存在、「んなーんだ結構アホじゃん!?」と思われる存在となった。笑
…駄菓子菓子その、「ネットで自ら発信し始めた最初のボクサー」は。
…佐々木基樹である!!
…と、言いたいのは山々であるが。
…事実として、佐々木より早くホームページを作ったボクサーは、一人だけいた。
…「モアイ小西」さん。
…まあ4回戦で終わってしまった(と記憶していた)ので、「A級ボクサー」や「チャンピオン」に絞れば、佐々木基樹が日本で一番早かったわけだが。(えっへん)
…「プロボクサーとして自分のホームページを一番最初に作った人」となれば、モアイ小西さんなのだ。
…というわけで、その名前を今も覚えていたのだが。
…豈図らんや(あにはからんや・「なんということか」)、玲さんをスパーで網膜剥離にして引退に追い込んだのも、モアイ小西さん!!(スパー後目がかなり見えなくなって、翌日治ってなかったから病院いったら網膜剥離。入院して手術して全快だがルールにより引退)
…。
…日本一早く自らのHPを作ったかと思ってたら、豈図らんや(何ということか)その前に一人いて。
…その人は、WBC創設者の一人である佐藤りょうさんを網膜剥離の引退に追い込んだ人。
…モアイ小西さん!!
あなたは必ず他人ではない!!
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