前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
コリンとデイビットが、マイアミ市の郊外にあるイサオの自宅へ到着した時、猛は芝刈りをしていた。
猛は帽子を被り、長袖のシャツを着て、夏の日差しから自分の体を守っていた。
「コリンとデイビット。どうしたんだ。自宅まで来るとは。もしかして、勲の身に何か起きたのか?」
「イサオは無事です。今日、どうしてもお耳に入れたい事がありまして、お伺いしました」
デイビットは、口入れ屋から手に入れた情報を猛に伝えた。
「秘密結社が集めた殺し屋達の中に、元暴力団員がいるのか?」
「はい。その為、元警官の猛さんに協力をお願いしたいのです。口入れ屋によれば、彼は日光から来たと言っていました。暴力団の抗争で負け、日本にいられなくなり、親戚を頼ってアメリカに渡っと聞きました」
「日光?」
猛はイサオと同じく首を傾げた。
観光で有名な都市であるが、その様な大きな事件を聞いたことが無かったからだ。
「皆、その地名を聞いて疑問を持ちました。緑豊かな場所だったと記憶しています」
デイビットも、猛と同じ気持ちを抱いていた。
「俺もここへ来る途中、iPhoneで日光の画像を見ました。この男、自分の出身地を嘘付いているとしか思えません」
コリンも皆と同じ意見であった。
「この男の存在は、事情があって、まだFBIは知りません。そこで、剣道を通して、全国の警察官と交流のある猛さんの力をお借りしたくて来ました」
デイビットは猛を頼った。
「勲から聞いたのか。勿論、君達を助けたいのは山々だが、私の剣道仲間で栃木県警にいた者は、かなり前に定年退官している。一応、彼に問い合わせてみるが、収穫を得られるかどうか分からない。それでも構わないか?」
「はい、お願いします」
「所で、その山本とかいう人物をFBIに言えない事情とは何か?」
猛の問いに、コリンはドキドキした。
「今は細かい事は話せませんが、ブライアンと過去に接触があった様です。奴の事を調べ上げた後で、きちんとFBIに伝えますし、猛さんにもご報告します」
デイビットは、ブライアンと示し合わせた作り話をした。
コリンは、イサオの病室でその話を聞いた。
イサオとサラは了承し、話を合わせくれると言ってくれた。
みんなの優しさに、コリンはただ感謝するしかなかった。
「分かった。ところで話は変わるが、コリン、君は日本の食べ物が好物だそうだね」
猛はコリンに意外過ぎる質問をした。
「はい。大好きです。実家では、朝は和食でした。お菓子も好きで、この前イサオからお煎餅を貰いました。猛さんが日本から持ってきたものだと聞きました。美味しかったです」
コリンは微笑んで答えた。
「そうだったのか。それでは、漬け物は平気か?小梅があるのだ。もし君がよければ持って行きなさい」
「俺、好きです。有難うございます」
猛はコリンとデイビットを家に招き入れた。
玄関では、柴犬のタローとバーミーズのティアラが待っていた。
コリンは2匹をハグした。
「ちょっと、ここで彼らの相手をして待っていなさい。直ぐに取ってくるから」
猛は台所から小梅が入った袋を持ってきた。
興味深そうにタローは袋を嗅ぎ、ティアラは小梅よりもコリンに興味があり、足に顔をスリスリさせた。
コリンは再び猛に感謝の気持ちを述べて、家の前に止めてあったフォレスターに乗った。
「猛さんも写真を見たんだね」
コリンは少し寂しげに、小梅の入った袋を眺めた。
「慰め方も、イサオと同じだ。親子だな」
デイビットはフォレスターを走らせた。
「おれもそう思ったよ。食べる?」
コリンは、袋から出した小梅1個を、デイビットへ差し出した。
昔に、梅干しを食べた経験のあるデイビットは、酸っぱいものを食べた時の表情をして、「いい」と断った。
コリンはウフッと笑い、美味しそうに小梅を囓った。
