前回 目次 登場人物 あらすじ
「イサオの兄貴が、日本の首相と会っていた」

エドワードが、英国から呼び寄せた若い殺し屋がもたらした日本の情報は、隠れ家に潜伏している殺し屋達に動揺をもたらした。

昨日、イサオの兄・隼が、勤務している大学の学長が主催するホームパーティにおいて総理大臣と一緒に撮った画像を、弟に送った。
その画像は、サラのiPhoneに転送され、彼女が勤めているモデルエージェント会社へ出社した今日、同僚達に見せたのだ。
その中には、エドワードが英国から呼び寄せた2人の若手の殺し屋達が含まれていた。

若い殺し屋達の存在は、口入れ屋からFBIに伝えられていた。
だが、口入れ屋はファーストネームしか知らず、FBIが米国に入国した英国人を調べたものの、別人のパスポートで入国した為、FBIは該当する人物を見付ける事が出来ないでいる。

その為、彼等は他の殺し屋より自由に街を歩け、サラの働くモデル事務所に新人モデルとして潜入しても、会社の人間やサラを警護している警官達に怪しいと勘づかれる事は無かった。
彼等は、その画像を見て愕然とし、急いでその情報を隠れ家に潜伏している他の殺し屋達に伝えた。

イサオの兄・隼が大学に再就職した事、そこの大学・学長が日本の首相の従兄であり、先日学長主催のホームパーティが開かれ、隼が首相に会った事実は、殺し屋達に動揺が広がった。

「サラが、俺達にニンジャの息子と総理が写っている画像を見せてくれたんだ。俺達、とても驚いて、慌てて戻ってきたんだ」

「ホームパーティじゃ、かなり内輪の席だ。ニンジャの息子は、総理に弟の事で、何か頼んだんじゃねえか」

「総理は保守派で、日本版CIAを作るとか発言したとか新聞に載っていたな。もしかして、それにニンジャの息子が絡んでいるんじゃないか」

「その組織はまだ出来ていないから良いが、首相の圧力で、FBIの他に、CIAやNSAも、俺達の件に絡んでくるかもよ」

「それじゃ、この人数じゃ足りねえぜ」

「それよりも今貰っている金だけじゃ」

エドワードは彼等の動揺を見て、急いで別の家で潜伏しているシェインに連絡を入れた。

シェインは、ミーシャ、山本、そしてルドルフと供にやって来た。

「まあまあ、落ち着け。画像だけじゃ、真相は分からないじゃ無いじゃないか」

ルドルフは、殺し屋達を宥めようと試みた。
しかし、動揺は収まらなかった。

「恐れるんじゃねえ」
シェインがピシャリと言った。

『恐れるな』
シェインのこの言葉を聞き、ルドルフは自分の伯父であり秘密結社の創立者・ウィルバーを思い出させた。

『知らない事は、恐れを招く。恐れは自分の視野を歪め、あらゆる困難に立ち向かえなくさせる。恐れを乗り越える為に、先ず知る事が大切なのだ。知るのだ。ルドルフ』

ルドルフの頭に、生前伯父が言った事がこだました。

「総理は保守派だとか、日本版CIAを作るとかニュースで伝えているが、よく見ろ。財政改革法案を国会で通すか通さないかで、日本の政界は揉めている。つまり、自分が率いる与党を束ねられない、70過ぎのジジイじゃねえか。そんな奴が、立派なインテリジェンスの組織が作れるか。ニンジャだって、総理よりも年下だが、ジジイだ。考えて見ろ。俺達は若く、その上、銃器のプロだ。引退した警官とはいえ、一度も街中で銃をぶっ放した事がねえ年寄りのニンジャに、負ける訳がないだろ」

「シェインの言う通りだ。ニンジャを見張っていた同志によれば、ニンジャはその息子と喧嘩した事があって、息子に負けているんだ」

ルドルフが付け加えた。

「ニンジャは、お前達、警察の秘密結社が病院等で襲撃した時、見事に撃退したというじゃねえか。息子は、そいつよりも強いと言うことだろ。そいつが、日本のトップと会ったんだぞ。何か起きるんじゃねえのか」

