前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
秘密結社が隠れ家として利用していた邸宅を後にした、コリン、デイビット、そしてブライアンは、車を止めてある所まで歩いていた。
デイビットは懸念していた。
「あの執事に、FBIがここに来た時、俺達が色々と尋ねていた事を口外しないように話をつけた方が良いのではないか」
「デイビット、彼は一般人だよ。幾ら俺達から頼んでも、FBIが捜査に来れば、恐れをなして全て話してしまうよ。こうしようか。俺が数日後にFBIに話す。連絡が遅くなったのは、俺のミスと言うことにするよ」
「いや、コリン、この邸宅の件は、『私が独自の情報網から得たものだが、確証を得るまでに時間が掛かってしまった』と、フォルストに報告する。そうすれば、フォルストは後からこの邸宅の存在を知ったとしても疑問を抱かない筈だ」
「それが良いアイデアだ。それでいこう。感謝するよ。ブライアン」
「これから、ジュリアンとジョンに連絡を入れて、あの邸宅を徹底的に調査するように頼んでおく。私は、スワンスン夫人と接触を試みる。コリン達は、引き続き、秘密結社の居所を探してくれ」
コルンとデイビットはフォレスターに乗って、情報屋の親玉ジュリアンに会うためにその場を去った。
ブライアンも秘密結社の情報を得る為、ベンツS HYBRIDを走らせていた時、iPhoneに着信が入った。
スワンスン夫人の顧問弁護士からであった。
ハンドレスマイク越しに、顧問弁護士と話をすると、彼がスワンスン夫人とコンタクトが取れた言ってきた。
「急で申し訳ありませんが、スワンスン夫人が今夜19時からならお会いできると申しております。如何でしょうか」
ブライアンは「勿論」と即答した。
顧問弁護士は一言付け加えた。
「早速、夫人にご報告致します。これから、ご自宅の住所をお伝え致しますが、今夜はブッラクタイ(準礼装)でお願い致しますとの事です」
ブライアンはiPhoneを切ると、フッと鼻で笑った。
夜になり、車に乗ったブライアンは、マイアミ市街にあるスワンスン夫人の本宅へ指定の時間前に到着した。
ルネサンス建築の屋敷が目の前に広がっていた。
「ルーヴル宮殿のクール・キャレを模したのか。駐車場には、ロールスロイスファントムが止まっていたな。恐らく、夫人はあの邸宅に行ったのだろう」
玄関で執事が出迎え、頼んでもいないのに、本宅の中を細やかに案内し始めた。
邸宅の内部は、現代的な内装と折衷であった。
夫人のゲスト・ルームは10数部屋あり、メルヘン調だったり、ゴシック風や近未来様式だったりと、一部屋づつ違っていた。
「面白い造りですな。見飽きることがありません」
「お客様を喜ばす為に、設計されたものです。どれかお気に召しましたか?」
執事が問うた。
「お気遣いはご無用です。今夜は帰ります」
そう断りながらも、ブライアンは自然と蝶ネクタイの位置を確認した。
『私も若い男に入るのだな』
豪華なイタリア家具が置かれたダイニングルームへと通され、執事に案内されるがまま、真ん中の席へ座った。
壁には印象派の巨大な絵画が掛けられていた。
奥から透き通った声が聞こえた。
「初めてお目に掛かるわ。トンプソンさん」
スワンスン夫人が奥のドアから現れた。
胸元が大きく開いた白色のシルクのロングドレスに、首元には大きなサファイヤのネックレスが光っていた。
小粒のダイヤに囲まれたサファイヤは、日に焼けた肌に良く合っていた。
『ネットで見るより美しい。50代に見える。スポーツの賜か、或いは整形の賜か』
ブライアンは、夫人を冷静に眺めた。
真向かいの席に座ると、魅惑の視線をブライアンに向けた。
「ご招待感謝します。夫人、私の事はブライアンとお呼び下さい」
「ブライアン、二人の出会いに」
夫人は微笑み、シャンパングラスを掲げた。
薬指にも、サファイヤが輝いていた。
ブライアンも視線を受け止め、「乾杯」と言った。
地元の食材をふんだんに使ったフレンチのフルコースや、1999年産の特級ブルゴーニュワインが振る舞われた。