栃木県警に在籍していた剣道仲間の在宅時間を見計らい、猛は国際電話を入れた。
現在も県内にいる彼は警察を定年退官してから、警察とは縁の無い生活を送っており、彼の知り合いも全て引退し、猛は何一つ情報を得ることは出来なかった。
猛は、東京へ戻った長男・隼に連絡するしかないと、覚悟を決めた。
隼は数ヶ月前迄警視庁におり、尚且つエリートだったので人脈は広かった。
======
「俺はエドワードの代理人で、彼はセレブであり、彼が雇った殺し屋二人の行方を捜しているという設定で、探偵に話せば良いんだな」
秘密結社の隠れ家で、山本がシェインとミーシャに確認していた。
山本の隣には、エドワードがいた。
ミーシャの提案で、行方不明になった二人の殺し屋を、探偵に探させようとしていた。
秘密結社が外に出て、マイアミ中を探すのはかなりのリスクが伴う為、外部の力を利用しようというのである。
シェインはそこで一計を案じた。
探偵に会うのは山本であるが、本当の依頼人をエドワードに仕立てたのである。
「その通りだ。遠回しになるが、それで探偵に俺達の存在を気付かれずに済む」
シェインは、秘密結社の存在を探偵に知られないようにと、山本とエドワードを使うことにした。
その為、これから探偵事務所へ行く山本には仕立ての良い黒色のスーツを着せて、肩まで伸ばしていた髪を短く整えさせた。
「シェイン、俺、セレブの使用人に見えるかな?」
山本は心配そうに、七三に分けた前髪を撫でた。
「見えるとも。髪を短くすると、落ち着いた若造に見えるぞ」
シェインは山本に手鏡を渡した。
手鏡を浮け取った山本は、自分の姿をじっと眺めた。
「本当に、髪を切っただけでかなり印象が変わるな」
エドワードとミーシャも驚いていた。
「探偵は、元警察官なんだろ。シェインの事を知られても問題は無いんじゃ?」
シェインの計画について、山本は不思議だなと思った。
その探偵は、元警察官としてのキャリアとそこで築き上げた人脈を使うので、調査能力が高いとの評判で、過去にラスベガスの探偵事務所で助手として働いていた山本の耳にも入っていた。
「それが問題なんだ。その探偵は、くそ真面目な男で、裏で殺しをする秘密結社の事を快く思っていない。もしも、我々の存在を知られたら、FBIに通報されてしまう」
「分かったよ。奴には秘密結社の事を知れられないようにする。そうだ、探偵で思い出したけど、彼のお陰で旦那の浮気を暴いたジョーニーは、旅に出たよ。離婚裁判も一段落付いたから、フランス・スペインの聖地を徒歩で巡礼するんだってさ。だから、こっちに戻り、何でも屋を再開するのは、数ヶ月先になるとの話だ」
ジョーニーは、裏社会にも繋がりのある何でも屋の店主の女房であり、夫がニックのアリバイ偽造に荷担した事を、シェイン達に暴露したのだ。
それにより、シェイン達はコリン達より先に、ニックがイサオを撃った事実を知ることになった。
それから、シェイン達は、口入れ屋が逮捕された為に外部との接触が狭まってしまい、何でも物資を調達できるジョーニーを利用しようと考えていたが、彼女は長年連れ添った夫の裏切りに憔悴しきっていた。
「それは困る。あの女のコネクションで、いろいろと武器を補充させる計画があったんだろ」
ミーシャが眉をひそめた。
「しょうがないさ。武器は、別の奴をあたるよ。それにしても、聖地巡礼か。カソリックのジョーニーらしい傷の癒やし方だな。戻ってきてから、利用させて貰うとしよう」
離婚経験があるシェインは、ジョーニーの行動に理解を示す他なかった。
======
猛は、時計を見た。
この時間、東京は夜である。
恐らく、一人で自宅にいるであろう。
猛は、深呼吸を一回して、携帯電話のボタンを押した。
数回ベルが鳴り、電話が繋がった。
「もしもし。お義父さん、お久しぶりです。お元気でしたか?勲さんは如何ですか」
隼とは違う甲高い声がスピーカーから聞こえた。