シェインの言葉に、一旦は殺し屋達が静まりかえったが、ルドルフの言葉で、再び騒ぎが起きてしまった。
ルドルフは後悔したが、後の祭りであった。

『こいつ、リーダーには向いていない』
その様子を、ミーシャは心の中で冷ややかに見詰めていた。

「今回の仕事にあたって、俺はニンジャの関連本を何冊が読んだ。どの本にも共通して書かれているのが、ニンジャは私を抑え、公に尽くす事だ。仮に、ニンジャの息子が国家に関わるとするならば、弟の事は頼まないだろうな。だろ?」

エドワードは殺し屋を諭すように言うと、山本に振り向いた。

「まあ~、俺は日本人だけど、ニンジャについては本でしか読んだ事がないから、詳しい事は分からないよ。でも、ニンジャってサムライと似ていて、自我、つまり自分の感情を捨てて、大義の為に動くのが美徳とされているからね。それを証明するのが、忍”という漢字の意味だ。刃が心の上にあるのは、心が揺れないようにしている為だ。でもさ、そのニンジャの息子がここへ来た理由を思い出しなよ」

「弟の見舞いだろ」

「それもそうだけど、他にもあったよね。警視庁のエリート官僚だったけど、派閥争いに負けた上に、親父のニンジャの映像が世界に流出して、辞める羽目になるわ、奥さんが怒って実家に帰ちゃうわで、踏んだり蹴ったりになって、逃げるように米国へ来たことだよ」

「それもあったな。で、何が言いたい」

「ニンジャの息子とあろう者が、自分の職場の派閥争いに負けたんだよ。それに、奥さんに振り回されたりしてさ。こっちに来たら来たらで、親父と喧嘩しちゃうしね。弱くて、感情のコントロールが出来ない男に、一体何が出来るというんだと、言いたいんだよ」

「山本の言う通りだ。俺、何を恐れていたんだ」
ロンドンから来た殺し屋の一人が、山本の言葉にはたと気付かされた。

『山本は、なかなか鋭いところを突いている。皆を説得させる力が、ルドルフよりありそうだ』
ミーシャは思った。

シェインが更に、殺し屋達を静める発言をした。

「安心しろ。FBIと警察の内通者からは、ニンジャの息子の話は一切出てこない。第一、ニンジャの息子が総理と通じているのなら、一緒に写っている画像を堂々と弟に送ったりしねえだろ。忍者の基本は、文字の如く、忍んで動くのが信条だからな。この画像は、唯の記念だ。慌てるな」

他の殺し屋達も、シェインと山本の言葉に、徐々に落ち着きを取り戻していた。

『画像一枚で、こんなに殺し屋達が動揺するとは思いもしなかった。これ以上、この家に閉じ籠もっている訳にはいかねえ。一刻も早く、別の場所へ移動しなけいといけないぞ』

シェインは、内心苛立った。
その苛立ちを隠して、リーダーであるルドルフに、一応お伺いを立てた。

「ルドルフ、急いでスワンスン夫人に良い物件を紹介して貰う様に、ミーシャを通じで頼んだ方が良いな」

「殺し屋達の注意を逸らすには、引っ越しが一番だ。そうしよう」

ルドルフは、そう答えたものの、
殺し屋達の動揺を静めたシェインの姿を見て、ようやくルドルフは自分がリーダーの座を追われるのではないかと心配になってきた。

その後、ミーシャは使命を帯びて、スワンスン夫人のもとへ向かった。

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口入れ屋はブライアンとの面会の後、ベンジャミン捜査官にニックに関する情報を伝えた。

「どうして、もっと早く言わなかったのか」
ベンジャミン捜査官の口調が、きつくなった。

「申し訳ない。いやあ、どうしても確証が持てなくてな。言いずらかったんだ」
口入れ屋は、済まなそうな顔付きをした。

夜であったが、その日の内に、ニックの情報はFBIと警察に広まり、捜査関係者に衝撃が走った。

翌朝になってから、口入れ屋が匿われている施設で、改めてFBIは聞き取りを再開する為、彼の担当医師のアドバイスを求めた。

「口入れ屋の体調は、薬物療法で血圧が安定しつつあり、明日の聴取には短時間なら応じられるでしょう。この間、血液検査で、かなり体脂肪があると判明したので、彼にダイエットを勧めて、彼もそれに応えてくれたのも良かったのでしょう」

担当医師の忠告に従った口入れ屋は、毎日飲んでいた炭酸飲料を控えるようになり、徐々に体調も安定してきたのだ。
口入れ屋は「少しずつ体重が落ちたお陰だ」と、思っていた。
シェインによって密かに血圧を高くする薬が混入された炭酸飲料を、飲むのを控えたのが真相であったが、誰も知る由が無かった。

