前回 目次 登場人物 あらすじ
夜が明け、コリン、デイビット、そしてブライアンは、再び秘密結社の捜索を行った。

「このマイアミだと、両方の所有者がとても多いのです。他に、特徴があれば良いのですが、タイヤ跡だけで探すので、該当車が見付かるまでにかなりの時間が掛かります」

ジャガーとハーレーXL1200Lの行方を探っていたジュリアンから、厳しい報告がされると、コリン達は項垂れた。

気を取り直し、三人はスワンスン夫人の邸宅へ再び調査をすることにした。
三人が邸宅に着くと、既にジョンが庭を調査していた。

「庭に、何か秘密結社の痕跡が無いかと思ってね」

「防犯カメラの調査はどうだ?」

「夫人と契約している警備会社に問い合わせたけど、防犯カメラ映像は3日間の保存期間しかないんだ。シェイン達が移動したのは、10日以上前だ。彼等の映像は残されていなかったよ。全く、庭もすっかり掃除されている。彼等が退去した次の日に、夫人の経営する不動産会社の社員が片付けと確認の為に、邸宅を訪れた。既に、『立つ鳥跡を濁さず』の状態だったそうだ。秘密結社を束ねているシェインとかいう男は、本当に優秀な刑事だったんだね」

ジョンは皮肉交じりに愚痴を溢した。

邸宅のある高級住宅街のゲートの防犯カメラや、出入りした車の記録を見るには、捜査令状を取る必要があり、コリン達は調べる事は出来ずにいた。

「そろそろ、FBIにここの邸宅の事を言ったほうが良いのではないのか。その方が、もっと捜査が進むと思うのだが」
ジョンがブライアンに問うた。

「いや、もう少し証拠を固めてからじゃ無いと、いくら私が言ったとしても、主任のフォルストは動かん。主任は、かなり慎重な男だ」

ブライアンはそう言って誤魔化した。
秘密結社が握っているコリンの過去を、FBIに知られる前に消し去らなければならない。
その事を、ブライアンはジョンに言う訳にはいかなかった。

「言われてみるとそうだ。もっと、秘密結社がここにいた確証を掴まないと駄目だね」
ジョンは素直に納得した様子であった。

「もう庭はあらかた調べたから、これから、彼等がサバイバルゲームをしていたというプライベートビーチの方を調べて来るよ」
ジョンは海岸の方へ歩いて行った。

「プライベートビーチは広い。我々も手伝おう」
ブライアンの言葉に、コリンとデイビットも賛同した。

ジョンは、金属探知機をビーチに翳すと、あちこちに歩いた。
ブライアン達は分散し、シャベルや熊手を使い、ビーチの砂をはき、秘密結社の痕跡を探した。

間もなく、ジョンの金属探知機のアラームが鳴った。

「ここに何かがあるよ!」
ジョンの声に、皆は集まり、周辺の砂浜を調べた。

すると、金属製のものが出てきた。

「あった!」

空薬莢が砂浜から出てきた。

「この長さは9ミリ弾用の薬莢だ。詳しい分析が必要だが、9×19mmパラベラム弾に使われていたものだろうね。他にもないか調べてみよう」

4人は分散して、砂浜を念入りに調べることにした。
空の薬莢が見付かった場所から離れた所で、デイビットが足下に違和感を覚え、そこを掘ると、更にもう一つの使用済みの薬莢を見付けた。

