前回 目次 登場人物 あらすじ
シェインが殺し屋達と移動した事を知った一匹狼の刑事は、自宅に帰ると、周囲に悟られないように、静かに身の回りを整理し始めた。
「くっそ!何で俺だけこんな目に遭うんだ」

一匹狼の刑事は荷物を纏めながらぼやくと、ある考えが浮かんだ。
「そうだ。シェインの奴、“ハウス”を持って移動しているかも知れないぞ。もう一度やってみよう」

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翌朝になり、コリンとデイビットは、ジュリアンの経営するダイナーで、ジュリアンと会っていた。

「二人の殺し屋とカウボーイハットの男は、あれから全く足どりが掴めない。ニックや秘密結社と何か繋がりがあると思ったんだが。その情報と引き替えに、デイビットとブライアンを捜査本部への出入り禁止を解除させようとしたんだけどね」

「焦ることはないよ、ジュリアン。彼らの事は君に任せたからね。俺達は、秘密結社の居所を探すよ」

ダイナーを出た、コリンは空を見上げた。
真夏の晴天であった。


その頃、東京は夜で、夏の星座が天空に輝いていた。

イサオの兄・隼の所に、元同僚で警視庁・組織犯罪対策部にいる男から、久しぶりの連絡が来ていた。
今夜は、妻・桜子と末娘・梅子は、それぞれの用事があり外出していた。
それでも、隼は携帯を持ちながら、以前と同じくベランダへ出た。

「いくら待ってもFBIから何も連絡がないじゃないか?一体どうなっているんだ?」

「さあな。向こうさんのやり方はわからん。弟の友達がFBIと一緒に捜査を行っているんだ。私からも弟へ問い合わせてみる」

「そうなのか。FBIも大胆だな。被害者の関係者を捜査に協力させるとはな。実はな、山本晴幸とかいう男について調べたんだ」

「おい、警視庁の人間が、勝手に日光に住んでいたという男を捜しすなんて。上にばれたら始末書だけでは済まなくなるぞ」

「別に構わないさ。俺は現場から離され、はんこ押しの毎日だし、それに、来年の3月末で早期退職する事になっているからな。お前も知ってるだろ」

隼と元同僚は、警視庁内による派閥の権力闘争に敗れた側であった。
間もなく隼は辞職したが、残った元同僚は茨の道を歩んだ末に、職場を去る事を決意した。

「調べたと言っても、深夜に警察庁のデータベースをいじくっただけだから大丈夫だ。それにしても、お前の電話は聞きづらい時があるな。もしや、警視庁が盗聴しているかもな」

元同僚は冗談交じりに、ガハハと大声で笑ったが、隼は内心冷や冷やしていた。

「済まん。今、近所でマンションの建築工事が始まって、電波の状態が悪いんだ。お前さんには、いろいろと世話になる。それで、山本の事が分かったか」

「ある部分まではな。山本晴幸は存在した」

「いたのか」

「本籍は東京だ。歳は25歳。日光には、観光産業に従事している父親が転勤になったことがきっかけで、3歳から18歳まで住み、地方の国立大学に進学する為、転居した」

「今、彼は日本にいるのか?」

「いるんだ。大学院まで進み、理論物理学の研究室に在籍している。休日にアパートへ行き、ルームメイトがたまたまいたので聞いてみた。山本は真面目で優しい男だそうだ。まだ大学生の頃、夜遅くに研究でクタクタになって帰宅する途中、アパートの近くの公園で野宿していた外国人旅行者を見かけると、自分から声をかけて、部屋に泊めてあげたエピソードを教えてくれた」

「随分とお人好しだ。年齢、居住地は合っている。で、この山本は、海外へ行った事があるのか?もしくは留学したとか?」

「学会発表の為に、何度か欧米に渡航した経験がある。しかし、その時はパスポートを盗まれたりとか、気になる事は起きなかった。写真を手に入れた。小柄で痩せている男だ。ごく普通の院生で、特に怪しいところは無い。それで、データベースをもう一度当たってみた。すると、読みは同じだが、名前の漢字が違った男が出てきた」