翌日から、聴取が再び始まり、口入れ屋はシェインから聞いたというニックに関する話をした。

「大人しく私達の捜査に協力してきたのに、何で今頃になって大事な話をするんでしょう。折角の信頼関係が台無しですよ」
他の捜査官も不快感を露わにした。

「妹の手術が終わるまで、切り札を取って置いたのだ。裏社会で生き抜いていた男だ。たやすく全部を自供しない。我々は、ニックの遺体が遺棄された場所を見付け出すだけだ。捜査員の半分をそっちに回す」

主任のフォルスト捜査官は、冷静に事態を見ていた。


「凄い。隼さん、総理とお目に掛かったんだ。ホッとしたよ。良い再就職先が見付かったね」

イサオの病室を訪れていたコリンは、サラのiPhoneの画面を見ていた。
画面には、隼と日本の首相が写っていた。

「兄貴が大学の客員教授に再就職したと知って、僕も安心したよ。学長のホームパーティで、お義姉さんと姪の梅子ちゃんも総理と会って、上機嫌だったとメールで書いてあった。これをご覧よ」

イサオは笑い、自分のスマートフォンを操作して、兄から送られてきた妻子が満面の笑みで総理と写っている画像も、コリンに見せた。

「綺麗な母娘だね」
久しぶりの明るい話題が、病室を包んだ。

「僕の事があった上に、警視庁を辞職して、義姉さん達が家を出て行ってしまって、日本を発つ時の兄貴はとても虚無感があったそうだよ。でも、こっちへ来て、久しぶりの兄弟再会を楽しみ、コリン達とも会って、心穏やかな日々を過ごした。カナダ・モントリオールに移ってからは、疎遠だった桃子ちゃんと絆を取り戻し、更にそこで再就職先を見付け、義姉さんは戻ってくれた。とても実りのあった旅だとメールに書いてあったよ。『虚しく往き満ちて帰る』という日本の高僧の言葉を思い出すね」

「イサオ、どうして、隼さんはモントリオールで再就職先を見付けたの?」
コリンが疑問に思った。

「桃子ちゃんのいる大学院は、兄貴が再就職した大学の姉妹校なんだ。兄貴が忍術を院の学生達に披露した時、偶然にも大学の学長が出張していて、兄貴の講演を見たそうだ。その場で、スカウトしたそうだよ」

猛が難しい顔をしていた。

「どうした親父?血糖値が悪くなったのか?」
糖尿病を患っている父を、看護師であるイサオは心配した。

「いや、そっちは良い。昨夜から、どうも胸騒ぎがするのだ」

コリンは猛の言葉を聞いて、ドキンとした。
『ニックの事かな』

ニックの情報は、病室でイサオと面と向かって話したかったのだが、警備の警官に聞かれてしまう可能性が高く、FBIのフォルスト捜査官の耳にその事が入ったら、コリン達は再び捜査本部からはじき出されてしまうのは目に見えていた。

そこで、コリンはニックの件で、昨夜イサオに日本語のメッセージをこっそりと送ったのだ。
イサオがショックを受けるかと、コリンは心配した。
しかし、意外な返事が返ってきた。

『分かった。ニックの遺体が見付かるまでは、サラと親父には話さないでおこう。二人とも、事件が長引いて疲れが出ているからね』
イサオは冷静に事態を受け入れ、家族を気遣う余裕まで見せていた。

『イサオ、物凄い家族思いだな』
コリンは胸が熱くなった。

「胸騒ぎ?」

イサオの言葉で、コリンは現実に戻された。

「隼の件だ。再就職先の学長は、総理の従兄で、総理は、そこの大学の名誉理事長でもある。昨年だったか、週刊誌に総理のアドバイザーの一人とか書かれた過去もある位、あの二人は親密だ」

「従兄弟同士だから、当然じゃないか。華麗なる一族だよね。総理が、日本版CIAを作るとか言って、日本で騒がれたんだろ。BSニュースで見たよ。いくら、そういった組織を作るにしても、我が家に伝わる忍術はもう役に立たないよ。スパイの世界って、昔の様にエージェントが世界を飛び回る時代じゃなく、今はコンピューターを駆使して、情報を集める世の中だよ。いくら兄貴が、我が家の忍術に長けているとは言え、サイバー空間に対応出来ないよ」

