前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
シェインとミーシャが語り合った翌日の事であった。
山本が、探偵から中間報告があると呼び出された。
報告を受けて、山本は隠れ家へ戻ってきた時、雨が降り始めた。
邸宅の中では、他の殺し屋達が荷物を整理しているところだった。
『口入れ屋が吐いたんだな』
山本は状況を瞬時に理解した。
「消えた二人の行方は分かったか?」
一人の男が山本に声をかけてきた。
「まだシェインに話ていないんだ」
山本が答えに渋ると、殺し屋は辺りを見た。
「今なら大丈夫だ。」
山本は小声で男に打ち明けた。
「ストリップバーを出た後、街外れのダイナーで、見かけたという位だった。恐らくは、この街を出たんじゃないかって、探偵は言っていたけどね」
「逃げたか。黙って行くから、大事になるんだ。別に、あいつらがいなくても俺達だけで、ブライアンとニンジャを倒すことは出来る。今は引っ越しの準備に専念しないとな」
「そうだね。俺もシェインに報告してから手伝うよ」
山本は知っている振りをした。
「山本、帰っていたのか」
鋭い視線をしたエドワードが、山本の背中越しに立っていた。
「ちょっと前に。彼の荷物重そうだったから、手伝おうとしたんだ」
「それよりも、シェインに会うのが先だ」
山本は男に別れを告げると、エドワードともにシェインの部屋へ向かった。
「引っ越すのか?」
「あの男から聞いたのか。そうだ。お前が出掛けている間に、急遽決まったんだ。捕まった口入れ屋が供述を始めたからだ」
「ブライアンとデイビットがあいつを痛めつけたからかな。FBIと警察が手こずっていたのに。あの二人はなかなかやるな」
「どうやら、デイビットがアイツを痛めつけたところに、ブライアンがアイツを買収したようだ。そんな子供だましの手口にまんまと乗るとは。シェインは、アイツの後始末を考えている。お前も金にうるさいから、気を付けろよ」
エドワードの警告に、山本は「分かった」と肯いた。
シェインの部屋に入ると、ミーシャもシェインの隣に座っていた。
「探偵から何か報告があったか」
シェインは山本に、目の前ににある椅子に座れと促した。
「あった。消えた日の深夜、街外れのダイナーにいたところを目撃された。カウボーイハットを被った男も一緒だった。暫くして、店を出たそうだ」
山本は誂えて貰った上質な上着のボタンを外しながら座り、足を組んだ。
『ブランドものを着ていると、動作が優雅になる。普段着ている安物の服の時とは大違いだ。面白い男だ』
ミーシャは山本の仕草を見てそう思った。
シェインは続けて聞いた。
「それから?」
「まだ調査中だってさ。後は、俺の雇い主に会いたいと言っていたよ」
山本は、ちらっとエドワードを見た。
「それはもうちょっと後だ。もう少し時間を稼げ」
シェインは言った。
そして、続けてシェインは山本を睨み付けながら質問した。
「お前、俺に内緒にしている事があるだろう?」
シェインは、山本が口入れ屋に頼まれて、シアトルへ飛び、そこでコリンの過去を暴いた事を尋ねていた。
「あー、ブライアンに送ったお菓子を選んだ件か?そうだ。口入れ屋から、いずれ話すのでそれまで黙ってくれって言われたんだ」
山本は意外な答えをした。
「それもか?」
ミーシャが驚きの声をあげた。
「最初は、口入れ屋がお菓子を見付けてブライアンに送ったけど、けんもほろろだったそうだ。それで、俺に泣きついてきた。それで、彼に合いそうなお菓子を見繕って送った。運良く、彼は食べてくれた」
「あきれたな。口入れ屋は、殺し屋の選定と武器の調達しか能が無い男になったのか。あらゆる注文に応えてくれた昔のアイツは、どこへ消えたのか。俺の目は節穴だった」
「自分を責めるな」
ミーシャは悲嘆するシェインを慰めた。
「他にも、口入れ屋から頼まれた仕事があっただろ」
