前回 目次 登場人物 あらすじ
FBIによって逮捕された仲間の一匹狼の刑事を奪還すべく、シェイン達は計画を立案した。

先ずは、潜伏先の移動である。
今の潜伏先は、ダウンタウンの中にあるのと、借家2件に殺し屋達を分けて住まわせていたので、そこに一匹狼の刑事を匿うのは不可能である。

シェインは彼が逮捕される前に、今の手狭な潜伏先から引っ越すべく、スワンスン夫人から紹介された不動産屋から、街外れの一軒家を夏の間借りる契約を結んでいた。
新しい潜伏先は、白亜の豪邸であった。
以前隠れ住んでいたスワンスン夫人の邸宅より面積は狭いものの、18名の殺し屋達を住まわせる十分な広さのある上に、隣家からかなり距離があるので、一匹狼の刑事を匿うには、格好の場所であった。
スワンス夫人の邸宅から、ごく普通の一軒家に住まわされていた殺し屋達には、とても広く、魅力的に感じた。

シェインは、FBIと警察の目を眩ますため、直ぐさま引っ越しを開始した。
荷物の移動は少しずつに分けて、一台のバンで何度も運ぶことにした。
途中、警察のパトロールも幾度も見かけたが、署内にいる秘密結社の同志から情報を得てたので、シェイン達は警官の目をくぐり抜けることが出来た。


だが思わぬ所で、一人の警官にバンを止められ、シェインは肝を冷やした。
何と彼は、秘密結社のシンパで、シェインに挨拶するために止めただけだった。
ハプニングがあったものの、大きなトラブルも無く、秘密結社は新しい隠れ家への引っ越しを完了させた。

「地下室もあるんだ」

山本は広い台所脇にある扉を見付けると、その扉を開け、急勾配の階段を降りた。
薄暗くて広い地下には、ずらりと空のワインセラーが並んでいた。

「そこは、ワインセラーだ。最初の主が、1000本以上のワインをコレクションしていたが、自殺した後、財産管理人が持っていたそうだ。次の住人は、殆ど使っていなかったらしい。と言っても、数週間しかいなかったそうだが」

シェインが、山本の後に続けて地下へ降りた。


「幽霊がでたからか?」


「見えなかったそうだが、人気の無いところから音が聞こえたんだ。その後に入居した住人は、気配を感じたけで怖くなり、数日で去った。それ以来、買い手が付かなかった。俺は、見えないものは恐れない。例え、物音がしてもだ」

 

山本の問いに、シェインが力強く答えた。

 

「そりゃ、そうだ。確か、ここの最初の住人が拳銃自殺したのは、数年前に起きた金融危機で全財産無くしたのが原因だと小耳に挟んだよ。死因が秘密結社とは関わりがないから、幽霊に襲われる心配はないし、怖がることはないね。もし俺が彼だったら、こっそりと新しい住人から金を取るけどね」

「お前らしいな」
シェインは鼻で笑った。

それから、シェインは数日かけて、一匹狼の刑事の奪還計画を実行に移し始めた。
シェインは、殺し屋達の訓練をミーシャとエドワードに任せ、一日の殆どをノートパソコンに向かい、時折スマートフォンで誰かと綿密な打ち合わせをしていた。
エドワードは広い地下室を利用して、ワインセラーを移動させ、殺し屋達と共に実践に近いリハーサルを繰り返した。
その中に山本もいた。

数日後の早朝、シェインは極秘に外出し、夕方に帰宅した。
そして、皆をリビングに集め、こう宣言した。

「罠は仕掛けた。これから、奴等が動く。俺達も明日実行に移す」

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次の日の午前に、コリンは頭部の傷の治り具合の経過を調べるために、MRIを受けることになっていた。
消毒薬の臭いが嫌いなコリンの気分は、朝から少し落ち込んでいた。
デイビットは、コリンの身の回りの世話をしながら支えていた。

突然、玄関のドアをノックする音が聞こえた。


「誰?こんな朝早くに?」
コリンはムスッとした。


「俺が出る」
デイビットは不審に思った。


ブライアンやジュリアンなら、事前に連絡を入れる筈である。
ドアスコープを覗いた。
目の前に長身の背広姿の男二名が立っていた。


「FBI捜査官だ。見たことがない奴等だが、きっとフォルストの奴が俺達の警備でも寄越したのだ」
デイビットは、瞬時に男達の身元を見破り、ドアを開けた。


「私達は、FBIの者だ」
二人の捜査官が、身分証を提示すると機械的な口調で自己紹介をした。


「フォルスト捜査官から派遣されたんだろ。そんなにかしこまらなくて良いぞ」


「彼は、イサオ・アオト氏殺人未遂事件の担当者だ。我々の部署とは違う。これから話す件とは無関係だ。」


デイビットの問いに、FBI捜査官は冷たく答えた。


「これから話す件?」
コリンは訝しんだ。


「コリン君が、生まれた頃の話だ。君には関係無い話だが、デイビットに大きく関わることだ。」
 

FBI捜査官の一言に、コリンはキッと捜査官を睨んだ。
二人の捜査官は鼓動が急激に高まった。
コリンが、睨んだ大きな瞳から怪しげな色気を発していたからである。
捜査官の一名が動悸を抑えながら、上着の胸ポケットから、一枚の写真を取り出した。
一人の上品な中年男性の顔が写っていた。


