前回 目次 登場人物 あらすじ
夜に入り、天候は激しい風雨になった。
この時、コリンとデイビットは、フォレスターに乗って、アパートへ帰る途中であった。

「日が暮れたと同時に、捜査を終えて良かったね」

「雨が降ると今朝の天気予報では言っていたが、思ったより激しいな」
運転しているデイビットは、ワイパーのパワーを強に変えた。

「これから、お天気はどうなるんだろ」
コリンがラジオのスイッチを入れた。

ステレオから、地元FM局のDJの知的で渋い声が聞こえてきた。
流行の音楽が流れた後、地元のニュースが報じられ、続いて天気予報になった。
今日から一週間は、発達した低気圧が停滞する為、雨の日が続くとの予報であった。

「まだ続くのかぁ。でも、この雨で、夏の暑さが少しでも和らぐと良いけどね。俺達は、雨にも負けず、秘密結社の居所を探し続けるぞ」
今日の捜査で、数々な証拠や証言を掴んだコリンは、興奮が冷めやらなかった。

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シェイン率いる秘密結社は、市郊外の高級住宅街にあるスワンスン夫人の邸宅を出た後、ダウンタウン近くの民家を2軒借り、殺し屋達を分けて住まわせていた。

2軒の内1軒を、ベテランの殺し屋・エドワードに任せ、シェインとミーシャはもう一つの家に住み、次の行動について計画を練っていた。
彼等の家に、ルドルフがやって来て、シェインと話し合いを持つことになった。

「お前達が前に借りていた、スワンスン夫人の邸宅にFBIのガサ入れが入ったぞ。それに、スワンスン夫人が経営する会社へ捜査官が訪問して、聴取をした。ここがバレるのは時間の問題だぞ。急いで、移動しようぜ」

焦りを見せるルドルフに、シェインは落ち着いて答えた。

「その通りだが、生憎、殺し屋達18名を住まわせる位の広い家を見付けるのに、時間が掛かるんだ」

「俺に内緒で、もう探しているのか?」

秘密結社のリーダーだと自負しているルドルフは、勝手に動いているシェインに怒りを露わにした。
大雨は激しい風に煽られ、窓ガラスをビシバシと音を立ててぶつけた。
まるで、ルドルフの心の内を現しているかのようだった。

「いや、まだ俺の頭の中で考えているだけだ。考えて見ろよ。以前より、狭い家に住んでいて、その上、ダウンタウンの近くにあるから、殺し屋達は息を潜めて暮らしているんだ。窮屈だと、不満を漏らしている者が出始めている。加えて、隣の家とは近いから、隣のガキ共が俺達の事に興味を持ち始めた。これらの困った状況を、お前に報告したかったが、口入れ屋の馬鹿が、お前がリーダーだと吐いただろ?あれから、FBIと警察によるお前への監視がきつくなり、簡単に連絡が出来なかったんだ」

副リーダーのシェインは、ルドルフに弁明した。

「口入れ屋は、お前が俺をないがしろにして、現場を仕切っているとも自供しているぞ」

「それは、FBIの撹乱工作だ。口入れ屋は、秘密結社について殆ど知らないんだぞ。FBIは奴の自供をねじ曲げて、お前と俺を仲違いさせ、秘密結社の力を弱らせようとの魂胆だ。奴等の手に乗るな。俺は、お前をリーダーと思っている。今回の事は、本当にFBIの監視が厳しかったから、報告が遅れたんだ」

シェインの心の内では、ルドルフの事をリーダーとはもう見なしていなかった。
秘密結社の複数の口座を一手に握っているので、ブライアンを倒すまでは、一応リーダーとして立てるつもりでいた。
殺し屋達の内、2名が抜けたので、腕っ節の強いルドルフを今、切り捨てるわけにはいかない裏事情もあった。

残された殺し屋達には、抜けた2名は、『ニンジャに恐れをなして逃げた』と嘘を吹き込んでいるものの、家から出られない現状が続けば、新たに抜ける殺し屋が出てくる可能性もあり、シェインとしては人材の流出をこれ以上出す訳にはいかなかった。

「お前の考えは尤もだ。俺も四六時中、FBI共の視線を感じていた。口入れ屋が逮捕されてから、余計に感じる。お陰で、俺はパトロール業務を外され、警察署内で、事務仕事ばかりさせられている。ここに来る時でも、FBI捜査官共の監視の裏を掻くようにして、住んでいるコンドミニアムの屋上から屋根伝いで外出する羽目になった。念には念を入れ、移動中は何度も後ろを確認し、わざわざ遠回りしなければならなくなったからな」