「ここにもあったぞ。さっきのよりは、長いものだ。11ミリはある」
デイビットはジョンの元へ歩み、見付けた空薬莢を渡した。

コリンとブライアンは、ジョンとデイビットの元へ駆け寄り、それを見詰めた。

「ハロー!」

突然、海岸から少女達の元気な声が聞こえた。
皆が海に目をやると、近くでヨットに乗った7名の少女が両手を振っていた。

「立派なヨットに乗ってる。ここの住宅街に住む、セレブの子供だな」
ブライアンが言った。

コリンは作り笑いをして、右手を大きく振った。
少女達を乗せたヨットは、コリン達の前を横切った。

ジョンは怒りを抱いた。
「この薬莢の長さや形だと、アサトライフル用だ。奴等、実弾を使っていたのか。子供達がヨットで、この近くを航行しているというのに」

ブライアンは、コリンとデイビットに目配せをした。
コリンは小さく肯いた。

ブライアンは、ジョンに言った。
「ジョン、証拠が出たから、これからFBIに連絡する」



ブライアンの連絡を受けて、直ぐにフォルスト捜査官率いるFBIが邸宅にやって来た。
科学捜査班もおり、彼等が中心となり、邸宅内外を昼を挟みながら、くまなく捜査し始めた。

「今の所、君達の足跡や髪しか検出されていないそうだ。随分と、荒らしてくれたね」
フォルスト捜査官が、嫌味をブライアンに吐いた。

「仕方ないだろ。ここの情報は、私が裏社会にいる情報屋から聞いたものだ。『噂話だが』と、本人が言っていたので、我々が調べたまでだ」

ブライアンは、これが口入れ屋から得た情報だと、フォルスト捜査官に隠した。
フォルスト捜査官は、それが嘘だと見抜いていたが、あえて彼を泳がすことにした。

「スワンスン夫人と会ったそうだな」

「数日前に会った。彼女と長いこと話したが、何も知らなかった様子だった。秘密結社に騙されていたのだ」

「山本とミーシャの若い男に誑かされたか。これから、夫人に接触するのは辞めて貰う。今後は、我々が夫人と面会する」
ブライアンは肯いた。

フォルストは科学捜査班の捜査官に呼ばれその場を後にし、少しの間話した後、再び、ブライアンの元へやって来た。

「科学捜査班が分析した所、薬莢の一つは、SIG SAUER P226用。もう一つは、ジョンの言っていた通り、アサトライフル用で、主にSIG SG553に使われるものだと判明した」

「奴等、私達を再び襲撃する訓練を本格的に行っていたのだ。近い内に行われるかも知れない。イサオ達の警備をもっと厚くして欲しい」

「既に、部下や警察に命じて置いた。これから、科学捜査班による高級住宅街のゲートの防犯カメラを分析した報告が入る。確認したいことがあるから、お前も来い」

「勿論、防犯カメラの確認をするが、これだけははっきりと繰り返して言う。私はお前の部下ではない。命令調で話すな」

ブライアンとフォルスト捜査官は、それから一言も言葉を交わすこと無く、ゲートへ着いた。
3名の科学捜査班の捜査官が、ゲートの監視台の中で、防犯カメラのチェックや、警備員の聞き取りを行っていた。

「主任、ブライアンさん、怪しい車を防犯カメラで見付けましました。こちらをご覧下さい」
女性捜査官が、防犯カメラを早戻しした。

「これは10日前のものです。昼間、一台の大型トラックがゲートの入口を通過し、その2時間後には、出口のゲートを通っていました。リストによれば、住宅街の奥に住む者に家具を届けると記されていましたが、住民に聞いた所、覚えがないそうです」

「この大型トラックは、情報屋ジュリアンの友人が見付けたものと同じだ」
ブライアンが指摘した。

「その通りか?」
フォルスト捜査官が、女性捜査官に確認を求めた。

「間違いありません。警備員に提示した運転免許証は偽造されたもので、秘密結社が大型トラックを購入時、中古車販売業者に見せたものと同一でした。更に、防犯カメラに写っている大型トラックのナンバープレートも偽造されたものでした。運転席をご覧下さい。二人の人物が写っていますね」

「エドワードと山本だ」
フォルスト捜査官の目が光った。

「大型トラックが通過して10分後に、運送会社のバン4台が、出口のゲートを出ましたが、入口の防犯カメラには写っていなかったのです。ナンバープレートを調べた所、これらも偽造されたものと判明しました。運送会社にも問い合わせて見ましたが、この時間に、ここの住宅街へ配送したバンは一台もなかったとの回答でした」