「彼を知っているだろ?」

「誰?」
コリンが尋ねた。


デイビットは知らないと言わんばかりに、首を横に振った。
コリンは、デイビットがその男について知っている事は百も承知であるが、あえて彼の態度を信じる振りをした。


「30年前のホワイトハウスのスタッフだ。当時の大統領の息子の世話係だ」
捜査官が写真の男の顔を指で軽く叩いた。


「何の話だ?」


「誤魔化しても無駄だ。君が、冷戦時代にCIAに依頼されて、ホワイトハウスで行った仕事で、彼を消しただろ」


「俺はそんな大物とは仕事をしていない」


「ほう。しらばくれるのか。我々は、情報を得ているのだ」
タブレットを二人に見せた。


その中には、古いFBIの記録が載っていた。

中身は、品の良い中年男性が、ソ連の当時の情報局KGBのスパイであることと、世話を担当していた息子を利用して、ホワイトハウスの情報を盗もうとしたことが明記されていた。


「息子をそそのかして、違法薬物を摂取させ、その証拠写真を撮った男は、それを有効な切り札として使おうとした。それを、FBIは掴んでいた」


FBI捜査官は、記録の概要を話した。


「クリーンを売りにしていた当時の大統領には、痛手だな」

デイビットの言葉に、FBI捜査官は頷いた。


「そうだ。我々FBIはシークレットサービスと協力し、男を逮捕して、KGBの情報を引き出そうとした。それをCIAが横やりをいれた。奴等は、手っ取り早く男を消そうと、君に依頼した」


「だから、何の話だ。この紙には俺の名前は一切書かれていないぞ」


「記録に残っていなくも、情報は得ている。話を聞かせて貰うぞ。拒否したら、裁判所の許可を貰うまでだ」
FBI捜査官は、デイビットに支局へ一緒に来るように促した。


「一日待ってくれ。俺はコリンの検査の付き添いがある」


「安心したまえ。彼は下で待っている他の捜査官が、病院まで送る」


「嫌だ!」
コリンはきっぱりと拒否した。


「なら、少し時間を与える。デイビットが君を病院まで送ることまでなら良いだろ。もし、何かおかしい動きをすれば、コリン君、君もFBIの取り調べを受けて貰うぞ」


FBI捜査官は、コリンに冷たい口調で言うと、スマートフォンで、階下の捜査官に連絡を取った。


「仕方ない。その前に、俺にもスマホを使わせろ」


デイビットは、ポケットからスマートフォンを取り出すと、ブライアンにかけた。

しかし、応答は無かった。

 

「ブライアン・トンプソンにかけたのか。向こうもFBIの取り調べを受けている最中だ。出られないぞ」

 

FBI捜査官が冷たく言い放った。

 

「どうしてだ?」

 

「おや、とぼける気か?奴は、当時、シークレット・エージェントだった。大統領を守る男だったのに、ホワイトハウスで起きた殺人を見逃したのだ。当時は知らなくても、真実を知った時点で元の職場に報告するべきだった。それを怠ったのだ。つまり、お前と共犯と同じだ」

 

「ブライアンのところにも、FBIが来ているのか?!」

 

「奴にも、我々の聴取に応じて貰う事になっている」

 

デイビットは、スマートフォンを上着の胸ポケットにしまうと、コリンと共にアパートを出ると、駐車場へ向かった。

FBI捜査官達は、アパートの玄関前に止まっていた黒いバンへ乗り込んだ。

 

「運転をしようか。又、ブライアンに電話するだろう?」

 

コリンが手を差し伸べ、デイビットにフォレスターの運転をすると言った。

 

「いや、平気だ。どうせ、FBIの連中は衛星を使って、俺とブライアンとの会話を傍受する筈だ。何時もの様に、ハンズフリーを使って連絡するさ」

 

デイビットはコリンの手を一瞬握ると、運転席に乗り込んで、キーを回した。
 

病院へ向かう途中で、ようやくブライアンと連絡がついた。


「何で、冷戦時のあの事件がFBIの耳に入ったんだ?」


「私も知りたい。さっき、FBIの連中が私の部屋に来た。事情聴取する捜査官は別にいて、フロリダ支所に待機している。分かるだろう」

 

「私は、こっそりとFBIにいる友人に電話した」

 

「前の主任か?」

 