「どんな字だ?」

「『春行』と書く。彼の本籍は栃木県。日光で生まれ育った。この『山本春行』は、歳は31歳。俺が現地で集めた情報によると、山本は幼い頃から一人でいるのが好きで、高等専門学校で情報工学を学びつつ、アルバイトで金が貯まると、休みに一人旅をよくしていたそうだ。卒業後、就職したものの、すぐに辞め、再びアルバイトをしては、旅に出る生活を繰り返すようになった。10年以上前から家族とは音信不通だそうだ。データによれば、7年前に出国したままだ。行き先は、インドのチャンディーガル。北部の都市だ。」

「インドから、アメリカへ渡った可能性がある。もしかすると、その男かもしれないな」

「そうだろう。それにな、山本には、米国へ移住した親戚がいるんだ。残念だが、パスポートの写真しか手に入らなかった。聞いた話だと、彼も細くて小柄の男だそうだ。FBIから正式に捜査の依頼があれば、最近の写真は直ぐに手に入るだろう」

「そうだな。お前さんには大変世話になった。これで、弟の事件も解決に僅かながらも近づく。感謝しきれない」

「よせやい。お前との仲かないか。弟さんの事、祈っているからな」
元同僚は、再び大声で笑うと携帯を切った。

隼は直ぐさま、別の人物へ連絡を入れた。


日本からの動きは、ブライアン達のもとへ瞬時に届いた。
コリンとデイビットは、ブライアンの定宿の高級ホテルへ急ぎ着き、山本に関する話を詰めた。

「ブライアンの言った通りだったね。山本は、裏社会でこれといった経歴の無かった男だった。歳は俺と同じか」
コリンは、イサオから送られてきたメールを読んでいた。

「恐らく、日本を出て、裏の世界に足を踏み入れたのであろう。箔を付ける為に、元ヤクザという肩書きを偽装したのだ」
デイビットがコリンのメールを見ながら言った。

ブライアンは一つの提案を彼らにした。
「私はこれから、口入れ屋の所へ行って、山本について聞いてみる。そして、奴の情報をFBIに流させる」

「FBIに、米国での動きを探らせる為か」
デイビットが目を光らせた。

「その通りだ。勿論、シアトルの事については黙らせる」

「ご免、ブライアン。又、君のお財布に負担を掛けてしまうね。この借りは、きっと返すよ」

コリンは、ブライアンが小切手をちらつかせて口入れ屋を落とした事を知っていたので、済まなそうな表情をした。
ブライアンは、フッと微笑んだ。

「借りは、秘密結社を倒す時に返して貰う。今回の件で、口入れ屋の泣き所を知ったから、卑怯なやり方かも知れんが、そこを突いてみる」

「泣き所?」

「FBIには、妹家族の悪口を言っているが、私とデイビットの前では、『小切手は妹の所へ送ってくれ』と頼んだのだ」

「そーなんだ。妹さんに捜査が及ばないように、悪口を言っていたのか。あいつも人間らしい一面があるんだね」

「でも、真っ昼間に、奴に会えるのか?FBIの警護があるだろう」
デイビットが疑問を呈した。

「昼間はかえって、警備が薄いんだ。私と親しくしているベンジャミン捜査官が教えてくれた。それに、彼に頼めば、色々と融通を利かせてくれる」

ブライアンはクローゼットから、上着を取り出した。

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新しい隠れ家の一室で、シェインはノートパソコンをいじっていた。
シェインとミーシャも山本の情報を既に掴んでいた。

「へえー、小学校から、部活は天文クラブに所属していたのか。それだから、夜空を眺めるのが好きなんだ」
隣で、興味深そうにミーシャがノートパソコンの画面を覗いていた。

「あいつ、そんな趣味があったのか。風来坊なあの男らしい。まあ、インドに行った事と年齢を除けば、奴の証言とこの山本の経歴は重なる。奴の証言だと、就職先の社長が暴力団組長夫人で、旦那の組長から半ば強引に組に入られたが、半年も経たない内に組長夫妻は殺害され、暫くして親戚が住むアメリカに渡った。イサオの兄貴のお陰で、奴の更なる詳しい経歴が分かって安堵した。世界を旅しながら、裏社会で銃の腕を磨いたって訳か。器用な男だ」

そんな会話を交わしている彼らがいる隠れ家の上空を、一羽の鳩が飛んでいた。
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