「シアトルの件か?コリンの過去を見付けたのは、俺の知人だ。でも、知人にシェインの事は一切話していない。だから、安心して欲しい」
「なら良いが。知人とは?」
「シアトルで裏社会で生きている男だ。何かと情報を得ては、警察や犯罪組織に売っている仕事をしている。俺がアメリカを放浪している時に出逢った。彼には、俺がコリンの事を知りたいと言って、協力をお願いした。口入れ屋から預かった大金を払ったから、彼は張り切って調べてくれた。それで、コリンがブライアンとイサオ、そしてニックと出逢った場所を見付けてくれたし、あの写真を手に入れてくれた」
「その金は俺が出した」
ミーシャがきつく言った。
「まあ、それで色々と分かったから良いじゃないか。もしかして、その話はFBIから得たのか?」
山本が恐る恐る尋ねた。
「いいや、ブライアンのパソコンから仕入れた情報だ。口入れ屋は、コリンに関しては、ブライアン達にしか告白していない。恐らく、奴に口止めされたのだろう。仮に、FBIにコリンの過去が知れたら、別の意味で大騒ぎになるからな。17年前、コリンが14歳の時にシアトルで金持ちの愛人をして、そいつのボディガードをブライアンが勤め、イサオが専属看護師をしていたのだからな。ブライアン達は、FBIよりも早く俺達を探して、過去の汚点を消そうと躍起になっている」
「だから、急遽引っ越す事にしたのか」
「その通りだ。口入れ屋は、まだ殺し屋を斡旋した位しかFBIに自供していない。俺達の居場所を知らないと言い張っているが、いつまで持つか。その上、FBIは殺人課に俺達の仲間がいることを察知し、刑事達一から洗い直している。恐らく、俺と一匹狼が接点を持っていた事もバレる。それで、ミーシャを通じて、スワンスン夫人の会社が所有している物件を借りる事にした。今度は、ダウンタウンに近いが狭い。家2件借りて、お前達を振り分ける。今日中に荷物を纏めて、移動するぞ」
「分かった。自分の荷物を整理して、トラックを出す」
山本が席を立とうとしたら、シェインが制した。
「もう一つ、お前に質したい事がある。ニンジャが元警官なのは知っているだろ?」
山本は「ああ」とうなずき、再び椅子に座った。
シェインは続けた。
「息子の一人で、イサオの兄貴もそうだ。それも、エリートだった。ニンジャは昨晩、お前の事で、東京にいる息子に電話をかけた。息子は、警視庁にいる同僚に聞いてみた。すると、日光は暴力団抗争が起きる物騒な土地じゃないと答えが返ってきた。今朝のイサオの病室では、お前の話題で持ちきりだった。お前、肝心な事を俺達に隠していないか」
更に睨みをきかせるシェインに対して、山本はいつもの人懐っこい顔付きで答えた。
「地元の新聞に、事件について書いてあるよ。大都市で起きた事件じゃないから、大手の新聞に載っていないんだ。警視庁のエリートとやらは、地方のところまでは目がいっていないんだね。君のノートパソコンを借りるよ」
山本は、シェインのノートパソコンを使い、地元の新聞のサイトを開くと、彼に返した。
シェインはノートパソコンをジッと見た。
隣から、ミーシャが画面を覗いていた。
「何て書いてあるんだ?ニンジャの衣装を着た子供達の写真が載っているぞ。華やかだな」
新聞社のトップページには、赤や黄色の忍者衣装を着た子供達が笑顔でジャンプしている写真が大きく取り上げていた。
「夏休みに入ったちびっ子達を対象に、ニンジャのイベントをやるという告知だ。江戸時代をテーマにした娯楽施設が、近くにあるんだよ。地域の新聞だから、観光案内もやっている。上の検索の欄にキーワードを打ち込むと、過去の記事が出てくるんだ。ちょっと、失礼」
山本は、シェインの脇から検索バーに6年前の日時を打ち込むと、画面に記事が表示された。
「日本語で書いてあるから、この記事をコピーして、翻訳サイトでかければ分かるよ」
山本に言われるがまま、シェインは記事を英訳した。
