前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
明け方近くになって、ようやく大雨が止んだ。
コリンとデイビットは再び、ニックの住んでいたトレーラーハウスへ向かったものの、何も手かがりを得ることは無かった。
「消えた殺し屋達は、ニックと関係があると思っていたのに。これじゃ、分からなくなった」
コリンは恨めしそうに、昨夜の雨でぐちゃぐちゃになった道を見た。
「そうだな。カウボーイハットの男がニック本人か、彼の仲間ではと考えていたが、現状では違うようだな。彼らの事は、ジュリアンに任せて、俺達は秘密結社の居所を再び探そう。それに、今日ブライアンが帰ってくる」
「そうだったね。ブライアンの報告が待ち遠しいよ」
ブライアンが5日ぶりにマイアミに戻ってきた。
彼が停泊している高級ホテルの部屋で会うこととなった。
コリンとデイビットが部屋に入ると、香ばしい匂いがした。
入って直ぐのリビングルームには、既に3人分の昼食がセッティングされていた。
コリンが奥のベットルームをチラッとみると、床の上にスーツケースが開けられた状態で置かれていた。
「帰ってきたばかりで、腹が減っている。折角だから、皆で食べながら報告しよう」
ブライアンはテーブルにつき、チキンとハーブのフレンチサラダを数口食べた後、シアトルでの収獲を報告した。
「初めに、口入れ屋はシアトルから殺し屋を1名スカウトした。名前も分かった。これで、奴の供述が裏付けされた。コリン、今はお前だけが捜査本部に入れるから、フォルスト捜査官に報告して欲しい。詳しい事はこのファイルに収めてある」
「分かった。奴に渡しておくね」
コリンは、ブライアンから殺し屋の名前等が書かれたファイルを預かった。
「肝心の話に入る。シアトルの金持ちの豪邸を相続した従姉妹のメイには会えなかった。運悪く、彼女が発熱を起こしてしまったからだ。その代わり、彼女の女中頭のローズには会ってきた。彼女は、17年前に、金持ちのところでメイドとして働いていたから、コリンの事をよく覚えていた。彼女のところに、誰もコリンについて聞きに来なかったと話した。彼女曰く、近くの老人ホームで当時の使用人が働いているので、彼がコリンについて話したのではないかという。何故なら、彼はゴシップ誌に金と引き替えに、10年前に薬物過剰摂取で死んだ金持ちの最後について、あれこれ喋った過去があるからだ」
「メイさん大丈夫かな?病弱な方だから。当時から視力が悪くて、俺が本の読み聞かせをしたことがあるんだ」
コリンはじゃがいものスープを飲む手を止め、意外な言葉を口にした。
「コリン、あのクズな金持ちの従姉妹だぞ」
デイビットの口調がきつくなった。
「メイさんは違うよ。当時は、外国に住んでいたから、俺の事は唯のバイトの子としか思っていない。時折、あのケダモノを訪ねては、俺にとても優しくしてくれた。もし、俺と金持ちとの関係を知っていたら、逃がしてくれたと思うよ」
「その通りのようだ。ローズの証言と私の調査によれば、彼女は若い時にイギリスの貴族と結婚して、数年後に旦那と死別してからも、長年イギリスに住んでいた。17年前の時もイギリスで生活していた。帰国したのは、金持ちが薬物の過剰摂取で死ぬ直前の10年前だ。だから、コリンの事は知らなかったのは、本当の様だ」
ブライアンの話を聞いて、デイビットは冷静さを取り戻した。
ブライアンは余程空腹だったので、話ながらも、前菜、スープ、そしてメインの牛フィレとトリュフのステーキをあっという間に平らげていた。
「話を戻すと、口の軽い使用人を詳しく調べたが、怪しい人物との接触は無かったし、金持ちの家から何も持ち出していなかった。そこで私は、再度ローズに接触し、何か盗まれていないか尋ねた。彼女は金持ちが残したものを調べてくると言ってくれた。几帳面な奴の事だから、必ず写真はアルバムに収めている筈だから、それを片っ端から見て、抜き取られた箇所がないか探すそうだ。野郎の遺したアルバムは沢山あるので、時間がかかる。因みに、メイの体調は落ち着いていると聞いた。コリン、心配するな」