「早速ですが、お聞きしたいことがあるのです」
「敬語はよして。弁護士から聞いたわ。あの屋敷の件ね。山本君という友達から、何か良い貸家がないかって聞かれたから、提供しただけ。趣味のシューティングゲームで、友達と遊びたいからと言っていたの」
「貴女は、山本に邸宅を格安で借りる条件を提示しただろ?」
「良く知っているわね?彼に聞いたの?」
「違う。私はまだ彼に会ったこともない。私の友人が情報通なのだ」
「山本君に、お友達を紹介して貰ったの。そしたら、フランス産の飛び切りを紹介して貰ったわ。このワインの様に」
夫人は手元の赤ワインを眺めた。
「彼はフランス産と言うが、元はロシア産だろ」
ブライアンはワインをぐいっと飲み干した。
「あら、それも知っていたの?そうよ。名前は、ミーシャ。ご両親はロシアからイギリスに移住したけど、彼が幼い頃に亡くなったので、彼はパリに住む親戚に預けられていたの。成人して、ロンドンに住むお兄さん達に呼ばれたのを機に、戻って仕事を手伝っているそうよ。この街には、ネットで知り合った友達に会うため、やって来たって言っていたわ。彼もシューティングゲームが趣味で、そのお友達を通じて、山本君を知ったそうよ」
「貴女はミーシャの素性をよくご存じだ。それだったら、彼が、ロシアンマフィアの一族だとも知っているだろ。物騒な人間に、何故家を貸した」
「何ですって?!ミーシャは、裏社会の人間なの?知らなかったわ。彼は、私に輸入品を扱う会社をお兄さんが経営していて、彼はそこの経理を担当していたと言っていたのよ」
夫人は顔を曇らせ、体が小刻みに震え出すと、胸に手を当てて、自分を落ち着かせようとした振りをした。
真に迫った夫人の演技に、ブライアンは惑わされてしまった。
「輸入品の中身は、女性と麻薬だ。それを、私の依頼人だった人権派弁護士が暴いて、ボスが逮捕され、組織は壊滅した。そのボスの末弟がミーシャだ。ボスの弟達は、人権派弁護士に復讐をしようとしたが、私がそれを阻止した。そこから、奴等の標的は私になった」
「まあ!ロシアンマフィアの一族なんて、怖いわ。離れて正解だった」
「別れたのか?」
「1週間位前になるかしら。ロンドンへ帰るといったの。離れてから、全く連絡を取っていないわ。調べて貰っても構わないわよ」
夫人は嘘を付いた。
彼女はミーシャの立ち振る舞いや、胸に刻まれた謎めいたタトゥーから、裏社会の人間だと察していた。
今朝、本宅へやって来た彼の話で更に、彼女は自分の推理が正しかったと確信した。
しかし、彼女はミーシャの背景には関心が無かったので、その事について彼に一切聞くことはしなかった。
「お言葉に甘えて、あの邸宅の中を私と友人に見させて欲しい。私は、ミーシャと、彼に雇われた秘密結社の痕跡を調べたい。ついでだが、山本は、秘密結社に雇われた殺し屋だ」
「秘密結社?!新聞で取り上げられている、警察内で結成されたとかいうアレね。金で、殺しを引き受けるとか言う。山本君もその中の一人だったとは、驚きね。あんな華奢な子なのに。確か、秘密結社はニンジャの子供を瀕死の重症を負わせたと、新聞記事に書いてあったわ。彼、普段は真面目な看護師だそうじゃない。そんな人を撃つなんて、恐ろしい組織だわ。彼、災難だったわね」
「ニンジャの子供は、私の親友だ。ボディガードという私の仕事のせいで、巻き添えを食ってしまったのだ」
「まあ、そうだったの。辛かったでしょう。良いわ。会社に連絡して、あの家を何時でも貴男達が出入り出来るようにしておくから」
夫人は悲しげな目付きをした。
「かたじけない」
食後のエスプレッソが出された。
「ねえ、貴男の依頼主だった弁護士の先生は大丈夫なの?」
「今は、保安局(MI5)の庇護のもとで生活している。噂では、職員となって犯罪組織の調査をしているとか。もう心配はないだろう」
「良かったわ。ここらで、リラックスしましょう」
夫人はまだ飲み足りないらしく、新たに開けた2001年産ボルドーの白ワインを口にすると、ブライアンの隣の席へ移動した。