暴力団の組長が自宅で就寝している時に、何者かに襲撃されて殺害された概要が書かれていた。
「その後の出来事も書かれているよ」
山本はそれから1ヶ月後の日付を打ち込むと、検索ボタンを押すと、その後の顛末が書かれている記事が出てきた。
「この記事も翻訳サイトにかけてみなよ。組長を撃った犯人は未だに逃走中なのに、組では跡取りを巡って争いが起き、弱体化して他の組に吸収されたと書いてあるよ。新しい組に居場所が無かった俺は間もなく辞めて、親戚を頼ってアメリカに渡り、今日に至るのさ」
この記事も同様に英訳したものを見ると、山本が言った内容が記されていた。
「事件はあったのか」
シェインはばつが悪くなった。
しかし、裏社会で生きている山本は、シェインに疑いを持たれていることをごく普通に受け止めていた。
今度は、ミーシャが質問した。
「お前は、どうして組長の仇を取ろうとはしなかったのか?」
「だって、うぶな10代の俺を半ば強引に組員にしたんだよ。たまたま、組長の奥さんが経営していた会社に入ったというだけでさ。俺は組長夫妻が殺されて当たり前だと思っているし、他の組員に対しても悪い印象しか持っていない。組を抜け出して、せいせいしているよ」
山本は笑顔で、両手を高く上げた。
直ぐに両手を降ろした山本は、シェインに笑って言った。
「ニンジャと周りにもてはやされても、あの人はおじいちゃんだから、インターネットの扱い方が分かっていないんだな。調べれば、直ぐに出るのに」
「お前は、俺に内緒で口入れ屋の仕事を引き受けた。だから、疑われることになるんだ」
「悪かった。もう二度と君に内緒で副業をしない。誓うよ」
「分かればいい。引っ越しの手筈を整えろ」
山本が椅子から立ち上がろうとしたら、シェインが再び止めた。
「もう隠し事はないよ。ルドルフに金を貰った事ならば、逐一君に報告しているけどね」
「そうじゃない。3人がいたというダイナーの場所を教えろ」
シェインはインターネットで、この地域の地図を開いた。
「ここだそうだ」
山本は、街外れの場所を指さした。
=======
その頃、コリンとデイビットは街中のカフェで、ジュリアンと会っていた。
ジュリアン経由で、二人の殺し屋が街外れのダイナーで目撃された事を知った。
そして、コリンは地図を広げ、ダイナーのあった場所からニックの住んでいたトレーナーハウスに近い事に気付いた。
「気になるね」
「私もそう思うよ。これから、一緒にニックのトレーナーハウスへ行ってみよう。何か証拠があるかも」
デイビットの運転するフォレスターに乗り込んだ時、生憎午後からの雨が強くなってきた。
「急いで行こう」
フォレスターの後ろから、ジュリアンが愛車のリンカーンを走らせた。
「強風も出てきた。証拠が飛ばされる」
ニックが住んでいたトレーラーハウスに到着したデイビットが、憎らしげに車の窓から空を見上げた。
助手席から出てきたコリンは傘をさしたものの、強風に煽られた雨によってかなり体を濡らしてしまった。
「轍も何も見えないね」
地面は雨と強風によって、水たまりがあちこちに出来ていた。
ジュリアンは雨合羽を着用すると、リンカーンから降りて、規制線をかいくぐり、トレーラーハウスを覗き込んだ。
中は真っ暗だったので、ジュリアンは持っていた懐中電灯で中を照らした。
コリンとデイビットもトレーラーハウスを一回りして、確認した。
「FBIと警察が捜索で入って以来、誰も足を踏み入れていないようだ。無駄足だったね」
「ジュリアン、ちょっと待って」
コリンがトレーラーハウスから離れ、後ろ一面に広がる森を見詰めた。
「誰かいるのかい?」
ジュリアンが懐中電灯を森へ照らした。
「人の気配というより、邪悪な気配を感じるんだ。かなり強く」
コリンは森の中へ入ろうとしたが、デイビットが制した。
「止めるんだ。俺も視線を感じるが、この天候じゃ、森の中に入るのは危険だ」
「おっ、何か動いたぞ!なんだ。人じゃなく、鳥か」