「コンピューターを使うのは人だ。人を教える事は出来る。例えば、人としての心得とか」

「幾つかの忍術書は初めに、天の理や哲学的な事を書いてあるけどね。人を育てるには良いけど、それで、サイバーテロとかを退治出来ないよ。現実的に、コンピューターの世界に通じる人材を育てるのが先だよ」

「言われてみれば、尤もだ。もっと現実を見ないといけないな」

「親父、そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。ご先祖様の教えがあるだろ」

「そうなのだが、今も胸騒ぎが収まらないのだ」

「ご先祖様の教えって?」
コリンがイサオに尋ねた。

「『恐れてはいけない』、『侮ってはいけない』、『考え過ぎてはいけない』という忍者の3つの心構えが、我が家でも代々伝えられているんだ。僕は、その中の『考え過ぎてはいけない』事を言っているんだ」

「胸騒ぎの原因は隼の事かと思ったが、勲と話している内に、秘密結社の事だと感じるようになった」

「大丈夫だよ。この前だって、胸騒ぎが起きたけど、何も起きなかっただろ」

「そうだと良いのだが。これは私の推理だが、秘密結社はその日に私達を襲う予定だったが、何かハプニングがあって、中止したかもしれない」

「そういわれると、否定は出来ないね」
イサオは困惑した。

「この前の時は、秘密結社が潜伏していた高級住宅地で、水道管が破裂して大騒ぎになった日と重なる。連中を捕まえないと、真相は分からない。だが、猛さんの予感が当たっているかも知れないな」

デイビットが思い返した。
サラも続けて言った。

「地元ニュースで、大きく取り上げていたわね。パトカーや消防車が、沢山現場に来ていた映像を見たわ。あれだけ大騒ぎになれば、近くで暮らしていた秘密結社の連中は動けなかった筈よ」

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「ジジイといっても、流石はニンジャだ。遠く離れている俺達の気配を、感じるのか」

シェインは、病院を見張っていた警察官から、イサオの病室での情報を得ていた。
その時、外から車のブレーキ音が聞こえた。
ミーシャが答えを携え、隠れ家に戻って来たのだ。

「スワンスン夫人が、FBIに会社が極秘に捜査されているから、これ以上協力するのは難しいと言ってきた」

「拒否されたか」

「いや、逆だ。別の不動産会社を教えて貰ったよ。そこの社長は、若い時に夫人の会社で働いて、独立した女性だと。夫人が言うには、彼女は、とても野心的で情熱的な人だから、俺達が接触しても問題無いってさ」

ミーシャは、会社のメールアドレスが書かれたメモを、シェインに渡した。

「金と男に貪欲、という意味だな」
シェインはニヤリと笑った。

「おい、口入れ屋が何か言ってきたのか?」
ミーシャがノートパソコンの画面を見た。

「そうだ。ニックが自分で責任を取った事を、FBIにゲロしたんだ」

「何だって?!死体を埋めた場所とか、知っていたのか?」

「そこまでは知らん。俺がうっかり、奴にニックの事を言ってしまったんだ。迂闊だった。まあ、そのお陰で、FBIは捜査官の半数を、ニックの捜査に回す事になり、俺達への捜索は当面鈍る。俺達を裏切って死んだニックが、逆に俺達を助けるんだ。これぞ、“塞翁が馬”だな」

フッと笑うシェインの顔に、一瞬影が差したのを、ミーシャは見逃さなかった。

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その日の夕方である。
警察署内で行われていた捜査会議が終わり、皆が帰った後でも、捜査本部で主任のフォルストFBI捜査官が、殺人課の課長と打ち合わせをしていた。

「主任!彼の情報が手に入りました。海外に逃亡していました」
若手のFBI捜査官が、飛び込んできた。

その情報を聞いた課長は、興奮して立ち上がった。
逆に、部下から詳細を聞いたフォルスト捜査官は、冷静に指示を出した。

「良くやった。早速、地元警察に連絡を入れ、協力体制を整え、奴の身柄確保へ向かうのだ。課長、この件は一切他言無用でお願いします。何しろ、相手が相手です。迂闊に警察内でこの件が広まると、瞬時に奴の所にも伝わります」

殺人課の課長に、口止めも忘れなかった。
課長は唯肯くしかなかった。

「君もだ。相方にもそう伝えるのだ。秘密結社は、至る所にスパイを忍ばせている。気を付けて、事に当たるのだ」

部下も「はい」と言って大きく頷くと、駆けるように捜査本部を飛び出した。
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