ルドルフは苦虫を噛み潰したような表情を見せ、シェインの言い分を理解を示した。
素直に仲間を信じてしまうのが、ルドルフの美点でもあり、欠点でもあった。

「他にも心配事があるぞ。スワンスン夫人が、インフルエンザに罹ったと聞いた。なので、事情聴取を受けられず、代わりに顧問弁護士と夫人の秘書が対応したと。彼女、大丈夫か?高齢だから、重篤な状態にならなければ良いのだがな」

「平気だ。今頃は、ミーシャと特別なストレッチをしているよ」
シェインは腕時計で、時間を確認した。

「えっ?!どういうことだ?」
ルドルフは事情が飲み込めなかった。

「仮病だ。スワンスン夫人は医師に金を渡して、偽りの診断を下させた。顧問弁護士と秘書は、それをそっくりそのままFBIに伝えただけだ。まあ、アイツらは、何も知らないがな。聴取しに来たFBI捜査官に対しても、夫人に言われた事を伝えただけだ。FBIは、まんまと騙されたって訳だ」

ルドルフは目を剥いた。
「おいっ!夫人に、俺達の事を話したのか?!部外者に話すなんて!もし、FBIに密告されたらどうするんだ!!」

シェインは、山本から夫人の過去を聞いて、彼女の気持ちを利用しようと決め、邸宅を借りて間もなく、ミーシャを通じて、夫人に秘密結社の事を打ち明けていた。
夫人はミーシャの胸に刻まれた神秘的なタトゥーを見た瞬間、裏社会の人間だと察していたが、警察内の秘密結社と組んでいる事実を聞かされ、驚いた。
それでも、『FBIに恥をかかす』というミーシャの言葉に、夫人は秘密結社の力になろうと決めた。

「誓って、そんな事態は起きない。お前も知っているだろ?夫人は、父親を苦しめたFBIを心底憎んでいる。だから、FBIと対立している俺達を支援してくれているんだ。今日も、危険を顧みず、食料と水の差し入れをしてくれた。夫人は言わば、協力者だ。お前のガールフレンドのマリアンヌと同じだよ。所で、彼女元気か?」

「元気だ。よくやってくれる。ロボの世話もだ」

ニックの遺体を処理してから、ロボをルドルフは市郊外に借りているアパートへ移した。
FBIの監視が薄くなっているマリアンヌは、隠れて毎日そのアパートへ行き、ロボの面倒を見ていた。

「ブライアンの件が片付いたら、秘密結社の規約から女人禁制を消し、マリアンヌを正式な同志として迎える。良いな」

「勿論だ」
シェインは同意した。

ルドルフがシェインと打ち合わせを終え、家を出る時、玄関で濡れた体をタオルで拭いている山本が立っていた。

「話し合いは終わったのか。俺は、もう一つの隠れ家に、差し入れの食料と水を届けに行っていたんだ」

ルドルフの背後で、シェインがこっそりと顔を出し、山本と目を遭わせると、顎をクイッと上げた。
山本はシェインの意図を理解した。

「凄い風雨だから、送っていこうか?」

「家の前には、FBIが見張っているから、途中まで頼む」

シェインは、静かに部屋に戻ると、山本と一緒に家を出るルドルフを、窓を叩き付ける雨の隙間から見た。

『女性を同志に加える事には、賛成だ。しかし、マリアンヌはこの件が済んだら、ルドルフと一緒に退場して貰う。可哀想だが、やむを得まい』

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翌日になり、雨は一旦止んだが、空はまだ曇り空であった。
朝の気温も、平均30度以上になる夏のマイアミにしてはかなり低く、20度を切っていた。

再び、スワンスン夫人の邸宅で、FBIの捜査が始まったが、秘密結社の新しい居所を示す証拠を見付けることが出来なかった。
高級住宅街の住民に尋問を開始した。

この住宅街の住民の多くは、初めはFBIや警察に対して警戒心を抱いていた。

その反面、隣の豪邸に住むバーガーと、住宅街のまとめ役ベンガーは、昨晩自分達を介抱してくれたコリンに対して好印象を持ち、そのお陰で、二人は積極的にFBIと警察の尋問に応じた。
二人の行動を見た住民達は、次第にFBIと警察に協力的な姿勢を示すようになった。