「そうか。誰も俺の事を話していないのか。そうなると、ブライアンの推理通り、山本とかいう日本人の知り合いが金持ちの遺留品から、俺の写真を見付け出したということになるね」
「まさか、写真が一枚残っていたとは思いもしなかった。ニックが、あれだけ金持ちを締め上げ、隠し撮りしたコリンの写真を取り上げたというのに」
「野郎の執念は恐ろしい」
デイビットとブライアンは寒気を感じた。
しかし、コリンは違った。
「そんなもん振り払ってやる。ところで、山本の情報と、その知人については?」
「それが、全く分からなかった。もっと時間をかければ良かったのだが、あんまりシアトルにいるとフォルストに目を付けられても困るからな」
「そうだね。山本については、猛さんと日本にいる隼さんが調べてくれている」
「二人は元警察官だからな。助かる。何か分かったか」
「こっちも全く手かがりが無いんだ。隼さんが警視庁にいる元同僚に聞いたそうだ。すると、日光は治安の良い観光都市なので、山本がいたという組織は存在していないのではないかと言われた」
デイビットの言葉に、ブライアンはフォークを持つ手を止めた。
「やはりな。私の調査でも同様の結論に達した。恐らく、奴の狂言だろう」
「一体どうしてそんな嘘を言うのかな?」
コリンは疑問に思った。
「山本はただの男で、裏社会に名を売る時に作り上げた話だろう。有名な組織の名前を言えば直ぐに嘘がばれる。だからあえて、地方の組織と言ったのだろう。そうすれば、日本の事をよく知らない連中なら、嘘に引っかかる。口入れ屋がその一例だ。裏社会によくある話だ」
「そう言えば、俺も自分を誇張する男を裏社会で沢山見てきたよ。山本はそいつらと同類か」
3人とも、昨夜山本が示した新聞記事について何も知らなかった。
昼食を食べた後、コリンとデイビットは警察署へ向かい、ブライアンは引き続き秘密結社の居所を探し始めた。
口入れ屋の件で、デイビットは捜査本部に当分の間は出入り禁止になっていたので、駐車場で待つことにした。
コリンは一人で、署内にある捜査本部へ入った。
捜査を指揮するフォレスト捜査官に面会し、ブライアンから託されたファイルを渡した。
「ご苦労。トリュフを食べたとは良い身分だ」
椅子に座っていたフォレスト捜査官は、ファイルをめくった。
隣に立っていた部下のFBI捜査官が驚いた表情を見せた。
「ああそうさ。昼がフレンチだからってなんだ。人の口臭を嗅ぐなんて犬みたいだな」
コリンはフォレスト捜査官を睨み付けた。
「ゆっくりとフレンチを頂いて、ブライアンと秘密の会議をしていたのか?」
フォレストは引き続き嫌味を言いながら、核心にふれた。
コリンは一瞬ドキンとした。
彼は、コリンの瞳孔が開いたのを見逃さなかった。
「隠し事なんてない。そのファイルに載っている殺し屋の話だけだ」
コリンはしらばくれた。
「疑って悪かった」
フォレスト捜査官が珍しく謝った。
コリンは冷静に彼の謝罪を受け入れたものの、内心喜びに溢れた。
そして、捜査本部を後にした。
『子犬は気を緩めた。今の会話を直ぐに、ブライアンに話すだろう。奴も油断する筈』
フォルスト捜査官は、部下の捜査官に尋ねた。
「ベンジャミン捜査官は帰っているか?」
「はい。たった今、戻りました。お呼びしましょうか」
「他の者には知られないように、こっそりと呼んでくれ」
ベンジャミン捜査官は、フォルスト捜査官に命令されて、シアトルへ飛んでいたブライアンの追跡を行っていた。
=======
秘密結社率いるシェインは、逮捕された口入れ屋がFBIに自供を始めた事を知り、自分達の居所がいずれ明らかになることを察した。
そこで彼は、ミーシャと愛人関係にあるスワンスン夫人の経営する不動産会社を通じて、ダウンタウン近くに家を2軒借り、移動を決めた。
殺し屋達は、襲撃用に準備していたバン4台に荷物を詰めていた。
すると、エドワードが裏社会で調達した大型トラックを邸宅に入れた。
シェインは腕時計を見ると、殺し屋達に告げた。
「2時間後に出発だ」
2時間経った。
まだ真夏の太陽の光が燦々と降り注いでいた。