「やはり、大型トラックはおとりだったのか。バンは、運送会社に似せて塗ったのか。運転席の映像を見ると、皆、運送会社の制服を着ている。しかし、殺し屋特有の鋭い顔付きまでは隠せなかったようだ。運転しているのは、秘密結社に雇われた殺し屋達だ。口入れ屋の供述と合っている」

ブライアンは監視カメラに写っている殺し屋達を、じっと見詰めた。

「偽装ナンバーを付けた4台のバンの行方は、どうなった?」
フォルスト捜査官は質問した。

「街中にある監視カメラや、道路のカメラを分析した所、4台のバンは、ゲートを出た後は、それぞれ違う道へ走り去りました。残念ながら、途中で見失いました」

女性捜査官は肩を竦めた。

「なんだと?監視カメラから逃れたということか」

「はい。あるバンは、モールの立体駐車場から忽然と消え、あるバンは商業ビルの地下駐車場の中に入った途端、我々の捜査網の隙間を抜けてしまいました。恐らく、秘密結社の連中は、監視カメラの死角にバンを停め、偽造ナンバープレートを別のものと取り替えたり、或いは、運送会社に見せかけたバンの塗料は、実はシールで、それを外して、街に消えた可能性があります。バンと同じ車種に捜査を広げて探していますが、該当車が数十万台あるので、照合にかなりの時間を要します」

「秘密結社を束ねているシェインは、この街で殺人課の刑事をしていた男だ。監視カメラが届かない場所は、知り尽くしている。私は、ジュリアンに連絡をして、偽造ナンバープレートの出所や、怪しいバンを見付け出してくれるように頼んでくる」

ブライアンは苦虫を噛み潰したような表情をして、監視台を出ようとした。

「ブライアンさん、SIG SAUER P226とSIG SG553の入手経路も探してくれるようにと頼んでおいて下さい」

女性捜査官の頼みに、ブライアンは「相分かった」と答えた。

『この男、女には甘いのだな』

フォルスト捜査官は冷ややかに思った。
引き続き、監視台に残り、捜査官達と共に、ゲートを出入りした車両のリストを見た。

「夏の時期は、野外パーティを頻繁に行うので、ケータリング会社や客の車両が、沢山行き交います。更に、ネットショッピングで、宅配のトラックも沢山出入りするようになり、その為、警備員も外部の人間が出入りしても、気に留めないのだそうです」

「犯罪者が出入りしてもか?」

「一応、提示された免許証を、警備員が機械に掛けて、指名手配犯のものかどうか確認はします。しかし、機械が偽造免許証を見抜けず、OKと判定を下せば、通すほかありません」

車両のチェックを終え、フォルスト捜査官はゲートの監視台を出た。
目の前で、スワンスン夫人へ事情聴取を行う予定の若手の捜査官が、車の外に出て、携帯で誰かと話していた。

「何が起きたのか?」
携帯電話を切る頃を見計らい、フォルスト捜査官が若手の捜査官に尋ねた。

「主任、スワンスン夫人は、インフルエンザに罹った為、我々の事情聴取に応じる事は出来なくなったそうです」
若手の捜査官が、フォルスト捜査官に報告した。

「何時からだ?」

「1時間位前だそうです。顧問弁護士によれば、我々を迎える支度中に高熱が出てしまい、医師の診察を受けたらば、インフルエンザウイルスが検出されたそうです。代わって、顧問弁護士が会社のオフィスで、我々の聴取に応じてくれるそうです。夫人の秘書や、邸宅の管理を担当している社員も呼んでくれると言ってくれました。これから、行って来ます」