秘密結社の連中を目撃した住民が出てきたものの、交流をしていた者はいなかった。
隣の豪邸の執事・ダリルにしても、山本と短い会話を交わす程度だった。

フォルスト捜査官は、庭で部下の報告を受けた。

「山本は、ダリルにシューティングゲームの愛好家達が集まっていると言っていたそうです。ダリルは、庭で連中が散歩したり、銃を構えているのを目撃しています。彼は疑問に思い、山本に問うたところ、『サバイバルゲームも嗜んでいる』と返答があったとの事です」

「ダリルはそれをすっかり信じた訳か」

「その通りです。彼は、連中が外で銃を撃ったところを目撃していませんでした。しかし、ヨットを航行していたある住民が、連中がプライベートビーチで、サバイバルゲーム興じていた所を見たと証言しています。住民もゲームだと思い込んでいた様で、特に驚かなかったそうです」

捜査官が尋問で得たものを、主任のフォルスト捜査官に報告した。
「銃を撃っている状況にも関わらずか?」

「海からだと、実弾の発射音は、波の音に消されてしまいます。それに、ここはセレブの集まる街です。私が聞いたところでは、近所の住民達が本格的な装備をして、自宅の庭でサバイバルゲームに興じている事がたまにありますので、恐らくそれと同じに見えてしまったのでしょう」

「成る程。他には?」

「ゲートの監視台に詰めている警備員によれば、連中は週末になると外出し、日が暮れる前には戻っていたそうです。しかし、ここを退去する数週間前から、12時まで外出していたそうです」

「飴と鞭で、殺し屋達を束ねていた訳か。連中の行き先は?」

「歓楽街で遊んでいました。クラブやストリップパー等で、彼等の目撃証言がありました。ですが、シェインとミーシャの目撃証言は、得る事が出来ませんでした。」

「あの二人は、殺し屋を遊ばしておく間も、自分達はずっと爪を研いでいるのか」
フォルスト捜査官は振り向いて、邸宅を見た。


一方、ブライアン達は、秘密結社に武器を撃った裏社会の人物の行方を追っていた。
「足の付かないSIG SG553は、口入れ屋の供述通り、隣のジョージア州の武器商人から購入していた事が判明していますが、他にもあたってみましょう」

数日前から、ジュリアンはフロリダ州を出て、近隣の州の裏社会を調べていた。
昨日、ブライアンから情報を貰い、調査した所、シカゴに拠点を置く銃の密売人が、2週間前に大量のSIG SG553用の弾薬と改造されたSIG SAUER P226を、シェインに売った事実を掴んだ。

そして、今日の午後に、その武器商人と面会することが出来た。

「シェインの名前で、注文が入ったとの事です。しかし、引き渡しの現場には、仲間が行くと書いてあり、実際、山本とよく似た東洋人が現れたそうです」

「シカゴは、秘密結社の支部があった所だ。きっと、シェインはそのルートで、密売人とよしみを通じたのであろう」

「シカゴの武器商人は、他にも裏社会の人間の為に、多種の物品調達を行っています。彼が私に打ち明けてくれたのは、シェインの依頼で、迷彩服や、大手運送会社の制服、幾つかのカー用品も揃えたそうです」

「幾つかのカー用品?すると、大手運送会社のロゴのシールや、偽造ナンバープレートも含まれるのか」

「お察しの通りです。奴らは、周到な準備をしていたのです」

コリンとデイビットは、市内で情報を集めていたものの、相変わらず秘密結社の行方を掴む事が出来なかった。
ブライアンと合流したコリンとデイビットは、ジュリアンのダイナーの2階に集まり、打ち合わせをした。

「そろそろ、俺達が持っている情報をFBIに出した方が良いな」
デイビットが提案をした。

「私もそう思っていた。私達の得た情報を提示して、FBIに動いて貰おう。それが誘い水となり、秘密結社の居所が分かるかも知れない。早速、行動に移そう」

毎日、警察署内の捜査本部で、朝と夕に捜査会議が開かれる。
その機会を利用して、ブライアンは事を起こすことにした。


今日の夕方も、主任のフォルスト捜査官率いるFBI、マイアミ警察の殺人課の刑事達、そしてブライアン、デイビット、そしてコリンも捜査会議の為に集まって来た。

マックスも参加し、コリン達の前に現れて、情報交換をした。
彼は、ニックの愛犬ロボを探している。
動物愛護団体等のコネクションをフルに使い、行方を追っているのだが、見付けることが出来ないでいた。