「この街の名物ストーンクラブを堪能したかしら」
「たっぷりと頂いた。美味しかったとシェフに伝えてくれ」
ブライアンはダイニングルームを見渡した。
先程までいた執事やメイド達は、ダイニングルームからいなくなっていた。
「私は、旦那にショットガンで撃たれたくはない」
エスプレッソを飲んでいたブライアンは、殆ど空になった夫人のグラスに、ボルドーワインを継ぎ足した。
「平気よ。彼は今頃スイスのサンモリッツで、友達と楽しく過ごしているから」
夫人はグラスに口をつけると、左手でブライアンの太ももの上を触り始めた。
「お互い、バカンスを楽しんでいる訳か」
ブライアンも空になっていた自分のワイングラスに、再びワインを注ぎ始め、それを飲んだ。
「で、その後どうなったの?」
翌朝、ブライアンが宿泊している高級ホテルを訪れたコリンとデイビットは、昨夜の次第を聞き出そうとしていた。
「ワイン12本で酔わせた」
ブライアンは、絞りたてのオレンジジュースを何杯も飲んでいた。
彼の二日酔い対策であった。
「12本も?!」
コリンは、大きな茶色の目をまん丸にした。
「酔わせて、ベットまでエスコートして、それでお終いだ。私は、ベットの脇のソファで仮眠を取って、明け方に戻ってきた。全く、あの女性はタフだ。手強かった」
「お前にしては、珍しく騎士道に則った対応だな」
デイビットが、オレンジを囓った。
コリンは微笑んだ。
「ガールフレンドがいるものね。夫人は肝心な事は教えてくれなかったね」
「本当に何も知らなかったのだろう。夫人はただの男好きだ。秘密結社もその性格を上手く利用している」
この時、ブライアンは知らなかった。
秘密結社は、夫人が子供の頃に、父親が赤狩りにあい、家族を国外へ追いやったFBIを憎んでいる気持ちを利用した事を。
「あの邸宅の中に入る許可を貰ったので、成果を得た。さっき、スワンスン夫人の会社の人間がやって来て、鍵を貸してくれた。これから、朝食で体力をつけてから、向かうぞ」
「奴等の事だ。綺麗に片付けたつもりだろうが、俺達がきっと手かがりを掴んでやる」
コリンは血気逸った。
ブライアンのiPhoneが鳴った。
「FBIのベンジャミン捜査官からメールが入った。ルドルフの退院が決定した」
======
シェインは、口入れ屋がFBIに全てを話始めているので、ルドルフの入院している病院に近づけなくなり、前回の様に駐車場で外科医と直接接触する事が出来なかった。
そこで、前回の時に居合わせた山本に外科医と接触させる事にした。
昨日、ブライアンが夫人の本宅へ向かっていた頃、ハーレーXL 1200Lに乗った山本は病院へ向かい、勤務を終え駐車場で車に乗る外科医をつかまえ、シェインからのメッセージを伝えた。
「直ちに行動を開始してくれとの事だ」
朝の診察で、ルドルフは外科医から負傷した怪我の状態が、退院して自宅療養が出来るまで回復したと診断された。
ルドルフはそのまま退院し、自宅へ帰される事となった。
医師の診断を疑わなかった警察は、帰宅するルドルフを尾行し、外から自宅の監視続けた。
家の中では、ルドルフは逃走の準備を始めていたが、外から見た警察はルドルフが唯の片付けをしていると解釈してしまった。
ルドルフが入院していた病院は、ダウンタウンの中にあり、そこから車で1時間離れたところに、中産階級が多く住む住宅街がある。
そこに住居を構えるごく普通の銀行員がいた。
彼は、この日は休みだったので、日課にしている庭の鳩小屋の手入れを妻と念入りに行っている時、玄関のチャイムが鳴った。
インターフォンにはカメラが備え付けられ、彼のスマートフォンで訪問者を確認する事が出来る。見らぬ背広姿の二人の男が立っていた。
男達はカメラの前に、身分を照明するバッジを提示した。住宅の主は慌てて母屋に戻ると、玄関のドアを開けた。
「FBIが一体何のご用ですか?」
慌てる銀行員に対して、二人の捜査官は冷静に尋ねた。
「フロリダ州鳩愛好家友の会会長ですか?お聴きしたいことがあります」