「聴取の後、夫人の本宅へ行ってくれ。使用人達に、怪しい人物が出入りしたか、聞き取りを行うのだ。夫人に気付かれないように、こっそりとだぞ」

命令を受けた若手のFBI捜査官は車に乗り、スワンスン夫人の会社へ向かった。


日が入り始め、邸宅の捜査に協力していたコリンとデイビットは、一息つくために、門の外へ出た。

「FBIが来ているのか。大事になったね」
隣の豪邸の執事・ダリルがコリンに声を掛けた。

「はい。これで、捜査が進むと良いのですが」

赤ら顔の年配の男性二人が、隣の家から出てきた。

「FBIのロゴがある車が、沢山停まっているな~」
ピンクのポロシャツを着た男性が、邸宅に出入りしている車を見渡した。

「夫人は悪い男に引っかかったんだ。可哀想に」
その男の左隣で、緑色のTシャツの上に、白色のカーディガンを肩から掛けている男性も、夫人の邸宅を覗き込んだ。

「紹介するよ。左の方は、私のご主人様で、バーカー様だ。紡績工場を経営されておられる。右の方は、この先の邸宅に住む、ベンガー様だ。こちらは夫人と同じく、不動産会社会長で、ここの住宅街を造った方なのだ。今は、引退をされて、ここの自治会長をされている」

「良い街だろ。時間と金をかけたんだぞぉ~」
酔ったベンガーは、上機嫌だった。

「この大変な時に、自慢話はよしなさいよ。コリン君だったね。初めまして。ダリルから、話は聞いたよ」
バーガーの酔いはそれ程回っておらず、ベンガーを窘めながら、コリンに挨拶をした。

「ダリル、話ってなんだ?」
ベンガーが尋ねた。

「コリン君の
お友達が、警察の秘密結社に関わっているのです。」

「世間で話題になっている組織か。法で裁けない悪人を退治していたのに、数年から金で殺しを請け負うことも始めたとかいう。俺も連中に頼みたいな」

「悪い冗談は良くないよ。悪酔いしすぎだ。コリン君のお友達が怒っているだろう」

コリンの後ろで、デイビットが睨んでいた。

「彼は、俺のパートナーのデイビットです。彼も捜査に協力しています」
ベンガーの態度に醒めた視線を送っているコリンは、二人にデイビットを紹介した。

「週末だから、さっきまで酒を酌み交わしていて、かなり酔いが回っているんだ。コリン君、それにデイビット君、悪いね。気にしないでね。もう帰るぞ」

バーカーは二人に謝ると、ベンガーの手を引いた。

千鳥足になったベンガーは、足下が覚束なかくなった。
ダリルが、ベンガーに自分の肩を貸し、バーガーの豪邸に戻ろうとしたが、FBI捜査官に呼び止められた。
仕方なく、バーガーは自身の肩をベンガーに貸したが、お互い酔っている為、よろけてしまった。
その時、コリンが咄嗟に、反対側に回って、ベンガーを支えた。

『あんな年寄りを助けるなんて。人が良すぎる。仕方ない。俺がやろう』

それを見ていたデイビットは不機嫌になったが、コリンに代わって手伝おうとした。
しかし、今度はジョンに呼ばれてしまった。

「デイビット、君が見付けた空の薬莢の場所について、FBIが聞きたいそうだよ」

「ちょっと待ってくれ」

「大丈夫だよ。デイビット、行って来て。俺は、ベンガーさんを届けたら、直ぐに戻るから」

デイビットは後ろ髪を引かれる思いで、夫人の邸宅へ戻って行った。
コリンとバーカーは、ベンカーの両脇を抱えながら、隣にあるバーカーの屋敷の門を潜った。
屋敷までの長い道を三人はゆっくりと歩いた。
深酔いしたベンカーだが、隣の邸宅に、大勢のFBI捜査官や鑑識が捜査している様子が気になり、隣をじっと見ていた。

「FBIを敷地に入れるなんて、スワンスン夫人も変わったな」

ベンガーの発した言葉が、コリンは気になった。

「夫人とFBIの間に、何かがあったのですか?」
コリンが慎重に聞き出すと、ベンガーは夫人の過去を打ち明けてくれた。

「夫人が子供の頃、父親が赤狩りに遭ったんだ。ハリウッドの映画会社の重役をしていたんだが、労働組合と仲が良かっただけで、ソ連のスパイじゃないかと、上院議員に疑われたんだ。それが原因でFBIに執拗な嫌がらせをされて、追い詰められた父親は仕事を辞め、家族を連れて英国に移住したんだ。それから、夫人は政治家とFBIが大嫌いになったんだ」

