検査服に着替えたコリンは、看護師に案内されてMRI検査室へと向かった。
「緊張しているのね。大丈夫よ。じっとしている間に、直ぐに終わるわ」
「俺、消毒薬の臭いが嫌いなんだ」
「私も慣れるまで時間が掛かったわ。私の空手の先生が教えてくれた、取って置きの方法を教えてあげるわね。深ーく呼吸して、思いっきり病院の空気を吸うの。身体全体を使ってね。そうしたら、この臭いが平気になったのよ」
看護師に促されて、コリンは身体全体を使って深呼吸をした。
「本当だ。落ち着いて来たね」
「そうでしょ」
看護師は大きく微笑んで、MRI検査室のドアを開けた。
中では、検査技師が、コリンを温かく迎えた。
コリンは、検査台の上に仰向けになった。
「きつかったら言って下さい」
検査技師は、固定ベルトをコリンの頭や体にまわした。
看護師は引き継ぎが終わると、検査室を出た。
検査技師は、奥のコントロール室へ入った。
「あー、また緊張しちゃう。深呼吸しなきゃ」
MRI検査が始まった。
ドンッ
突然、小さな爆発音が後ろからした。
慌てた検査技師が後ろを振り向いた。
壁に穴が空いて、微かな煙の中から、壁の奥に隠れていた配線やガス管や水道管が丸見えになっていた。
「えっ!!事故?!」
検査技師が驚くと同時に、SIG SG553を手に持っている4人の男達が、穴の空いた操作室の後ろの壁から侵入してきた。
検査技師は恐怖で固まった。
男達は、外科手術をする格好で現れたのだ。
薄手の手袋をはめ、帽子を被り、顔全体をマスクで隠し、目にはゴーグルをしていた。
靴にも手術用のカバーが付けられていた。
男達は、検査技師をしゃがませると、後ろ手に手錠を掛けた。
そのうちの一人が手術用の手袋をはめたまま、MRIを動かしているコンピューターのボタンを押した。
機械が突然止まった。
検査室とコントロール室の間の厚い扉のため、コリンは爆発音が聞こえなかった。
しかし、コリンは邪悪な気配を瞬時に感じた。
急いで、固定ベルトを外し、検査台から飛び降りようとした。
4人は管理室のドアを開け、検査室へ押し入った。
先頭の男がSIG SG553の銃口をコリンに向けた。
コリンは手を上げざるを得なかった。
うつ伏せにさせられたコリンは検査台で、男達が持参してきたベルトで縛られた上、男達に押さえつけられて、身動きが取れなかった。
目かしくや、猿轡をされて声も出せず、外で待っている警官達に助けを求めることも出来なかった。
1人の男が、検査室のドアノブの周囲と鍵穴に液体を投入した。
戻ってくると、コリンの前に立った。
ゴーグルの奥から、山本の目が光った。
反対側には、外科用手術着に覆われているエドワードがコリンの上半身を抑えつけており、配下の殺し屋達2人がコリンの足を抑えていた。
「始めるか」
エドワードのかけ声がかかった。
MRI検査室のドアは厚く閉ざされ、外の様子が聞こえなかった。
「ドンッて、物が壊れる音がしませんでしたか?」
イサオは側に立っていた警備の警官に尋ねた。
「いいえ、何も聞こえませんでしたよ。なあ?」
「私もです。静かですよ」
二人の警官がイサオの問いを否定した。
「何かあったのか?」
病院へやって来た猛が、皆に尋ねた。
「親父、検査室の奥からドンッて音が聞こえたような気がしたんだ。警官達は聞こえなかったと言うんだ。音が小さかったから、無理もないか」
「検査の器械の音じゃないのか?コリンも大変だ」
病院嫌いなのに、糖尿病を悪化させて入院した経験のある猛は、コリンを思いやった。
MRI検査室では、コリンは体をばたつかせたが、抵抗空しく、山本によってコリンは検査着を剥がされてしまった。
丸裸にされ、汗ばんだ背中が見えた。
『成人した今も、美しい背中だ』
エドワードは思った。
心臓がバクバクしてきた。
「拷問は苦痛だけじゃないぜ」
山本はポケットから清涼飲料水を取り出すと、コリンの後ろの首筋に、それを横に置いた。
「ううっ!」
清涼飲料水の缶は、ジョーが病院の売店から盗んだもので、まだ冷えていた。
コリンは急所を責められ、冷たさの余り、うめき声を上げた。
山本は缶を転がして、ゆっくりと背中に滑らせた。
コリンは必死に抵抗したが、体を固定された状態ではどうにもならなかった。
急所をじっくりと責められてしまい、体がゾクゾクして、やがてコリンは体の力が抜けてしまった。
『何で、こいつらは俺の弱点を知っているんだ?!』
コリンは、首の後ろが弱い。
特に、冷たいもので触れられると全身がふにゃふにゃになり、恋人や友人達によくからかわれていた。
デイビットも例外ではなかった。
山本は空いてる手で、ポケットからロッカールームから盗んできたコリンのiPhoneを片手で取り出すと、ブライアンにかけた。