隼の妻、桜子であった。
彼女は隼とは大学で知り合い、卒業後は企業に勤めていたが、結婚を機に退職して専業主婦になり、3人の娘を育て上げた。
「あー、元気です。勲のリハビリは順調に進んでいます。桜子さんはどうですか?東京は猛暑だと新聞で知りました。」
猛は驚いた。
数ヶ月前、猛がカメラの前で忍術を披露した映像がインターネットに流れた時、桜子は初めて自分の夫が忍者の子孫だと知ったのだ。
自身の出生を話さなかった夫に怒った桜子は、末娘を連れて実家に帰ったと、隼から聞いていたのだが、何故夫の携帯に出るのであろうか。
猛は戸惑った。
「ええ、こちらはとても暑いですけども、皆元気にしておりますわ。何かご用ですか?」
猛は、何事も無かったように振る舞う桜子の声から、棘を感じたものの、彼女の心情を理解していた。
『怒るのも無理はない。私も桜子さんに忍術を習得している事は一切話さなかった』
「隼にちょっと聞きたい事がありまして。呼んで頂けますか?」
「今、入浴中ですわ。後ほどお掛け下さい」
猛は、素直に携帯を切ろうとした。
携帯の奥から、弾んだ声が聞こえてきた。
「ちょっと待って!おじいちゃんからの電話なの?私、出たーい」
隼と桜子の末娘で大学生の梅子が、声をかけてきたのだ。
猛は、明るい孫娘の声を聞いて、気が緩んだ。
梅子が桜子から携帯を替わると、弾んだ声で話しかけた。
「おじいちゃん、元気そうだね。40年前の映像を見たよ。格好良かった。今と変わらないね。大学の友達も褒めてくれたんだ。とても嬉しかったよ。どうして内緒にしていたの?勿体ないよ」
「気持ちは有難いが、『一族の男子以外に忍術を伝えてはならない』と先祖代々からの教えがあるのだ。こればかりは、変えることは出来ない。あの映像は、当時の署長が民俗学の研究の為だと言って、頼まれて撮影されたものだ。その方には、いろいろとお世話になったから、断れなかった。本来は、研究者以外は見ることが出来ない筈だった。まさか、勲が2度目の襲撃を受けた時にあの映像が流れるとは、思いもしなかった」
「その教えで、お母さんとお父さんは喧嘩して、大変だったんだよ。お母さん、私を連れて実家に帰っちゃうし、私は二人の間に挟まれて困ったんだからね。でも、忍術のお陰で、お父さんは再就職出来たし、それでお母さんは機嫌直って、家に戻ることが出来したから、良かったけどね。『塞翁が馬』という諺みたいにね」
「何の話だ?」
「あれ?お父さんから聞いていない?お父さん、叔父さんのお見舞いにアメリカへ行く前に、警視庁辞めたでしょ。叔父さんを見舞った後、お姉ちゃんのいるカナダのモントリオールの大学院で、忍術を披露した事は知ってるよね」
「そこまでは知っている」
隼が警視庁を辞めた理由は、派閥争いに負けたからであるが、猛の映像を見た派閥争いで勝った勢力が隼のプライドを傷つけるポストへ配属させようとした事もその一つでもあった。
隼も父親が忍術を映像に収めていた事実を知らなかったので、その為に隼は父・猛に怒りを感じていた。
モントリオールの大学院に留学している次女・桃子の頼みで、学生達の前で忍術を披露するという事を知り、反対する猛と隼は、勲が入院している病院の屋上で大喧嘩をしてしまった。
その場を偶然目撃したコリンは、二人を止めようとしたものの、見守る事しか出来なかった。
喧嘩に勝ったのは、隼であった。
隼が出発する時に、二人は仲直りをしたものの、お互い心のどこかで蟠りを残していた。
その後の隼について、猛は何も知らされていなかった。
「お姉ちゃんや院関係者の前で、忍術を披露したでしょう。それが好評だったみたい。お父さんが、会場にいた日本の老紳士に声を掛けられのよ。その人は日本の大学の偉い人で、『うちで教えてくれませんか?』ってスカウトされたんだ」
「大学の先生に転職したのか?」
「そうなの。私立で、有名なところだよ。肩書きは客員教授」