ジュリアンの懐中電灯が、野鳥が飛び立った瞬間を捉えた。
濡れた服がコリンの体にまとわりついた。
「視線を感じなくなった。鳥のせいだったのか。コリン、全身がこんなに濡れているじゃないか。風邪をひくぞ」
コリンはそれでも、森を凝視した。
「もう少し待ってくれ。俺は、まだ邪悪な気配を感じるんだ」
「美しい・・・」
森の中で、双眼鏡からコリンを覗くエドワードは思わず呟いた。
ハッとして、隣にいる山本を見た。
彼はエドワードのとおそろいの迷彩色の雨合羽を羽織り、双眼鏡で彼らの行動を監視していた。
「あの子、未だ森の中へ行きたそうだな。遠く離れているのに、俺達の気配を感じるんだ」
山本はエドワードの呟きを無視して、彼に話しかけた。
彼らも、消えた二人の殺し屋が最後に目撃されたダイナーが、ニックの住まいに近かったので、シェインに命じられて、トレラーハウス近辺を確認しに来ていた。
「周囲に気付かれないように、森から入ってきて正解だった。危うく、奴らと鉢合わせをするところだった」
エドワードは、ホッと胸をなで下ろした。
「そうだね。俺は、これから車に戻って、シェインに『殺し屋達がいた形跡は無かった』と報告してくる。エドワードは、奴らを見張ってくれ。特に、コリンを。あの子の嗅覚は凄いね」
山本はエドワードに気を遣った。
「分かった」
エドワードは再び双眼鏡を構えると、コリンをジッと見詰めた。
「邪悪な気配が消えた・・・」
コリンが大きな目を更に見開いて、森を見た。
「夜のような天気になった。もっと荒れる。もう帰るぞ」
デイビットに強く催促され、コリンは森を背にして、フォレスターへ歩き始めた。
エドワードは、コリンの動きを瞼の奥に焼き付けていた。
濡れたシャツからコリンの背中のラインが微かに透けて見えた。
『後ろ姿はなんと色っぽいのだ・・・。コリンは俺が必ず仕留める。彼を苦しまずに眠らせたい』
続き
シェインとミーシャが語り合った翌日の事であった。
山本が、探偵から中間報告があると呼び出された。
報告を受けて、山本は隠れ家へ戻ってきた時、雨が降り始めた。
邸宅の中では、他の殺し屋達が荷物を整理しているところだった。
『口入れ屋が吐いたんだな』
山本は状況を瞬時に理解した。
「消えた二人の行方は分かったか?」
一人の男が山本に声をかけてきた。
「まだシェインに話ていないんだ」
山本が答えに渋ると、殺し屋は辺りを見た。
「今なら大丈夫だ。」
山本は小声で男に打ち明けた。
「ストリップバーを出た後、街外れのダイナーで、見かけたという位だった。恐らくは、この街を出たんじゃないかって、探偵は言っていたけどね」
「逃げたか。黙って行くから、大事になるんだ。別に、あいつらがいなくても俺達だけで、ブライアンとニンジャを倒すことは出来る。今は引っ越しの準備に専念しないとな」
「そうだね。俺もシェインに報告してから手伝うよ」
山本は知っている振りをした。
「山本、帰っていたのか」
鋭い視線をしたエドワードが、山本の背中越しに立っていた。
「ちょっと前に。彼の荷物重そうだったから、手伝おうとしたんだ」
「それよりも、シェインに会うのが先だ」
山本は男に別れを告げると、エドワードともにシェインの部屋へ向かった。
「引っ越すのか?」
「あの男から聞いたのか。そうだ。お前が出掛けている間に、急遽決まったんだ。捕まった口入れ屋が供述を始めたからだ」
「ブライアンとデイビットがあいつを痛めつけたからかな。FBIと警察が手こずっていたのに。あの二人はなかなかやるな」
「どうやら、デイビットがアイツを痛めつけたところに、ブライアンがアイツを買収したようだ。そんな子供だましの手口にまんまと乗るとは。シェインは、アイツの後始末を考えている。お前も金にうるさいから、気を付けろよ」
エドワードの警告に、山本は「分かった」と肯いた。
シェインの部屋に入ると、ミーシャもシェインの隣に座っていた。
