前回 目次 登場人物 あらすじ
山本の存在を公にした事で、思わぬ所から情報が入った。

ダウンタウンの一角でポルノショップを経営している男が、ジュリアンのダイナーに現れた。
表の顔は、アダルト関連商品を販売している男であるが、裏の顔はベテランの情報屋として、ジュリアンの片腕として裏社会を渡り歩いていた。

「ジュリアン、早く言ってくれよ。この山本という男、俺の元従業員だ」
ポルノショップの経営者は、ジュリアンに履歴書と免許証のコピーを見せた。

「えっ!!そうなのか?!いや~、こいつと秘密結社の関連がはっきりと掴めなくて、お前に連絡を入れるのが遅くなってしまったんだ」

ジュリアンは、山本がコリンの過去を探っていた事を言えない為、誤魔化した。

「昨年のクリスマス・シーズンが始まる頃、ネットからの申込みが例年よりも殺到して、配送がてんてこ舞いなったもんだから、急遽従業員募集の紙を店の窓に貼ったらば、応募してきたのが山本だった。勤務態度は真面目だったね。仕事の飲み込みも早かったし。社交的で、他の従業員とも仲良かった。だけども、今年の初めに、旅に出ると言うんで、辞めた。アイツ、バイク好きで、短期の仕事をして金を貯めては、アメリカのあちこちを旅している風来坊だったんだ」

ジュリアンは、『ハルユキ・ヤマモト』が書いた履歴書を叩いた。

「この履歴書には、情報技術を学んだと書いてある。それに、お前が教えてくれた『山本』の人物像が、 日本からもたらされた『山本春行』の情報と、ほぼ重なる。間違いなく、この男だ。渡航先のインドから、アメリカに密入国して、この運転免許証を裏社会で手に入れたんだ。まさか、身近にいるとは思わなかった。よく、私はお前の店に行っていたのに、気付かずにいるとはな」

「山本は、主に配送の担当で店の奥にいたし、たまにしか店の売り子をしていなかったからな。彼から、きな臭いものは一切感じられなかった。だから、こいつがヤクザと聞いて、裏社会で長年生きている俺でも、流石に驚いたよ」

ジュリアンは、ハッと思い出した。
「そう言えば、ニックもよくお前の店を訪れていたな」

「そうだよ。行方が掴めない殺人犯の情報が欲しい時は、来ていたね。でも、俺はニックと山本が話しているのを見たことが無い。それに、ニックは人見知りが激しいから、山本と会っていても、ろくに挨拶を交わしていないんじゃないかな。店員達に聞いてみたけど、山本が誰かと店で会っていたという話は出なかった」


ジュリアンは、ポルノショップの経営者から得た情報を、ブライアンに電話で報告した。
丁度、ブライアンの定宿の高級ホテルで、コリンとデイビットが集まって打ち合わせをしていた。

「ジュリアン、山本の情報をFBI、それも主任のフォルスト捜査官に直接伝えるのだ。印象も良くなるし、上手くいけば捜査本部への出入りも許されるだろう。山本が、シアトルにいた口入れ屋に呼ばれて、コリンの過去を探った痕跡は、私が消しておくから、大丈夫だ」

ブライアンはジュリアンにそう告げ、iPhoneを切った。

「有難う、ブライアン。助かったよ。山本は、昨年からこの街にいたのか。俺達、しばしば日本食の材料を買いに、日系スーパーや、日系人の集まる界隈に行っていたけど、気付かなかったな。細身で、小柄な日本人は、この街に多くいるし、危険な匂いのする男ではないから、難しいか」

コリンが言った。

「山本はこの街にいたからこそ、裏社会の人間に声をかけられ、口入れ屋と知り合ったのだ。そして、ニックと山本は、秘密結社の会合で顔を合わせている筈だ」

ブライアンが見解を示した。

「口入れ屋からは?」
デイビットが尋ねた。

「山本とニックが会っていた所を、目撃していないとの事だ。だがきっと、前の隠れ家や、今潜んでいる家でも会っているに違いない」
ブライアンが答えた。

更に、ブライアンは言った。
「口入れ屋によると、山本はシェインに頼まれて外出する機会が多い。この人相書きをもとに、奴を探し出して、秘密結社の居所を見付け出そう」


山本は、髪を短くして、高級ブランドのスーツを着ただけで、シェインとミーシャが驚くくらい雰囲気が一変していたので、近くにFBI捜査官が捜査活動をしても、誰も気付かなかった。

更に、シェインから、口入れ屋がFBIに自分の事を供述したのを知り、ハリウッディアンと呼ばれる顎を覆い隠す髭から、口髭と短い顎髭のコンビネーションへ変え、短時間の外出でも、スーツを着用し、制帽を被り、いかにもセレブ御用達の運転手の格好をした。