「その通りだ。彼によれば、現在のFBI長官が、あの事件の担当者だったと教えてくれた。皮肉なものだ。彼の根回しのお陰で、私はこれからフォレスト捜査官に面会することになった。奴は、FBI長官から期待されている捜査官だそうだ。奴から何か情報が引き出せるかと思う」


iPhoneを切ったブライアンは、急遽捜査本部へ駆け寄り、フォルスト捜査官と会った。

「貴様の件では、私は何も教えて貰っていない。長官直々に、イサオ・アオト氏の事件に専念するようにと、今朝の電話で言われただけだ。君も元は公務員だったから、私の立場が分かる筈だ。上司の命令は絶対だ。今回の件に関しては、FBI長官直々の指名された捜査官による特別な捜査だ。いい加減、観念した方が得策だ」
 

フォルスト捜査官は、醒めた言葉を吐いた。

 

ブライアンは心の中で舌打ちした。

『こいつ、何が期待のホープだ。ただの長官のイエスマンじゃないか』


デイビットとブライアンは、急遽FBIの聴取を受けることになった。
サラとイサオは、デイビットがこれからFBIの取り調べを受けることに、大きなショックを受けた。

 

サラは、デイビットがスパイナーとは知らなかった。

「本当なの?!」

 

「そうだが、傭兵時代にいた頃の話だ。FBIの連中は誤解している。俺は、アメリカでは何もしちゃいない。誤解を解くために、聴取を受ける」

 

デイビットは、二人に北欧生まれで、自国の軍隊生活を経て、フランスの外人部隊や傭兵として世界中を転々とした後、引退し、アメリカに移住したという嘘の経歴を、会った時に伝えていた。

 

今回も、その嘘を話した。

イサオは、ブライアンからデイビットのことを知らされていたが、嘘を信じる振りをした。

サラはその嘘を信じた。

 

「弁護士は?」

 

「さっき、連絡を入れた。当たり前だが、直ぐにはこれないそうだ。何かやばい事になりそうだったら、その場で打ち切って、弁護士と相談する」

 

「それが良いわ。でも、一体全体どうなっているのよ。ブライアンも今日はFBIと話し合ってくるってイサオに連絡があったばかりだし」

 

「ブライアンは、FBIにコネがあるんだ。あちこちに根回しをしている最中だって言っていたじゃないか。心配は無用だよ」

 

「二人がいなくなったら、秘密結社の連中は喜んでいるわよ」

 

「警察とFBIが警備についているから大丈夫だよ。君のところにもFBIが張り付いているしね。親父も君と入れ替わりに見舞いに来るからね。それに、今日は大事な仕事があるんだから、そっちに集中しなきゃ駄目だよ」

 

「それもそうだけど・・・」

 

「大事な仕事?」

 

「コリン、今日は、サラの事務所の新人がモデルデビューするそうだよ。それも一流の雑誌にね。サラは、エージェントとして立ち会うことになっているんだ。そろそろ、時間だよ」

 

「あら、そうだわ。でも、二人がいないと」

サラは腕時計を見ながら、心配した。

 

「よく廻りを見てご覧よ。警備の警官が何人もいるじゃないか。それに、二人は事情聴取されるんであって、拘束される訳じゃ無い。今日中に戻ってくるさ。サラ、気にせずに行っておいで」

「じゃあ、コリン、良い結果が出ると良いわね」

 

サラが去ったと引き替えに、朝コリンの部屋を訪問したFBI捜査官がやって来た。

 

「時間だ」


コリンは一人でMRI検査を受ける羽目になり、寂しくなった。


「日にちを、延期して貰えませんか?」
コリンは医師にお願いした。


イサオがコリンを制した。


「駄目だ。コリン、検査はきちんと受けるべきだ。頭の怪我の治り具合を診るためには必要なんだよ。検査結果によって、今後の治療方針も決まるんだ。もしかして、通院しなくて良いと診断されるかも知れないんだよ。一人で検査を受けるのは、不安なのはよく分かる。デイビットはいないけど、僕がいるだろう。それとも、怪我人だから不満かな?」


「そんなことはないよ・・・」
イサオは、コリンを励ますように、笑顔を見せた。


「親父もそろそろ来る時間だし、警備員もこの病院には多く在中しているから、何があっても大丈夫だよ。病室で待っているからね」


イサオは、コリンに検査を受けるように促した。
コリンは渋々応じる事にした。


「腕の良い検査技師だから安心して下さい。後は、看護師が検査室まで案内します」
医師は、側にいる看護師に後を託した。


「さあ、ロッカーへ行って、中に入っている検査服に着替えてね。私は外で待っているから、終わった頃に声を掛けて。MRI検査室へ案内するわ」


待っていたかのように、看護師がコリンをロッカールームへと案内した。


ふと、イサオの胸がざわついてきた。


『何だか胸騒ぎがしてきた。大丈夫。警備員の他に、警察官も僕たちを警護してくれているから。過剰な恐れは禁物だぞ』


イサオは自分を励ますように心の中で呟いた。

一旦は、病室へ戻ったが、どうしても胸騒ぎが収まらず、MRIの検査室へ足を向けた。

 

『過保護だな。僕は』
イサオは苦笑いをした。