邸宅の門が開くと、大型トラックが通り過ぎた。
運転席には、エドワードと山本が乗っていた。
ハイウェイに向かった。
それから10分後に、運送会社のロゴを貼り付けたバン4台が別々の方向へ走り去っていった。
======
「へーっ、コリンの口臭から、昼に何を食べたか判別出来るんだ。面白い主任だね」
イサオは大笑いをした。
「イサオ、外に漏れるわよ」
サラが注意した。
「いけない。二人はコッソリと見舞いに来てくれているんだったね」
イサオは慌てて小声になった。
夜になり、ブライアンとの会話や、捜査本部でのやり取りと伝える為、コリンとブライアンは、こっそりとイサオの病室を訪れていた。
「やあ、待たせた。イサオも元気そうだな」
ブライアンもイサオの病室へやって来た。
「お帰り、ブライアン。リハビリのお陰で、大分歩けるようになったよ。さっき、コリンから聞いたよ。シアトルではまずまずの収獲だったと」
「そうなのだ。あの山本なる男とその知人は、金持ちの関係者と一切接触していないのだ。私の推測では、金持ちの屋敷に忍びこみ、あの写真を盗んだ。今、女中頭のローズに頼んで、金持ちの遺した物を調べて貰っている段階だ」
「そうか・・・。謎だらけだな。コリンも大変だったね。家に寄って、親父に山本の事を調べて欲しいと頼んだと聞いたよ。あの写真の事で、何か言われなかったかい?」
イサオは心配そうにコリンを見た。
「大丈夫だよ、イサオ。猛さんは、俺に随分優しくしてくれるんだ。あの写真が皆に見られた時には、何も言わずに俺に小梅をくれたよ」
「親父が?」
「僕の知っている親父は、古風で昔の価値観に囚われている生真面目な性格だ。あの写真は盗撮されたのに、親父は撮られる方が悪いって怒るかと思っていた。『みっともない』って、きつく言うんじゃないかと心配していたんだ。親父、年取って丸くなったな」
コリンは、同じ言葉をニックから投げかけられた過去を思い出してしまったのと、イサオが父親に対して辛口の批評をするので、気が少し重くなった。
「猛さん、そんなに厳しかったんだ・・・。信じられないよ」
「昔、お義父さんがいると、その場の空気が張る感じがしたわね。こちらにいらしてからは、すっかり丸くなったわ。特に、コリンに優しくしてるわ。私も感じる。きっと、コリンを孫だと思っているのよ」
サラが微笑んだ。
「山本の件は、私の日本にあるコネクションを使って、調査中だ。猛さんと隼さんの警察の縁故と合わせれば、きっと奴の正体を暴く事が出来る。ところで、口入れ屋が集めた殺し屋達の裏が取れてきた」
ブライアンは、ノートパソコンに収めた彼らの資料を、皆に見せた。
「口入れ屋は全米から集めているのか」
資料を眺めたデイビットが感想を漏らした。
しかし、ブライアンが集めた資料の中に、消えた2人の殺し屋は含まれていかった。
口入れ屋は、秘密結社に仲介した殺し屋について、20名中、半数以下の8名しか自供していなかった。
事情聴取を担当してるFBIの中にスパイがいることを知っており、シェインの報復を恐れていた。
山本に関しては、ブライアンから「もう少し待て」と言われているので、FBIに供述していない。
ブライアンはUSBメモリーをコリンに渡した。
「今、見ている殺し屋達のデータがこれに入っている。明日、これをフォルスト捜査官に渡してくれ」
「任せてくれ。フォルストの奴、俺がブライアンと何か秘密を持っていると疑っていたけど、俺が反論したら謝ってくれたよ」
「珍しい。奴も素直な一面があるのか。コリン、油断するな。奴は鋭い嗅覚の持ち主だ」
「分かっているよ。奴の鼻の威力に驚いたばかりなんだ」
コリンは、捜査本部でフォルスト捜査官との出来事をブライアンに打ち明けた。
======
イサオの入院している病院の側を、一台の年期が入ったフォード・トーラスが走っていた。
「ここも警備が増えている。シェインが、FBIに足がつかない為に連絡を絶つと言うから、俺から隠れ家へ行ったのに、何処かへ行ってしまった。これはきっと、口入れ屋が吐いた証拠だ。畜生!シェインの野郎、仲間である俺に一言も伝えずに、逃げやがって!」