この日は、夜遅くまで開いているスーパーマーケットへ行き、シェイン達に頼まれた食材や日用品をカートに入れていた時、コリンとデイビットが現れたので、驚き、急いで奥の冷凍食品コーナーへ回った。

コリンとデイビットは、捜索の後、食料品の買い出しに来ていた。

「ここ、遅くまでやっていて、品揃えが豊富と、ネットに書いてあった通りだね」
コリンは店を入って周りをを見渡すと、率直な感想を述べた。

「店内外にガードマン達が適所に配備されて万全だ。防犯カメラも良いものを使っている。初めて来たが、なかなか良い店だ」
デイビットが入口でカートを取り出して、押し始めた。

今日、二人の行きつけのスーパーマーケットが、あいにく臨時の休みだった為、インターネットで調べたところ、この店が検索に上がった。
初めて訪れたこの店を、二人は気に入った。

二人は、入口近くにある生鮮食品コーナーへ行き、デイビットが店員から肉を切り分けて貰うと、カートに入れた。
コリンは「この綺麗なピンク色が良いんだね」と、デイビットに聞いた。

「それに、赤身と脂肪の色の対照が鮮やかに際立っているかどうかも、見なければならないぞ」

料理を趣味とするデイビットは、優しく分かり易く、肉の見分け方を教えていた。
捜査していた時と違い、温かで穏やかな時間が二人の間に流れていた。

その二人を避けるように、山本は奥にある冷凍品コーナーで商品を探する振りをしながら、二人の行動に聞き耳を立てていた。

『おやまあ、デイビットは裏社会では孤高のライオンとか言われて、怖がられたのに、コリンの前だと、ただの大きい猫になっている。あの子は、相変わらず年上に甘えるのが上手い。ガキの頃と変わんないな』

二人の会話を盗み聞きされているのも知らず、コリンはデイビットに、ブライアンについての質問をしてしまった。

「ブライアンは、これから出掛けると言っていたけど、再び口入れ屋に会いに行くの?」

「いや、今夜は別の用事だろう。口入れ屋とは明朝会いに行くと話していた。ベンジャミン捜査官を通じて、奴に呼ばれたとのことだ」

「口入れ屋は、何かまだ隠していることがあるのかな?」

「奴は隠れ家に関して、本当の事を話していないだろ。『あの邸宅以外、秘密結社が借りている家について、何も知らされていない』と言ってるが、裏社会に顔が広い男だ。きっと、奴を通して借りている」

「結構、不動産を回ったけど、見付からないね。別人名義で借りていると思うけど、20名もの殺し屋達を住まわせる規模の大きな家って、この街には意外とあるんだね」

「金さえあれば、何でも手に入る街だからな」

「そうだね。おっと、思い出した。アイスが切れたから、新しいのを買おうよ」
コリンは、カートを持つデイビットを促して、奥の冷凍コーナーへと向かった。

『いけねえ、移動するか』
山本は冷静さを装い、カートを押し、冷凍コーナーから離れたところにある、缶詰のコーナーへ移動した。

コリンとデイビットが缶詰コーナーを通り過ぎた時、コリンは邪悪な気配を感じてしまい、そのコーナーをチラッと見た。
缶詰を手にしている、制帽を被った背広姿の男の後ろ姿が、一瞬目に入った。

『何処かで見たかな?』
デジャブ感に捕らわれた瞬間、邪悪な気配が消えた。

デイビットがコリンの様子を心配し、小声で囁いた。
「どうしたコリン。目付きが鋭くなったぞ」

「又、邪悪な気配を感じたんだ。でも、すぐに消えたから、気のせいだ。まだ気が張っているんだな。心配掛けたね」

コリンはお詫びのキスをデイビットの頬にした。


日付が変わって太陽が昇た頃、ブライアンは再び口入れ屋の潜伏している長期滞在型のホテルを訪れた。

今度は、警備をしているベンジャミン捜査官がブライアンを招き入れたので、正々堂々と部屋へ入っていった。
入るなり、ブライアンは、口入れ屋から質問をされた。

「お前、妹にセラピストを紹介したのか?」

「知っていたのか。彼女は、2度目の手術を目前に、かなり気が滅入っていた。例えごく小さな腫瘍を内視鏡で切除すると言っても、手術には変わらない。彼女が不安を強く訴えたので、私はボルチモアに住む知り合いのセラピストを教えた。彼は遠方のクライアント向けに、スカイプ越しで療法を行っているのだ。バーモント州に住む妹にはもってこいだ。彼女も大層乗り気だった」