「60年以上前の話じゃないか」
バーガーは驚いた。

「成人しても夫人は、ずっとその気持ちを持ち続けていた。2年前、私の娘が州議会選挙に立候補を表明した途端、私と縁を切った位だ。娘は、リベラルなのにも関わらずだぞ」

「だから、一昨年から邸宅へこなくなったのか」

「ふんっ、娘が選挙に勝っても、祝電一つも寄越さなかった。それが、たった2年で変わるもんだな」

隣の庭で捜索をしているFBI捜査官達を眺めながら、ベンガーは嫌味を言った。

「どうだろうね。秘密結社が夫人を騙して、邸宅を借りたもんだから、仕方なく彼等を敷地に入れているんじゃ無いかな」

「夫人は男好きだけど、見る目があったんだぞ」

「そうかな。二枚目で、がたいの良い貧乏人ばかりだったよ」

「一見、それだけに見えるが、夫人は、何かしら才能を持つ男を選んでいた。夫人の援助を受けて、みんな羽ばたいているぞ。特に有名になったのは、IT企業の社長とロシアの画家だ」

「ロシア?夫人、ロシアにも手を伸ばしているのか」

「彼女は、ロシア革命で米国に亡命した貴族の末裔なんだ。だから、ロシア語はペラペラで、ソ連崩壊後は度々訪問している」

コリンは、この話にも関心を持った。
秘密結社に仕事を依頼しているミーシャは、ブライアン達に壊滅させられたロンドンのロシアンマフィアの一族で、経理や、格闘技、それに銃の腕前はかなりある。
その上、彼も容姿端麗で、FBI嫌いの夫人と意気投合している可能性があるなと思った。

「その夫人が、まさか犯罪集団の連中に騙されるなんてな。年は取りたくないねえ」

ようやく、屋敷に着き、玄関に入ると、近くにあった洒落た大きな籐椅子にベンガーを座らせた。
玄関でそれを見ていたメイドは、台所へ行き、水を入れたバカラのグラスを手に戻ってくると、ベンガーの手にグラスを持たせた。
ベンガーはグビグビと水を飲み干すと、メイドにおかわりを頼んだ。

「もう大丈夫だ。助けてくれて、本当に有難う。私達、今は酔っているから駄目だけど、落ち着いたら捜査に必ず協力するよ」

バーカーはコリンに丁重な礼を述べた。
ベンカーも同意らしく、ニコニコしながら右手を挙げた。
二人が捜査協力に積極的な姿勢を示してくれた事に、コリンは安堵した。

コリンは、スワンスン夫人の邸宅に戻り、プライベートビーチの捜索をしているデイビットの元へ行った。

「時間が掛かったな」
デイビットが少し不機嫌だった。

「夫人について、興味深い話を聞いたからね」

コリンはデイビットを宥めながら、夫人が子供の頃に受けた辛い過去が原因でFBIを憎んでいることや、ロシアに縁があることを伝えた。

「そんな過去があったとはな」
デイビットも興味を惹かれ、機嫌を直した。

話をしていたコリンとデイビットのもとへ、ブライアンがある情報を持ってやって来た。

「口入れ屋への取り調べが、一旦休止となった」

「どうして?これから捜査が進む時なのに」
コリンはキョトンとした目付きをした。

「体調不良になった。元々、口入れ屋は血圧が高い。長期に渡るFBIの取り調べを受けていく内に、疲労が蓄積し、血圧が上がって、動悸が出てしまい、話が出来る状態ではなくなったそうだ。奴は初老で、体が昔のように持たなくなったのだろう。今は、部屋で休んでいるそうだ。医師の往診を受けているから、直に症状も落ち着くだろう」

しかし、口入れ屋の症状は一進一退の状態が続き、取り調べは暫く延期となった。
担当医師は診察をしたものの、簡単な検査しか行わず、高血圧と高脂血症による症状だと思い込んでいた。
シェインが口入れ屋の好きな炭酸飲料の中に、血圧を上げる薬を混ぜていることに気付く者は誰もいなかった。