運転していた一匹狼の刑事は、ハンドルを強く叩いた。
続き
明け方近くになって、ようやく大雨が止んだ。
コリンとデイビットは再び、ニックの住んでいたトレーラーハウスへ向かったものの、何も手かがりを得ることは無かった。
「消えた殺し屋達は、ニックと関係があると思っていたのに。これじゃ、分からなくなった」
コリンは恨めしそうに、昨夜の雨でぐちゃぐちゃになった道を見た。
「そうだな。カウボーイハットの男がニック本人か、彼の仲間ではと考えていたが、現状では違うようだな。彼らの事は、ジュリアンに任せて、俺達は秘密結社の居所を再び探そう。それに、今日ブライアンが帰ってくる」
「そうだったね。ブライアンの報告が待ち遠しいよ」
ブライアンが5日ぶりにマイアミに戻ってきた。
彼が停泊している高級ホテルの部屋で会うこととなった。
コリンとデイビットが部屋に入ると、香ばしい匂いがした。
入って直ぐのリビングルームには、既に3人分の昼食がセッティングされていた。
コリンが奥のベットルームをチラッとみると、床の上にスーツケースが開けられた状態で置かれていた。
「帰ってきたばかりで、腹が減っている。折角だから、皆で食べながら報告しよう」
ブライアンはテーブルにつき、チキンとハーブのフレンチサラダを数口食べた後、シアトルでの収獲を報告した。
「初めに、口入れ屋はシアトルから殺し屋を1名スカウトした。名前も分かった。これで、奴の供述が裏付けされた。コリン、今はお前だけが捜査本部に入れるから、フォルスト捜査官に報告して欲しい。詳しい事はこのファイルに収めてある」
「分かった。奴に渡しておくね」
コリンは、ブライアンから殺し屋の名前等が書かれたファイルを預かった。
「肝心の話に入る。シアトルの金持ちの豪邸を相続した従姉妹のメイには会えなかった。運悪く、彼女が発熱を起こしてしまったからだ。その代わり、彼女の女中頭のローズには会ってきた。彼女は、17年前に、金持ちのところでメイドとして働いていたから、コリンの事をよく覚えていた。彼女のところに、誰もコリンについて聞きに来なかったと話した。彼女曰く、近くの老人ホームで当時の使用人が働いているので、彼がコリンについて話したのではないかという。何故なら、彼はゴシップ誌に金と引き替えに、10年前に薬物過剰摂取で死んだ金持ちの最後について、あれこれ喋った過去があるからだ」
「メイさん大丈夫かな?病弱な方だから。当時から視力が悪くて、俺が本の読み聞かせをしたことがあるんだ」
コリンはじゃがいものスープを飲む手を止め、意外な言葉を口にした。
「コリン、あのクズな金持ちの従姉妹だぞ」
デイビットの口調がきつくなった。
「メイさんは違うよ。当時は、外国に住んでいたから、俺の事は唯のバイトの子としか思っていない。時折、あのケダモノを訪ねては、俺にとても優しくしてくれた。もし、俺と金持ちとの関係を知っていたら、逃がしてくれたと思うよ」
「その通りのようだ。ローズの証言と私の調査によれば、彼女は若い時にイギリスの貴族と結婚して、数年後に旦那と死別してからも、長年イギリスに住んでいた。17年前の時もイギリスで生活していた。帰国したのは、金持ちが薬物の過剰摂取で死ぬ直前の10年前だ。だから、コリンの事は知らなかったのは、本当の様だ」
ブライアンの話を聞いて、デイビットは冷静さを取り戻した。
ブライアンは余程空腹だったので、話ながらも、前菜、スープ、そしてメインの牛フィレとトリュフのステーキをあっという間に平らげていた。
「話を戻すと、口の軽い使用人を詳しく調べたが、怪しい人物との接触は無かったし、金持ちの家から何も持ち出していなかった。そこで私は、再度ローズに接触し、何か盗まれていないか尋ねた。彼女は金持ちが残したものを調べてくると言ってくれた。几帳面な奴の事だから、必ず写真はアルバムに収めている筈だから、それを片っ端から見て、抜き取られた箇所がないか探すそうだ。野郎の遺したアルバムは沢山あるので、時間がかかる。因みに、メイの体調は落ち着いていると聞いた。コリン、心配するな」