「FBIはここマイアミにいると言っているけど、こっそりと近隣の州まで手を広げているんだ。でも、ロボを見たという情報が集まらなんだ」

ブライアンは、FBI科学捜査班の女性捜査官に近寄ると、先程武器商人から手に入れた情報を渡した。

「秘密結社は、シカゴから武器、迷彩服、運送会社の制服、そしてカー用品も購入していた。捜査官の推理が当たった。連中は運送会社のロゴのシールをバンに貼って、偽装して逃走し、途中でそれを剥がしてナンバープレートも付け替えて、FBIの捜査網から逃れた。今日の所は以上だ」

「有難う。ブライアン。私の名前は、ジョーンズ。お見知り置きを」

それを近くで見ていた主任のフォルスト捜査官は、眉をピクッと上げた。

時間になり、捜査会議が始まった。

最初に、FBI科学捜査班のジョーンズ捜査官が、主任に報告した。

「高級住宅街に設置された監視カメラを詳しく分析した所、口入れ屋が東部で雇った2人の殺し屋が、3週間前に外出して以降、一度も邸宅に戻っていないことが分かりました。後の事は、ブライアンさんが報告します」

「これは、情報屋の親玉・ジュリアンがもたらしてくれた情報だ。彼によれば、3週間前に殺し屋2人を探している探偵がいた。因みに、探偵は、ジュリアンの知り合いで、元刑事だ。探偵は、スコットランドからやって来たというビジネスマンに依頼されて探していた。彼は、対象者が裏社会の男達だと知り、その世界に通じているジュリアンに相談した。彼が、探偵の言葉から、秘密結社の匂いを嗅ぎ取り、依頼人を当たった所、やはり偽名だった。探偵に聞いた所、依頼人の外見は何とエドワードそっくりだった。加えて、彼の運転手は、山本に似ている男だったと証言している」

「髪を切って、髭の形を変えただけで、別人に見える」
パスポートの写真を加工し、現在の写真を見た捜査官達は、驚きの声をあげた。

「そうなのだ。ジュリアンが見せたパスポートの写真とは別人に見える為、探偵は山本だと確証が持てないと証言しているが、私は彼本人と確信している。今、渡した資料に詳しく記されている」

資料に目を通したフォルスト捜査官が、発言した。

「つまり、2人の殺し屋が、秘密結社から逃げたと言うことか?」

「その通りだ。そいつらを大っぴらに探せないので、エドワードがビジネスマンに扮装し、探偵を雇ったのだ。彼の調査によれば、2人がダウンタウンにあるストリップバーで楽しんでいた時、カウボーイハットの男が近付いた。その後、3人はタクシーで街外れに移動し、ニックのトレーラーハウスの近くのダイナーで食事をした後、この街を離れた所まで確認出来ている」

「別の犯罪組織に、スカウトされた訳か」

「現在、ニュージャージ州アトランティックシティではカジノの利権を巡って、3つの組織が争っている。カウボーイハットの男はいずれかの組織の一員の可能性が高い。、戦力になる男を捜していた。ジュリアンの情報によると、彼の友人の元従業員・トムにも声を掛けていた」

フォルスト捜査官は、資料をめくった。
「ほう、数十万人が集まる大手銃器メーカー主催の全米射撃大会において、クレー射撃の部で、3位になった実績があるのか」

「人を撃った事が無いトムは怖くなって、断った。しかし、2人の殺し屋は、スカウトを受け入れ、アトランティックシティへ行ったのだろう。探偵は、そっちまで行って彼等の足どりを調べたかったが、エドワードは断った。手を広げたら、秘密結社といえども、私への攻撃はかなり延びる。それは、避けたい事態だ。あくまで推測だが、エドワードはシェイン達と協議して、2人の殺し屋の処遇は、後回しにすることに決めたのだ」

「恐らく、犯罪組織の大金に釣られて、2人の殺し屋は鞍替えした。これで、秘密結社に雇われた殺し屋は、18名に減った」

「探偵の報告を受けてから、そのビジネスマンと運転手の行方は不明だ。奴が探偵に教えた携帯番号は、海外旅行者が使うプリペイド式のものだった。ジュリアンが調べてくれたが、やはり偽造パスポートで契約されたものだった」