「探偵から何か報告があったか」
シェインは山本に、目の前ににある椅子に座れと促した。
「あった。消えた日の深夜、街外れのダイナーにいたところを目撃された。カウボーイハットを被った男も一緒だった。暫くして、店を出たそうだ」
山本は誂えて貰った上質な上着のボタンを外しながら座り、足を組んだ。
『ブランドものを着ていると、動作が優雅になる。普段着ている安物の服の時とは大違いだ。面白い男だ』
ミーシャは山本の仕草を見てそう思った。
シェインは続けて聞いた。
「それから?」
「まだ調査中だってさ。後は、俺の雇い主に会いたいと言っていたよ」
山本は、ちらっとエドワードを見た。
「それはもうちょっと後だ。もう少し時間を稼げ」
シェインは言った。
そして、続けてシェインは山本を睨み付けながら質問した。
「お前、俺に内緒にしている事があるだろう?」
シェインは、山本が口入れ屋に頼まれて、シアトルへ飛び、そこでコリンの過去を暴いた事を尋ねていた。
「あー、ブライアンに送ったお菓子を選んだ件か?そうだ。口入れ屋から、いずれ話すのでそれまで黙ってくれって言われたんだ」
山本は意外な答えをした。
「それもか?」
ミーシャが驚きの声をあげた。
「最初は、口入れ屋がお菓子を見付けてブライアンに送ったけど、けんもほろろだったそうだ。それで、俺に泣きついてきた。それで、彼に合いそうなお菓子を見繕って送った。運良く、彼は食べてくれた」
「あきれたな。口入れ屋は、殺し屋の選定と武器の調達しか能が無い男になったのか。あらゆる注文に応えてくれた昔のアイツは、どこへ消えたのか。俺の目は節穴だった」
「自分を責めるな」
ミーシャは悲嘆するシェインを慰めた。
「他にも、口入れ屋から頼まれた仕事があっただろ」
「シアトルの件か?コリンの過去を見付けたのは、俺の知人だ。でも、知人にシェインの事は一切話していない。だから、安心して欲しい」
「なら良いが。知人とは?」
「シアトルで裏社会で生きている男だ。何かと情報を得ては、警察や犯罪組織に売っている仕事をしている。俺がアメリカを放浪している時に出逢った。彼には、俺がコリンの事を知りたいと言って、協力をお願いした。口入れ屋から預かった大金を払ったから、彼は張り切って調べてくれた。それで、コリンがブライアンとイサオ、そしてニックと出逢った場所を見付けてくれたし、あの写真を手に入れてくれた」
「その金は俺が出した」
ミーシャがきつく言った。
「まあ、それで色々と分かったから良いじゃないか。もしかして、その話はFBIから得たのか?」
山本が恐る恐る尋ねた。
「いいや、ブライアンのパソコンから仕入れた情報だ。口入れ屋は、コリンに関しては、ブライアン達にしか告白していない。恐らく、奴に口止めされたのだろう。仮に、FBIにコリンの過去が知れたら、別の意味で大騒ぎになるからな。17年前、コリンが14歳の時にシアトルで金持ちの愛人をして、そいつのボディガードをブライアンが勤め、イサオが専属看護師をしていたのだからな。ブライアン達は、FBIよりも早く俺達を探して、過去の汚点を消そうと躍起になっている」
「だから、急遽引っ越す事にしたのか」
「その通りだ。口入れ屋は、まだ殺し屋を斡旋した位しかFBIに自供していない。俺達の居場所を知らないと言い張っているが、いつまで持つか。その上、FBIは殺人課に俺達の仲間がいることを察知し、刑事達一から洗い直している。恐らく、俺と一匹狼が接点を持っていた事もバレる。それで、ミーシャを通じて、スワンスン夫人の会社が所有している物件を借りる事にした。今度は、ダウンタウンに近いが狭い。家2件借りて、お前達を振り分ける。今日中に荷物を纏めて、移動するぞ」
「分かった。自分の荷物を整理して、トラックを出す」
山本が席を立とうとしたら、シェインが制した。
「もう一つ、お前に質したい事がある。ニンジャが元警官なのは知っているだろ?」