猛は驚きと同時に、疑問が湧いた。
その私立大学は、明治期に財界人によって都内に創立された。
小規模ながらも名門と誉れ高く、文学部が有名であると聞いているが、それがどうして忍術を人前で見せたという理由だけで、隼が客員教授になったというのだろうか。
『そういえば、大学創立者の娘は、総理大臣の母親だ』
猛は小さなこぼれ話を思い出した。
「中世史と忍者との関係を研究してくれって頼まれたの。学長さんが中世史の権威なんだって」
「法学部出の隼が、歴史の研究をするのか。我が家の忍術が、研究の手助けになると良いが」
「再就職が決まって、お母さんも喜んでいるし、私もほっとしたよ。あっ、お父さんがお風呂から出てきたぁ。変わるね。又、電話を頂戴ね」
隼が携帯に出た。
お互い緊張していた。
一瞬の沈黙の後、隼が切り出した。
「みんな元気か?」
「変わりない。ちょっとお前に聞きたい事がある」
猛は、秘密結社が殺し屋を20名雇った事と、その中に「山本」なる日本人が含まれている事を話した。
「日光からマイアミに流れ着いた男か。できる限り調べてみるよ。警視庁を辞めたから、地元の警察署に照会を頼むのは無理だ。山本なる男が暴力団にいたということだから、警視庁組織犯罪対策部に、同僚が在籍しているから、彼から聞いてみる」
「済まんが、大きくもう一回言ってくれないか。電波の調子が悪くて、声がはっきりと聞き取れないのだ」
猛は隼の声が聞きづらくなり、電話の音量を上げた。
どうも、国際電話の繋がりが悪い。
音声も途切れ途切れになってしまう。
隼の住んでいる都内のマンションの立地のせいであろうか。
しかし、三重県伊賀市にある自宅の管理を頼んでいる友人に、時々携帯電話をかけるのだが、この様な繋がりにくさは一度も無かった。
『盗聴されているのではないか?』
定年まで地元の警察官を務めていた猛の勘が囁いた。
続き
コリンとデイビットが、マイアミ市の郊外にあるイサオの自宅へ到着した時、猛は芝刈りをしていた。
猛は帽子を被り、長袖のシャツを着て、夏の日差しから自分の体を守っていた。
「コリンとデイビット。どうしたんだ。自宅まで来るとは。もしかして、勲の身に何か起きたのか?」
「イサオは無事です。今日、どうしてもお耳に入れたい事がありまして、お伺いしました」
デイビットは、口入れ屋から手に入れた情報を猛に伝えた。
「秘密結社が集めた殺し屋達の中に、元暴力団員がいるのか?」
「はい。その為、元警官の猛さんに協力をお願いしたいのです。口入れ屋によれば、彼は日光から来たと言っていました。暴力団の抗争で負け、日本にいられなくなり、親戚を頼ってアメリカに渡っと聞きました」
「日光?」
猛はイサオと同じく首を傾げた。
観光で有名な都市であるが、その様な大きな事件を聞いたことが無かったからだ。
「皆、その地名を聞いて疑問を持ちました。緑豊かな場所だったと記憶しています」
デイビットも、猛と同じ気持ちを抱いていた。
「俺もここへ来る途中、iPhoneで日光の画像を見ました。この男、自分の出身地を嘘付いているとしか思えません」
コリンも皆と同じ意見であった。
「この男の存在は、事情があって、まだFBIは知りません。そこで、剣道を通して、全国の警察官と交流のある猛さんの力をお借りしたくて来ました」
デイビットは猛を頼った。
「勲から聞いたのか。勿論、君達を助けたいのは山々だが、私の剣道仲間で栃木県警にいた者は、かなり前に定年退官している。一応、彼に問い合わせてみるが、収穫を得られるかどうか分からない。それでも構わないか?」
「はい、お願いします」
「所で、その山本とかいう人物をFBIに言えない事情とは何か?」
猛の問いに、コリンはドキドキした。
「今は細かい事は話せませんが、ブライアンと過去に接触があった様です。奴の事を調べ上げた後で、きちんとFBIに伝えますし、猛さんにもご報告します」