「連中の行方はまだ掴めないが、何とか今の状況を把握出来そうだ。連中は、雇った殺し屋20名の内、2名が金で他州の犯罪組織に寝返った。今頃は、秘密結社は、残された殺し屋達の引き締めに、金を使う等して、必死な筈だ。ルドルフの様子はどうだ?」

交通課の警官として働いているルドルフを監視しているFBI捜査官が立ち上がり、報告した。
「特段、勤務態度に変化は見られませんし、金に困っている風にも見受けられません」

「口入れ屋の証言では、ルドルフは複数の秘密口座を持っているとの事だが、実際の資金はミーシャが工面しているのだろう。彼は、兄の組織で経理を担当していて、欧州に跨がる複数の秘密口座を管理していた。ルドルフの様子に変化が見られないと言うことは、ミーシャは今もって、潤沢な資金を持っているという事だ。引き続き、ルドルフの監視を続けてくれ」

フォルスト捜査官が、部下に指示を次々と出した。

「アトランティックシティにも捜査官を派遣し、鞍替えした殺し屋達を追う。これから名を挙げる2名の捜査官が担当だ」

その後、いくつかの捜査報告が行われ、ミーティングは終了した。

ミーティングが終わり、ジョーンズ捜査官が、捜査本部を立ち去ろうとしたコリンに近づいた。

デイビットの視線は険しくなった。
それをお構いなしに、彼女はコリンに話しかけた。

「貴男、来週あたり、私達に協力してくれない?」

コリンは、不思議に思った。
「君達があの邸宅を捜査しているのでしょう。どうして?」

「スワンスン夫人の本宅に、捜査をしたいのよ。使用人達は否定しているけど、きっとミーシャが出入りしていた筈よ。その証拠を掴みたいの。高級住宅街の住民によれば、彼女、FBIを憎んでいる」

「夫人は、今病気でFBIの聴取に応じる事は出来ないけど、弁護士と秘書が代わりに対応してくれているのでしょう。心情はどうあれ、今回の事態を理解してくれていると思うよ」

「それは表面上よ。夫人は、私達の聴取には、会社に来てくれと言ったのよ。広大な本宅へ招く事はしなかったわ。私達を自宅へ入れられたくなかったのよ。スポーツウーマンな彼女なら、一週間位で回復するでしょう。FBIは、夫人の回復を待って、本宅への捜査を要請する予定だけど、必ず彼女はあらゆる手を尽くして拒否するわ。そこで、私達は貴男の力が必要になるの。貴男は、外部の人間に警戒している高級住宅街の住民達の心を解きほぐし、数多くの有力な証言を引き出してくれた。その力を借りたいのよ」

「ジョーンズ捜査官。止めたまえ。既に、ブライアンがスワンスン夫人と直接会って、話を聞いているではないか」
フォルスト捜査官がジョーンズ捜査官を制した。

「私は、本宅へ出入りしていた山本とミーシャの痕跡を拾い出したいのです。そこから、秘密結社の逃亡先が分かるかも知れないのです。その為には、コリンの協力を仰ぎたいのです。主任、お願いします」

「彼は必要ない。本宅への捜査は、裁判所から令状を取ってくれば良いだけだ」
コリン達の捜査協力を快く思っていないフォルス捜査官は、ジョーンズ捜査官の申し出を却下した。

「主任、夫人は、欧州で大手の不動産会社の共同経営者で、我が米国の政財界にコネがあります。彼女はそのコネを使い、司法に手を回して、我々の邪魔をする筈です。私は、捜査協力者であり、民間人でもあるコリンなら、彼女の警戒心を解くことが出来ると信じています」

食い下がるジョーンズ捜査官に対して、フォルスト捜査官は冷たく言い放った。

「スワンスン夫人が男好きだからと言って、兵法三十六計にある『美人計』を使うのは、FBIの信条に反する」

「私はそんなつもりはありません!」
ジョーンズ捜査官が猛抗議した。

「そうだ!いやらしい方向へ考えるな!」
コリンも加勢した。

ブライアンは、二人を宥めた。

「二人とも落ち着け。兵法以前に、スワンスン夫人は、唯の男好きだ。私にも粉をふっかけてきた。その時は、何とか彼女を酔わせて事なきを得た。いくらコリンがその気が無くとも、狙われる可能性が高い。それに、秘密結社は、元警察OBもしくは現役警察官が入っており、痕跡を消すのはお手の物だ。あの夫人の別邸を調べたから分かるだろ。きっと、本宅にしても、痕跡は消し去っている。仮に捜査をしても、別邸の捜査と同じ結果が出るだけだ。それよりも、他の線を当たるべきだ」