続き
秘密結社が隠れ家として利用していた邸宅を後にした、コリン、デイビット、そしてブライアンは、車を止めてある所まで歩いていた。
デイビットは懸念していた。
「あの執事に、FBIがここに来た時、俺達が色々と尋ねていた事を口外しないように話をつけた方が良いのではないか」
「デイビット、彼は一般人だよ。幾ら俺達から頼んでも、FBIが捜査に来れば、恐れをなして全て話してしまうよ。こうしようか。俺が数日後にFBIに話す。連絡が遅くなったのは、俺のミスと言うことにするよ」
「いや、コリン、この邸宅の件は、『私が独自の情報網から得たものだが、確証を得るまでに時間が掛かってしまった』と、フォルストに報告する。そうすれば、フォルストは後からこの邸宅の存在を知ったとしても疑問を抱かない筈だ」
「それが良いアイデアだ。それでいこう。感謝するよ。ブライアン」
「これから、ジュリアンとジョンに連絡を入れて、あの邸宅を徹底的に調査するように頼んでおく。私は、スワンスン夫人と接触を試みる。コリン達は、引き続き、秘密結社の居所を探してくれ」
コルンとデイビットはフォレスターに乗って、情報屋の親玉ジュリアンに会うためにその場を去った。
ブライアンも秘密結社の情報を得る為、ベンツS HYBRIDを走らせていた時、iPhoneに着信が入った。
スワンスン夫人の顧問弁護士からであった。
ハンドレスマイク越しに、顧問弁護士と話をすると、彼がスワンスン夫人とコンタクトが取れた言ってきた。
「急で申し訳ありませんが、スワンスン夫人が今夜19時からならお会いできると申しております。如何でしょうか」
ブライアンは「勿論」と即答した。
顧問弁護士は一言付け加えた。
「早速、夫人にご報告致します。これから、ご自宅の住所をお伝え致しますが、今夜はブッラクタイ(準礼装)でお願い致しますとの事です」
ブライアンはiPhoneを切ると、フッと鼻で笑った。
夜になり、車に乗ったブライアンは、マイアミ市街にあるスワンスン夫人の本宅へ指定の時間前に到着した。
ルネサンス建築の屋敷が目の前に広がっていた。
「ルーヴル宮殿のクール・キャレを模したのか。駐車場には、ロールスロイスファントムが止まっていたな。恐らく、夫人はあの邸宅に行ったのだろう」
玄関で執事が出迎え、頼んでもいないのに、本宅の中を細やかに案内し始めた。
邸宅の内部は、現代的な内装と折衷であった。
夫人のゲスト・ルームは10数部屋あり、メルヘン調だったり、ゴシック風や近未来様式だったりと、一部屋づつ違っていた。
「面白い造りですな。見飽きることがありません」
「お客様を喜ばす為に、設計されたものです。どれかお気に召しましたか?」
執事が問うた。
「お気遣いはご無用です。今夜は帰ります」
そう断りながらも、ブライアンは自然と蝶ネクタイの位置を確認した。
『私も若い男に入るのだな』
豪華なイタリア家具が置かれたダイニングルームへと通され、執事に案内されるがまま、真ん中の席へ座った。
壁には印象派の巨大な絵画が掛けられていた。
奥から透き通った声が聞こえた。
「初めてお目に掛かるわ。トンプソンさん」
スワンスン夫人が奥のドアから現れた。
胸元が大きく開いた白色のシルクのロングドレスに、首元には大きなサファイヤのネックレスが光っていた。
小粒のダイヤに囲まれたサファイヤは、日に焼けた肌に良く合っていた。
『ネットで見るより美しい。50代に見える。スポーツの賜か、或いは整形の賜か』
ブライアンは、夫人を冷静に眺めた。
真向かいの席に座ると、魅惑の視線をブライアンに向けた。
「ご招待感謝します。夫人、私の事はブライアンとお呼び下さい」
「ブライアン、二人の出会いに」
夫人は微笑み、シャンパングラスを掲げた。
薬指にも、サファイヤが輝いていた。
ブライアンも視線を受け止め、「乾杯」と言った。
地元の食材をふんだんに使ったフレンチのフルコースや、1999年産の特級ブルゴーニュワインが振る舞われた。
「早速ですが、お聞きしたいことがあるのです」