「俺にだって色々な情報網があるからな」

妹の状態が気になっていた口入れ屋は、清掃員を買収して電話を1度入れていた。

「妹は療法を受けて気持ちが前向きになったと、お前とセラピストに感謝していたぞ。どうしてそれを言わない?俺からの情報は喉から手が欲しいんだろ?」

「それも考えたが、止めた」

「何故だ?」

「亡くなった母の顔が浮かんだのだ。私がまだ子供の頃、私の母も、お前の妹と同じ病気を患っていたんだ。彼女の場合は、腫瘍がとても大きくて子宮を摘出したんだ。命は助かったものの、それから長い間ひどいうつ症状に悩まされた。幼い私は、母を支える術を知らなかった。その上、私の父は、母の苦しみに全く無理解だった・・・。それは兎も角、病気で苦しむ女性と引き替えに、お前から情報を引き出す気が無くなった」

「分かった」

それから一日中、口入れ屋は気もそぞろで、FBIの取り調べに対して、的外れな話しかしなくなった。

「疲れが出ているようですね」
別室で取り調べを監視しているFBI捜査官が、主任のフォルスト捜査官に話しかけた。

「裏社会でしたたかに生き抜いた男だぞ。それに、FBIの事情聴取はこれまで何度も受けているのにか」

「きっと、妹さんの手術が気になっているのでしょう。今日は休ませてはどうですか」
その場にいたベンジャミン捜査官が答えた。

FBIは、口入れ屋が清掃員に金を掴ませて、妹と連絡を取っていた事実を知っていた。

「ベンジャミン捜査官」
フォルスト捜査官が、彼を名指して質問した。

「妹の病状は酷くなく、更にセラピストの療法を受け、心身のサポートを受けている。口入れ屋はそれをよく知っている筈だ。なのに何故、こうも口入れ屋は上の空なのだ。君は、今朝から彼の監視当番だ。我々が来る前に、ブライアンと密会していた。奴が何か話したのか?」

フォルスト捜査官は、ブライアンと口入れ屋が極秘に会っていることを、ベンジャミン捜査官を通じて把握していた。
それでも、ベンジャミン捜査官は上司の言葉にドキンとした。

「さあ、分かりません。ご存じの通り、今朝は妹さんの事と、山本という男についての情報交換でした。おかしな点はありませんでした。夜の監視当番の捜査官にお聴きした方が良いかと思います」

ベンジャミン捜査官はその場におらず、後からブライアンに内容を聞いただけである。
彼は、ブライアンと口入れ屋が秘密を共有していることは感じていたが、捜査を円滑に進める為とブライアンとの友情もあり、あえてそこには触れなかった。

「後で彼らにも聞いてみるとしよう」

フォルスト捜査官はそれから黙って、モニター越しで口入れ屋の取り調べをじっと見ていた。

『主任が怖い表情をしている。もしかして、ブライアンと口入れ屋との間に秘密があるのを、主任は察しているのかも・・・』
ベンジャミン捜査官は、胃が圧迫される感触を覚えた。

空が漆黒の闇に包まれ、街の夜景がまだ輝いている頃、ブライアンのiPhoneが鳴った。
ベットでチェックすると、見知らぬ番号が画面に表示された。

「誰だ」
裸のブライアンはベットから上半身を起こし、小声で話した。

「俺だ。口入れ屋だよ。遅い時間に済まない。又、清掃員に頼んで携帯を借りたんだ。どうしても話したいことがあるんだ。今から来てくれるか?この時間、フロアの警備は2人だから、大丈夫だ。でも、ロビーに4名いるから気を付けてくれ」

「教えてくれて感謝する。何時の様に周りに気付かれないようにするから、大丈夫だ」

ブライアンはベットから起きだし、下着を着け始めた。
隣にヴィクトリアが寝ていた。

昨夜から住んでいるニューヨークから、ブライアンとの逢瀬の為に、マイアミに来ていた。
ブライアンの支度中、ヴィクトリアは目を覚まし、何も聞かずに「いってらっしゃい」とだけ声を掛けた。
ブライアンは笑顔をヴィクトリアに見せると、スーツを纏い、口入れ屋の待つ施設へ向かった。

部屋を最初に訪れた時の様に、見張りの目を避けながら、ブライアンはこっそりと長期滞在型ホテルの中へ入った。
入ると、テレビが大きな音量で流されていた。
盗聴を防ぐ為である。

「どうした?」

ブライアンは心配した。
口入れ屋は覚悟を決めた顔付きだったからだ。

「お前も知っての通り、シェインとは長年の付き合いだ。だが、お前がしてくれた事を考えると、肝心な事を黙ったままで良いのかと思うようになった。ずっと悩みに悩んで、全ての事をお前だけに話す決心がついたんだ。隠れ家の事も」

「よく決心してくれた。では早速、秘密結社の居所を教えてくれ」

口入れ屋は上着のポケットから、簡単な地図が書かれているメモを取り出した。
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