山本は「ああ」とうなずき、再び椅子に座った。
シェインは続けた。
「息子の一人で、イサオの兄貴もそうだ。それも、エリートだった。ニンジャは昨晩、お前の事で、東京にいる息子に電話をかけた。息子は、警視庁にいる同僚に聞いてみた。すると、日光は暴力団抗争が起きる物騒な土地じゃないと答えが返ってきた。今朝のイサオの病室では、お前の話題で持ちきりだった。お前、肝心な事を俺達に隠していないか」
更に睨みをきかせるシェインに対して、山本はいつもの人懐っこい顔付きで答えた。
「地元の新聞に、事件について書いてあるよ。大都市で起きた事件じゃないから、大手の新聞に載っていないんだ。警視庁のエリートとやらは、地方のところまでは目がいっていないんだね。君のノートパソコンを借りるよ」
山本は、シェインのノートパソコンを使い、地元の新聞のサイトを開くと、彼に返した。
シェインはノートパソコンをジッと見た。
隣から、ミーシャが画面を覗いていた。
「何て書いてあるんだ?ニンジャの衣装を着た子供達の写真が載っているぞ。華やかだな」
新聞社のトップページには、赤や黄色の忍者衣装を着た子供達が笑顔でジャンプしている写真が大きく取り上げていた。
「夏休みに入ったちびっ子達を対象に、ニンジャのイベントをやるという告知だ。江戸時代をテーマにした娯楽施設が、近くにあるんだよ。地域の新聞だから、観光案内もやっている。上の検索の欄にキーワードを打ち込むと、過去の記事が出てくるんだ。ちょっと、失礼」
山本は、シェインの脇から検索バーに6年前の日時を打ち込むと、画面に記事が表示された。
「日本語で書いてあるから、この記事をコピーして、翻訳サイトでかければ分かるよ」
山本に言われるがまま、シェインは記事を英訳した。
暴力団の組長が自宅で就寝している時に、何者かに襲撃されて殺害された概要が書かれていた。
「その後の出来事も書かれているよ」
山本はそれから1ヶ月後の日付を打ち込むと、検索ボタンを押すと、その後の顛末が書かれている記事が出てきた。
「この記事も翻訳サイトにかけてみなよ。組長を撃った犯人は未だに逃走中なのに、組では跡取りを巡って争いが起き、弱体化して他の組に吸収されたと書いてあるよ。新しい組に居場所が無かった俺は間もなく辞めて、親戚を頼ってアメリカに渡り、今日に至るのさ」
この記事も同様に英訳したものを見ると、山本が言った内容が記されていた。
「事件はあったのか」
シェインはばつが悪くなった。
しかし、裏社会で生きている山本は、シェインに疑いを持たれていることをごく普通に受け止めていた。
今度は、ミーシャが質問した。
「お前は、どうして組長の仇を取ろうとはしなかったのか?」
「だって、うぶな10代の俺を半ば強引に組員にしたんだよ。たまたま、組長の奥さんが経営していた会社に入ったというだけでさ。俺は組長夫妻が殺されて当たり前だと思っているし、他の組員に対しても悪い印象しか持っていない。組を抜け出して、せいせいしているよ」
山本は笑顔で、両手を高く上げた。
直ぐに両手を降ろした山本は、シェインに笑って言った。
「ニンジャと周りにもてはやされても、あの人はおじいちゃんだから、インターネットの扱い方が分かっていないんだな。調べれば、直ぐに出るのに」
「お前は、俺に内緒で口入れ屋の仕事を引き受けた。だから、疑われることになるんだ」
「悪かった。もう二度と君に内緒で副業をしない。誓うよ」
「分かればいい。引っ越しの手筈を整えろ」
山本が椅子から立ち上がろうとしたら、シェインが再び止めた。
「もう隠し事はないよ。ルドルフに金を貰った事ならば、逐一君に報告しているけどね」
「そうじゃない。3人がいたというダイナーの場所を教えろ」
シェインはインターネットで、この地域の地図を開いた。
「ここだそうだ」
山本は、街外れの場所を指さした。