「敬語はよして。弁護士から聞いたわ。あの屋敷の件ね。山本君という友達から、何か良い貸家がないかって聞かれたから、提供しただけ。趣味のシューティングゲームで、友達と遊びたいからと言っていたの」
「貴女は、山本に邸宅を格安で借りる条件を提示しただろ?」
「良く知っているわね?彼に聞いたの?」
「違う。私はまだ彼に会ったこともない。私の友人が情報通なのだ」
「山本君に、お友達を紹介して貰ったの。そしたら、フランス産の飛び切りを紹介して貰ったわ。このワインの様に」
夫人は手元の赤ワインを眺めた。
「彼はフランス産と言うが、元はロシア産だろ」
ブライアンはワインをぐいっと飲み干した。
「あら、それも知っていたの?そうよ。名前は、ミーシャ。ご両親はロシアからイギリスに移住したけど、彼が幼い頃に亡くなったので、彼はパリに住む親戚に預けられていたの。成人して、ロンドンに住むお兄さん達に呼ばれたのを機に、戻って仕事を手伝っているそうよ。この街には、ネットで知り合った友達に会うため、やって来たって言っていたわ。彼もシューティングゲームが趣味で、そのお友達を通じて、山本君を知ったそうよ」
「貴女はミーシャの素性をよくご存じだ。それだったら、彼が、ロシアンマフィアの一族だとも知っているだろ。物騒な人間に、何故家を貸した」
「何ですって?!ミーシャは、裏社会の人間なの?知らなかったわ。彼は、私に輸入品を扱う会社をお兄さんが経営していて、彼はそこの経理を担当していたと言っていたのよ」
夫人は顔を曇らせ、体が小刻みに震え出すと、胸に手を当てて、自分を落ち着かせようとした振りをした。
真に迫った夫人の演技に、ブライアンは惑わされてしまった。
「輸入品の中身は、女性と麻薬だ。それを、私の依頼人だった人権派弁護士が暴いて、ボスが逮捕され、組織は壊滅した。そのボスの末弟がミーシャだ。ボスの弟達は、人権派弁護士に復讐をしようとしたが、私がそれを阻止した。そこから、奴等の標的は私になった」
「まあ!ロシアンマフィアの一族なんて、怖いわ。離れて正解だった」
「別れたのか?」
「1週間位前になるかしら。ロンドンへ帰るといったの。離れてから、全く連絡を取っていないわ。調べて貰っても構わないわよ」
夫人は嘘を付いた。
彼女はミーシャの立ち振る舞いや、胸に刻まれた謎めいたタトゥーから、裏社会の人間だと察していた。
今朝、本宅へやって来た彼の話で更に、彼女は自分の推理が正しかったと確信した。
しかし、彼女はミーシャの背景には関心が無かったので、その事について彼に一切聞くことはしなかった。
「お言葉に甘えて、あの邸宅の中を私と友人に見させて欲しい。私は、ミーシャと、彼に雇われた秘密結社の痕跡を調べたい。ついでだが、山本は、秘密結社に雇われた殺し屋だ」
「秘密結社?!新聞で取り上げられている、警察内で結成されたとかいうアレね。金で、殺しを引き受けるとか言う。山本君もその中の一人だったとは、驚きね。あんな華奢な子なのに。確か、秘密結社はニンジャの子供を瀕死の重症を負わせたと、新聞記事に書いてあったわ。彼、普段は真面目な看護師だそうじゃない。そんな人を撃つなんて、恐ろしい組織だわ。彼、災難だったわね」
「ニンジャの子供は、私の親友だ。ボディガードという私の仕事のせいで、巻き添えを食ってしまったのだ」
「まあ、そうだったの。辛かったでしょう。良いわ。会社に連絡して、あの家を何時でも貴男達が出入り出来るようにしておくから」
夫人は悲しげな目付きをした。
「かたじけない」
食後のエスプレッソが出された。
「ねえ、貴男の依頼主だった弁護士の先生は大丈夫なの?」
「今は、保安局(MI5)の庇護のもとで生活している。噂では、職員となって犯罪組織の調査をしているとか。もう心配はないだろう」
「良かったわ。ここらで、リラックスしましょう」
夫人はまだ飲み足りないらしく、新たに開けた2001年産ボルドーの白ワインを口にすると、ブライアンの隣の席へ移動した。
「この街の名物ストーンクラブを堪能したかしら」
「たっぷりと頂いた。美味しかったとシェフに伝えてくれ」