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夕方になり、一台のトラックが、突然、秘密結社の新しい隠れ家の前に到着した。
シェインに命じられて、山本がそのトラックに近づいた。

「山本、髪切ったのか。髭の形も変えて、随分さっぱりしたな。一瞬、別人かと思ったぞ。急に、邪魔して済まないね。スワンスン夫人から、みんなをびっくりさせたいからと言われてね。又、食料と水の差し入れを持ってきたよ」

運転席から、使用人のウィルが顔を出した。

玄関付近の窓から監視していたシェインは、ホッとして、構えていたSIG SAUER P226をガンホルダーに戻し、ミーシャと殺し屋達に、あのトラックは夫人の差し入れで、危険が無い事を伝えた。
皆、安心して、食料と水を受け入れる準備を始めた。

「突然でも嬉しいよ。丁度、買い物に行こうとしていたところだったんだ。優しい夫人に感謝だね」

ウィルと顔馴染みの山本は、喜んでトラックの荷台を開けた。

「お、日本の温泉水もあるね。これ、みんなに美味しいって、好評だったよ。おっ、どうした?ウィル、様子がおかしいぞ?風邪でもひいたのか?」

山本が、運転席から降りてきたウィルの異変に気が付いた。
いつも陽気なウィルは、どこかソワソワしていた。
彼は山本をトラックの陰へ腕を引いた。

「さっき、FBI捜査官が来たんだ。『夫人の所に、不審な男達は来なかったかった?』と聞かれたんだ」

「そんな事があったのか」

「夫人からは前々から、『屋敷に出入りしている男達について、警察やFBIが尋ねてくるけど、否定してね』と言われたから、その通りにした。その時に、FBIから指名手配犯の写真を見せられた。その中には、ミーシャとかいう若者の他に、お前がいたんだよ。率直に聞くが、警察の秘密結社に雇われているのか?」

山本は笑った。

「違うよ。ミーシャがそいつらと連んでいるというだけで、俺達も疑われているだけさ。俺達の所にもFBIが来て、執拗に行方を聞かされたよ。夫人に聞けば、詳細を教えてくれると思うけど、彼は10日程前にロンドンへ戻ったんだ。その後で、彼がロンドンに拠点を置いていたロシアンマフィアのボスの末弟で、秘密結社と繋がりがある事を知らされたんだ。とても驚いたね」

「その話、本当だろうね・・・」
ウィルは恐る恐る聞いた。

「当たり前じゃないか。もしそうなら、俺達はとっくに逮捕されているよ。それに、証拠がある。俺達のシューティングゲームの仲間に、秘密結社とは無縁の警官がいるんだ」

山本の言葉に、ウィルは目を見開いた。

「警官がいるのか?!じゃあ、俺の取り越し苦労だったって訳か」

「噂をすれば影で、その警官が現れた。ほら、この家に近づいてくる赤いシャツを着た背が高くガッチリとした男が、彼だ。あの邸宅で会っただろ」

ルドルフが険しい顔付きでこちらへやって来た。

「思い出した。あの人か。機嫌が悪そうだな」

「彼は真面目な警官なのに、FBIに秘密結社の仲間かと疑われたんだ。そりゃ、ご機嫌斜めにもなるよ」

ルドルフが二人のもとへやって来た。

「やあ、前にも会ったな。又、スワンスン夫人の差し入れを持ってきてくれたのか。有難う。山本、後で話がある」
挨拶もそこそこに、ルドルフは家の中に入っていった。

警官が仲間にいると聞かされたウィルは、山本の言葉にまんまと騙された。
「疑って、済まなかったな」

「良いんだよ。FBI捜査官に写真を見せられたら、誰でも疑うさ」
山本は満面の笑みで、ウィルを見送った。

隠れ家に戻ろうとした山本の髪が、大きく乱れた。
急に、強い風が吹き始めたのだ。
山本は空を見上げた。
灰色の厚い雲が、夕の空を覆い尽くそうとしていた。

「こりゃ嵐がくるな」
続き