デイビットは、ブライアンと示し合わせた作り話をした。
コリンは、イサオの病室でその話を聞いた。
イサオとサラは了承し、話を合わせくれると言ってくれた。
みんなの優しさに、コリンはただ感謝するしかなかった。
「分かった。ところで話は変わるが、コリン、君は日本の食べ物が好物だそうだね」
猛はコリンに意外過ぎる質問をした。
「はい。大好きです。実家では、朝は和食でした。お菓子も好きで、この前イサオからお煎餅を貰いました。猛さんが日本から持ってきたものだと聞きました。美味しかったです」
コリンは微笑んで答えた。
「そうだったのか。それでは、漬け物は平気か?小梅があるのだ。もし君がよければ持って行きなさい」
「俺、好きです。有難うございます」
猛はコリンとデイビットを家に招き入れた。
玄関では、柴犬のタローとバーミーズのティアラが待っていた。
コリンは2匹をハグした。
「ちょっと、ここで彼らの相手をして待っていなさい。直ぐに取ってくるから」
猛は台所から小梅が入った袋を持ってきた。
興味深そうにタローは袋を嗅ぎ、ティアラは小梅よりもコリンに興味があり、足に顔をスリスリさせた。
コリンは再び猛に感謝の気持ちを述べて、家の前に止めてあったフォレスターに乗った。
「猛さんも写真を見たんだね」
コリンは少し寂しげに、小梅の入った袋を眺めた。
「慰め方も、イサオと同じだ。親子だな」
デイビットはフォレスターを走らせた。
「おれもそう思ったよ。食べる?」
コリンは、袋から出した小梅1個を、デイビットへ差し出した。
昔に、梅干しを食べた経験のあるデイビットは、酸っぱいものを食べた時の表情をして、「いい」と断った。
コリンはウフッと笑い、美味しそうに小梅を囓った。
栃木県警に在籍していた剣道仲間の在宅時間を見計らい、猛は国際電話を入れた。
現在も県内にいる彼は警察を定年退官してから、警察とは縁の無い生活を送っており、彼の知り合いも全て引退し、猛は何一つ情報を得ることは出来なかった。
猛は、東京へ戻った長男・隼に連絡するしかないと、覚悟を決めた。
隼は数ヶ月前迄警視庁におり、尚且つエリートだったので人脈は広かった。
======
「俺はエドワードの代理人で、彼はセレブであり、彼が雇った殺し屋二人の行方を捜しているという設定で、探偵に話せば良いんだな」
秘密結社の隠れ家で、山本がシェインとミーシャに確認していた。
山本の隣には、エドワードがいた。
ミーシャの提案で、行方不明になった二人の殺し屋を、探偵に探させようとしていた。
秘密結社が外に出て、マイアミ中を探すのはかなりのリスクが伴う為、外部の力を利用しようというのである。
シェインはそこで一計を案じた。
探偵に会うのは山本であるが、本当の依頼人をエドワードに仕立てたのである。
「その通りだ。遠回しになるが、それで探偵に俺達の存在を気付かれずに済む」
シェインは、秘密結社の存在を探偵に知られないようにと、山本とエドワードを使うことにした。
その為、これから探偵事務所へ行く山本には仕立ての良い黒色のスーツを着せて、肩まで伸ばしていた髪を短く整えさせた。
「シェイン、俺、セレブの使用人に見えるかな?」
山本は心配そうに、七三に分けた前髪を撫でた。
「見えるとも。髪を短くすると、落ち着いた若造に見えるぞ」
シェインは山本に手鏡を渡した。
手鏡を浮け取った山本は、自分の姿をじっと眺めた。
「本当に、髪を切っただけでかなり印象が変わるな」
エドワードとミーシャも驚いていた。
「探偵は、元警察官なんだろ。シェインの事を知られても問題は無いんじゃ?」
シェインの計画について、山本は不思議だなと思った。
その探偵は、元警察官としてのキャリアとそこで築き上げた人脈を使うので、調査能力が高いとの評判で、過去にラスベガスの探偵事務所で助手として働いていた山本の耳にも入っていた。