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その頃、コリンとデイビットは街中のカフェで、ジュリアンと会っていた。
ジュリアン経由で、二人の殺し屋が街外れのダイナーで目撃された事を知った。
そして、コリンは地図を広げ、ダイナーのあった場所からニックの住んでいたトレーナーハウスに近い事に気付いた。
「気になるね」
「私もそう思うよ。これから、一緒にニックのトレーナーハウスへ行ってみよう。何か証拠があるかも」
デイビットの運転するフォレスターに乗り込んだ時、生憎午後からの雨が強くなってきた。
「急いで行こう」
フォレスターの後ろから、ジュリアンが愛車のリンカーンを走らせた。
「強風も出てきた。証拠が飛ばされる」
ニックが住んでいたトレーラーハウスに到着したデイビットが、憎らしげに車の窓から空を見上げた。
助手席から出てきたコリンは傘をさしたものの、強風に煽られた雨によってかなり体を濡らしてしまった。
「轍も何も見えないね」
地面は雨と強風によって、水たまりがあちこちに出来ていた。
ジュリアンは雨合羽を着用すると、リンカーンから降りて、規制線をかいくぐり、トレーラーハウスを覗き込んだ。
中は真っ暗だったので、ジュリアンは持っていた懐中電灯で中を照らした。
コリンとデイビットもトレーラーハウスを一回りして、確認した。
「FBIと警察が捜索で入って以来、誰も足を踏み入れていないようだ。無駄足だったね」
「ジュリアン、ちょっと待って」
コリンがトレーラーハウスから離れ、後ろ一面に広がる森を見詰めた。
「誰かいるのかい?」
ジュリアンが懐中電灯を森へ照らした。
「人の気配というより、邪悪な気配を感じるんだ。かなり強く」
コリンは森の中へ入ろうとしたが、デイビットが制した。
「止めるんだ。俺も視線を感じるが、この天候じゃ、森の中に入るのは危険だ」
「おっ、何か動いたぞ!なんだ。人じゃなく、鳥か」
ジュリアンの懐中電灯が、野鳥が飛び立った瞬間を捉えた。
濡れた服がコリンの体にまとわりついた。
「視線を感じなくなった。鳥のせいだったのか。コリン、全身がこんなに濡れているじゃないか。風邪をひくぞ」
コリンはそれでも、森を凝視した。
「もう少し待ってくれ。俺は、まだ邪悪な気配を感じるんだ」
「美しい・・・」
森の中で、双眼鏡からコリンを覗くエドワードは思わず呟いた。
ハッとして、隣にいる山本を見た。
彼はエドワードのとおそろいの迷彩色の雨合羽を羽織り、双眼鏡で彼らの行動を監視していた。
「あの子、未だ森の中へ行きたそうだな。遠く離れているのに、俺達の気配を感じるんだ」
山本はエドワードの呟きを無視して、彼に話しかけた。
彼らも、消えた二人の殺し屋が最後に目撃されたダイナーが、ニックの住まいに近かったので、シェインに命じられて、トレラーハウス近辺を確認しに来ていた。
「周囲に気付かれないように、森から入ってきて正解だった。危うく、奴らと鉢合わせをするところだった」
エドワードは、ホッと胸をなで下ろした。
「そうだね。俺は、これから車に戻って、シェインに『殺し屋達がいた形跡は無かった』と報告してくる。エドワードは、奴らを見張ってくれ。特に、コリンを。あの子の嗅覚は凄いね」
山本はエドワードに気を遣った。
「分かった」
エドワードは再び双眼鏡を構えると、コリンをジッと見詰めた。
「邪悪な気配が消えた・・・」
コリンが大きな目を更に見開いて、森を見た。
「夜のような天気になった。もっと荒れる。もう帰るぞ」
デイビットに強く催促され、コリンは森を背にして、フォレスターへ歩き始めた。
エドワードは、コリンの動きを瞼の奥に焼き付けていた。
濡れたシャツからコリンの背中のラインが微かに透けて見えた。
『後ろ姿はなんと色っぽいのだ・・・。コリンは俺が必ず仕留める。彼を苦しまずに眠らせたい』
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