ブライアンはダイニングルームを見渡した。
先程までいた執事やメイド達は、ダイニングルームからいなくなっていた。
「私は、旦那にショットガンで撃たれたくはない」
エスプレッソを飲んでいたブライアンは、殆ど空になった夫人のグラスに、ボルドーワインを継ぎ足した。
「平気よ。彼は今頃スイスのサンモリッツで、友達と楽しく過ごしているから」
夫人はグラスに口をつけると、左手でブライアンの太ももの上を触り始めた。
「お互い、バカンスを楽しんでいる訳か」
ブライアンも空になっていた自分のワイングラスに、再びワインを注ぎ始め、それを飲んだ。
「で、その後どうなったの?」
翌朝、ブライアンが宿泊している高級ホテルを訪れたコリンとデイビットは、昨夜の次第を聞き出そうとしていた。
「ワイン12本で酔わせた」
ブライアンは、絞りたてのオレンジジュースを何杯も飲んでいた。
彼の二日酔い対策であった。
「12本も?!」
コリンは、大きな茶色の目をまん丸にした。
「酔わせて、ベットまでエスコートして、それでお終いだ。私は、ベットの脇のソファで仮眠を取って、明け方に戻ってきた。全く、あの女性はタフだ。手強かった」
「お前にしては、珍しく騎士道に則った対応だな」
デイビットが、オレンジを囓った。
コリンは微笑んだ。
「ガールフレンドがいるものね。夫人は肝心な事は教えてくれなかったね」
「本当に何も知らなかったのだろう。夫人はただの男好きだ。秘密結社もその性格を上手く利用している」
この時、ブライアンは知らなかった。
秘密結社は、夫人が子供の頃に、父親が赤狩りにあい、家族を国外へ追いやったFBIを憎んでいる気持ちを利用した事を。
「あの邸宅の中に入る許可を貰ったので、成果を得た。さっき、スワンスン夫人の会社の人間がやって来て、鍵を貸してくれた。これから、朝食で体力をつけてから、向かうぞ」
「奴等の事だ。綺麗に片付けたつもりだろうが、俺達がきっと手かがりを掴んでやる」
コリンは血気逸った。
ブライアンのiPhoneが鳴った。
「FBIのベンジャミン捜査官からメールが入った。ルドルフの退院が決定した」
======
シェインは、口入れ屋がFBIに全てを話始めているので、ルドルフの入院している病院に近づけなくなり、前回の様に駐車場で外科医と直接接触する事が出来なかった。
そこで、前回の時に居合わせた山本に外科医と接触させる事にした。
昨日、ブライアンが夫人の本宅へ向かっていた頃、ハーレーXL 1200Lに乗った山本は病院へ向かい、勤務を終え駐車場で車に乗る外科医をつかまえ、シェインからのメッセージを伝えた。
「直ちに行動を開始してくれとの事だ」
朝の診察で、ルドルフは外科医から負傷した怪我の状態が、退院して自宅療養が出来るまで回復したと診断された。
ルドルフはそのまま退院し、自宅へ帰される事となった。
医師の診断を疑わなかった警察は、帰宅するルドルフを尾行し、外から自宅の監視続けた。
家の中では、ルドルフは逃走の準備を始めていたが、外から見た警察はルドルフが唯の片付けをしていると解釈してしまった。
ルドルフが入院していた病院は、ダウンタウンの中にあり、そこから車で1時間離れたところに、中産階級が多く住む住宅街がある。
そこに住居を構えるごく普通の銀行員がいた。
彼は、この日は休みだったので、日課にしている庭の鳩小屋の手入れを妻と念入りに行っている時、玄関のチャイムが鳴った。
インターフォンにはカメラが備え付けられ、彼のスマートフォンで訪問者を確認する事が出来る。見らぬ背広姿の二人の男が立っていた。
男達はカメラの前に、身分を照明するバッジを提示した。住宅の主は慌てて母屋に戻ると、玄関のドアを開けた。
「FBIが一体何のご用ですか?」
慌てる銀行員に対して、二人の捜査官は冷静に尋ねた。
「フロリダ州鳩愛好家友の会会長ですか?お聴きしたいことがあります」
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