「それが問題なんだ。その探偵は、くそ真面目な男で、裏で殺しをする秘密結社の事を快く思っていない。もしも、我々の存在を知られたら、FBIに通報されてしまう」
「分かったよ。奴には秘密結社の事を知れられないようにする。そうだ、探偵で思い出したけど、彼のお陰で旦那の浮気を暴いたジョーニーは、旅に出たよ。離婚裁判も一段落付いたから、フランス・スペインの聖地を徒歩で巡礼するんだってさ。だから、こっちに戻り、何でも屋を再開するのは、数ヶ月先になるとの話だ」
ジョーニーは、裏社会にも繋がりのある何でも屋の店主の女房であり、夫がニックのアリバイ偽造に荷担した事を、シェイン達に暴露したのだ。
それにより、シェイン達はコリン達より先に、ニックがイサオを撃った事実を知ることになった。
それから、シェイン達は、口入れ屋が逮捕された為に外部との接触が狭まってしまい、何でも物資を調達できるジョーニーを利用しようと考えていたが、彼女は長年連れ添った夫の裏切りに憔悴しきっていた。
「それは困る。あの女のコネクションで、いろいろと武器を補充させる計画があったんだろ」
ミーシャが眉をひそめた。
「しょうがないさ。武器は、別の奴をあたるよ。それにしても、聖地巡礼か。カソリックのジョーニーらしい傷の癒やし方だな。戻ってきてから、利用させて貰うとしよう」
離婚経験があるシェインは、ジョーニーの行動に理解を示す他なかった。
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猛は、時計を見た。
この時間、東京は夜である。
恐らく、一人で自宅にいるであろう。
猛は、深呼吸を一回して、携帯電話のボタンを押した。
数回ベルが鳴り、電話が繋がった。
「もしもし。お義父さん、お久しぶりです。お元気でしたか?勲さんは如何ですか」
隼とは違う甲高い声がスピーカーから聞こえた。
隼の妻、桜子であった。
彼女は隼とは大学で知り合い、卒業後は企業に勤めていたが、結婚を機に退職して専業主婦になり、3人の娘を育て上げた。
「あー、元気です。勲のリハビリは順調に進んでいます。桜子さんはどうですか?東京は猛暑だと新聞で知りました。」
猛は驚いた。
数ヶ月前、猛がカメラの前で忍術を披露した映像がインターネットに流れた時、桜子は初めて自分の夫が忍者の子孫だと知ったのだ。
自身の出生を話さなかった夫に怒った桜子は、末娘を連れて実家に帰ったと、隼から聞いていたのだが、何故夫の携帯に出るのであろうか。
猛は戸惑った。
「ええ、こちらはとても暑いですけども、皆元気にしておりますわ。何かご用ですか?」
猛は、何事も無かったように振る舞う桜子の声から、棘を感じたものの、彼女の心情を理解していた。
『怒るのも無理はない。私も桜子さんに忍術を習得している事は一切話さなかった』
「隼にちょっと聞きたい事がありまして。呼んで頂けますか?」
「今、入浴中ですわ。後ほどお掛け下さい」
猛は、素直に携帯を切ろうとした。
携帯の奥から、弾んだ声が聞こえてきた。
「ちょっと待って!おじいちゃんからの電話なの?私、出たーい」
隼と桜子の末娘で大学生の梅子が、声をかけてきたのだ。
猛は、明るい孫娘の声を聞いて、気が緩んだ。
梅子が桜子から携帯を替わると、弾んだ声で話しかけた。
「おじいちゃん、元気そうだね。40年前の映像を見たよ。格好良かった。今と変わらないね。大学の友達も褒めてくれたんだ。とても嬉しかったよ。どうして内緒にしていたの?勿体ないよ」
「気持ちは有難いが、『一族の男子以外に忍術を伝えてはならない』と先祖代々からの教えがあるのだ。こればかりは、変えることは出来ない。あの映像は、当時の署長が民俗学の研究の為だと言って、頼まれて撮影されたものだ。その方には、いろいろとお世話になったから、断れなかった。本来は、研究者以外は見ることが出来ない筈だった。まさか、勲が2度目の襲撃を受けた時にあの映像が流れるとは、思いもしなかった」