「そうか。誰も俺の事を話していないのか。そうなると、ブライアンの推理通り、山本とかいう日本人の知り合いが金持ちの遺留品から、俺の写真を見付け出したということになるね」
「まさか、写真が一枚残っていたとは思いもしなかった。ニックが、あれだけ金持ちを締め上げ、隠し撮りしたコリンの写真を取り上げたというのに」
「野郎の執念は恐ろしい」
デイビットとブライアンは寒気を感じた。
しかし、コリンは違った。
「そんなもん振り払ってやる。ところで、山本の情報と、その知人については?」
「それが、全く分からなかった。もっと時間をかければ良かったのだが、あんまりシアトルにいるとフォルストに目を付けられても困るからな」
「そうだね。山本については、猛さんと日本にいる隼さんが調べてくれている」
「二人は元警察官だからな。助かる。何か分かったか」
「こっちも全く手かがりが無いんだ。隼さんが警視庁にいる元同僚に聞いたそうだ。すると、日光は治安の良い観光都市なので、山本がいたという組織は存在していないのではないかと言われた」
デイビットの言葉に、ブライアンはフォークを持つ手を止めた。
「やはりな。私の調査でも同様の結論に達した。恐らく、奴の狂言だろう」
「一体どうしてそんな嘘を言うのかな?」
コリンは疑問に思った。
「山本はただの男で、裏社会に名を売る時に作り上げた話だろう。有名な組織の名前を言えば直ぐに嘘がばれる。だからあえて、地方の組織と言ったのだろう。そうすれば、日本の事をよく知らない連中なら、嘘に引っかかる。口入れ屋がその一例だ。裏社会によくある話だ」
「そう言えば、俺も自分を誇張する男を裏社会で沢山見てきたよ。山本はそいつらと同類か」
3人とも、昨夜山本が示した新聞記事について何も知らなかった。
昼食を食べた後、コリンとデイビットは警察署へ向かい、ブライアンは引き続き秘密結社の居所を探し始めた。
口入れ屋の件で、デイビットは捜査本部に当分の間は出入り禁止になっていたので、駐車場で待つことにした。
コリンは一人で、署内にある捜査本部へ入った。
捜査を指揮するフォレスト捜査官に面会し、ブライアンから託されたファイルを渡した。
「ご苦労。トリュフを食べたとは良い身分だ」
椅子に座っていたフォレスト捜査官は、ファイルをめくった。
隣に立っていた部下のFBI捜査官が驚いた表情を見せた。
「ああそうさ。昼がフレンチだからってなんだ。人の口臭を嗅ぐなんて犬みたいだな」
コリンはフォレスト捜査官を睨み付けた。
「ゆっくりとフレンチを頂いて、ブライアンと秘密の会議をしていたのか?」
フォレストは引き続き嫌味を言いながら、核心にふれた。
コリンは一瞬ドキンとした。
彼は、コリンの瞳孔が開いたのを見逃さなかった。
「隠し事なんてない。そのファイルに載っている殺し屋の話だけだ」
コリンはしらばくれた。
「疑って悪かった」
フォレスト捜査官が珍しく謝った。
コリンは冷静に彼の謝罪を受け入れたものの、内心喜びに溢れた。
そして、捜査本部を後にした。
『子犬は気を緩めた。今の会話を直ぐに、ブライアンに話すだろう。奴も油断する筈』
フォルスト捜査官は、部下の捜査官に尋ねた。
「ベンジャミン捜査官は帰っているか?」
「はい。たった今、戻りました。お呼びしましょうか」
「他の者には知られないように、こっそりと呼んでくれ」
ベンジャミン捜査官は、フォルスト捜査官に命令されて、シアトルへ飛んでいたブライアンの追跡を行っていた。
=======
秘密結社率いるシェインは、逮捕された口入れ屋がFBIに自供を始めた事を知り、自分達の居所がいずれ明らかになることを察した。
そこで彼は、ミーシャと愛人関係にあるスワンスン夫人の経営する不動産会社を通じて、ダウンタウン近くに家を2軒借り、移動を決めた。
殺し屋達は、襲撃用に準備していたバン4台に荷物を詰めていた。
すると、エドワードが裏社会で調達した大型トラックを邸宅に入れた。
シェインは腕時計を見ると、殺し屋達に告げた。
「2時間後に出発だ」
2時間経った。
まだ真夏の太陽の光が燦々と降り注いでいた。
邸宅の門が開くと、大型トラックが通り過ぎた。