「俺も同じ考えだ。あの女から探るよりは、武器やカー用品の流れを追った方が、潜伏先を見つけ出せると思うぞ」
今度は、デイビットが発言した。

「君まで、どうしてこいつの肩を持つの?」
コリンは、デイビットの意見に不満な顔付きをした。

「肩を持つ訳じゃない。現実的な事を言っているだけだ」

コリンは分かっていた。
デイビットの真意は、コリンを夫人の目に触れさせたくないという気持ちである事を。

「珍しく、ブライアンとデイビットは私と同意見だ。ジョーンズ捜査官、もう一度街中の監視カメラをチェックするのだ。新たに手に入れた偽造ナンバープレートを付けたバンの行方を追う為だ。君達は、現場に出て、バンの行方を追ってくれ」

皆にそう言い渡すと、フォルスト捜査官は捜査本部から退室した。
納得がいかないジョーンズ捜査官が、彼の後を追った。

「俺達は、部下じゃないのに」
コリンはずっとむくれたままだった。

「ほっとけ。俺達にはもっと大事な事がある。潜伏先を、奴等よりも早く見付ける事だ」
ブライアンがコリンの肩を優しく叩き、落ち着かせた。

「それにしても、ジョーンズ捜査官が気になる。コリンに気兼ねなく声を掛けている。事件を解決したい強い気持ちは分かるが」

デイビットの嫉妬心が絡んだ疑惑を、コリンは直ぐに払拭した。

「何言っているの。彼女、産休明けだよ。家に帰れば、同僚で優しい旦那様と、可愛い男の赤ちゃんが待っているんだから」

この言葉に、デイビットとブライアンはびっくりした。
ブライアンは、ジョーンズ捜査官とは昨日から言葉を交わしたしたばかりなので、彼女の私的な事は何も知らなかった。
デイビットにしても、自分の知らない所で、コリンがFBIと接触していたのかと思い、焦った。

「随分とジョーンズ捜査官の私生活を、知っているな。どうやって?」

「どうって、捜査会議の後、FBI捜査官達とお茶していて、その時に聞いたんだ」

「お茶?俺が捜査本部へ出入り禁止になっている間、隠れてそんなことをしていたのか?」
デイビットはドキンとした。

「も~、違うったら。捜査本部の奥にコーヒーメーカーがあるでしょ。そこで珈琲を飲みながら、世間話をしただけだってば」
コリンは、部屋の隅に置かれている機械を指さした。

「主任がいなくなると、FBI捜査官達は、皆フレンドリーだよ。会議が終わって、君が迎えに来てくれるまでの間、色々と話しかけてくれたんだ。結構、自分達の身の上話もしてくれるし。俺もだけど。」

コリンの話を聞く内に、彼がFBI捜査官達の身元をサラリと聞き出している事を知り、デイビットとブライアンは、コリンの人を惹き付ける能力に舌を巻いた。


それから三日間、捜査が続いたものの、何の進展を見せなかった。
コリン達は、バンの行方を追いつつ、FBIよりも早く秘密結社の隠れ家を探し出そうと必死だったが、焦りが募るばかりであった。

「口入れ屋は、あれから何か言ってない?」

コリンの質問に、ブライアンは渋い顔をした。

「残念だが、肝心の口入れ屋の症状は安定せず、まだあれから接触が出来ない状態だ。FBIの聴取も当分延期となっている位だ」


動悸が続く口入れ屋を診察した医師は、往診した状況と彼の既往歴から、高血圧と高脂血症によるものだと診断した。
薬物療法を受けても、口入れ屋の症状は一向に良くならなかった。

真相は、シェインが、これ以上口入れ屋がFBIに情報を漏らさぬ為に、口入れ屋が毎日のむ炭酸飲料に血圧を上げる薬を混入させていたのだ。

医師は未だその事に気付かず、精密な検査を行う事をせずに、処方する薬を変えるばかりであった。

口入れ屋から会いたいと、ベンジャミン捜査官を通じて密かに連絡が入ったのは、その次の日のことであった。
雨は再び降り始めていた。
続き