「その教えで、お母さんとお父さんは喧嘩して、大変だったんだよ。お母さん、私を連れて実家に帰っちゃうし、私は二人の間に挟まれて困ったんだからね。でも、忍術のお陰で、お父さんは再就職出来たし、それでお母さんは機嫌直って、家に戻ることが出来したから、良かったけどね。『塞翁が馬』という諺みたいにね」
「何の話だ?」
「あれ?お父さんから聞いていない?お父さん、叔父さんのお見舞いにアメリカへ行く前に、警視庁辞めたでしょ。叔父さんを見舞った後、お姉ちゃんのいるカナダのモントリオールの大学院で、忍術を披露した事は知ってるよね」
「そこまでは知っている」
隼が警視庁を辞めた理由は、派閥争いに負けたからであるが、猛の映像を見た派閥争いで勝った勢力が隼のプライドを傷つけるポストへ配属させようとした事もその一つでもあった。
隼も父親が忍術を映像に収めていた事実を知らなかったので、その為に隼は父・猛に怒りを感じていた。
モントリオールの大学院に留学している次女・桃子の頼みで、学生達の前で忍術を披露するという事を知り、反対する猛と隼は、勲が入院している病院の屋上で大喧嘩をしてしまった。
その場を偶然目撃したコリンは、二人を止めようとしたものの、見守る事しか出来なかった。
喧嘩に勝ったのは、隼であった。
隼が出発する時に、二人は仲直りをしたものの、お互い心のどこかで蟠りを残していた。
その後の隼について、猛は何も知らされていなかった。
「お姉ちゃんや院関係者の前で、忍術を披露したでしょう。それが好評だったみたい。お父さんが、会場にいた日本の老紳士に声を掛けられのよ。その人は日本の大学の偉い人で、『うちで教えてくれませんか?』ってスカウトされたんだ」
「大学の先生に転職したのか?」
「そうなの。私立で、有名なところだよ。肩書きは客員教授」
猛は驚きと同時に、疑問が湧いた。
その私立大学は、明治期に財界人によって都内に創立された。
小規模ながらも名門と誉れ高く、文学部が有名であると聞いているが、それがどうして忍術を人前で見せたという理由だけで、隼が客員教授になったというのだろうか。
『そういえば、大学創立者の娘は、総理大臣の母親だ』
猛は小さなこぼれ話を思い出した。
「中世史と忍者との関係を研究してくれって頼まれたの。学長さんが中世史の権威なんだって」
「法学部出の隼が、歴史の研究をするのか。我が家の忍術が、研究の手助けになると良いが」
「再就職が決まって、お母さんも喜んでいるし、私もほっとしたよ。あっ、お父さんがお風呂から出てきたぁ。変わるね。又、電話を頂戴ね」
隼が携帯に出た。
お互い緊張していた。
一瞬の沈黙の後、隼が切り出した。
「みんな元気か?」
「変わりない。ちょっとお前に聞きたい事がある」
猛は、秘密結社が殺し屋を20名雇った事と、その中に「山本」なる日本人が含まれている事を話した。
「日光からマイアミに流れ着いた男か。できる限り調べてみるよ。警視庁を辞めたから、地元の警察署に照会を頼むのは無理だ。山本なる男が暴力団にいたということだから、警視庁組織犯罪対策部に、同僚が在籍しているから、彼から聞いてみる」
「済まんが、大きくもう一回言ってくれないか。電波の調子が悪くて、声がはっきりと聞き取れないのだ」
猛は隼の声が聞きづらくなり、電話の音量を上げた。
どうも、国際電話の繋がりが悪い。
音声も途切れ途切れになってしまう。
隼の住んでいる都内のマンションの立地のせいであろうか。
しかし、三重県伊賀市にある自宅の管理を頼んでいる友人に、時々携帯電話をかけるのだが、この様な繋がりにくさは一度も無かった。
『盗聴されているのではないか?』
定年まで地元の警察官を務めていた猛の勘が囁いた。
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