ブライアンは直ぐに出た。
「コリンか。どうした?私はFBIフロリダ支所の地下駐車場にいる。時間は無いぞ」
山本は、コリンの口元にiPhoneを寄せた。
コリンは猿轡をきつく噛んだ。
山本は、缶を再び転がしたので、コリンは「ぐうっ・・・」と唸ってしまった。
ブライアンの耳に、コリンの苦痛に満ちた声が届いた。
「コリン!どうした?大丈夫か?誰かいるのか?!お前ら、コリンに何をしている!やめろ!やめるんだ!!」
「ちょっと可愛がっているだけさ。ブライアン、俺達と依頼人を散々苦しめた罰だ。お前も苦痛を味わえ。お前達がいくら逃げても、俺達は必ず見付け出す!」
山本は緊張していたのか、甲高い声で一気に捲くし立てた。
「体が冷えてきたな。これから温めてやるか」
山本の残酷な言葉に、コリンの両足を押さえていた若い殺し屋二人はにやついた。
「おい、コリンに何をする!止めろ!!」
ブライアンの叫びを無視した山本は、コリンの左手を押さえていたエドワードの右手首を掴むと、彼の手をコリンの尻の上に置いた。
とっさのことで、エドワードはドキッとしてしまい、咄嗟に手を放そうとしたが、山本が手首を強く押さえた。
コリンの冷えた体温がエドワードの手に伝わってきて、コリンに欲情を抱いていた彼の手が震え、鼓動が鳴った。
『うっぐっ!止めろ!俺に触るな!』
猿轡をされてコリンの言葉は聞き取りにくく、必死に抵抗してもがいても4人の男達に抑えつけられているので、バタバタと体を揺する位しか出来なかった。
「一人目の男が触れたぞ。気持ちよさそうにしているぞ」
冷静を装っていたエドワードは、山本に心の内を見透かされているようで、余計にドキドキした。
コリンの抵抗に意に介さない山本は、コリンの尻を左手で勢いよく叩いた。
「これで二人目だ」
『うっ!止めろ!』
コリンは必死に抵抗した。
「心は拒否しても、体は反応するのだな」
コリンは山本の言葉を聞いて、17年前の忌まわしい過去を思い出し、ゾッとした。
コリンを傷つけた金持ちが吐いた言葉だったからである。
「いい加減に止めろーっ!!この根性無しめ!俺に手を出せないから、コリンに悪戯をしているのかーっ!!このゲス野郎!」
ブライアンの罵声に意にも平然としている山本は、更に甲高い声を上げて、ブライアンに携帯越しに吐いた。
「流石、100人斬りだ。いいケツをしているな。締まりが良い。お前も味わったんだろ?」
「この野郎!!必ず復讐してやる!!生まれた事を後悔させてやるーっ!!」
ブライアンの五臓六腑が煮えくり返った。
彼は、予備用のiPhoneを駆使し、FBIに通報した。
検査室内の様子が聞き取れない警官達は、ブライアンの通報でようやくコリンが危険な状態に陥っていることを、本部からの無線で知った。
「中に、秘密結社の野郎達がいるそうだ!」
「ドアが開かないぞ!職員は何処だ!」
警官達の怒声の中、イサオは瞬時に検査室の前に駆け寄り、ドアを強く叩いた。
「コリン!無事なのか!」
警官と病院職員は、必死に検査室のドアを開けようとしていた。
「ドアが開かない!!」
「猛さんは?!」
猛の姿が消えたのを、一人の警官が気付いた。
イサオはその警官の言葉は聞こえず、ドアを叩き、ひたすらコリンの名を叫んだ。
「コリン!コリンーッ!」
ドアを叩く音や、ドアを開けようとする音が激しくなってきた。
コリンはイサオの声を聞くと、必死にもがき、抵抗していた。
エドワードは左手首に巻いてある腕時計を見た。
それを合図に、山本が動いた。
「よし、時間だ行くぞ!コリン、大人しくしろ!!」
山本は、右の掌でコリンの頭を検査台の上に強く打ち付けた。
数ヶ月前に秘密結社によって、頭蓋骨にヒビが入る怪我を負わされたコリンは、再びの激痛に意識を失った。
『拳法の手技を使ってまで、手荒なまねをしなくても』
流石に、エドワードはコリンに同情した。
山本は、コリンの背中を盗んだiPhoneで数枚撮ると、ズボンの尻ポケットにしまった。
4人の男はコリンを縛り上げると、毛布にくるんで担ぎ上げ、操作室に戻った。
山本が、左手をコリンを担ぎ上げたまま、右手でコンピューターを操作すると、4人は壁の穴から出て行った。
その時、ようやくドアが開いたが、イサオや警官が入る直前で、職員は急いでドアを閉めた。
「危ない!入っては行けない!!MRIが作動してる!銃と手錠などの金属類が機械に張り付いてしまう!」
機械が作動している中では、検査室に入ることは出来なかった。
「検査室の中にコリンがいるんだぞ!急いでスイッチを切れ!!」
警官が怒鳴った。
「コントロール室に技師がいた!奴等、コリンを人質に取って、壁の穴から出て行ったぞ!」
管理室から、別の警官が出てきた。
皆、外へ全速力で駆けた。