運転席には、エドワードと山本が乗っていた。
ハイウェイに向かった。
それから10分後に、運送会社のロゴを貼り付けたバン4台が別々の方向へ走り去っていった。
======
「へーっ、コリンの口臭から、昼に何を食べたか判別出来るんだ。面白い主任だね」
イサオは大笑いをした。
「イサオ、外に漏れるわよ」
サラが注意した。
「いけない。二人はコッソリと見舞いに来てくれているんだったね」
イサオは慌てて小声になった。
夜になり、ブライアンとの会話や、捜査本部でのやり取りと伝える為、コリンとブライアンは、こっそりとイサオの病室を訪れていた。
「やあ、待たせた。イサオも元気そうだな」
ブライアンもイサオの病室へやって来た。
「お帰り、ブライアン。リハビリのお陰で、大分歩けるようになったよ。さっき、コリンから聞いたよ。シアトルではまずまずの収獲だったと」
「そうなのだ。あの山本なる男とその知人は、金持ちの関係者と一切接触していないのだ。私の推測では、金持ちの屋敷に忍びこみ、あの写真を盗んだ。今、女中頭のローズに頼んで、金持ちの遺した物を調べて貰っている段階だ」
「そうか・・・。謎だらけだな。コリンも大変だったね。家に寄って、親父に山本の事を調べて欲しいと頼んだと聞いたよ。あの写真の事で、何か言われなかったかい?」
イサオは心配そうにコリンを見た。
「大丈夫だよ、イサオ。猛さんは、俺に随分優しくしてくれるんだ。あの写真が皆に見られた時には、何も言わずに俺に小梅をくれたよ」
「親父が?」
「僕の知っている親父は、古風で昔の価値観に囚われている生真面目な性格だ。あの写真は盗撮されたのに、親父は撮られる方が悪いって怒るかと思っていた。『みっともない』って、きつく言うんじゃないかと心配していたんだ。親父、年取って丸くなったな」
コリンは、同じ言葉をニックから投げかけられた過去を思い出してしまったのと、イサオが父親に対して辛口の批評をするので、気が少し重くなった。
「猛さん、そんなに厳しかったんだ・・・。信じられないよ」
「昔、お義父さんがいると、その場の空気が張る感じがしたわね。こちらにいらしてからは、すっかり丸くなったわ。特に、コリンに優しくしてるわ。私も感じる。きっと、コリンを孫だと思っているのよ」
サラが微笑んだ。
「山本の件は、私の日本にあるコネクションを使って、調査中だ。猛さんと隼さんの警察の縁故と合わせれば、きっと奴の正体を暴く事が出来る。ところで、口入れ屋が集めた殺し屋達の裏が取れてきた」
ブライアンは、ノートパソコンに収めた彼らの資料を、皆に見せた。
「口入れ屋は全米から集めているのか」
資料を眺めたデイビットが感想を漏らした。
しかし、ブライアンが集めた資料の中に、消えた2人の殺し屋は含まれていかった。
口入れ屋は、秘密結社に仲介した殺し屋について、20名中、半数以下の8名しか自供していなかった。
事情聴取を担当してるFBIの中にスパイがいることを知っており、シェインの報復を恐れていた。
山本に関しては、ブライアンから「もう少し待て」と言われているので、FBIに供述していない。
ブライアンはUSBメモリーをコリンに渡した。
「今、見ている殺し屋達のデータがこれに入っている。明日、これをフォルスト捜査官に渡してくれ」
「任せてくれ。フォルストの奴、俺がブライアンと何か秘密を持っていると疑っていたけど、俺が反論したら謝ってくれたよ」
「珍しい。奴も素直な一面があるのか。コリン、油断するな。奴は鋭い嗅覚の持ち主だ」
「分かっているよ。奴の鼻の威力に驚いたばかりなんだ」
コリンは、捜査本部でフォルスト捜査官との出来事をブライアンに打ち明けた。
======
イサオの入院している病院の側を、一台の年期が入ったフォード・トーラスが走っていた。
「ここも警備が増えている。シェインが、FBIに足がつかない為に連絡を絶つと言うから、俺から隠れ家へ行ったのに、何処かへ行ってしまった。これはきっと、口入れ屋が吐いた証拠だ。畜生!シェインの野郎、仲間である俺に一言も伝えずに、逃げやがって!」
運転していた一匹狼の刑事は、ハンドルを強く叩いた。
続き